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箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


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第5話 関係ない

 悪夢のような夜が明けた、早朝。

 俺は再び、危険エリアの森に来ていた。

 特別な目的がある訳じゃなく、これに関してはただの習慣だ。

 幼い頃から行っていた、体術の訓練。

 安全エリアで行っても良かったが、あまり目立ちたくなかったからな。

 それに、モンスターを相手にした方が、より実戦的な訓練になる。

 更に言うなら、このゲームならではの理由もあった。


「はッ……!」


 近くにいた最後の大木型モンスター、トレントを右拳で粉砕。

 そこで一息つきながら、魔道端末を取り出した。

 表示されているのは――


 個人ポイント:20120


 当初と数値が異なっている、個人ポイント。

 おおよそ、10000ほど増えている。

 昨日の晩と今朝の訓練を通して、わかったことがあった。

 それは、モンスターを倒すことで、個人ポイントが約100ポイント加算されること。

 何の為に危険エリアなんてものがあるのかと思っていたが、要するに生きたければ戦えと言う理念が、ここにも関係しているのだろう。

 『サーカス』の方針にウンザリしつつ、稼ぐ手段があること自体は有難い。

 複雑な思いを抱えたまま、方針を口にする。


「物価の相場がわからないが、ひとまずこれくらいにするか。不測の事態に備えて、余力は多めに残すべきだな」


 軽く頷いて、拠点へと足を向けた。

 ほどなくして集落に戻ると、何人かのプレイヤーとすれ違ったものの、当然のように挨拶などはなかった。

 真っ直ぐにコテージへ帰って鍵を掛け、浴室に入ってシャワーを浴びる。

 併設された魔道具は、短時間で洗濯から乾燥までこなしてくれた。

 さて……どうする。

 浴室を出たところで、思考を巡らせた。

 生きて帰るには、勝ち残るしかないのかもしれない。

 その為には、他区画のプレイヤーを……殺す。

 それはもう、覚悟するべきなのか……?

 躊躇っていたら、こちらの身が危ないのは間違いない。

 ……どうするにしろ、腹ごしらえが先決だな。

 体がしっかりしていないと、話にならない。

 問題は、どこで食料を調達出来るかだが……中央区画だろう。

 あそこには、多くの商店が立ち並んでいたのを覚えている。

 レイシスが殺され、彼女が狙われた、あの区画には……。

 気を抜くと下を向きそうだったのを、辛うじて堪える。

 行くぞ。

 そう決意した、直後――


『8時です。プレイヤー人数の変動を、更新しました。ご確認下さい。8時です。プレイヤー人数の変動を――』


 無機質な声が、繰り返し響き渡る。

 気付けば、拠点を飛び出していた。

 全速力で、集落中央の魔映盤を目指す。

 息を切らせながら画面に視線を向け、皿のように目を丸くした。


 蒼区:99人

 紅区:99人

 黒区:98人

 白区:99人


 レイシス以外に、合計4人も……死んだ……?

 蒼区も……?

 まさか、彼女が……?

 膝から力が抜けそうになったのを、拳を握り込むことで耐える。

 周囲の騒めきは、完全に無視した。

 瞳を閉じて思考に没頭し、頭を回転させる。


(各区画、1人ずつ脱落したのは偶然か? それとも、何か意味があるのか? だとしたら、それは何だ? ……蒼区の脱落者が彼女かどうかは、現時点じゃわからない。今は頭の片隅に置いて、予定通りにしよう……)


 瞼を上げて、魔映盤をもう1度見た。

 数字に変化はない。

 当たり前だ。

 胸中で自分に言い放ち、意識して力強く歩み出す。

 堂々と胸を張って、自信満々に。

 表情も、平静を取り繕った。

 そうして足を進め続けると、大して時間を掛けることもなく、中央区画に辿り着く。

 相変わらず、異様なほどの賑やかさだ。

 辺りには、他区画のプレイヤーも散見出来る。

 安全エリアでの戦闘は禁止されていると、ブラックは言っていた。

 では、中央区画は?

 答えは、不明。

 だからこそ、注意しなければならないんだ。

 他のプレイヤーたちも同じ思いなのか、殺気立ちつつも仕掛けて来る素振りは――


「え……」


 その声を耳が捉えた瞬間、景色がスローモーションに見えた。

 嘘だろ……?

 これほど、複雑な気持ちが他にあるだろうか。

 生きていたことは、単純に嬉しく思う。

 しかし、中央区画は相当広い。

 残りのプレイヤーも、まだまだ多い。

 それなのに、どうして俺たちが……。

 頭を働かせられたのは、そこまでだった。

 あらゆる思考を放棄して、ゆっくりと振り返る。

 視線の先に立っていたのは――あの少女。

 美しい瞳をあらん限りに見開き、両手で口元を押さえている。

 無意識か意識してか知らないが、1歩後退っていた。

 いや、彼女だけじゃない。

 俺もだ。

 いつの間にか、足を後ろに引いている。

 それでも逃げ出さないのは、互いに状況を理解しているからかもしれない。

 視界から、俺と彼女以外の色が消えた。

 鼓動だけがやけに大きく聞こえ、震える手で首元を撫でる。

 目線を下げ、懸命に考えを巡らせた。

 どうする……?

 一旦、様子を見るべきか……?

 だが、それにどれだけの意味がある……?

 いずれは戦う相手だと言うのなら、いっそここで……。

 いつまでも喧しい心臓を、握り締めるように胸に手を当てながら、地面に落としていた視線を上げた。

 すると、彼女は毅然とした面持ちに変わり、素早く細剣を抜き放って――俺と同時に駆け出す。

 右拳を引き絞る俺と、細剣を構える少女。

 互いに鋭い踏み込みを敢行し、どちらかの命が絶たれ――


「がッ!?」


 ない。

 少女とすれ違うようにして俺が狙ったのは、彼女の背中に迫っていた男の顔面。

 どこの区画かは、確認していない。

 もしかしたら、黒区の可能性すらある。

 だとしても、このときの俺には関係なかった。

 明確な殺意を持った渾身の一撃だったが、異能者は肉体も強い。

 一命は取り留めたようだ。

 とは言え、白目をむいて痙攣し、暫く起き上がれそうにはないが。

 今更になってネックレスを見たところ、紅区のプレイヤーだった。

 戦闘による粛清は……ないらしい。

 肺の中の空気を全て吐き出す勢いで、息をつく。

 そこでようやく少女に振り向くと、彼女は細剣の柄を別の紅区プレイヤーの鳩尾に突き込んで、昏倒させていた。

 襲撃者の気配には気付いていたが、本当に俺を助けてくれたんだな……。

 辺りは騒然としていたが、それもどうでも良い。

 どちらからともなく歩み寄り、沈黙を挟んで、なるべく柔らかな声で少女に語り掛ける。


「大丈夫か?」

「はい。貴方は?」

「俺も何ともない。……有難う」

「……いえ」


 素直に礼を告げることすら、許されない関係。

 それでも俺の心は、救われていた。

 とは言え、長居は無用。


「じゃあ……元気で」


 的外れな別れだと知りつつ、顔を背けてこの場を離れようとした。

 今回だけだ。

 奇襲じゃなければ、放っておいた。

 俺も助けてもらったから、お返しのようなもの。

 次はない。

 何度も言い訳しながら、少女に背中を見せる。

 無防備に。

 しかし、彼女は刃じゃなくて、言葉を放った。


「待って下さい」


 ピタリ、と。

 俺の意思に背いて、足が止まる。

 やめろ。

 動け。

 ここで関係を持てば、待っているのは更なる地獄だ。

 それなのに、わかっているのに――


「何だ?」


 どうして、聞き返す?

 平然とした仮面の下は、パニックだった。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、少女は首に手を添えて髪をかき上げ、可憐な口を開く。


「ティアです」

「え……?」

「わたしの名前です。ティア=ロレッタと言います。貴方は?」


 まだ間に合う。

 黙って去れ。

 俺の冷静な部分は、そう訴え掛けていた。

 だが、もう遅い。


「……セシルだ。セシル=タリオ」

「セシル……。覚えておきます」


 そう言って少女……ティアは踵を返し、立ち去った。

 やってしまったな……。

 ただ……何故だか、体は軽くなっている。

 思わず苦笑をこぼし、ティアと反対方向に足を踏み出そうとして――


「昨日も助けてくれて、有難うございました」


 極めて小さな、感謝の言葉が聞こえた。

 反射的に振り向いたが、そこに彼女の姿はない。

 それでも、幻聴じゃないと確信出来た。

 ティア=ロレッタ……か……。

 これから、ゲームがどう言う展開になるか読めないが……俺はこの名を、忘れることはないだろう。

 心に刻み込むように、拳を胸に当てた。

 その後、最低限の買い出しだけを済ませ、激情を秘めたまま集落に帰った。

 総合的に見れば大した収穫はなかったものの、大きな満足感を得ている。

 少なくとも、明日も生き抜こうと思う程度には。

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