第3話 ソウルゲーム
ゲームマスターの宣言を聞いて、広場が水を打ったかのように静まり返った。
だが、その時間は数えるほど。
「はぁ!? 殺し合い!?」
「出られるのは勝った区画だけって、そんな……」
俺は辛うじて声に出さなかったが、衝撃は凄まじい。
レイシスも絶句しており、周囲は暴動寸前。
それでも、ゲームマスターは語り続けた。
『勝敗の条件だが、簡単に言えばポイント制だ。各区画の人数がそのままポイントとなり、我々が実施するイベントへの参加によっても上下する。いつまで続くかだが……いや、これは言わない方が盛り上がるか。各区画の初期人数は100人だから、スタートは100ポイントと言うことになる』
本当に楽しいゲームの説明であるかのように、つらつらと言葉を並べ立てるゲームマスター。
同時に魔映盤に表示されたのは、各区画の人数とポイント。
人の命をポイント扱いするだなんて……どうかしている。
腹立たしく思いながらも拳を固め、今はゲームマスターの声に耳を傾けるべきだと判断した。
『脱落者は魂となって、あの古代魔道具、願望機に吸収される。そして、優勝した区画の生き残りプレイヤーに、その使用権が与えられる。その名の通り願いを叶えることが可能だが、叶えられる願いの大きさは、溜められた魂の量に依存する。つまり、多くのプレイヤーを殺せば殺すほど、叶えられる願いも大きくなると言うことだ』
どこか上機嫌に見えるゲームマスターが指差したのは、施設の頂上に鎮座する巨大クリスタル。
背筋がゾクッとした。
魔映盤を始めとした量産可能な魔道具が、現代魔道具と総称されるのに対して、古代魔道具は現代の技術では再現不可能だとされている。
しかも俺の知る限り、公表されている古代魔道具は1つだけ。
だからこそ、すんなりと信じることは出来なかったが、同時に嘘だと断定も出来なかった。
頬を汗が伝い、呼吸が乱れる。
本当に、殺し合いをすると言うのか……?
この際、願望機のことは忘れても良い。
だが、外に出るには優勝する必要がある。
その為に……他の区画の……プレイヤーを……殺す……。
胸中で反芻しても、まるで実感が湧かなかった。
そんな俺に構うことなく、ゲームマスターは淡々と話を進める。
『他にもルールはあるが、あとはゲームをプレイしながら試行錯誤してくれ。それから、場合によっては我ら『サーカス』が介入することもあるから、覚えておくと良い』
ゲームマスターがそう言うと、5人のピエロが芝居掛かった仕草で一礼した。
それがかえって神経を逆撫でしたものの、こんなところで文句を言う訳にも行かない。
必死に気持ちを落ち着けようとしたが、いくらなんでも無茶苦茶過ぎる。
いきなり訳のわからない場所に連れて来られて、帰りたければ殺し合えだと?
冗談も休み休み言え。
きっと、他の人たちだって同じ思い――
「おい、願望機だってよ……」
「マジで願いが叶うってのか……?」
「どんな願いでも……?」
「もし、本当にそうなら……」
全員とは言わないが、あちらこちらで願望機への興味を示す声が聞こえた。
嘘だろ……?
本気で、こんな馬鹿げたゲームに乗ると言うのか……?
それ以前に、願いを叶える古代魔道具を、簡単に信じても良いのか……?
目を見開き、全身から力が抜けるのを感じる。
そのときだった。
不意に、力強い声が割り込んだのは。
「安心しろ、セシル」
「……ッ! レイシス……?」
「こんなふざけたゲーム、わたしは認めない。それに、わざわざ殺し合わなくても、出る方法ならある」
「何……? どうするつもりだ?」
弱々しく尋ねた俺に、レイシスは無言で勝気な笑みを見せた。
まさか……。
そう思ったときには、彼は既に駆け出していた。
片手剣を抜き放ちながら跳躍して、ゲームマスターへと斬り掛かる。
こうなったら……!
俺も腹を括って脚に力を込め、地面を蹴ろうとした。
完璧な不意打ちであり、ゲームマスターは全く反応出来ていない。
行ける……!
自然と手に力が入り、レイシスの刃がゲームマスターの首を刎ね――なかった。
「なッ!?」
愕然とした声を上げるレイシス。
透明の壁に遮られているように、寸前で剣が止まっていた。
良く見ると、白いピエロがゲームマスターの方に、手を伸ばしている。
あれは……異能か……!?
その認識に至ると同時に、レイシスに向かって撤退を促そうとしたが、時既に遅し。
「あらあらぁ、ヤンチャが過ぎるわねぇ。黒い雷が落ちてぇ、直撃するわよぉ?」
黒いピエロが、間延びする声で告げた瞬間――轟音。
快晴の空から、本当に黒雷が降り注ぎ……レイシスを飲み込んだ。
眩く黒い閃光に、視界が塗り潰される。
視界が戻ったとき、そこにレイシスの姿はなかった。
あとには――焼け焦げた大きなクレーターだけが、残されていた。
そんな……まさか……。
レイシスが……死んだ……?
こんなにも、簡単に……?
気付いたときには、両膝を地面に突いていた。
周囲の雑音も、聞こえない。
それなのに、ゲームマスターの平坦な声だけは、はっきりと届いた。
『説明の順序が逆になってしまったが、ちょうど良い。我ら『サーカス』への攻撃は、粛清対象となる。ついでに言っておくと、我らを殺せば一生ここから出られない。嘘だと思うなら、死と引き換えに試してみろ。もっとも、無意味だがな』
「ちくしょう! ふざけんな!」
「悪い冗談はやめて、早く解放してよ!」
「そうだそうだ! お前たちのお遊びに、付き合ってられるか!」
ことの重大さをようやく認識したのか、多くのプレイヤーから非難の声が上がる。
彼らの声が耳朶を打つと同時に、俺の意識が現実に戻って来た。
不味い……!
気持ちは痛いほどわかるが、ここで露骨に逆らったら……!
咄嗟に止めに入ろうとした、直前――
「うるさいオモチャたちねぇ。また黒い雷が落ちてぇ、当たらないと良いけどぉ」
口元に手を添えて、艶やかに微笑んだ黒いピエロ。
瞬間、上空に途轍もない魔力が集まる。
新たな犠牲者が出ると思い、反射的に顔を背けそうになった。
ところが、それを阻止したのは――彼女。
「映せ、ニケの加護」
凛とした声が転がり、1人の男性を葬ろうとしていた黒雷を、魔力の障壁が受け止める。
凄い……。
内心で称賛しつつ、目を移した先には、あの少女が立っていた。
左手の親指にはめたルビーの指輪が、赤く輝いている。
中指にはエメラルドの指輪、小指にはサファイアの指輪を付けているが……今は光っていない。
助けられた男性は腰を抜かしているものの、全くの無傷だ。
問題は、このあと。
「ふふふぅ、やるじゃないぃ。でもぉ、次はどうかしらぁ? 今度は貴女にぃ、黒い雷が落ちないと良いわねぇ」
やはり、こうなるのか……!
とは言え、彼女の異能なら防げるはず――と、思い込んでいた。
「……」
険しい表情で、天を見上げる少女。
ルビーの指輪からは、既に光が消えていた。
まさか、駄目なのか……!?
轟音とともに落ちた黒雷が、レイシスと同じように彼女を――
「やらせるかッ!」
気付けば叫びながら、少女に飛び付いていた。
しっかりと抱き抱え、受け身も取れずに地面を滑る。
直後――ドン、と。
すぐ傍に落雷し、更に吹き飛ばされる。
全身に痛みが走ったが、少女だけは意地でも守ってみせると決めた。
目をギュッと瞑って、腕に力を込める。
俺としては必死そのものだったが――背中をポンポンと叩かれた。
「苦しいです……」
ハッとして少女から身を離すと、地面に背を付けた彼女は、無表情のまま見上げて来た。
頬が朱に染まっているが、状況を理解した俺も、きっと似たようなものだろう。
何も言うことが出来ずに固まり、奇妙な空気が流れた。
しかし、ゲームマスターは淡々と、黒いピエロに指示を出す。
『そこまでだ。ここで盛り上げ過ぎるのは、ゲームの趣旨に反する。楽しみは取っておくとしよう』
「かしこまりましたぁ。運が良かったわねぇ、貴方たちぃ」
『さて、本格的にゲームが始まるのは、明日からだ。今日は拠点で休むと良い。自分の拠点は、各区画の魔映盤を見ればわかる。我らからのプレゼントも用意してあるから、確認するように。以上で説明を終わる。諸君の健闘に、期待しているぞ』
その言葉を最後に、ゲームマスターとピエロたちは消え去る。
助かった、のか……?
唖然として地面に座り込んでいる俺に、少女が手を差し伸べて来た。
そのときになって我に返り、慌てて彼女の小さな手を取って、立ち上がる。
向かい合った俺たちをよそに、他のプレイヤーたちは困惑しながらも、移動を始めていた。
俺も行かないとな……。
そう思いつつ、足は中々動いてくれない。
何故なら――
「……キミは、俺とは別の区画なんだな?」
森の中にいた俺に対して、壁の向こうの街にいた少女。
この結論は、考えるまでもなかった。
それでも、否定して欲しい。
だが、現実は無情。
「……恐らく、そうだと思います」
目を逸らしながら、彼女は言った。
わかってはいたものの、どうしてもショックは大きい。
思わず下を向きそうになったが……それじゃ駄目だ。
「そうか」
「あ……」
敢えてあっさりと言い置いて、立ち去る。
これで良いんだ。
あのまま、2人で沈み込むくらいなら……俺のことを忘れて、全力で生きて欲しい。
いつか、敵対することになろうとも。
グッと地面を踏み締めて足を前に出しながら、『サーカス』がいた場所を睨み付ける。
今の俺には、何も出来ない。
レイシスの仇を討つことも、あの少女の力になることも。
手のひらに爪が食い込むほど握り締め、音が鳴るほど歯を食い縛る。
目尻に浮かんだ雫は、気のせいだと思い込んだ。
こうして、ソウルゲームと言う名の、命を懸けた日々が始まる。




