第9話 示す
ガレンさんを、エルナとフローラさんに軽く紹介して、事情を説明した。
エルナとフローラさんは驚いていたが、ひとまず受け入れてくれている。
その後、予定通り適当な店に入って、ガレンさんの話を聞くはずだったんだが――
「ほら、上がれよ。ちょっと散らかってるけどよ」
「これが……ちょっと、ですの……?」
ガレンさんの言葉に、エルナが愕然と呟いた。
気持ちは、良くわかる。
主に酒瓶や脱ぎ散らかした服が散乱しており、足の踏み場があるのかも怪しい。
要するに、ここはガレンさんの拠点だ。
店に入る直前になって彼が、「内密の話をするなら拠点の方が良い」と言い出した。
その主張自体は真っ当だったので、俺たちも了承したものの、まさかこんな有様だとは……。
顔面蒼白なエルナを気の毒に思っていると、ガレンさんはあろうことか、床の酒瓶や服を足で強引にどかし、4人が座れるスペースを確保して言い放つ。
「取り敢えず、座れよ。いろいろ買って来たから、食いながらにしようぜ」
「は~い。失礼するわね~」
「フローラさん……抵抗ないのですか……?」
「エルナちゃん、郷に入っては郷に従えよ~」
「はぁ……仕方ないですわね……。さぁ、お兄様も」
「……あぁ、わかっている」
エルナが、少しばかり躊躇っている俺を、道連れにして来た。
ガレンさんはドカッと、フローラさんは淑やかに腰を下ろしている。
エルナがおっかなびっくり座り込んだのを見て、なるべく綺麗な場所に腰を落ち着けた。
その段階で革袋を取り出したガレンさんは、様々な食料を床に並べたのだが――
「あの、ガレンさん……?」
「あん? 何だよ、セシル?」
「フローラさんはわかりませんけど、俺とエルナは未成年なんですが……?」
「固いこと言うなよ。こんな場所で、法律も何もねぇだろ?」
「それもそうですね……とは行きませんから」
真顔で、ピシャリと言い放った。
何せ彼が並べた飲み物は、全て酒だったのだから。
食べ物に関しては、ご馳走してもらう以上、文句を言うべきじゃないだろう。
もっとも、酒のつまみばかりなのは、どうかと思ったが。
エルナは衝撃が強過ぎたのか、絶句して固まっている。
可哀そうに……。
軽く微笑んで水を差し出してやると、彼女はハッとした表情で受け取り、ぎこちない笑みを返してくれた。
フローラさんはと言うと、一緒になって飲み出しそうな雰囲気だったが、そうはさせない。
「飲むのは、あとにして下さいね。それより、殺すのを止めた理由を教えて欲しいです」
「何だよ、セシル。意外とせっかちだな。そう言う男は、嫌われるぜ?」
「か、関係ないでしょう。良いから、本題に入ってくれませんか?」
「ったく、仕方ねぇなぁ。せめて、食いながらにさせてくれよ。腹が減ってんだよ」
「まぁ……それくらいでしたら」
俺としては、それすらやめて欲しかったが、何でも禁止するのも良くない。
エルナとフローラさんも、少なからず食べたそうだしな。
そうして、ガレンさんたちは食事を始め、暫くしてからやっと声を発した。
「そんで、紅区の奴らを殺さなかった理由だったな。教えてやっても良いんだけどよ、その前に今の状況を考えてみろよ」
「今の状況、ですか?」
「おうよ、セシル。蒼区と白区は、形こそ違えど纏まってる。紅区は荒れてるが、まだ殺しはしてねぇ。じゃあ、黒区は?」
「……良く言えば自由。悪く言えば、区画としての纏まりがありません」
「だな。ここまで言えば、俺が止めた理由も自ずと見えて来るはずだ。もう1度、良く考えてみろ」
そう言ってガレンさんは、酒瓶を呷った。
結局飲むのか……。
この際それは良いとして、今の問答から答えが導き出される?
エルナに目をやると小首を傾げており、フローラさんは呑気に酒を自前のグラスに注いでいた。
自分で考えるしかないな。
各区画の状況が、止めた理由に繋がっているとすれば……あ……。
思わず口元を手で隠して、チラリとガレンさんを見やる。
一方の彼は、上機嫌に酒を飲んでいたが、こちらの視線に気付いたのか、愉快そうに目を合わせて来た。
見透かされているようで腹立たしいが……今回ばかりは、俺が悪い。
溜息をついてから、自身の答えを述べる。
「俺があそこで紅区のプレイヤーを殺していたら、様々な不都合が出ていた……そう言うことですね?」
「お兄様、不都合と言うのは?」
「まず、蒼区。ここは、プレイヤー同士の殺し合いを嫌っている。それなのに俺が……黒区が真っ先に殺害を犯したら、敵視されかねない」
「確かにね~。何より、最初って言うのが不味いかも~」
「はい、フローラさん。それから、紅区。ここは、もっとわかり易い。報復の正当な理由を与えることになるし、一気にゲームが殺戮の方に動いても、黒区のせいだと言い張れる。もしかしたら、荒っぽい紅区が殺人はしていないのは、それを狙っている可能性すらあるな」
「そんな……。そうなったら、黒区は……」
「エルナ、下手をすれば殲滅対象にされかねない。白区に関しては情報が少ないから、何とも言い難いが……。少なくとも、好ましい展開は待っていないと思う」
最後まで言い切って、額の汗を拭う。
ガレンさんがいなければ、俺は取り返しの付かないことをしていたかもしれない。
内心で反省し、彼を見た。
するとガレンさんは、いつの間にか酒瓶を床に置いて腕を組み、俺に真剣な眼差しを送っている。
間違ったのかと不安に思っていた俺に、彼は――
「上出来だ、セシル。まだまだ坊主だと思っていたが、やれば出来るじゃねぇか」
「……それはどうも」
嬉しそうに声を弾ませるガレンさんから、僅かに顔を背けた。
視線を感じて振り向いた先には、両手を組んで目を輝かせているエルナと、柔らかく目を細めたフローラさん。
むず痒くて、苦笑するに留める。
ただ、ホッとしたのも事実だ。
しかし、ガレンさんの話は終わっていない。
「そんで、これからどうする?」
「え?」
「いや、『え?』じゃねぇよ。状況は、おおむねお前の言った通りだ。けどよ、だからってこのままで良いのか?」
「それは……」
「はっきり言って、現時点で1番不利なのは黒区だ」
「え!? どうしてですか、ガレンさん?」
「わからねぇか、エルナ? 蒼区と白区は、ベクトルは別だが纏まってる。紅区も、ただ荒っぽいだけじゃねぇ。何かしらの意志を感じる。けどよ、黒区は?」
「う~ん。纏まりの『ま』の字もないわね~。仲良し同士で固まってたりはするけど~、区画としてはバラバラね~」
「フローラの言う通りだ。これは、区画単位での戦いにおいて、致命的な弱点になる。今は表面化してねぇだけだ」
ガレンさんの大きかった声が、腹の底に響く低さに落ちていた。
胡坐のまま、背筋だけが真っ直ぐに伸びている。
飲んだくれのオジサンの気配は、もうどこにもない。
むしろ……歴戦の古強者、とでも言うべきか。
気圧されそうになっている俺に構わず、彼は結論を叩き付けた。
「そこで、俺らの出番だ」
「俺たちの出番……?」
「そうだ、セシル。俺たちが中心となって、黒区を引っ張る。それしかねぇ」
「ま、待って下さい! どうして、わたくしたちなのですか? 適任者なら、他にも……」
「エルナ、いねぇよ。ここ数日、ずっと見て回っていたが、お前たち以上にこの役をこなせる奴はいねぇんだ」
「ふ~ん。理由を聞いても良いかしら~?」
「何より実力だ、フローラ。俺の見立てが間違ってなけりゃ、お前らは黒区で……いや、プレイヤー全体で見てもトップクラスに強い。強けりゃ何でも良いって訳じゃねぇが、何をするにも実力は必須だからな」
「そ、それはおかしいです。だって俺は……異能を持っていないんですよ?」
自分から申告するのは気が引けたが、ここははっきりさせる必要がある。
異能がなくても、出来ることをするとは誓った。
しかし、流石に黒区を引っ張ると言うのは、荷が重い。
ところが、そんな俺の主張を、ガレンさんは鼻で笑い飛ばす。
「だから何だってんだ? 異能なんてもんは、そいつの強さの一部に過ぎねぇよ」
「で、ですが……」
「そこで逃げんな、セシル」
「……ッ!」
「異能がないのは、確かに戦闘においてマイナスかもしれねぇ。でもな、だからってそれを言い訳にすんな。本気で勝ち抜きたいならな」
「ガレンさん……」
「それに、何もお前1人に背負わせようってんじゃねぇんだ。むしろ、お前は自分の思うように突っ走れよ。尻拭いは、大人の仕事だからな」
大胆不敵に笑うガレンさんに、何も言い返せなかった。
エルナも覚悟を決めたように頷き、フローラさんは優しさの中に鋭さを感じさせる目をしている。
瞑目してから一拍置いて、ガレンさんを真っ直ぐに見据えた。
そして、はっきりと言い放つ。
「わかりました。俺に何が出来るかわかりませんが、全力を尽くします」
「おし! 決まりだな! つっても、特別なことをする必要はねぇよ」
「あら~? そうなの~?」
「てっきり、黒区を纏めろとか言い出すかと思っていましたわ」
「まぁ、それが出来たらそれでも良いんだけどよ。ただ、黒区の連中はあんな感じだろ? それを言葉で纏めるのは、ちょっと現実的じゃねぇぜ」
後頭部をガリガリ搔きながら、ガレンさんはそんな風に言った。
黒区のプレイヤーは全体的に、足並みを揃えるのが苦手な印象がある。
いくら俺たちが協力を呼び掛けたところで、耳を傾けてもらえるとは思えない。
だったらどうする?
そう問いそうになったが、気付けば自然と答えが出た。
「行動で示せば良い」
「お兄様?」
「セシくん?」
「どの道、俺には大勢を纏めることなんか無理だ。だったらせめて、行動する。今はまだ、具体的なことは思い付かない。それでも……無力じゃないんだ」
握った拳を見つめる。
実際は、俺が何をどうしたところで、黒区のプレイヤーの気持ちを動かすことなんか、出来ないのかもしれない。
だが、動かせないとも限らない。
拳を更に固く握り締め、ガレンさんに目を向けた。
それを受けた彼は、微かに驚いた表情をしていたが、次いで歯を見せる。
「良いじゃねぇか。それで行こうぜ」
「はい! わたくしは、お兄様に付いて行きます!」
「皆が一緒なら~、怖いものなしね~」
何の保証もない、俺の漠然とした方針に、3人は賛同してくれた。
そのことに、不覚にも目頭が熱くなる。
意地でも耐えるが。
こうして俺たちは、パーティを組んだ。
そのとき――
「ただセシル、1つだけ釘を刺しておくぜ」
ガレンさんが、真剣な顔でそんなことを言い出した。
正直なところ思い当たる節がなく、頭上に疑問符を浮かべていたが、次の瞬間にはハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「蒼区の……ティアだったか? あの子との関係には、気を付けろ」
「……ッ! ……どう言う意味ですか?」
「言わなきゃわかんねぇか? それとも、考えたくねぇのか?」
腕を組んで、どっしりとした態度で尋ねて来るガレンさん。
そんな風に聞かれたら、こう答えるしかない。
「わかっていますよ。他区画のプレイヤーと親しくすると、内外にいろんな影響を与えるからですね?」
「まぁ、そう言うことだな。お前たちが繋がっているように見えたら、2人とも黒区や蒼区のプレイヤーたちから、裏切りや内通者の疑いを掛けられるかもしれねぇ」
「それ以外にも、紅区とか白区に付け入る隙を与えるかもね~」
「ガレンさん、フローラさん、酷いです! お兄様が、そんなことをする訳がありませんわ!」
「エルナ、冷静になれよ。俺らがどう思うかは、重要じゃねぇんだ。問題は、大局的に見てどうかって話だ」
「ですが!」
「エルナちゃん、落ち着いて~」
泰然としたガレンさんに、エルナは身を乗り出して詰め寄った。
そんな彼女を、フローラさんが宥めようとしている。
これじゃあ、いけない。
ティア……。
声に出さずにその名前を呼び、口を開いた。
「わかりました。彼女とは距離を取ります」
「お兄様!?」
「良いんだ、エルナ。俺のわがままで、皆に迷惑を掛ける訳には行かないからな」
エルナに微笑みながら、自分に言い聞かせた。
ところが――
「60点だな」
「え?」
「そうね、ガレンさん~。悪くはないけど、本当に正しい答えじゃないわ~」
「フローラさんまで……。じゃあ、いったいどうしろって言うんですか?」
決死の覚悟をあしらわれたように感じて、ついつい語気が強くなってしまう。
エルナも困惑しているようだが、ガレンさんとフローラさんは横目でアイコンタクトを取ってから、いけしゃあしゃあとのたまった。
「そりゃ、お前」
「バレないように、やりなさいってこと~」
「あの……それで良いんですか?」
「バレなきゃな」
「そうそう~。別にやましいことはしてないんだから、周りに誤解さえ与えなかったら良いのよ~」
「なんだか、悪い大人を見た気分ですわ……」
「本当だな、エルナ……。ただ……有難うございます」
敢えて多くは語らず、座ったまま頭を下げた。
ティアとの関係には、気を付けなければならない。
だが、完全に切る必要もない。
今は、まだ。
改めて現在地を確認し、胸に刻み込む。
そんな俺を満足そうに見ていたガレンさんが、突然話を変えた。
「そうだ。今後、俺らは一蓮托生ってことだよな? だったら、敬語はなしにしようぜ」
「あ~、それは良いわね~。ほら、セシくん、エルナちゃん、試しにわたしを呼んでみて~?」
「い、いえ、わたくしはこれが普通と言いますか……。他の話し方は難しいですの……」
「うーん。なら、エルナは仕方ねぇか。でもセシル、お前は違うよな?」
「え……!?」
「そうよね~。エルナちゃんには、タメ口だものね~」
「そ、それは、エルナが年下だからで……」
「おいおい、水臭ぇな。俺らの間に、年齢なんか関係ねぇだろ?」
「そうよ~。ほらほら~、早く~」
ズイズイと迫って来る、ガレンさんとフローラさん。
この大人たちは……。
助けを求めるようにエルナに目を転じたが、小さく首を横に振るのみ。
いろいろと諦めて、目を逸らしながらポツリと呟く。
「ガレン、フローラ、改めてよろしく頼む。……これで良いか?」
「おう! よろしくな!」
「うふふ~。よろしくね~」
「こうなったからには、俺も言いたいことは言うからな? いろいろ、覚悟しておいてくれよ」
「はは! 望むところだぜ! なぁ、フローラ?」
「そうね~。セシくんの言いたいこと、楽しみだわ~」
「ズルいですわ! お兄様、わたくしにも言いたいことは言って下さい!」
やけにテンション高く、ガレンは俺の肩を抱き、フローラは頭を撫でて来た。
ちなみに、いつの間にかエルナは、笑顔で抱き着いて来ている。
困惑せずにはいられない――が――
(温かいな……。母さんと父さんを、思い出す……)
そう感じたのも事実。
こうして、初対面ばかりの俺たちは、今度こそ1つのパーティとなった。
その後は軽い雑談をして、解散となる。
ガレンの拠点を出てエルナたちと別れ、自分の拠点に帰――らず、足を向けたのは夜の森だった。




