ご主人様と奴隷 4
食事の場へ行く道中、俺様はテンとともに長い廊下を歩いていた。
先頭はフロウと子どもたち。
銀の長髪が、歩くたびに揺れる。
身に纏っているのは、銀糸で編まれたビキニスーツ。
かなり煽情的な装いで、褐色の肌との対比が否応なく目を引く。
フロウ自身も、かなりの美貌の持ち主だ。片目を眼帯で覆っているが、露わになった切れ長の銀眼には、見る者を惹きつける妖しい光が宿っている。
悪い女の特徴だな。
ただ、フロウの子どもたちを見る目は、柔らかいものだ。
どちらが、本性か?
おいおい確認すればいいか…当面は…
「ねねね?キミキミィ〜」
思案中、金髪の女、マリーが俺様の頬を掴んでくる。
「……なんですか?」
「それって〜魔物?スライム?」
それ、俺様の下、正確には俺様が乗っている青色の球体、我が配下、スライムのテンを指さす。
「そうですよ。テンと言います」
「へぇーなんでスライムと一緒なん?」
「森で会ったんです。いきなり襲われましたが、話してみればイイヤツでしたよ」
危うく串刺しか、圧死させられるところではあったがな。
「そうなんだ……ねね。このプルプル食べれそ?」
は?
なんと言ったこの女?
見ろ、テンが固まってしまったではないか。
「プルプルしててさーゼリーみたいじゃん?ワンチャン……」
「いや、知りませんよ」
「食べないの?」
「食べません。この子は僕の友達ですよ」
「えーーいいじゃん…ちょこっとだけ……」
「ダメです」
色々文句を言ってきたが、全てピシャリと断ってみせる。
曖昧な返事だと、知らぬ間に一掴みされる可能性もあるからな…
大事な配下を食われてたまるか。
「まったく……で、貴女もテンを食べたいんですか?」
マリーの反対側から俺様に熱い視線を送っているのは桃色髪の女、ユーテスだ。
「いえ?スライムを食べる文化は持ち合わせていませんよ…ただ、とても興味深いなと」
「テンがですか?」
「いえ、キミのことが」
ズスィっと顔を近づけて、しばらく顔と言うより、目を覗き込むユーテス。
薄い茶色の瞳は真っ直ぐに、まるで奥底を覗き見るかの様に深く深く見つめてきた。
「フロウ様の術式がわかっていますよね?」
「これのことですか?」
胸元の契約紋を指差す。
そうよとユーテスが大きく頷いた。
「契約紋の起動の条件とか」
「こちらに来るまでの道すがら暇でしたので、少し調べてみただけですよ」
「少しねぇ…」
僅かに笑みを浮かべるユーテス。
こちらの反応を見ているのか?
「何か?」
「契約紋の内容も見抜いていますよね?」
ユーテスは穏やかに微笑んでいる。
だが、その目はこちらを観察していた。
フロウほど底知れなくはない。
代わりに、こちらの言葉を一つずつ拾い上げ、矛盾がないか確かめているような目だった。
「行動制限や所在確認だけならともかく、発言の制御や念話術式まで見抜いていましたね。並の魔術師では、紋様を見ても契約紋だと判断するのが精いっぱいでしょう」
「そうなのですか?」
「ご存じなかったのですか?」
「記憶がありませんから」
俺様は少し困ったように笑ってみせた。
「ただ、術式を見ると、なんとなく仕組みが分かるんです。昔、どこかで習ったのかもしれません」
「記憶はなくとも、知識は残っている……」
ユーテスが俺様の顔を再度覗き込む。
桃色の長髪がさらりと揺れ、甘い花のような香りが鼻先をくすぐった。
「非常に興味深いですね」
「そう言われましても」
「一度、ゆっくり調べてみたいものです」
調べる。
その言葉が、妙に物騒に聞こえた。
この女の場合、椅子に座って話を聞く程度では済まない気がする。
「機会があったら、お話できるといいですね」
「ええ、ぜひ。いつにしましょうか?食事の後ですか?それとも、このまますぐにでも、私は構いませんが…」
「ユーテス!」
低い声が割って入った。
振り向くと、メギドが鋭い視線をこちらへ向けていた。
「素性の知れない者に、余計な関心を持つな」
「あら。知ろうとしなければ、いつまでも素性は知れないままですよ」
「知る必要などない。フロウ様に害をなすなら斬る。それだけだ」
ずいぶんと単純明快だ。
「今のところ、害を与えられているのはボクの方だと思うのですが?」
「名も名乗れん、素性も知れない者の言い分を信じろと?」
取りつく島もないな。
「出会い頭で呪印を施された挙句、名乗ったら不合理な契約の可能性があるのにですか?」
「貴様に隙があったからではないか?脇が甘いのだ」
「……貴女はボクにどうしろと?」
「私の視界に入るな」
それは無茶だろう。
「それは難しいお願いですね」
「お願いではない、警告だ…せめて私の間合いには入るな。次は警告しない」
何を言っても否定されるな…まぁつまりコイツは
「貴女はボクの事な嫌いなんですね…」
「よくわかったな。少しは好感が持てたぞ。その調子でこの場から消えてくれるともっと好きになれそうだ」
本当に辛辣な女だ。
先ほどから、こちらを害虫か何かのように見ている。
1人は食欲、1人は探究心、1人は嫌悪
なるほどあまり良くない状況だな
帰りたくなってきた。
適当に理由つけて消えるが吉だろうな。
「フフッ早くも打ち解けたみたいで良かったわ」
うん?
この状況を見てどう解釈すればそうなる?
見ろ、殺気を放っていた護衛が心底嫌そうな顔で見ているぞ。
「フロウ様!?なんのことですか?」
ごもっともな質問に、フロウはだってと首を傾げている。
「マリーはテンちゃんを気に入って、ユーテスは興味津々。メギド、貴女だって、さっきからあの子しか見ていないもの」
「それは、此奴が怪しい動きをしないかと…」
「気になるのよね」
「フロウ様の思われている様な動機では…」
「勘違いから生まれる関心は恋の始まりに似ているそうよ」
「ゥエッ!お戯れはおやめください…」
そこまで否定されると、何の関心もなくとも傷つくぞ。
「キミもそう思わない?」
「…好意がどうかとかはわかりませんが、明確な殺意と嫌悪感だけは嫌と言うほど感じられましたよ」
「それだけ熱烈ということでしょう?」
フロウが肩越しに振り返る。
形のよい唇には、変わらず柔らかな微笑みが浮かんでいた。
ただ、隙が見えない。
歩き方も、何気なく廊下を曲がる仕草も優雅で自然。
部下と馬鹿話をしている時でも、纏う空気は荘厳であった。
それなのに、こちらがどれだけ目を凝らしても、この女が次に何をするのかまるで読めない。
契約の仕組みを見破られても驚かず、理由を尋ねれば「可愛かったから」と笑って煙に巻く。
何も考えていないように見せながら、その実、すべてを承知している。
しかし、その細められた瞳の奥には、何か別の感情が隠れている。
俺様の反応を楽しんでいるだけではない。
何かを確かめようとしている。
そんな気がした。
「フロウ様、お腹すいたー」
先を走っていた子どもの声に、フロウは視線を外した。
「ええ、今行くわ」
再び歩き始めるフロウ。
それに続くように、三名の従者も歩き始めた。
色々と問題が降ってきたが、今はダメだ。
サッサと飯をいただいて、貰える情報をいただき颯爽と去る。
これに限る。
長居は無用。
最低限の労力で最大限の成果を上げなくてはな。
そんな風に思っていた自分が懐かしいとしみじみ思うことになるなぞ、この時は思ってもみなかったんだよなぁ……




