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箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


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6/23

第6話 見える

 箱庭都市に放り込まれて、数日が経った。

 その間、初日以降に脱落者は出ていない。

 俺も……ティアも、今日も生きている。

 中央区画で小競り合いが起きることはあるが、本格的な命のやり取りにまでは発展しないようだ。

 喜ぶべきことではあるが、それはつまり勝利に近付いていないことも意味する。

 だが個人的には、多少の新情報を仕入れることが出来た。

 具体的には――


「聞いてくれ! 俺たちは、殺し合うべきじゃない! 真の敵は『サーカス』だ!」


 蒼区は団結力が高く、無駄な争いを好まない。


「けッ! また蒼区が、綺麗ごとをほざいてやがるぜ。1つの区画しか生き残れねぇのによ」


 紅区は粗野な者が多く、揉め事を起こすのは大抵ここのプレイヤーだ。


「皆の者、大司教様と聖王国ローグレスの第3王子、クラウス様のお言葉に耳を傾けなさい」


 白区は、蒼区とは別の意味で統制が取れていて、一部の人間が仕切っているらしい。


「相変わらず、白区は気持ち悪いわね。さて、今日も適当に過ごそうかな」


 俺が所属する黒区は自由な風潮があり、各プレイヤーが気ままに行動している。

 これらの特色が『サーカス』の意図したものなのか、偶然なのかは不明だ。

 周囲の雑談をさり気なく聞きつつ、中央区画から集落への道を歩く。

 今日の戦利品は、パンと水だ。

 質素と言えばその通りだが、いつ、どれだけの個人ポイントが必要になるかわからない。

 モンスター狩りで稼げるとは言え、節約するに越したことはないだろう。

 ほどなくして前方からやって来たのは、見知った人物。

 首には、蒼区のネックレスを下げている。

 要するに敵だが、気安く声を発した。


「おはよう、ティア」

「おはようございます、セシル」


 単なる、朝の挨拶。

 たったそれだけで、殺伐とした心が癒される気がした。

 こんな俺を、非難する者もいるかもしれない。

 しかし、既に決めている。

 ティアと敵対するのは、最後にすると。

 俺の誓いを知られた訳じゃないと思うが、ティアはこちらを真っ直ぐに見据えながら、小声で言葉を紡いだ。


「体調は変わりありませんか?」

「あぁ、大丈夫だ。ティアの方こそ、どうなんだ?」

「問題ありません」

「そうか、良かった」

「わたしの調子が悪い方が、貴方たちは助かるのでは?」


 この言葉は、本気で言ったんじゃないと思う。

 表情や口調に変化はなくても、直感的にわかった。

 だとしても、聞き捨てならない。


「ソウルゲームで勝つことを考えれば、確かにそうだな。だが、俺は嫌だ」

「……そうですか」


 編み込んだ一房の髪を指先で弄りつつ、目を泳がせるティア。

 恥ずかしがっているようだが……俺だって恥ずかしい。

 だが、それを感じさせないように平然とした面持ちで、現実的な言葉を投げ掛ける。


「他区画同士が、長々と話すのは目立つな。俺は、そろそろ行く」


 後ろ髪を引かれる思いで踵を返し、足を踏み出そうとして――キュッと。

 ティアが、俺の腕を掴んだ。

 何事かと思って問い掛ける前に、ティアは俺の胸元を指差す。

 何だ……?

 促されるまま目線を動かし、視界に映ったのは、胸ポケットに入れられた小さな紙。

 無警戒だったとは言え、見事な手際だな。

 呆れと感心が綯い交ぜになりつつ、紙を開いて中を確認し――勢い良くティアの方を見た。

 ところが、既に彼女は俺から身を離しており、小走りで立ち去っている。

 しばし呆然とし、次いで苦笑を漏らしてしまった。

 紙に何が書かれていたかと言うと――


『たまにはパンと水だけではなく、栄養のあるものを食べて下さい。良いお店を見付けたので、地図を書いておきます。良ければ、買いに行ってみて下さい』


 俺の体を気遣った、簡潔な手紙。

 今日はもう買い出しを済ませたが、今度は必ず行ってみよう。

 柄にもなくテンションが高くなり、上機嫌に集落に向かった。

 雑談しているプレイヤーたちを横目に、拠点であるコテージへの道を歩む。

 はっきり言って、今の俺は受け身だ。

 ティアを助ける為に1度戦闘はしたが、それ以外で他プレイヤーに攻撃したことはない。

 もっとも、これに関しては紅区を除いた、ゲーム全体の傾向ではあるが。

 とは言え……恐らく、そのうち『サーカス』が動き出すだろう。

 何を仕掛けて来るかわからない不気味さに、眉根を寄せ――


「……?」


 安全エリアと危険エリアの、ちょうど境界線。

 そこには、崩れ落ちた建物があるだけで、基本的には寄り付く理由がない。

 それにもかかわらず、魔力の反応があった。

 非常に強力だが……その主は、酷く恐れている気がする。

 放っておこうと思いつつ、どうしても無視出来ない。

 小さく嘆息して、方向転換した。

 草と土を踏み締めて、集落の外れへと。

 崩壊した建物の前まで来たが、どうしたものか悩んだ。

 相手の場所は、わかっている。

 あの、崩れた壁の向こう側だ。

 こちらには……気付いていなさそうだな。

 ……行くか。

 腹を括って足を踏み出し、建物の壁の向こう側を覗き込んだ。

 そこにいたのは――1人の少女。

 歳は10代半ばほど。

 ウェーブ掛かった白金の髪と、不安そうに揺れる瑠璃色の瞳。

 座り込んでいる為、わかり難いが、小柄なティアより更に身長は低いと思う。

 深い青を基調として、白の刺繍が入った上品なクラシカルドレス。

 頭を飾る、フリルの付いた白い大きなリボンが、ひときわ目を引いた。

 かなりの美少女ではあるが、今はそれどころじゃない。

 絶望に暮れているように見える少女を前にして、俺は反射的に口を開いていた。


「どうかしたのか?」


 瞬間、少女の肩が大きく震えて、ガバッとこちらを向いた。

 裂けんばかりに目を見開き、瞳に涙が浮かんでいる。

 不味い……。

 何が不味いかはわからないが、そう直感して、咄嗟に言葉を付け足した。


「大丈夫だ、俺は敵じゃない。ほら、同じ黒区のプレイヤーだ」


 慌てて魔道端末を見せて、黒区所属だと証明した。

 一方の少女は、あからさまな警戒は解いているものの、まだ不信感を持っているらしい。

 ジッと見つめて来る少女に対して、どう応じるか思案し――グゥ~、と。

 少女のお腹から、空腹を知らせる音が鳴った。

 そのことを恥ずかしく思ったのか、少女は顔を真っ赤にして俯いたが、むしろ好都合かもしれない。

 苦笑を漏らして歩み寄り、しゃがみ込むことで少女と視線を合わせて、出来る限り優しく尋ね掛ける。


「パン、食べないか?」

「……」

「心配しなくても、毒なんて入っていない」


 そう言って紙袋からパンを取り出して千切り、一口食べて微笑む。

 安物ではあるが、それなりに美味しい。

 そんな俺を見て、少女の喉がゴクリと鳴った。

 やはり、お腹が空いているようだ。

 確信を抱いて、もう一押ししてみる。


「どうしても信用出来ないなら、ここに置いておく。あとは好きにしてくれ」


 そう言って立ち上がろうとしたが――グイッと袖を引かれた。

 目を見開いて少女を見ると、彼女も自分の行動に驚いたのか、すぐに手を離した。

 それでもこちらをチラチラ窺っており、強く拒絶しようとはしていない。

 若干躊躇しながら少女の隣に腰を下ろすと、彼女はこちらを見てから、おっかなびっくりパンを手に取る。

 最初はゆっくりと口に運び、次第に勢い良く食べていた。

 よほど、我慢していたらしい。

 などと、微笑ましく思っていたが――


「んぐッ……!?」

「あ……。急いで食べるからだ。ほら、水を飲め」


 苦しそうに喉を詰まらせた少女に、水を差し出す。

 ほとんどひったくる勢いでボトルを受け取った少女は、一気に飲み干して行った。

 まったく、急ぐなと言っているのに。

 胸中で嘆息していると、パンを完食した少女は大きく息をついて、改めてこちらに向き直った。

 そのまましばしの時が経ち、ようやく少女の声が発せられる。


「その……有難うございました。とても助かりましたわ」

「気にしなくて良い。それより、どうしてこんなところに?」

「えぇと……集落は、少し落ち着かないのです。知らない人ばかりですし……。だからと言って拠点にこもっていたら、嫌なことばかり考えてしまいますの……」

「……そうか。個人ポイントは、まだ残っているか?」

「それが、食料や生活用品を買う為に、ほとんど使い果たしてしまいまして……。どうやったら増えるのか知らないので、困っていたのです……」


 涙目でしょんぼりと俯く少女。

 モンスターを倒せば個人ポイントを得られることは、かなり知れ渡っているが……そんな情報すら入って来ないほど、閉じこもっていたと言うことか。

 あまりにも弱々しい少女を見て、『サーカス』のメンバーが脳裏を過り、頭に血が上る。

 だが、少女に気取られないように深呼吸し、笑顔で語り掛けた。


「だったら、一緒に稼ぎに行かないか? モンスターを倒せば、1体につき100ポイントくらい貯まるんだ」

「え!? そうなのですか!? で、でしたら、是非!」

「決まりだ。ここは危険エリアの近くだし、ちょうど良い。あ、そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は――」

「セシル=タリオ様ですよね! 先ほど、魔道端末を拝見致しましたわ! わたくしは、エルナ=ノクターンと申します! よろしくお願い致します!」

「あ、あぁ、よろしく」


 凄まじい勢いで捲し立てて来た少女……エルナの迫力に、思わず身を仰け反らせた。

 最初と印象がだいぶ変わったが、こちらが本来の姿なのか?

 ニコニコと笑う彼女を、それとなく観察しつつ、率先して立ち上がる。

 彼女も遅れることなく腰を上げ、キラキラした眼差しを送って来た。

 本音を言うと、むず痒い感覚もあるが、言葉の責任は取る。

 エルナに目で合図を出して、危険エリアへと立ち入った。

 このときには彼女も戦闘モードに移行しており、凛々しい面持ちになっている。

 武器は持っていないし、どう見ても肉弾戦が出来るようなタイプじゃない。

 とは言え、異能者にそのような常識が通用しないのも事実。

 一旦、様子を見るか。

 そもそも俺が倒したら、エルナのポイント稼ぎにならない。

 方針を決めて、森の奥へ。

 すぐにはモンスターと遭遇しなかったが、やはりここは危険エリアだ。


「エルナ」

「はい、セシル様」


 俺が呼び掛けるまでもなく、備えているエルナ。

 すると、視線の先、草むらから巨大な猪が姿を現した。

 ジャイアント・ボアか……。

 俺の知る限り、この森では最強のモンスターだな。

 個人ポイントも、200近く入るはず。

 頭で整理しながら、彼女の状態を確かめた。

 全く怯んだ素振りはなく、冷たい目でジャイアント・ボアを見据えている。

 そのことを確認し、構えを取ったまま待機している俺の前で、モンスターが彼女に向かって突進した。

 これに関しては、望み通りの流れではあったが――


(……!? 何故、動かない……!?)


 猪が目の前に迫っても、微動だにしないエルナ。

 大いに取り乱しながら駆け出し、ジャイアント・ボアに蹴りを繰り出す寸前に――膨れ上がる魔力。

 それが彼女のものだと認識したときには、モンスターが真っ二つになって塵と消えた。

 何が起こった――とは思わない。

 これ以上ないほどはっきりと、理由がわかっているからな。

 白金の甲冑と、羽根飾りが付いたフルフェイスの兜。

 背中に天使の翼を持ち、神々しい長剣と盾を装備している。

 体のラインは女性らしく、騎士のごとくエルナの傍に佇んでいた。

 これが、彼女の異能……。

 呆然と白金の天使を見つめる俺に、エルナは誇らしそうに告げた。


「紹介しますわ、セシル様。彼女は、アンジュ。わたくしの異能、【ソロ・ガーディアン】で呼び出せる、最高のパートナーですわ」

「【ソロ・ガーディアン】……。地、水、火、風のどれにも属していないところを見ると……『ユニーク』か」

「えぇ、アンジュは特別ですから。他に使い手はいませんわ」


 花のような笑みを咲かせて佇むエルナに対して、俺は唖然と立ち尽くしていた。

 異能者は、1000人に1人。

 それだけで、凡庸と言う表現は妥当じゃないが、異能にも個人差がある。

 その中でも別格なのが、『ユニーク』と呼ばれる者たち。

 一般的な4属性のどれにも当てはまらない、唯一無二の力を持つ異能者。

 実在するのは知っていたが、初めて見たな……。

 俺の態度を不思議に思ったのか、エルナがキョトンとしながら声を掛けて来た。


「セシル様? どうかされましたか?」

「……いや、エルナの強さに驚いていただけだ。凄く綺麗だし、格好良いぞ」


 何でもない風に装い、笑ってみせた。

 半分は強がりだが、本心でもある。

 しかしエルナは、予想外の反応を示した。


「有難うございます。ですが、本当に格好良いのはセシル様の方です」

「俺の方……?」

「そうですわ。塞ぎ込んでいたわたくしに、手を差し伸べて下さいました。それがどれだけ、救いになったことか……」

「エルナ……」

「アンジュはわたくしの大切なパートナーですけれど、セシル様にもとても感謝していますの。これからも、仲良くして頂きたいですわ」


 屈託のない笑みを浮かべるエルナ。

 ティアは、異能のない俺を戦士として認めてくれた。

 エルナは純粋な心で、俺の行動に感謝してくれた。

 正直なところ、『ユニーク』に圧倒されていたが、引け目や負い目なんかいらない。

 目を閉じて深く息を吐き出してから、エルナに本当の笑顔を向ける。

 そして、真っ直ぐに言葉を伝えた。


「有難う、エルナ。凄く、すっきりした」

「い、いえ! お役に立てたのなら、光栄ですわ!」

「そう言ってくれると助かる。何かお礼をしたいから、俺に出来ることがあれば言ってくれ」


 この言葉に、嘘はなかった。

 俺は本気で、彼女の望みを叶えたいと思っている。

 ところが、エルナの口から飛び出したのは、予想の斜め上を行く願い。


「で、でしたら……1つ、よろしいでしょうか……?」

「あぁ、遠慮なく言ってくれ」

「有難うございます! で、では、今後はお兄様とお呼びしてもよろしいですか!?」

「……え?」

「だ、駄目でしょうか……?」

「……いや、構わない。好きに呼んでくれ」

「あ、有難うございます、お兄様!」


 何がそんなに嬉しいのか、エルナは周囲が輝いて見えるほど嬉しそうだ。

 両手を合わせて頬に添えている仕草が、とても無邪気で可愛い。

 だが、一瞬だけ、顔に陰りが見えた。

 どうしたのかと思ったが、彼女は既に元の笑みに戻っている。

 気にはなりながら、照れによって微妙に目を泳がせつつ、咳払いして仕切り直した。


「コホン……さぁ、行こう。基本的にはエルナに任せるが、俺も適宜援護する」

「はい、お兄様! 参りましょう!」


 鼻歌交じりに前を歩くエルナに、口元が綻ぶ。

 少し恥ずかしい思いをするくらい、安いものか……。

 軽く溜息をついて、彼女を追い掛ける。

 そのタイミングで、気付いた。


「……?」

「お兄様? 何かありましたか?」

「……いや、何でもない」

「それなら良いのですが……」


 エルナはコテンと首を横に倒してから、気を取り直したように足を踏み出す。

 そのあとに付いて行きながら、右手を注視した。

 異能があろうがなかろうが、全人類に魔力は宿っている。

 勿論、俺にも。

 しかし、問題はその先。


(いつもより、魔力がはっきり見える……?)


 そう感じた。

 形や濃淡、流れまでを、知覚出来るような感覚。

 元々、俺は魔力に敏感ではあるが……いや、気のせいだな。

 エルナの【ソロ・ガーディアン】に触発されて、そう思い込んだだけだろう。

 己に言い聞かせて、力強く地面を踏み締める。

 こうして俺とエルナは出会い、黒区での『居場所』が生まれようとしていた。

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