ご主人様と奴隷と子どもたち
食堂は、屋敷の規模から考えれば質素な造りだった。
広間の中央に長机が三列。
華美な装飾品などはなく、壁際には食器棚と大きな暖炉があるだけ。
だが、隅々までよく掃除されている。
長机にも椅子にも目立った汚れはなく、窓辺には小さな花まで飾られていた。
見栄を張るための部屋ではない。
ここで暮らす者たちが、毎日を過ごすための場所だ。
「キミはここよ」
どこに座ろうかと思案していると、フロウに指定された。
なぜか子どもたちに挟まれた席だった。
「ここですか?」
「不満かしら?」
「いえ、別に」
右には頬にそばかすのある少年。
左には俺様より頭二つは小さい、赤毛の女の子。
正面では三人の子どもが、テンを囲んで指でつついている。
「ぷるぷるしてるー」「どこがお顔?」「何食べるの?」
質問されるたび、テンの身体が右へ左へ揺れている。
どことなく楽しそうだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
隣の少年が袖を引っ張ってきた。
「お兄ちゃんの名前は?」
何気ない質問に見えるが、ここで名乗れば契約が成立する可能性がある。
フロウを見る。
少し離れた上座に座り、頬杖をついて楽しそうにこちらを眺めていた。
「今は、秘密です」
口の前で指を立ててやんわり断る。
少年は目を丸くしていた。
まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。
「どうして?」
「名前を知らない相手についていってはいけないと、教わりませんでしたか?」
「教わったー」
「では、知らないままの方が安全ですよ」
「変なのー」
少年は笑い、ほかの子どもたちへ向き直った。
「名前、ないしょだって!」「ないしょのお兄ちゃん?」「ないしょ兄ちゃん!」「ナイショー!」
好き勝手な呼び名が、瞬く間に広がっていく。
名前を聞かれるよりはマシだが、これはこれで釈然としない。
子どもの一人が少し勢いよく手を伸ばすと、テンはびくりと跳ね、俺様の腕へ巻きつく。
「テン、大丈夫」
声をかけると、テンは俺様の手のひらへ身体を押しつけた。
どこか安心したように見える。
「お兄ちゃんが触ると、逃げないね」
「主ですからね」
「テンちゃん、お兄ちゃんのこと好きなの?」
「どうでしょう」
俺様が指先でテンの表面を撫でると、テンは安心したようにゆっくりと揺れた。
「森で助けたので。その恩を覚えているのかもしれません」
「じゃあ、ぼくたちも助けたら触らせてくれる?」
「まずは、怖がらせないことです」
子どもたちは顔を見合わせ、今度は少し離れた場所からテンを眺めていた。
テンも子どもたちを前にプルプルと震えている。
「お待たせしました」
「さぁ〜いっぱい食べろよーガキンチョども〜」
ユーテスとマリーが大きな鍋と籠を運んできた。
途端に、肉と香草の匂いが食堂いっぱいに広がる。
野菜と豆を煮込んだスープ。
軽く炙られた黒パン。
それから、皮目を香ばしく焼いた鶏肉。
質素ではあるが、悪くない。
栄養価を考えた内容だろうか。
特に鶏肉の焼き加減は見事だ。
厨房を任されている者は、なかなか見どころがあるらしい。
子どもたちの前へ、次々と料理が並べられていく。
大きめの深皿には、熱々のスープ。
籠には一人につき二つ、三つと黒パンが積まれている。
鶏肉も一人分ずつしっかりと盛りつけられ、皿からこぼれそうなほどだった。
「わあ、今日はごちそうだ!」「お肉、大きい!」
「パンもいっぱいあるよ!」
子どもたちは歓声を上げ、目を輝かせている。
俺様は腕を組み、その様子を静かに観察する。
食事の量は、子どもたちにも十分すぎるほどある。
少なくとも、食料を切り詰めている様子はない。
子どもたちは料理が配られるまで騒がず、きちんと席について待っていた。
普段から、食事を大切にするよう教えられているのだろう。
ただ、多すぎる気がする。
今日はご馳走だとも言ってたな。
俺様の意図を読んでの行動か?
我々にはこれぐらいの余裕がある、と見せつけているのかと…
若しくは別の意図が隠されているのかも――
ぐうぅぅぅ。
はて。
食堂に似つかわしくない、下品な音がしたな。
「お兄ちゃん、お腹鳴った」
「気のせいです」
隣の少年がねえねえと服を引っ張ってくる。
冗談だろう?俺様がそんな脇の甘い事を…
「でも、すごい音だったよ?」
「この屋敷は古そうですからね。どこかの床が軋んだのでしょう」
考えられる可能性だ。
見たところ、床も軋む所がある。
家鳴りの類だろう、まったく人騒がせな…
「お兄ちゃんのお腹から聞こえたよ?」
「そうですか?床の辺りから聞こえたと思いますよ」
「お腹、すいてるの?」
そう聞いてくるのは左隣の赤毛の女の子。
何も言わないでいると、自分の黒パンを一つ手に取った。
「これ、あげる」
小さな手が、丸ごとのパンを差し出してくる。
「たぶんボクの食事も、すぐに来ますよ」
「でも、お腹すいてるから」
「これは、君の分でしょう?」
「まだいっぱいあるから。半分こ」
女の子は自分の前に並んだパンを指差した。
確かに、彼女の皿にはまだ二つ残っている。
「……では、少しだけいただきます」
「うん」
パンを受け取る。
焼きたてではないが、思ったよりも柔らかい。
子どもたちの皿には、スープも肉も十分に盛られている。
食べる量を心配する必要はなさそうだ。
「お待たせしました」
ユーテスが俺様の前へ料理を置いた。
スープもパンも、子どもたちと同じくらいの量。
鶏肉は、大きな骨つき肉が一本丸ごと皿に乗ってやってきた。
「……こんなに?」
「フロウ様が『十分な食事を』と」
フロウへ視線を向ける。
彼女は何も言わず、ただ微笑みを返してきた。
何か言いたげな顔だった。
やはり、気に入らない。
だが、食べ物に罪はない。
「では、いただきます」
端に置かれたナイフとフォークを手に、目の前の皿に盛られた鶏肉にナイフを当てる。
ナイフを引く。
わずかな抵抗はあったがスッと楽に肉が切れる。
良い仕込みがされているのがわかる。
ただ焼いただけでは、表面が固く、中は生焼けになるところだが、この料理は違う。
表面はパリッと香ばしく、中は均一に火が通り肉汁が溢れ出てくる。
切った肉を一口。
――これはまいった。絶品だ。
受肉して、こんな美味なものにありつけるとは思っていなかった。
噛むほどに肉汁と旨みが口いっぱいに広がってくる。
ほのかに薫る香草が、脂臭さを消して次の一口への招待状となっている。
お次は、スープをいただこう。
豆と根菜、にんじんや玉ねぎに芋、葉野菜もいくつか入っているな。
野菜たっぷりのスープか…
子どもたちが食べやすい工夫なのだろうか、どれ――
スプーンを口に運び、また驚かされた。
なんと濃厚な野菜の旨みだろうか!
野菜本来の甘みがくどさを感じさせずに調和している。
香味野菜の類でベースが作られているのだろう、具材にはない野菜の旨みがいくつも弾けている。
また、塩加減も絶妙だ。
次のひと匙へと自然と手が進む。
このスープに先ほどもらった黒パンを浸してみた。
……完璧だった。
黒パンの持つ粗野な風味が、野菜の旨みと甘みによく合う。最初から、こうして食べるために作られたのではないかと思えるほどだ。
次に鶏肉にかけられたソースにもつけてみる。
オレンジを思わせる柑橘の酸味とほろ苦さが、黒パン特有の癖を和らげる。鶏の脂が溶け込んだソースには濃厚なコクもあり、これだけで一品の菓子にさえ思えた。
ふむ。なかなかやるではないか。これほどとはな……ん?
舌鼓を打って食事を楽しんでいると、ふと、視線を感じた。
周りの子どもたちがジッと俺様を見ている。
なんだ?
食事することが珍しい訳でもあるまいに。
「ナイショお兄ちゃん…」
パンをくれた赤毛の女の子が口を開いた。
「なんですか?」
「食べたかたキレイ…」
女の子はナイフとフォークを指差した。
食べ方?別に普通だと思うが…
視線を子どもたちの皿に移すとその意味がよくわかった。
みんな、ナイフとフォークを乱雑に掴んで肉に刺し、肉にかぶりついている。
スープにはスプーンを使っているが、顔を器へ近づけすぎていたり、そもそも持ち方が悪かったりして、テーブルはびちゃびちゃになっていた。
パンを口いっぱいに頬張り、リスの頬袋のように頬を膨らませている子どもも大勢いた。
「なんで、そんなにキレイなの?」
「テーブルマナーと正しい所作を心がけているからですよ」
「テーブル?」「まな?」「しょさ?」
子どもたちは初めて聞いたみたいな顔で反芻する。
「まず、ナイフは利き手で持って、フォークは反対の手で持つ。力は抜いて、押すのではなく、ナイフを食材に合わせた角度で引くと楽に切れますよ」
手にしたナイフとフォークを軽く持ち上げて実演してやると、子どもたちも興味津々に真似をしてくる。
「次はスプーン。人差し指と親指で摘み、他の指は軽く握って。スープを軽く掬って、唇に当て、音を立てずにスープを飲むこと」
「食べる姿勢も大事ですよ。椅子の背もたれから拳一つ分を空けて、背筋は曲げず、肘がテーブルにつかない様にしましょう」
初歩的なテーブルマナーを講義してやると、子どもたちは思い思いにカトラリーを掴んでは料理に挑んでいる。
たどたどしくマナーを守ろうとする姿勢は微笑ましくもあった。
ガタンッ!
隣で大きな音がした。
赤毛の女の子が袖を器に引っかけ、体勢を崩していた。
女の子は器と共に後ろに倒れ、傾いた器から熱いスープが零れて宙を舞い、少女へ降りかかる。
マリーとユーテスは、食事を待ちきれない子どもたちに取り囲まれている。
メギドもまた、別の子どもに剣をせがまれ、珍しく対応に窮していた。
三人とも、この女の子へ視線を向けていない。
さて、仕方ないな。
俺様は左手で女の子の身体を支え、右手で宙へ投げ出された器を掴む。
そのまま器を一閃。
宙に散ったスープの軌道へ滑り込ませ、零れ落ちる前に残らず受け止めた。
器をテーブルへ戻し、女の子もそっと席へ座らせる。
そして俺様は、何事もなかったように食事を再開した
「ご、ごめんなさい……」
女の子は怯えた様子だった。
「何かありましたか?」
鶏肉を切り分けながら、素っ気なく答える。
「……でも、助けてくれたんじゃ…」
そこまで言って、女の子の唇にそっと指を置いた。
「小さなお嬢さん怪我がなくてよかったですね」
「ただ、さっきのことは2人の秘密ですよ…」
少女は涙の溜まった目で俺様を見上げ、小さく頷いた。
危なかった。
みんなの視線が散漫になっていなかったら、危うく目立ってしまうところだったな。
さて、食事の続きを…
「エレノラ」
顔を上げると、フロウがこちらを見ていた。
女の子に向かって優しく呼びかける。
「お兄ちゃんに、ありがとうは?」
「……ありがとう、ないしょのお兄ちゃん」
「………どういたしまして」
赤毛の女の子、エレノラは謝辞を述べると、食事に戻った。
食堂では子どもたちが騒ぎ、その世話に従者たちが奔走している。
このまま食事は、何事もなく終わると思っていた。
が、フロウだけがこちらを見つめていた。
「……何でしょうか?」
「別に?すごい早業だなって思っただけよ」
「なんのことですかね?」
「なんのことかしらね?」
追及するでもなく、ただこちらの様子を窺っている。
――いや、それだけではない。
目が笑っていないのだ。
美人の無言の圧力は空恐ろしいものがあるなぁ。
横目で様子を伺っていると、
「――――」
口は動いていたが、周りの騒がしさで、聞き取れなかった。
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
フロウは何事もなかったように、スープを口へ運んだ。
それ以上問いかけることはできなかった。
その直後、エレノラが俺様の袖を掴んだからだ。
「お兄ちゃん」
「はい?」
「ご飯のあと、遊んでくれる?」
「え?」
返事をする前に、周りの子どもたちが反応した。
「ぼくも!」「わたしも遊ぶ!」
「肩車して!」「テンちゃん貸してー!」
「お外行こー!」
待て。
俺様は食事に招かれただけだ。
子守を引き受けた覚えなどない。
「フロウさん」
助けを求めたのではない。
館の主人として、この騒ぎを収めるよう促しただけだ。
フロウは優雅にスープを口へ運び、ゆっくりと匙を置いた。
「食べた分は、働いてもらわないとね?」
「まだ、話の途中だったと記憶していますが」
「じゃあ、子どもたちの後でお話しましょうか?」
「そんな暇はありま…」
「あらあら〜エレノラ?お兄ちゃん、忙しいみたいよ〜?」
「…お兄ちゃん、遊んでくれないの?」
エレノラが不安そうに俺様を見上げる。
目にいっぱいの涙を溜めて――。
その目は卑怯だ。
非常に卑怯だ。
「……少しだけですよ」
『わーい!』
子どもたちが一斉に歓声を上げる。
フロウは頬杖をつき、そんな俺様を満足そうに眺めていた。
この女。
最初から、こうなると分かっていたな。
「どうしたの?」
「いえ。何でもありません!」
今は食事が先だ。
食事を確保し、この屋敷の内情を探り、契約紋を解除する方法を見つける。
子守は、そのための偽装にすぎない。
決して、エレノラの目に負けたわけではない。
断じて違う。




