第7話 出来ること
エルナとともに、森での狩りを続けた。
個人ポイントをほぼ使い切ったと言っていたが、少なくとも数日はもつ程度は貯まった気がする。
充分とは言えないものの、明日以降も継続して行うなら、今日はこの辺りで切り上げても良いだろう。
そう考えた俺は、エルナに呼び掛けた。
「エルナ、そろそろ終わりにしないか? 続きは明日でも構わない」
「はい、お兄様。でしたら、わたくしは中央区画に行って参ります。貯まったポイントで、買っておきたいものもあるので」
「それは良いが、無駄遣いは駄目だぞ?」
「そ、そんなことしませんわ!」
「わかったから、大声を出さないでくれ。無駄にモンスターを呼び寄せる」
「むぅ、仕方ありませんわね。では、集落に戻って……」
そこで、言葉を途切れさせたエルナ。
彼女の視線を追うと、木々の奥から光が入り込んでいる。
そう言えば、向こうには行ったことがなかったな。
ついでだし、見に行くのも悪くない。
そう判断し、黙ったままのエルナに告げる。
「行ってみるか?」
「え? あ……そ、そうですわね。危険エリアの地形を把握しておくことは、重要ですわ」
などと言いながら、ワクワクしているのを隠し切れていないエルナ。
どれだけ強くても、まだまだ子どもと言うことか。
妹がいたら、こんな感じなのかもしれないな。
頬が緩むのを感じながら、前を行くエルナに続いて、木々の先へと足を踏み出した。
そこには――
「わぁ……」
「これは……予想外だったな」
両手を胸の前で組んで、感動しているエルナの声を聞きつつ、俺も驚きを禁じ得ない。
視界に映っているのは、見渡す限りの花畑。
危険エリアに、こんな場所があるとは……。
この箱庭には、まだまだ知らないことがあるらしい。
そこに聞こえて来たのは、エルナの弾んだ声。
「凄く綺麗ですね、お兄様!」
「あぁ、そうだな。状況が状況じゃなかったら、ピクニックでもしたいくらいだ」
「良いですね、是非しましょう! 大変なときですけど……だからこそ、楽しめることは楽しみたいですわ!」
「……それもそうだな。今度、準備をして来てみよう」
「はい! 楽しみにしています!」
上機嫌なエルナを前に、断ることは出来なかった。
まぁ、俺自身が、彼女の提案を魅力的に感じたのも大きい。
ピクニックか、いつぶりだろう……。
遠い記憶に、思いを馳せそうになった。
すると今度は、エルナが怪訝そうな声を発した。
「あら?」
「どうした?」
「いえ……。あれって……人、ですわよね?」
「え?」
エルナが指差した方に目を転じると……人だ。
花を潰さないように地面に横たわり、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
歳は少し上に見えた。
20歳前後……と言ったところだと思う。
綺麗な緑髪を、三つ編みにしていた。
シンプルだが上質な、白いワンピースドレスを身に纏っている。
首には、黒区のネックレスを掛けていた。
女性にしては身長が高く、スタイルは抜群に良い……って何を考えているんだ……!?
赤くなっているだろう顔を、慌てて手で隠す。
そんな俺をよそに、エルナが呆れたように口を開いた。
「こんなところでお昼寝だなんて……危機管理能力がなっていませんわね。起こして差し上げましょう」
「……そうだな。危険エリアに放置するのは、危ない」
「はい。では、参りましょう。あ、お兄様は触ったらいけませんよ?」
「さ、触る訳がないだろう」
どこか悪戯っぽいエルナに、つい思い切り反論してしまった。
軽く呼吸を整え、女性に接近するエルナを見守り――地面が爆発した。
それを認識する前に走り出していた俺は、エルナを抱え上げて、全力でバックステップを踏む。
腕の中でエルナが困惑していたが、後回しだ。
眼前で蠢いているのは、巨大な食虫植物。
モンスター……!?
エルナを地面に下ろすと、彼女は即座にアンジュを呼び出し、俺も構えを取る。
直後、エルナは先手必勝とばかりに、アンジュをけしかけようとしたが――
「……! 待て、エルナ」
「いかがされましたか、お兄様?」
「……良く見てみろ、様子がおかしい」
「おかしいって……あら……?」
そこに来て、エルナも気付いたらしい。
食虫植物に、攻撃して来る気配がないことを。
更に、女性を庇っていることを。
ある種の確信を抱きつつ、少し緊張した足取りで近付いて行った。
エルナが止めようとしたが、視線で制する。
すぐに食虫植物の前まで来たが、こちらを観察しているだけだ。
やはり……異能……。
しかも、ありふれたものじゃない。
『ユニーク』の可能性すらある。
そう結論付けた、そのとき、女性がゆっくりと身を起こした。
橙黄色の瞳を眠そうに瞬かせ、手を口元に当ててあくびをしている。
俺とエルナは、念の為に警戒を続けていたが、女性はボンヤリとこちらを見たかと思うと、前置きなく言い放った。
「フローラよ~。よろしくね~」
ほんわかとした笑みで言われて、逆に返事が出来なかった。
それはエルナも同じようで、唖然としている。
とは言え、名乗られたからには名乗り返すべき……か?
取り敢えず敵じゃなさそうだし、それくらいは良いだろう。
「俺は、セシル=タリオです。よろしくお願いします。ほら、エルナも」
「えぇと……エルナ=ノクターンですわ。よろしくお願い致します」
平静を装った俺と、ようやく立ち直りつつあるエルナ。
こちらをジッと見ていたフローラさんは、不意に食虫植物に目をやる。
すると、何事もなかったかのように地面に戻り、元通りに修復された。
無言の時間が続き、どうするべきか迷ったが、まずは確認しておこう。
「今のは、フローラさんの異能ですか?」
「そうよ~。【マッド・プラント】って言うの~。可愛いでしょう~?」
「わたくしとは、美的センスが合わなさそうですわ……」
「あれ~? エルナちゃんは、可愛くなかった~?」
「可愛くありません! むしろ、怖かったですわ!」
「う~ん、おかしいわね~。あんなに可愛いのに~」
右手を頬に添えて、悩まし気なフローラさん。
どこまで本気なんだろうな……。
調子を崩されてしまいそうだが、嫌な感じはしない。
同じ間延びする話し方でも、ブラックのような邪悪さも感じないしな。
などと、頭の中で整理していたが――
「よしよし~」
「……あの、何をしているんですか?」
「え~? 頭を撫でているだけよ~?」
「いえ、ですから、なんで急に……」
「だってセシくん、頑張ってる顔してるから~」
「セシくん……?」
「セシルだから、セシくんよ~」
「……1文字しか、短くなっていないんですが」
「細かいことは、気にしない~」
何が楽しいのか、彼女は尚も笑顔で俺の頭を撫で続ける。
それは良い……いや、良くないが置いておくとして、いつの間に立ち上がった?
油断していたとは言え、気付かなかったな……。
それに、何かを見抜かれている……?
内心で密かに衝撃を受けていると、エルナが猛烈な勢いで歩み寄って来た。
「フローラさん! お兄様に、馴れ馴れしくしないで下さい!」
「え~? 良いじゃない~? セシくんは、皆のセシくんよ~」
「いえ、俺は誰のものでもないですが……」
「そうなの~? じゃあ、恋人もいないんだ~?」
「い……いません!」
と言いつつ、頭に浮かんだのはティア。
い、いや、彼女とは、間違いなくそう言う関係じゃない。
……気になっていることは、否定しないが。
そ、そもそも、ティアにそう言う相手がいる可能性だって……充分にある。
その場合、俺は今の距離感で接して良いんだろうか……?
挙動不審になった俺を怪しく思っているのか、エルナはジト目を向けて来ている。
一方、ことの発端となったフローラさんは、上機嫌に笑っているだけだ。
何やら、おかしな方向に向かっているな……。
漠然と不安を感じて話題転換を図ろうとしたが、その必要はなかった。
「……! エルナ、フローラさん」
「こんなときに……無粋ですわね」
「うふふ~。大群さんね~」
花畑の外。
森の中から多数の蜂型モンスター、キラー・ビーが飛んで来た。
1体1体の強さは問題にならないが、数が増えると厄介。
また、毒の針には注意が必要。
瞬時に情報を引き出して、戦闘態勢に入った。
エルナもアンジュに指示を出し、いつでも戦えるようにしている。
フローラさんは――
「寝起きの運動に、ちょうど良いわ~」
右手に、茨の鞭を握った。
【マッド・プラント】と言う名称から予想は付いたが、植物を操る異能らしい。
問題は戦闘力だが、果たして……。
興味を抱きつつ集中力を高め――突貫。
最短距離を突っ切って、正面の1体に跳び蹴りを繰り出した。
蹴り砕かれた蜂は塵となり、別の1体が右側面から針を突き出して来たが、スウェーだけで避ける。
眼前を通過しようとした敵を、左フックで撃破。
その後も敢えて派手に立ち回り、なるべく多くのモンスターを引き付けようとした。
ところが、そんな俺の気遣いは、余計なお世話だったのかもしれない。
「行きなさい、アンジュ!」
右手を前に突き出したエルナに従って、アンジュが凄まじい速度で低空飛行する。
次々とキラー・ビーを斬り捨て、針の攻撃は確実に盾でガード。
剣技のレベルが尋常じゃない上に、空を自在に翔ける機動力と、羽根の弾丸による遠距離攻撃までも持ち合わせている。
蜂が蜂の巣にされると言う皮肉を目の当たりにして、【ソロ・ガーディアン】の強さを改めて実感した。
唯一、弱点があるとすれば、発動中はエルナが無防備になること。
ほぼ移動することも出来ないらしく、これに関しては強さの明確な代償だ。
だからこそ、彼女に敵の意識が向かない立ち回りを心掛けていたのだが、この程度の敵なら問題にもならない。
もっと言えば、フローラさんの存在が大きかった。
「必要ありませんのに……」
微妙に不貞腐れつつ、嬉しさも含まれているエルナの呟き。
稀にキラー・ビーが、彼女に接近するケースもあったが、俺やアンジュが動く前に、花弁でズタズタにされている。
最初は何事かと思ったが、すぐに気付いた。
エルナの周囲に、無数の花弁が舞っていることに。
現在進行形で茨の鞭を振るい、蜂の大群を薙ぎ払っているフローラさん。
あの花弁による斬殺劇が、彼女の仕業だと言うことは、考えるまでもなかった。
その精度や威力自体も素晴らしいが、俺が何より評価したいと思ったのは、初見でエルナの弱点を見抜いた事実。
この辺りは、フローラさんが言動に反して、鋭い洞察力を持っている証だと感じる。
もっとも、それと同等に気になることもあった。
顔は笑っている。
しかし、モンスターを倒し続けている彼女の目が、恐ろしく冷たい。
いったい、どちらがフローラさんの本性なんだろう。
エルナも少し違和感を持っているようだが、視線に勘付いたのか、フローラさんは俺たちに向かってニコリと笑った。
何が言いたかったのかは、わからない。
ただ、今は戦闘に集中しよう。
迫って来た2体を左右の拳で撃砕し、フローラさんに向かおうとした1体を、手刀を水平に振り切って始末した。
エルナへの接近は敢えて許して花弁に任せ、花畑を駆け回ってモンスターを倒しながら、フローラさんの方へ誘導する。
結果として、彼女はほとんどその場から動かずに、鞭を振るうだけで殲滅出来ていた。
3人での戦闘は初めてだが、予想外に馴染んでいる。
思わず、気分が高揚してしまうほど。
ほどなくして最後の1体を、アンジュが斬り伏せた。
モンスターの数はかなり多かったが、2人ともほとんど消耗していないように見える。
そのことに安堵して、まずは労いの言葉を掛けた。
「2人とも、お疲れ様。無事に終わって良かった」
「お兄様こそ、お疲れ様ですわ。お陰で、敵を倒すことに集中出来ました」
「わたしもよ~。ご褒美に、よしよししてあげる~」
「あ! フローラさん! お兄様の頭を撫でるのは、禁止です!」
「じゃあ、エルナちゃんをよしよし~」
「ふぇ!? い、いえ、わたくしも、その……」
「あら~、照れちゃって可愛いわね~」
「て、照れていません!」
エルナの頭を撫で続けながら、ふわふわした笑みを浮かべるフローラさん。
エルナも満更じゃないらしく、否定しつつも強く拒んではいなかった。
俺は俺で、さっき出会ったばかりのはずなのに、彼女の傍にいると妙に肩の力が抜ける。
不思議な感覚だが、悪くない。
内心で苦笑しながら、話を切り出した。
「ところで、フローラさんはこれからどうするんですか? 俺たちは、中央区画に行く予定ですが」
「うん~? そうね~。服が汚れちゃったし、わたしも新しい服を買いに行こうかしら~」
「でしたら、一緒に行きませんか? 中央区画では、他区画のプレイヤーに襲われる可能性もありますし」
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら~。エルナちゃんも、よろしくね~」
「わかりましたから、いい加減に手を離すのです!」
流石に限界に来たのか、顔を真っ赤にしたエルナがフローラさんの手を振り払った。
もっとも、彼女は完璧なタイミングで、自分から手を引いていたが。
巧いな……。
妙なことで感心しながら、踵を返す。
こうして一気に同行者が増えたのだが――中央区画で待っていたのは、新たな火種と出会いだった。




