死に候え
「どんなって…」
「ねぇ…」
アッシュとエリスは顔を見合わせている。
どんな冒険者になりたいか、改めて問いかける。
「俺たちの目標的なことかな?」
アッシュの問いに首を振る。
聞き方がざっくりしすぎたか…
「違うよ。2人がなんで冒険者になったのはわかった」
「ボクが聞きたいのは―――矜持…」
ごくりと唾を飲む音が聞こえた気がした。
「きょうじ…?」
初めて聞く言葉なのか、難しい顔で首を捻るアッシュを横目に、エリスが神妙な面持ちで見てくる。
「… 冒険者として何を誇りにするのか…何のために冒険者でいるのか……そういうこと?」
「うん!そんな感じかな」
子どもの顔で答えてやる。
明日をも知れない冒険者稼業に身を窶すのには、理由があるだろう。
アッシュなら騎士の詰め所、エリスなら学校に齧り付けば、安全でそこそこの暮らしも出来ただろう。
その程度の考えが、アッシュはともかくエリスに無いとは思えない。
さて?どう答えるのかな?
「…私はね、知りたいのよ」
意外にもエリスが先に口を開いた。
驚いた表情が出ていたのだろう、何よとむくれた顔でこちらを見てくる。
気にしないでと伝えると、腑に落ちない様子でエリスが続ける。
「私は魔法が好き」
「術式や魔法陣にはロマンがあるわ」
「様々な超常を起こす奇跡が、緻密に練られた計算の上に成り立ってる」
「魔法だけじゃないわ。地学、歴史学、語学、宗教学、精霊学に悪魔学まで、知りたいことは山ほどある」
キラキラと瞳を輝かせるエリス。
魔法好きなんだなぁ。
わかるぞ。
「だから、勉強して本を読んだけど、学校にある蔵書では限りがある…だから」
「世界を旅する冒険者になって、全てを知りたい!!……これが私の冒険者像…なぁんてことで、いいのかにゃぁ……」
珍しく興奮して、立ち上がり声も大きく張り上げている。
ただ、我に返り恥ずかしかったのか、最後の語尾がよく聞こえなかった。
「俺は…」
腕を組んで考え込んでいたアッシュが口を開く。
まあ、コイツはカッコいいとかだろう。
バカだし。
「俺は、格好良くなりたいからだ!」
ほらな。
バカだろう。
「えーっと、アッシュ兄ちゃ…」
「まてまてまて!バル!今俺のこと可哀想な奴みたいに思ってないか?ちゃんと理由あるから!」
本当か?
相方も哀れんだ表情を浮かべているぞ。
「えーっと…実は騎士団に少し所属してたんだわ、俺」
え?
「え!?」
エリスと同時に声が出る。
「…いつよ?」
聞いてないと目で訴える相方に、バツが悪そうに頭を掻いて誤魔化す。
「お前が学校卒業するちょっと前?1ヶ月ちょいの間だったっけな?」
「だったらなんで、そのまま団にいればよかったのに」
「それは…」
「それは?」
あ―多分予想できるなぁ。
何故かって?
だってコイツは……
「何するにも規則、規則って覚えることがめつっちゃ多かったんだよぉ!!」
そう。バカだから。
「あんた…」
「兄ちゃん…」
プルゥッとテンも哀れんだ感じで振るえた。
「そうじゃなくって!!…騎士団ってさ、一応国とか領主とかに属してるから、何するにも伺い立てなきゃならないんだよ」
「そりゃそうでしょうよ…」
それはそうだ。
仮にも騎士団が勝手気ままに振舞えば、団を管理する貴族らの越権行為とかの話になりかねん。
それぐらいは常識でわかりそうだが…
「そうじゃなくってさ…なんていうか、目の前で困ってら人とか助けるのにも、なんか後々手続きがいったり、報告がないとか遅いとか」
「他にも品位が下がるとか、騎士の仕事じゃないとか色々と言ってくる奴が多くてさ…」
少し、ほんの少し残念そうな表情を見せるアッシュ。
求める騎士像は、清廉潔白であってほしいとの願望からか?
騎士とて生活がある。
生きていく糧は降って湧いてくるものではない。
そうしたしがらみは仕方ないものだと割り切るのが賢いやり方だがな。
「そういうの見たら、なんか違うなって思って、辞めた!」
賢くない者には、そうだろうな。
割り切れないから、バカなのだ。
だが、そうしたバカは―――
「アッシュ兄ちゃんが思う騎士様はどんな人なの?」
口の端が綻ぶのを感じた。
コイツに何を期待する?
「バル!よく聞いてくれた!」
曇った顔が、パッと晴れる。
こういう所は、コイツのいい所なんだろうなと思う。
「俺はな、騎士は逃げちゃダメなんだと思ってる」
死を恐れぬ蛮勇か…
一番聞きたくない答えだったな―――
だが、俺様の感情に変化があったのに気づいたか、アッシュは急ぎ言葉を紡ぐ。
「あ―――死んでもいいってことじゃなくて」
「仲間や民の窮地に背中を見せず最後まで敵に立ち向かう!みたいな?」
「自分が戦地を離れるのは、皆が無事逃げ切ってから」
「例え千の敵軍が押し寄せても、後ろに無辜の民がいるならば、その身、盾とし万難苦難を払いのける」
「そんなのが俺の騎士像だなぁ」
わかりやすい英雄願望に聞こえる。
だが、コイツの性根を少し垣間見えた所で聞くと、ただ一騎当千の英傑に憧れる少年とは違って見える。
ただ強いだけでない。
ただ優しいだけでない。
不義を許さず。
政に属さず。
信を貫くには、強烈な個を表す必要があるか。
「プッ…だから気ままな冒険者でやっていくってこ
と?」
堪えきれず吹き出してしまった。
しがらみなく、自分が真を示すため、風来坊として騎士道を貫くと。
「ああ!難しいこと考えなくていいしな!!」
「ちょっとは考えなさいよ!」
親指を立てて勢いよく応えるバカに、三度杖が頭を叩く。
夜の帳と焚き火の中に、笑い声がこだました。
――――――
夜も更け、ゆっくり燃える火を間に、眠りつく2人の冒険者。
一人は真に強き勇士たることを望む者。
一人は自らで真理を掴もうとする者。
実力、実績、全く未熟。
素質は認められるが、蕾も蕾。
開花するかも定かではない。
だが、その矜持たるは中々に興味深い。
音もなく2人に近寄る。
よほど疲れたのだろう。
アッシュは大口開いてよだれまで垂らしている。
エリスもマントを頭から被り、寝息を立てている。
野営でこんな熟睡できるとは、なんとも剛気な冒険者様だことよ…
さて…
2人の装備に視線を落とす。
アッシュの両手剣
確か、自己修復の効果があったな。
他にも魔石に似た宝石がいくつか…
エリスの外套
魔力を通しやすい金銀糸を用いていたか。
生地そのものも悪くないな…
ふふふふふふふふふ―――
で、あるならば、
剣には【不抜】【不退】【背水】【覚悟】【無尽】
外套には【臨界】【循環】【解析】【負荷】【無限】
指に魔力を乗せ、それぞれの装備に俺様のいた世界の術式を書き込んでいく。
軸はこれでいいかな?
プルゥ?
一連の作業を見てテンが不思議そうに揺れた。
何をしているのかだって?
「ふふ、おまじないだ」
「神子からのささやかな呪いだよ」
コイツらが俺様の暇つぶしの手助けになればいいけどな。
さて、後はもうちょっと便利な術式を書き込んでやるとするか。
なぁに、死にはしないさ。
生きている内と若い内は、死んだ方がマシだと思える苦労はしておかないとな。
祝福とは他者から与えられる半ば呪いのようなものだからな…
後はこの剣と外套を神話級にまで引き上げてやるか。
ん?なんだテン?
そこまで甘やかしていいのかと?
バカを言うな。
神話級にまで引き上げてやるのは、これから降りかかる七難八苦の中、九死に一生を拾えるようにしてやる、せめてもの情けだ。
ただ、普通には使えないさ。
崇高な矜持を胸に抱いた冒険者様なんだからな。
道具に使われているようじゃ、話にならんだろ?
真に使いこなせて、神話級。
装備も段階を踏まねばな。
そうでなければ、冒険譚は面白くないだろうよ。
意図が理解できたのか、どうかよくわからないが、テンはそれきり抗議をやめた。
どうなるかは知らん。
時代に名を残すか、明日果てるかはコイツら次第。
若人よ死に候えだ。




