第4話 失意の夜
他の人やものに目もくれず、集落まで戻って来た。
本当ならいろいろ調べた方が良いのかもしれないが、本音を言うとそんな余裕はない。
集落中央の魔映盤を確認すると、どのコテージが自分の拠点かが判明した。
同時に、俺の所属区画が黒区と呼ばれ、他には蒼区と紅区、白区があることも。
つまりは、その3区画のプレイヤーたちと、殺し合えと言う訳だ。
そして、あの名も知らぬ少女は……蒼区。
その事実を再認識したが、小さく頭を振って意識から追い出した。
魔映盤には、現在のプレイヤー人数、各区画のポイントも表示されている。
腹立たしい限りだが、有益な情報であることは否定出来ない。
ただ――
黒区:99人
眼前の数字が、俺の胸に突き刺さる。
それでも、静かに瞑目するに留めた。
せめて、安らかに……。
暫くその場に留まり、拠点へと足を向ける。
比較的近くのコテージの、入口の魔映盤を見ると、いつの間にか俺の名前が表示されていた。
鍵は掛かっておらず、念の為に警戒しながらドアを開いたが、その必要はなかったようだ。
簡素なベッドと、複数の調度品、シャワーなどの設備。
ふざけたゲーム内容に反して、生活に不便はなさそうに見える。
もっとも、やはりそれだけではなさそうだが。
「これは……」
木のテーブルに、2つのものが置かれていた。
1つは、黒い水晶が付いたネックレス。
注意書きが添えられており、『外出時は必ず着用せよ』――らしい。
一瞬、どう言うことかと考えたが、すぐに答えを導き出した。
「なるほど……。どのプレイヤーが、どの区画に所属しているか、見分ける為か……」
小さく溜息をついて、ネックレスをテーブルに戻す。
続いて、もう1つの方に目を移した。
手のひらサイズの、板のようなもの。
魔道端末と言って、様々な用途に使われる現代魔道具だ。
現在使用可能な機能を大きく分けるなら、通貨代わりらしい個人ポイントによる決済システム、個人情報――顔写真と名前、所属区画――の証明、拠点の鍵。
現時点の個人ポイントは10000となっているが、これが軍資金と言うことだろう。
このネックレスと魔道端末が、ゲームマスターが言っていたプレゼントらしいが、やはりふざけている。
魔道端末もテーブルに置いて、再び部屋を眺めてみた。
特に変わったところはないが、なんとなく姿見の前に立ってみる。
あまり愛想が良いとは言えない顔に、黒い瞳。
銀のミディアムヘアーだが、一房だけ黒いのは、染めているんじゃなくて、生まれ付きだ。
それなりに高い身長と引き締まった肉体は、体術において大いに役立っている。
動き易い黒のパンツとジャケット、白のカットソー。
頑強なブーツは、利便性抜群だ。
やはり……俺に間違いない。
万が一、他人と入れ替わっているんじゃないかと疑ったが、そんなことはなかった。
大きく息をつき、ジャケットとブーツを脱いでベッドに横になる。
一気に疲労を感じたが、眠気はなかった。
大きく息を吸って、倍の時間を掛けて吐き出し、顔の前に手を翳す。
レイシスを失ったのは悲しいが……どこかで安堵している自分がいた。
何故なら、先に動いたのが俺だったら、殺されていたのは……。
背筋に冷たいものを感じて、ベッドから起き上がる。
カーテンを開けて窓の外を眺めると、月が綺麗だった。
しかし、俺の心には何も届かない。
顔を顰めて、首元をさする。
次いで考えたのは、両親のこと。
すまない、どうやら……すぐには帰れなさそうだ。
『すぐには』と付けたのは、自分なりの精一杯の反抗。
それを現実にするべく、明日から頑張らなければならない。
だが……その前に、確かめておくべきことがある。
ジャケットを着直してブーツを履き、若干躊躇ってからネックレスを身に付けた。
魔道端末を手に拠点を出て、入口に当てると、きちんと鍵は閉まった。
ホッとしつつ集落を歩き始め、周囲をそれとなく窺う。
誰もが警戒心を露わにしているが、ネックレスは首に掛けていた。
いきなりルール違反を犯そうと言う者は、いなさそうだな……。
それはそれで朗報とは言え、俺が知りたいのはこのことじゃない。
何気ない動作で集落を歩き回り、辺りを1周する。
そのとき、憎き声が耳に入り込んで来た。
「そんなに怯えなくてもぉ、ここは安全エリアよぉ」
背後から聞こえた瞬間、弾かれるように飛び退って戦闘態勢を取る。
周囲のプレイヤーは驚愕していたが、構っていられない。
意識は、少し離れた場所に立っている、妙齢の女性――黒いピエロに集中していた。
視線で人を殺せそうなほど睨み付ける俺に対して、黒いピエロは優雅に一礼して名乗りを上げる。
「挨拶がまだだったわねぇ。わたしの名前は、ブラックよぉ。よろしくねぇ」
「よろしくするつもりはない。出来ることなら、今すぐ殴り飛ばしてやりたいところだ」
「うふふぅ。その言葉が出て来る時点でぇ、貴方の負けよねぇ。結局ぅ、粛清が怖いんでしょうぅ?」
「……そうだな、怖い。ここで死んだら、お前たちにやり返す機会を失うからな」
「はいはいぃ、負け惜しみねぇ。そう言うのぉ、格好悪いわよぉ?」
「嫌味を言う為に、わざわざ姿を見せたのか? 『サーカス』とやらは、随分と暇なんだな。それより、安全エリアとは何か教えろ」
「まったくぅ。そんなに邪険にしなくてもぉ、良いじゃないぃ? たかが1人ぃ、仲間を殺されたくらいでぇ」
クルクルとふざけたようにターンするブラックに、殴り掛かろうとする自分を律した。
「話す気がないなら、もう行くぞ。時間の無駄だからな」
ここで手を出せば、レイシスの二の舞になるかもしれない。
それは、彼に対する冒涜だ。
俺に出来るのは、生きてゲームを勝ち抜き、『サーカス』に報いを受けさせること。
血が沸騰しそうになるのを抑え付けるように、頭の中で何度も言い聞かせる。
そんな俺を嘲笑うように、口元で弧を描いたブラックは、楽しそうに言葉を紡いだ。
「仕方ないからぁ、教えてあげるぅ。それぞれの区画はぁ、安全エリアと危険エリアに分かれているのぉ」
「安全エリアと危険エリア……?」
「そうよぉ。安全エリアは拠点のある場所でぇ、危険エリアはモンスターが出る場所よぉ。それでぇ、安全エリアでの戦闘はぁ、禁止されているのぉ」
「そうなると、ここで敵に襲われる危険は……」
「ないわぁ。だからぁ、安心して眠れるわねぇ」
ブラックの言葉を聞いて、複雑な思いを抱いた。
知りたかった情報を得られたのは良いが……見透かされているようで、気味が悪い。
その思いにすら気付いているのか、ブラックはニヤニヤと笑っている。
……駄目だ。
これ以上、顔を合わせていたら、本当に手を出してしまう。
敢えて平静を装って背を向け、肩越しに声を投げた。
「わかった」
「あらぁ? どこに行くのぉ? そっちはぁ、危険エリアよぉ?」
「お前には関係ない」
「まぁ、そうだけどぉ。あんまり簡単に死なれてもぉ、つまんないのよねぇ。貴方はぁ、ちょっとだけ面白そうだしぃ」
「死ぬ気はないが、お前を楽しませるつもりはもっとない。用は済んだから、サッサと帰れ。次に会うまでに、その鬱陶しい口調を直してくれると助かる」
「生意気な子ねぇ。そんなにぃ、殺して欲しいのかしらぁ?」
ブラックから、禍々しい魔力が溢れ出した。
様子を窺っていた他のプレイヤーたちは、我先にと逃げ出している。
だが、俺は……その場に留まった。
対するブラックは魔力を高めたまま、こちらを無言で見据えている。
背中にびっしょりと汗をかきながら、わざと不敵な笑みで言い放った。
「どうした、やらないのか?」
「……気が変わったからぁ、今回は見逃してあげるぅ」
「違うな。お前は見逃したんじゃなくて、手を下せなかったんだ。ゲームマスターの言っていた、ゲームの主旨とやらに反するからな」
「調子に乗らないでねぇ? 場合によってはぁ、その限りじゃないんだからぁ」
「だとしても、お前たちも好き放題出来る訳じゃないことはわかった。これは、大きな収穫だ」
「……本当に生意気ねぇ。もう良いわぁ、今日はこの辺にしてあげるぅ。楽しい楽しいイベントまでぇ、生きていられるかしらぁ」
意味深な言葉を残して、ブラックは立ち去った。
なんとか、上手く行ったな……。
ゲームマスターも言っていたイベントとやらが気になるが、今は横に置いておこう。
深く息を吐き出しつつ、冷や汗が滲んだ額を腕で拭う。
最悪の場合はやるしかなかったが、予想通りそうはならなかった。
半ば賭けに近かったものの、得られた情報は無駄じゃない。
とは言え、喜ぶには早過ぎる。
まだ勝ってもいなければ、何かを成し遂げた訳でもないんだ。
ただ、生き延びたに過ぎない。
気を引き締め直してから、足早にその場をあとにし、改めて夜の森へと入って行く。
視界は悪いが、俺は苦にしない。
危険エリアと言うだけあって、何度かモンスターと遭遇したが、全て撃退した。
やがて訪れたのは――
「……いないか。当然だな」
少女と初めて会った、区画の境目。
あの壁の向こうは……蒼区だ。
勝つ為には戦わなければならない、敵プレイヤーの……彼女が所属する区画。
実際に目の当たりにして、改めてその現実を突き付けられた。
喉元に、手を当てる。
やれるのか、俺に?
額に手を当てて、頭を悩ませていた、そのとき――気配を感じた。
反射的に目を向けた先には、あの少女。
名前も知らないにもかかわらず、命懸けで助けて……殺し合いを強いられている相手。
こちらに気付いて目を丸くし、背を向けて走り去った。
その姿に、体が引き裂かれたような痛みを感じる。
いっそのこと、もう2度と顔を合わせない方が、良いのかもしれないな……。
それが何の解決にもならない、現実逃避だと知りながら、願わずにはいられなかった。
蒼区の方をしばし見つめてから、逃げるように拠点へと帰る。
だが、俺の願いが叶えられることはなかった。




