↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元魔王の異世界冒険譚  作者: Undo
第三章 エンマーシュ商会
PR
42/42

かくして其は奴隷となりけり 4

「マリーさん…重いです」

マリーは俺様の頭に後ろから飛びかかり、両太腿で顔面を挟んでくる。


「ユーテスさん…苦しいです」

ユーテスからは正面から抱擁され、彼女の豊かな双丘に顔を塞がれる。


主に頭付近を前後左右絞められ、苦しいし重いはずだったが、なんとなく心地よい感覚もあった。


「なにをぉぉ!?羽のように軽いだ・ろ・う・が!」


「照れなくてもいいのよ。よく頑張ってくれたわ。よしよし…」


マリーは腿をギリギリと締め上げ、ユーテスが頭と背中をゆっくり優しくさする。


「……お二人とも。あまり良くないですよ、この行為」


そう、良くない。


健康的な若い女性が男を太腿で挟んだりすることや、惜しげもなく胸を顔へ押し当てるなど、年頃の少年だと色々と癖が悪くなる。


俺様が長生きした者だったから冷静に対応できたものの、年若い少年だったら悶絶していただろうな。


ただ、この護衛たちの質を確かめるため、もう少しこのままでいないと…


うん。やましい気持ちは微塵もないが、今後の戦力確認のため、やむを得なくだ――なんだ?テン?


主の足に絡んで離そうとするんじゃない。


調査なのだ。

これも仕方なくだなーーー


「いい加減にしろ、お前たち」


低い声が聞こえると、頭付近が軽くなった。


視界が開けるとメギドが二人の襟首を掴んでいた。


「助かりました」


首を回しながらメギドに向き直る。


メギドから向けられる視線は鋭く、冷たいものだった。


相変わらずの敵意だな。


「…………よくやった」


え?

「え?」


思わず間の抜けた声が出てしまった。

マリーとユーテスも驚いている。


「……なんだ?」


「いえ…おおよそ貴女からそのような、労いの言葉のようなものが出るとは思っていませんでしたので…」


不服そうな表情を浮かべ、合わせて舌打ちするメギド。


あぁ通常運転に戻った。

よかった。


「主の窮地でだったのだ。内容はともかく、あのゴミを退けた功績は貴様にあると判断しただけだ…」


「…誠に不本意だがな…」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるメギド。


コイツなりに認められた、と判断しておくか―――


「――メギド」


フロウの声が飛ぶ。


振り返ると、彼女はすでに机へ向かっていた。


先ほどまで震えていた手で羽根ペンを握り、書類へ文字を走らせている。


「今夜のやり取りを、覚えている限り正確に記録してちょうだい。ゲラルドが連れていた二人の特徴も忘れずに」


「かしこまりました」


「マリーは子どもたちの様子を確認して。騒ぎを聞かれた可能性があるわ」


「はーい!」


「ユーテスは――」


「ギルド長の記憶を消します」


「……それはもういいわ」


「では、存在を?」


「消さなくていいの」


ユーテスが残念そうに杖を下ろした。


この女を野放しにしていて、本当に大丈夫なのか?


「でしたら…夜が明けたら、今夜の報告書を侯爵家と伯爵家、その他の諸侯へ届けます」


「お願いね」


羽根ペンを置いたフロウが、静かに告げる。


「ゲラルドは諦めていないわ。今度は本物の決議書を用意してくるかもしれない」


「用意できるのですか?」


「時間を与えれば、評議会の何人かを抱き込むくらいはするでしょうね」


やはり、面倒な相手らしい。


今夜は追い返しただけ。


完全に勝ったわけではないということか。


「でも、今夜のことを先に知らせておけば、向こうも好き勝手にはできないわ」


フロウの顔には、いつもの笑みが戻っている。


先ほどの震えはもうない。


切り替えが早いのは、組織の長としての才覚か、持って生まれた素養か。


何にせよこれで………


「では、ボクはこれで……」

「あら?何処に行くの?お手洗い?」


颯爽と部屋を出ようとする俺様に、フロウが声をかける。


「何処へって…ココを出ていくんですけど」

「なんで?」


フロウがさらに問いかける。

何を言っているんだこの娘は…


「なんでって…ボクは部外者ですから」


「いやいや…」

「それはねぇ…」

「バカなのか?」


三人娘は揃いも揃って呆れ顔であった。

酷くない?


「股座に蹴り入れて…」

「あれだけの啖呵を切って…」

「あいつの面子もボロボロにしているのに?」


示し合わせたかのようにツラツラと俺様の行動を反芻する三人娘。


いや…でもアレは何というか…

その場の勢いというか―――なぁテン。


お供のスライムも小さく左右に震えていた。

解せぬな。


「それで無関係を通すのは無理じゃないかしら?」

「ね。バ(・)ル(・)ザ(・)ッ(・)ク(・)君(・)❤️」


フロウがニコニコと笑みを浮かべている。


「ですが、アレは不可抗力で―――グッ!?」


反論する俺様だったが、突然、胸が熱くなり、心臓を強く掴まれる感覚が襲った。


この痛み、この感覚、まさか!?


咄嗟に上着を脱ぎ捨て、身体を見る。


そこには、朱色の脈打つような輝きを放つ紋様が、胸から、腹部、両上腕にかけて刻まれているのがわかった。


――やられた。


「契約紋…消してもらえてなかったんですね…酷い人だ…」


何とか軽口を叩いてみたが、痛みと熱で口が上手く動かなかった。


「いやぁね〜人を悪女みたいに言わないで」


「さ(・)っ(・)き(・)の(・)紋(・)は消したわよ。間違いなくね」


「それはねぇ、ゲラルドが帰った時に刻んだ物よ❤️」


あの時か…


クソ。震えていたくせに。

少し余裕が出ると、コレか…厄介な女だよ。


「そんな素振り一切ありませんでしたけど…」

「だって、キミそのまま帰っちゃうつもりだったでしょ?」


全く、人の気も知らないで…


「…ゲラルドの敵意(ヘイト)を自分に向けたままね」

『!?』


……気がついていたか。

聡い女だな、まったく。


「そこまでわかっていたのでしたら、尚のこと。契約紋の解除。お願いしますよ」


「イ・ヤ・よ❤️」 


キッパリ断るフロウに、若干の殺意が湧いた。


「―――どうしてですか?」

「キミかわいいから❤️」


ニッコリ言うフロウをはっ倒そうかと真面目に思った。


「――真面目に答えて……」


「まず第一に、商会にいた食客の粗相は、家主である私に責任があること」

まぁ、それはそうだろうな。


「次に、キミがケンカを売ったのはギルド界隈でも有名な性豪にして変態」

「以前から私だけじゃなく、近衛の三人を使いに出せ、幼い子どもたちを見繕えと何かと要求していたこと」

欲望に忠実なのは、構わないが、けしからん趣味だな。


「最後にキミがかなりの美形で身元不明の子どもであること」

「それに、すごい魔力量ね。喉から手が出るほど欲しがる人はいるわよ」

「彼、男の子も好きみたいよ❤️」

それは……想像したくないな。


「そんな子どもが何のバックアップもなく外に出たらどうなるか……賢いバルザックくんなら、わかりまちゅよね〜」


手を顔の前でパンと叩くフロウ。


近衛の三人娘も憐れみの表情だ。


あまり想像したくない展開が、容易に想像できる。


つまりこの女、フロウは…

「ボクの身柄を守るため…だと?」

「そう❤️」


パッ明るい笑顔で軽く答えるフロウ。


「そのために奴隷の契約紋をつけたわけですか、あの一瞬で?」

そうと変わらぬ笑顔で答える。


奴隷としての契約をすれば、その身柄は紋を刻んだ者の所有になるのだろう。


貴族や諸侯の覚えがある影響力の強い商会なら、おいそれと手出しは出来ないのは理解できる。


だが、不確実なことがあったはずだ。


「ボクが名前を言わなかったら?」

名は個人を知る最たる物。


契約書への署名と同様、名乗ることで、魔法による契約も為されるのだ。

わかっていたから、名乗りをしていなかった。


世界は違えど、魔法を介した契約紋があるなら、名乗りは慎重に行うべきなので、そう簡単に名乗りは―――


「キミは言うわ。これは確信してたし」


思案の最中、フロウはハッキリと言った。


「どうして?」

「だって…」

「だって?」


椅子から立ち上がり、ツカツカと俺様と目線を合わせるフロウ。


「貴方は優しいもの❤️」


は?


「手を握って、震えてたら、熱い視線を送ってくれたでしょ?」


待て。


「あ、かわいい顔でも男の子だなぁって思ったから…」


待て待て待て。


コイツは何を………


「ちょっと嫌そうな素振りしたらどうなるかなって思ったら、騎士(ナイト)みたいに颯爽と現れてくれたじゃない?」


「かわいいなぁって思ったのよ❤️」


プププと口に手を当てて笑うフロウを見て、これまでにない殺意と同時に、顔が沸騰しそうになるほどの羞恥が込み上がってきた。


「ま、まさか……最初から全部、演技だったのですか?」


「まさか」


フロウは一瞬だけ笑みを消した。


「怖かったのは本当よ。あの男の屋敷へ連れていかれるなんて、考えたくもなかったもの」


そう答えてから、再び悪戯っぽく目を細める。


「でも、アナタがあんな熱い目で私を見ていることには、途中で気づいたわ」


「途中で……?」


「ええ。だから、少しだけ試してみたの。私が本当に連れていかれそうになったら、アナタはどうするのかなって❤️」


「では、手を引いたのは……」


「あれは半分本気。触られるのは本当に嫌だったもの」


半分。


残りの半分が何だったのかは、聞きたくない。


俺様はメギドたちへ振り返った。


「貴女たちも知っていたのですか?」


「途中で察した」


メギドが不機嫌そうに答える。


「フロウ様が、企みをしている時の合図があったのでね」


「私も同じ頃に。もっとも、ゲラルドを消す準備は本当にしていましたけれど」


ユーテスが微笑む。

だからコイツは怖いって。


「およ? 何の話?」


マリーだけが、不思議そうに首を傾げていた。


―――やられた。


とんだ悪女だ。


「さてと、バルくん❤️」

落胆する俺様の背後からフロウが両肩を掴んできた。

甘い口調が若干怖い。


「私の奴隷として、最初のお仕ことを命じます」

「…お断りしたいですね」


僅かばかりの抵抗を示してみせる。

すると、意外にも、


「あら?やらなくてもいいわよ?でもねーー」


そこまで言って、マリーに視線を送るフロウ。


マリーは元気いっぱいに手を上げて、書斎の扉を開き、


「おーい!」


廊下に向かって大声を上げると、バタバタと複数の足音。

足音は次第に数を増し、こちらへ近づいてきた。


「この子たちに、ちゃんと断ってあげてね」


ニヤリと笑うフロウ。


部屋に入ってきたのは、先ほど食ことを共にした子どもたち。

全員が手にはタオルと着替えを持っていた。


まさか…


「はーい。みんなーこのお兄ちゃん、バルザックお兄ちゃんが、みんなとお風呂に入ってくれるよー」

『わーい!!!』


フロウの掛け声で歓声が上がる。


ちくしょう!予想通りじゃないか。

なぜ子守りなぞ…


「バル…ザク?」「バ…ザコ?」「ザックザコ!」

「テンちゃんだー」「テンちゃんと入るー」「入るー」

「すべり台してー」

ああぁぁ、もう。

すっかり俺様の周りを取り囲み、思い思いに口を開く。


子どもの相手なぞできるはずもないだろうに。

髪を引っ張ったり、服や腕を引いてくる。


注意しても聞きやしない。


阿鼻叫喚の絵図だなこれは…ん?

ふと服の裾を引っ張る方へ視線を移すと、一人の赤毛の少女がこちらを見ていた。


「バル…にいちゃん…?」


赤毛の少女、エレノラが小さく言った。

すると、


「バルにいちゃん?」

「バルにいちゃんだ!」

「バルにいちゃん!!」


一斉に呼び名が定着した。

ワラワラと群がる子どもたち。


「それでいいですよ…とりあえず…」


「みんなまとめて風呂に行きますよ!」


高らかに宣言すると、子どもたちは興奮してこれに応えてくれた。


そこからはよく覚えていない。


やれ、身体を洗ってやったり、湯船で泳ぐ子を制止したり、湯船でトイレに行きたいと言う子を迅速に引き上げたり、身体を拭くのに脱衣所内で運動会をしたりと、色々と騒動があった気がするが、本当に覚えていない。


なぜなら、風呂が終わった後、メギドらから、


「次は寝かしつけだぞ」

「それが終わったら、お掃除ね〜」

「朝食の仕込みもあるからお手伝いに来てね」


その言葉を聞いて、どっと疲れが襲ってきたところで、


「明日からは子どもたちのお世話お願いね」


多分こんな内容だったと思う。


なぜ、多分だって?


フロウに声をかけられた後、気を失ってしまったからだよ。

奴隷というか、保護者のそれだぞ。


悪い夢だと思いたい。


「ふふ。…ありがとうね」 


優しい声音。

フロウだろうか。


瞼が重い、ふわふわする。


髪を溶かれる感触が心地よく、ゆっくりと眠気が襲ってくる。


「カッコ良かったわよ。小さな騎士様(ナイトさま)―――」


虚ろになる意識の中、声が聞こえ、額に柔らかな感触が残る。


夢かな。


きっと夢だろう。


でなければ、あの女が、あんなにも無防備な声で礼を言うはずがない。


目が覚めたら暖かいベットで目が覚めるんだ。きっと―


そうあってくれ。



契約紋を刻まれ、仕事を与えられ、逃げる機会まで失った。


こうして俺様は、この館の奴隷となった。


断じて認めたわけではない。


ただ――明日の朝食にも肉が出ることを願いながら、俺様はテンとともに眠りへ落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。