第10話 落ち着く
暗い森の中を、迷いない足取りで進む。
ここ数日で、すっかり慣れたものだ。
断っておくと、ポイントを稼ぎに来た訳じゃない。
じゃあ、何をしているかだが……有り体に言えば、巡回だ。
わかっている。
わざわざ他区画の危険エリアに、身を潜めている敵がいる可能性が、低いと言うことくらい。
それでも俺は、毎晩チェックしないと落ち着かなかった。
幸いにもと言うべきか、俺の魔力探知能力は高い。
隅から隅まで探索しなくても、敵の有無は調べられる。
まぁ……相手が隠密の手練れとかなら、その限りじゃないが……。
だからこそ、出来る限りは不安の種を摘んでおきたい。
それに……もう1つ、ここに来る理由がある。
いや、これに関しては、別に期待している訳じゃない。
もしかしたら、そう言うこともあるかもしれない……と言った程度だ。
内心でブツブツと呟きながら、森の探索を続ける。
経験を積んだことで、出現するモンスターに対処するのも、楽になっていた。
それだけじゃない。
今日は、明らかに体が軽く感じ、動きにキレがある。
その理由を考えたが、さほど難しい問題じゃなかった。
「もう、仲間を作ることはないと思っていたんだがな……」
僅かに自嘲気味に、声を漏らす。
明確に意識していた訳じゃない。
ただ、レイシスと言う存在を失って以来、どこかで人と関わるのを避けていたのは、否定し切れなかった。
しかし、俺は知ってしまった。
天真爛漫なエルナ、包容力のあるフローラ、豪快さと知性を併せ持つガレン。
彼らとともにいることの、温かさを。
あたかも、俺が会いたくて仕方がない、家族のように。
それゆえに、失うのが怖い。
だからと言って、今更離れるのも嫌だ。
ならばどうするか。
「今度こそ、守り抜く」
眦を決した。
だが、今のままじゃ駄目だ。
もっと、もっと強くならなければならない。
数多のフォレスト・ウルフを、怒涛の勢いで打ち倒して行く。
心は熱く、頭は冷静に、体は鋭く、それでいて流れるように。
最大火力で劣る俺に出来るのは、技と思考を磨くこと。
そうすれば、今よりも高みに行けるかもしれない。
最後の1体に足刀を叩き込み、塵と変えた。
いつの間にか、ただの巡回が戦闘訓練にまで発展していたが、無理はしていない。
少しだけ乱れた呼吸を整え――
「大したものですね」
聞こえて来た声に目を見開き、最速で振り向く。
視界に映ったのは……壁越しのティア。
いつの間にか、蒼区との境目まで来ていたのか。
それにしても、凄いタイミングだな……。
予想外の出来事に、戦闘中はフル稼働していた頭脳が停止して、口が動かない。
中々言葉が出て来ず、焦りだけが募った。
そんな俺をジッと見据えていたティアは、続けて可憐な口を開く。
「フォレスト・ウルフは大した強さではないですが、異能も使わずに12体を寄せ付けないのは並ではありません。称賛に値します」
初対面のときと、ほぼ同じ言葉。
それを受けて、ようやく体から余分な力が抜けた。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「有難う。ただ、俺は異能を使わなかったんじゃなくて、持っていないだけだ」
「そうでしたか。まぁ、異能者は1000人に1人と言われていますから、不思議ではありません」
「確かに。そう言うキミは、異能者なのか?」
「はい」
「そうか。正直、羨ましいな」
ここまでは、以前と全く同じ。
しかし……ここからは違う。
「だが、俺にも出来ることは、きっとある。異能の有無は、重要じゃない。仮に今後も発現しなくても、それを理由に逃げたりはしないと約束する」
俺の宣言を聞いたティアは微かに目を丸くし、次いで微笑を漏らした。
その笑顔があまりにも魅力的で、反射的に顔を背けつつ、強引に話を変える。
「それより、今日はどうしてここに? もう、寝る時間じゃないのか?」
「それを言うなら、セシルこそ何をしているんですか? こんな時間に戦闘訓練だなんて……体を壊しますよ?」
ティアの表情に変化はなかったが、俺を案じてくれているのは伝わって来た。
そのことに胸が熱くなるのを感じながら、壁の方へと歩いて行く。
すると、彼女も同じように歩み寄り、壁を隔てて背中合わせに立った。
これなら、互いの顔を見なくて済む。
ホッとした気持ちと残念な思いが同居しているが、ひとまずは答えを返した。
「昔からの癖みたいなものだ。寝る前に、近辺の安全を確認しないと眠れなくてな。戦闘訓練になっていたのは……少し、熱中し過ぎた。反省する」
「では、毎晩見て回っているんですか……?」
「あぁ」
「そうなんですか……」
「心配してくれて、有難う。でも、睡眠もしっかり取っているし、大丈夫だ」
「べ、別に、心配している訳では……。少し気になった程度で、わたしがとやかく言うことでは……ありませんし……」
もごもごとしたティアの言葉を聞いて、こちらの顔も見えないのを良いことに、頬を綻ばせる。
少しばかりの沈黙が流れたが、誤魔化すように言葉を口にした。
「聞きそびれていたが、ティアはどうしてここに?」
「わたしは……ただの散歩です。少し寝付きが悪かったので、気分転換をしようかと」
「散歩なら、安全エリアの方が良くないか? キミが強いのは知っているが、危険エリアでは何があるかわからないぞ?」
「確かにそうですが、1人になるにはこの方が都合が良いんです。安全エリアだと、誰かしらと顔を合わせそうなので」
「……なるほどな」
ティアの言葉を聞いて、少しばかり顔が強張った。
蒼区は団結力が高いと聞いていたが、彼女はどうなんだ?
もしかして、孤立しているのかもしれない。
だとしたら、寂しい思いをしているんじゃ――
「心配してくれて、有難うございます。ですが、大丈夫ですよ。蒼区の皆さんは、良くしてくれていますから」
「……! ……そうか、良かった」
考えが読まれたことには驚いたが、内容自体には安心した。
それと同時に湧いて来たのは、少しばかりのモヤモヤ感。
聞いて良いのか……?
自分に尋ねた結果、可能な限り軽い口調で問い掛けた。
「パーティには所属しているのか? ほら、1人だと何かと不便だろう?」
良し、声に違和感はなかった。
質問も、至って普通のこと。
ところが、ティアは数秒置いてから、何やら刺々しい声を返して来た。
「はい。わたしを含めた女性2人と……男性2人の、4人パーティを組んでいます。強くて優しくて、素敵な人ばかりです」
「そ……そうか。それなら、安心だな……」
「セシルだって、同じでしょう? あんなに可愛い女の子と、綺麗な女性が同じパーティだなんて、さぞ楽しそうですね」
背中合わせのまま、ティアの声は硬い。
参ったな……。
思い切り溜息をつきたくなったが、それが火に油を注ぐ結果になるのはわかっている。
どうするべきか迷ったが、結局は素直に話すしかない。
「エルナは妹のようなもので、フローラは……姉のような人だ。2人とも、大切な仲間であって、特別な関係じゃない」
「……本当ですか?」
「嘘だと言って欲しいなら、そうしても良いぞ?」
「いえ……言わなくて良いです」
多少なりとも、ティアの雰囲気が柔らかくなった。
ひとまず、助かったな……。
いや、本来なら、彼女にとやかく言われる問題じゃないはずだが……。
それでも、放置することは出来なかった。
いまいち納得出来ずに首を捻っていると、背中からポツリとした声が聞こえる。
「わたしもです」
「え?」
「ですから……パーティの男性たちは、兄のような存在と言うことです」
「……存分に、甘やかしてもらおう」
「お断りします」
「冗談だ」
などと言いつつ……スッキリしている自分がいることを、認めなくてはならないな。
そこで不意に、視線を手に落とした。
壁で遮られているが、これさえなければ、ティアの手を握れる位置。
そうなった場合、彼女はどうするだろう?
拒否するだろうか?
それとも……握り返してくれるだろうか?
取り留めもなく考えていたが、すぐにどうでも良くなった。
視線の先――壁越しに見えるティアの指先が、白くなるほど固く握り込まれていたからだ。
さっきまでの声は、いつも通りだったのに。
体ごと振り返ると、驚いたティアも振り向き、壁越しに顔を寄せ合う。
「どうした?」
「え……? な、何がですか?」
宝石のような彼女の瞳が、今は不安げに揺れていた。
それを見た俺は、落ち着かせるように微笑み、なるべくゆっくりと言葉を連ねる。
「無理しなくて良い。ここには、俺たちしかいないんだ。抱えているものがあるなら、吐き出した方が楽になるかもしれない」
「……他区画の貴方に話しても……」
「区画は関係ない。今だけは、箱庭に囚われた人間同士だ」
ティアと深い関係になるのは、避けなければならないと理解している。
だからと言って、今の彼女を放っておくことなど、到底出来なかった。
俺の訴えを受けたティアは、尚も躊躇していたようだが、目を逸らして内心を吐露し始める。
その声は、非常に弱々しかった。
「怖いんです……」
「怖い?」
「はい……。蒼区では、他区画との戦いを避けて、『サーカス』を討つ方針を掲げています。ですが……本当にそれが、可能なのかと……」
「……少なくとも、簡単じゃないだろうな」
「そう思います……。勿論、わたしも方針には賛成です。ただ……どうしても不安で……」
首に手を添えて髪をかき上げたティアは、神秘的なほど美しかった。
しかし、今にも消え去りそうなほど、儚くも感じる。
彼女の不安を取り除く手段を、俺は持ち合わせていない。
何故なら俺自身が、未だに何の答えも見出せていないのだから。
それでも――
「今日も生きている」
「……! それって……」
「前にも言った、俺の信条だ。キミの望む答えは……悔しいが返せない。無責任なことは、言いたくないからな。だが、今日も生きているのは確かだ。そして、それを続けてさえいれば、いつか突破口が見付かるかもしれない。だから、一緒に頑張ろう」
敢えて、笑みを深めた。
具体的なことは、何1つ進展していない。
一緒に頑張ろうと言うのも、その場凌ぎの気休めかもしれない。
しかし、無駄じゃなかった。
「はい、頑張ります。わたしも……今日も生きていますから」
目尻に涙を溜めて、薄く微笑むティア。
思わず見とれてしまいそうだったが、今はその感情を抑え込む。
「それで良い。さて、今日はそろそろ帰ろう。明日に響かせる訳には、行かないからな」
「……そうですね。お休みなさい」
「あぁ、お休み」
別れを告げた俺たちだが、ティアはその場を動かなかった。
どうしたんだ?
不思議に思って、問い掛けようとしたが――
「貴方といると、落ち着きます」
唐突な言葉に、息を詰まらせる。
ところが、自分でも驚くほどスムーズに、返答することが出来た。
「俺もだ」
壁越しに見つめ合う、俺とティア。
甘い空気じゃない。
ただ……奇妙な共感はある。
そのまま暫く経ち、ティアが踵を返した。
振り返ることなく、立ち去って行く。
随分とあっさりしているようだが、それで良い。
こうしてこの日は終わりを迎え、新しい朝がやって来る。




