また会う日まで
「おはよう!」
朝。
木々の隙間から差し込む陽光の中、満面の笑みで二人を迎える。
結局徹夜になってしまったな。
だが、満足いく内容には落ち着いたぞ。
ふふふっ。
「…………」
「…………」
なんだ?
寝起き早々、二人して珍獣でも見たような顔をしているではないか。
「……なあ、エリス」
「あぁ…言わないで。あんま関わりたくないから」
「なんかバル、今日すっげぇ機嫌よくね?」
頭を抱えるエリスに構わず言葉を投げるアッシュ。
「そう?」
そんなに顔に出ていただろうか?
「そうよ」
「なんかあったのか?」
怪訝な表情で問いかける2人だが、
「何もないよ♪」
にっこり。
これでもかといい笑顔を見せてやる。
「…………」
「…………」
二人の顔がさらに引き攣る。
「なんだろうな……」
「奇遇ね。私もよ」
失礼な奴らだ。
昨晩は二人の装備を少々――本当に少々弄ってやっただけではないか。
若者の成長を願う年長者からの、ささやかな餞別というものだ。
少々使い所を選ぶが。
少々癖もあるが。
少々死ぬほど苦労するかもしれんが。
なぁに。死にはせんさ、多分。
――おいテン。
そこで首を振るんじゃない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森を抜け、街道を進むことしばらく。
やがて、木々の向こうに街の外壁が見えてきた。
遠目にもわかるほど高い石壁だ。
壁面には、何か戦いで生じたものらしい補修跡が残っている。
街道には、荷馬車や旅装の冒険者、商人たちが行き交い、門の前には入街を待つ人々の列ができていた。
大きく開かれた門の両脇には、槍を携えた兵士が立っている。
門の向こうには、石造りと木造の建物が並び、尖った屋根や煙突が覗いていた。
焼いた肉やパンの香りに、馬糞と汗、革、鉄の匂いが混ざっている。
森の中では感じなかった、人が集まって暮らす場所特有の匂いだ。
「あぁ……」
「やっと帰って来れたぁ…」
2人の口から安堵の声が漏れた。
流石に色々と応えたのだろう。
聞けば、ここ4、5日、まともな休息を取らずの強行軍だったらしいからな。
食糧もギリギリで依頼も未達寸前、もう見世物小屋で身体売るしかないとか言ってたな。
強く生きろよ!
プルゥ!とテンも大きく振るえた。
しかし、これが街か。
この世界に来て初めて見る、まともな都市。
さて、どのような文化が――
「止まれ!」
……おっと。
門番の男が槍を横にして、俺様たちの行く手を遮った。
その視線は俺様――ではなく。
プルン!
…テンに向けられている。
「その魔物はなんだ!」
何と言われても、スライムだが?
「テンだよ」
「そんな事を聞いているんじゃない!」
む?では何を聞いているのだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
エリスが慌てて俺様と門番の間に割って入る。
「門番さん。この子、魔物使いみたいなんです!」
「みたい?」
曖昧な表現に目を細める門番に、笑顔を崩さずエリスは続ける。
「記憶がないんです。森で保護しました。このスライムとは従魔契約を結んでいるので危険はありません」
あぁそういう事か。
すまんなエリス、すっかり忘れていたわ。
「身元は?」
「だから記憶が――」
「いや、でもバルって神――むぐっ!」
アッシュの口をエリスが塞ぐ。
「んんっ!…何でもありません」
「…………」
ホホホと笑顔で誤魔化すエリス。
門番の目がさらに細くなる。
おい、バカ。話をややこしくするな。
「と、とにかく!私たちは冒険者です。このままギルドへ連れていって、身元と従魔について相談するつもりですので」
早口に捲し立てつつ、エリスが鈍色の板、ギルド証を差し出す。
門番はそれを確認し、俺様とテンを何度か見比べた。
「……街中では絶対に従魔を暴れさせるな」
「もちろんです!」
「何かあれば、お前たちの責任になるぞ」
「はい!」
プルゥ!
「お前も返事するのか……」
ふむ。
街への侵入成功。
ご苦労様。
案外容易いものだったな。
色々あったが、門をくぐり街に入る。
街の中は、外から聞こえていたざわめきが近くなった程度で、森とはまるで違う世界だった。
露店から客を呼ぶ声が飛び交い、荷物を担いだ男たちや買い物客が行き交っている。
焼いた肉やパン、香辛料、薬草の匂いが混ざり合い、通りの奥からは鍛冶場の音が響いていた。
「バル! あれ食い物屋だぞ!」
アッシュが指差す。
「見ればわかるわよ」
「こっちは武器屋だ!」
「だから見れば――」
「おい、あれ何だ?」
「聞いてるの?」
「なあ、あの串焼き食っていいか?」
「話を聞きなさい!」
騒がしい二人を横目に、俺様は街並みを眺める。
建物の壁には、見たことのない文字で書かれた看板が掛かっている。
剣と盾を描いた店。
瓶と葉を描いた店。
獣の頭蓋骨を掲げた店。
文字が読めずとも、何を扱っているのかは何となくわかるようになっているらしい。
実に興味深い。
この世界に来て初めて足を踏み入れた都市は、想像していたよりもずっと騒がしく、臭く、そして生きていた。
後でゆっくり見て回るとするか。
そう考えていた、その時だった。
「危ない!」
後方からざわめきが聞こえた。
今までの喧騒とは違う、緊張感のある、そう、悲鳴も混じっていた。
「道を空けろ!」
誰かが叫ぶ。
振り返ると、通りの向こうから二頭の馬が車台を引き連れて駆けてくる。
蹄が石畳を叩き、車輪が激しく跳ねる。
「バル!」
腕を引かれ、事なきを得たがあと一歩遅ければ怪我ではすまなかっただろうに。
目の前を二頭立ての馬車が駆け抜けていく。
妖精や花の意匠の金細工を満遍なく施した豪奢な装飾。
黒を基調として鏡の如く磨き上げられた車体。
随分と金の掛かった馬車だ。
「貴様ら往来の邪魔だ!」
馬車が止まる。
御者台から蒼白い肌の女がこちらを睨みつけていた。
切れ長の瞳をさらに細めて睨んでくる。
「道の真ん中でぼうっとして!死にたいのか!?」
「いや、そっちが――」
「アッシュ、やめなさい」
エリスが制する。
まあ、いい。
こちらにも不注意はあった。
とりあえず、1発いっとくか――
「メギド、乱暴な言葉は好きじゃないわ」
馬車の中から、女の声がした。
御者の女が振り返る。
「申し訳ございません。フロウ様。…ですが、コイツらが…」
「子どものした事でしょう?それに、無茶な運転をしていたのはコチラの方よ?」
馬車の窓が開く。
銀の髪。
褐色の肌。
髪で顔が半分隠れているが、整った顔立ちの女が、そこからこちらを覗いていた。
「ごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「怪我はないかしら?」
「い、いや! 全然! 俺たちは大丈夫です!」
……なぜお前が答える。
「へぇ……」
隣から低い声のエリスだ。
「随分嬉しそうね、アッシュ?」
「え? いや別に?」
「鼻の下」
「伸びてねぇよ!」
「伸びてる」
「伸びてない!」
やれやれ。
朝から元気なことだ。
「フフッ…では、失礼するわ」
美女が微笑む。
御者が手綱を取る。
馬車がゆっくりと動き始めた。
その時。
女の視線が――俺様に向いた。
ほんの一瞬。
銀の瞳と目が合う。
…………。
チクリ。
胸に刺激が走ると同時、全身が掴まれる感覚に襲われた。
が、すぐに違和感はなくなる。
「バル?」
「どうしたの?アンタもあの魔女に心奪われちゃったかなぁ?」
一瞬呆けていただけだ。
そこのバカと一緒にしないでもらいたいものだな。
「魔女?」
そうとエリスが答えた。
「有名人よ。エンマーシュ商会の耳長の魔女」
「子どもを攫ってるとかの噂があるけど……バル大丈夫?」
「大丈夫だよ」
遠ざかっていく馬車を見る。
奴隷商エンマーシュか。
ふむ。
覚えておこう。
冒険者ギルドは、街の中心近くにあった。
「じゃ、俺たちは依頼の報告してくるけど……」
アッシュが言いにくそうに頭を掻く。
「バルはどうする?」
今はまだギルドに行く訳にはいかん。
多分大騒動になるだろうからな…
「街を見て回ろうかなって」
「だったらさ」
少し間を置いて。
「俺たちのパーティに入らないか?」
ほう。
予想はしていたが、相変わらずストレートな奴だ。
「アッシュ!」
エリスも声を上げる。
多分、もうちょっと段取りがあったのだろうな。
心中お察しするぞ。
「いいだろ? バル、めちゃくちゃ役に立つし」
「そういう言い方じゃなくて……」
「でもエリスも昨日――」
「それ以上言ったら殴るわよ!」
もう殴る構えではないか。
まったく…
「ありがとう」
笑顔を見せる。
「でも、やめとくよ」
笑顔で答える。
「そっか……」
アッシュの肩が落ちる。
エリスも黙ったまま、視線を逸らした。
悪いな。
元より、この二人について行くつもりはない。
装備の具合は見ていたい気持ちも、なくはないが。
だが。
俺様には俺様でやるべきことがあるのでな。
「じゃあ、これ」
エリスが小さな袋を押しつけてきた。
「なに?」
「餞別」
いつも以上にぶっきらぼうな態度で、それ以上語らない。
中を見ると、
金、食糧、小さな薬瓶。
さらに別の包みには、子ども用らしき服と靴。
「これ、お姉ちゃんの――」
「いいの!」
妙に大きな声で遮られた。
「子どもがそんな格好でうろついてたら目立つでしょ!」
「でも、これ……」
「いいから!」
問答にならないエリスを尻目にアッシュに視線を送るも、苦笑しながらヒラヒラと手を振るだけ。
ふむ。
袋の重みから察するに。
コイツら手持ちの大半を入れたな?
「ありがとう、お姉ちゃん」
不器用な好意だ。
ありがたく、いただいておこう。
「別に」
エリスは顔を背けた。
耳まで赤いぞ。
「じゃあな、バル!」
アッシュが手を上げる。
「また会おうぜ!」
「うん!」
「テンもな!」
プルゥ!
「次会った時は、もっとデカくなってたりしてな!」
やめろ。
これ以上大きくなったら移動が面倒だ。
「じゃあね」
エリスが小さく手を振る。
「……元気でね」
二人がギルドの中へ消えていく。
アッシュは最後まで何度も振り返り、エリスも一度だけ、こちらを振り返った。
…………。
静かになったな。
プルゥ。
「寂しいのか?」
プル。
「そうか」
まあ。
悪くない時間だった。
さて。
服もある。
金もある。
この世界についての最低限の知識も得た。
そして――
胸元に手を当てる。
トクン。
微かな魔力の鼓動。
先ほどから消える気配がない。
いや――
消えるどころか、胸を締めつける力がドンドン強くなってきている。
繋がっているのだ。
糸のように。
針のように。
俺様と、術者を。
さて、心当たりは――
一つしかないな。
…あの女か。
先ほどの馬車。
銀髪の女。
俺様の胸に、知らぬ間に術式を刻んでいったらしい。
この形状。
魔力の流れ。
そして、この妙に所有権を主張する術式構造。
おそらく――
奴隷紋。
…………。
ふ。
ふふ。
ふふふふふ。
面白い。
俺様を奴隷にするつもりか?
随分と愉快なことを考える奴がいたものだ。
「テン」
プルゥ?
「予定変更だ」
街を見て回るのは後にしよう。
場所は――痛みが教えてくれるか。
解呪は――ほお?中々強力ではないか。
ならば――会いに行こうではないか。
俺様に首輪をつけようとした、酔狂なご主人様の所へ。
さて。
鬼が出るか。
蛇が出るか。
それとも――
別れと出会いは対極にあるが、こうも早く新しい出会いがあるとはな。
自分の運否天賦がいかほどか、それを知るのも新しい暇つぶしになるだろうか?
何はともあれ、年甲斐もなく俺様の足取りは、自然と軽くなっていた。
二章の最後です。




