ご主人様と奴隷 3
「……ずいぶんと乱暴な歓迎ですね」
拘束を解かれた俺様は、床に座したまま、銀髪褐色の女を睨みつける。
「あら?そうかしら?」
悪びれた様子もなく、あっけらかんと女は言う。
「人の屋敷に勝手に入ってきたのはキミでしょう?」
「素っ首を落とされても文句は言えないんじゃないかしら?ねえ?」
フフフと怪しげに微笑む女の側で、長剣を携えた配下の女の視線がこちらに向く。
「…お客様だと、言いましたね?」
「そうね、大事なお客様よね」
「これが――理由ですか!」
駆け引きは分が悪いようなので、正当性を主張しようか。
上着の首元を少し引き、胸元を見せつける。
「あら❤︎可愛らしいわね。誘惑するつもり?」
町娘のようにはしゃいぐ姿に少し苛立ちを感じるが、ここは我慢だ。
「出会い頭にこんなものを押し付けておいて、この仕打ちはあんまりじゃないですかね?」
グッと力を込めると、胸に赤い紋様が浮かび上がる。
ギルドの前では、うっすらと光る程度であった。
だが、次第に痛みが強まり、紋様も濃くなっていった。ところが、この屋敷へ近づくにつれて痛みは治まり、代わりに紋様だけがはっきりと浮かび上がった。
「フフッ。案外賢い子なのね」
「ボクに何をお求めで?自慢じゃ無いですけど、記憶もありませんし、ほとんど文無しですよ?」
女は少し考える素振りをした後、一言。
「アナタ、かわいいから❤︎」
は?
答えになってない。何を考えているんだこの女は?
予想していなかった返答に反応できずにいると、女が言葉を続けてきた。
「アナタ、お名前は?歳はいくつ?」
「いや、だから…」
「教えてくれないの?」
「だから…意味がわから…」
そこまで言って言葉に詰まる。
喉元に剣、首元にナイフが突きつけられていたから。
「フロウ様がお聞きになっているだろうが…さっさと答えろ!」
「お?お?メギちゃんヤッちゃう?」
メギドとマリーが痺れを切らして、得物を突きつける。
刃先からは明確な殺意が伝わってくる。
ユーテスだけは動かない。
ただし、口元では小さく何かを唱えている。
回復系の呪文であってほしいものだ。
俺様のための。
「あなたたち…そういきり立つものではないでしょ?」
「ですが」
「私がお話してるのよ?」
ニッコリ笑うフロウ。
空気が少し引き締まった気がした。
「……はいはーい!アタシはやめまーす」
「おい!マリー」
「フロウ様。私は初めから口は挟んでおりませんので」
「ユ、ユーテス!お前まで」
確かに口は挟んでいない。
呪文は唱えていたがな。
フロウの一言に、マリーはナイフを収め、いつの間にか俺様から離れたところに移動していた。
ユーテスはフロウの隣に移動し、傅いていた。
2人ともなんという早業か…
「メギド?」
残りの忠臣に、フロウが視線を送る。
「―――ッ!…あまり時間もありませんゆえ、お手短に…」
剣を収め、フロウの後ろに陣取る。
渋々に、本当に悔しそうな顔をしている。
そんなに俺様の首を泣き別れにしたいのかコイツ…
「それで…アナタの名前は?」
「言いたくありません」
ハッキリと答えた。
わざとらしく驚いた表情をするフロウを尻目に、他の3人が殺気立つのがわかった。
「どうして?そんな風に言われると悲しくなるわ」
「名前、言ったら契約完了しますよね?」
「あら、やっぱり賢い子♪」
メソメソと泣き真似をするフロウであったが、契約の核を答えてやったら、舌を出して笑っていた。
やはり、悪女の類だったか。
胸の紋様――契約紋の類だろう。
道すがら解析してみたが、実によくできている。
行動の制限、所在の把握、発言の制御。
それに、魔力を介した念話まで組み込まれていた。
あの一瞬で施したとは思えないほど緻密な術式だ。
しかし、どの機能にも魔力が通っていない。
いわば、動力を与えられていない魔道具のようなもの。
つまり、契約はまだ完了していないのだ。
「ボクが名前を言うこと、それが契約の承認となるんじゃないですか?」
「アナタ魔術に造詣が深いのね?本当に賢い子だわ」
「……何故ボクにこんなことを?」
「ん?可愛かったからよ」
「だから…理由になって……」
ゴーン…ゴーン…ゴーン…
大きな鐘の音が聞こえた。
かと思うと、奥の部屋から幾人かの足音が近づいてきた。
「わーい!」「お腹へったー」「フロウ様ーあっちでなんか見つけたよー」「マリちゃん遊ぼー」「ユー姉、ご本読んでー」「メギド姐さん剣見せてー」
現れたのは、年齢も性別もばらばらな十数名の子どもたちだった。
「あらあらあら、それじゃあまずはご飯にしましょう」
『はーい!!』
フロウの鶴の一声で皆移動する。
「アナタもどう?」
「いりません」
ハッキリと断ってやった。
飯で懐柔されると思われても敵わんからな。
ぐぎゅゅるぅぅぅっっ
突如地鳴りの様な音が響いた。
なんの音かは分からん。
だが、マリーは腹を抱えて爆笑している。
ユーテスは口元を押さえ、必死に笑いを堪えていた。
メギドに至っては、俺様へ憐れみの視線を向けている。
なぜだ。
「身体は正直みたいね?」
「なんのことですか?」
「味も量も保証するわよ?」
「いただきましょう!」
なんだテン?そんな風に俺様を見るでない。
腹が減ってはなんとやらだ。
いい機会だから、教えておいてやろう。
糧食は大事なのだぞ、食える時に食うものだ。
腹は減っていない、断じてだ!
「そうね。素直がいちばんよ」
やめろ。
そのわかってます的な表情をするでない!
これは、戦略だ。
相手の財政や物資事情を知るうえで、食事の質と量は重要な判断材料となる。
また、会食の席は静かなる戦場であり、音なき盤外戦でもある。
敵の懐へ入り込む、またとない好機というわけだ。
断じて、空腹に屈したわけではない。
ないったら、ない。




