第2話 招かれる
少女と別れ、不気味な声が聞こえてから、暫く経つ。
何度かモンスターと遭遇したが、手強い相手はいなかった。
街の方も似たレベルだとすれば、彼女なら平気だと思いつつ、完全に安心は出来ない。
最後に見た少女の背中が脳裏を過り、静かに無事を祈る。
相変わらず中央区画の場所は判然としないが、足取りに迷いはない。
何故なら離れた場所から、多数の魔力を感じたからだ。
モンスターじゃない。
そうなると、残る可能性は……人間。
少女は敵対的じゃなかったが、他の者たちもそうだとは限らない。
そう思いつつ、敢えて魔力を抑えず、堂々と歩く。
そして遂に、2人目の人間と相まみえるときがやって来た。
それは良い。
ただ――
(強い……)
木陰から漂う、強者の気配。
少女もかなりのものだったが、この人物も相当だ。
反射的に身構えそうになったのを堪え、極力向こうを刺激しないように、軽く微笑んで声を掛ける。
「出て来てくれないか? 俺に、敵対する意思はない。話をしたいだけなんだ」
両手を肩の高さに挙げ、敢えて無防備を晒した。
僅かに鼓動が速くなったが、なるべく平静を保つ。
すぐに返事はなく、時計の秒針が1回転するほどの時間が経った。
諦めかけた、そのとき――
「どうやら、信じて良さそうだ。疑ってすまない。状況が状況だけに、どうしても慎重になってな」
人好きする笑みとともに姿を見せたのは、20代半ばほどの青年。
淡い紫の髪を肩に掛かる長さで整えており、深い青の瞳は力強さと朗らかさを感じさせる。
身長は俺より少し高く、体格も一回り逞しい。
軽装の旅人と言った風貌だが、シンプルながら上質な片手剣を装備していた。
言葉に嘘はないらしく、俺と同じように手を挙げている。
互いにゆっくりと歩を進め、少し距離を空けて立ち止まり、同時に手を下ろした。
しばしの沈黙を挟んだが、気負わず声を発する。
「信じてくれて、有難うございます。初めまして、俺はセシルと言います。よろしくお願いします」
「おや? 遠慮しなくても、さっきのようにタメ口で良いんだぞ?」
「いえ、それは年上だと知らなかったからです。年長者には、敬意を払いますよ」
「いやいや。わたしはこう見えて、若作りでな。まだ、10代半ばなんだぞ?」
「流石に、それは嘘でしょう」
「はは! 無理があったか。だが、本当にタメ口で良い。わたしはレイシスだ。よろしくな、セシル」
「……わかった。改めてよろしく頼む、レイシス」
青年……レイシスが差し出した手を、少し困ったように笑いながら、躊躇いなく握った。
本当はもう少し警戒するべきかもしれないが、彼にはそうさせる雰囲気がある。
握手を交わしたことで、レイシスも本当の意味で緊張が解けたのか、1段階笑みが深まった。
そうして挨拶を終えた俺たちだが、問題はここからだ。
「一応聞いておくが、レイシスはここがどこか知っているか?」
「いや、わからない。気付いたら、この森の中だったからな。わたしはエデン商会の商人で、職業柄いろんな地域に行くんだが……こんな場所は初めてだ。今は、中央区画を探している」
「俺も同じだ。知らない間にここにいて、中央区画を目指している。……と言うか、エデン商会の商人なんて凄いな。世界一の商会じゃないか」
「ははは! なぁに、わたしは末端も末端だ。それに、こんな状況で立場など関係ないだろう?」
「それは……そうかもしれない」
愉快そうに笑うレイシスに、苦笑を返した。
もっとも、事態は好転していない。
知らず知らずのうちに沈みそうになっていたのか、レイシスが俺の肩をポンと叩いて口を開く。
「そんな顔をするな、セシル。こうして、わたしたちは出会えたんだ。遠からず他の者とも、顔を合わせるだろう。そうすれば、情報も手に入るに違いない」
「レイシス……。そうだな、気落ちしている場合じゃない。先を急ごう」
「そう来なくてはな。しかし、どっちに行く?」
「手掛かりと言うほどじゃないが、当てならある。向こうから、多くの魔力を感じるからな」
「魔力を? わたしは、何も感じないが……」
腕を組んで、怪訝そうに眉根を寄せるレイシス。
それが普通だろうな……。
笑みをこぼし、何でもないように手札を明かす。
「ちょっとした特技なんだ。俺は異能を持たないが、隠していない魔力なら敏感に察知することが出来る」
「ほう……。中々、興味深いな。もしかして、わたしに会ったのも偶然ではないのか?」
「そう言うことだ」
「なるほど、それは心強い。では、その特技を頼らせてもらおうか。早く現場に復帰しないと、上に何を言われるかわかったものではないからな」
声を弾ませたレイシスは、俺が指示した方角に向かって歩き始めた。
動きに淀みはなく、隙もない。
見事だな。
感心しつつあとに続き、無言で森を進む。
互いに自然とカバーし合い、死角を潰しながら。
その後は順調に森を進みつつ、問題なく戦闘もこなせている。
レイシスの技量は予想通り凄まじかったが、特徴的だったのは剣先を軽く揺らすフェイント。
俺の体術にも、活かせるかもしれない。
戦闘に一区切り付いて感心していたところに、レイシスが歩み寄って来ながら、明るい顔で軽く手を掲げた。
最初は意味がわからなかったが、すぐに察する。
呆れる気持ちも強かったものの、不思議と嫌な気分じゃなく、ハイタッチを交わした。
すると、大きく頷いたレイシスが、楽しそうに声を発する。
「強いのはわかっていたが、思った以上だな。お前と一緒なら、わたしも楽が出来そうだ」
「それは、こちらのセリフでもある。次は、敢えて任せてみるのも面白そうだ」
「はは、言うじゃないか。何にせよ、組む相手としては申し分ない」
満足そうに俺の背中を叩いたレイシスが、再び進み出した。
年上とは思い難い気軽さに軽く息を吐きつつ、文句を言わずに追い掛ける。
そうして交互に足を動かし続け、やがて目当ての場所に到着したのだが――
「これは……」
「ふむ……。中央区画ではなさそうだが……無駄足でもなさそうだな」
困惑した俺と、おとがいに手を当てて考え込んでいるレイシス。
目の前に広がっているのは、それまでの森と打って変わって……集落、と言ったところか。
面積はかなり広く、コテージのような建物が乱立している。
入口には魔映盤と呼ばれる、映像表示装置が取り付けられているが、今は何も映っていない。
また、集落の中央にも巨大な魔映盤が、高い位置に設置されていた。
中央区画への道が表示されており、思わずホッとしてしまう。
そして何より……100に達しようかと言う、人の数。
共通しているのは、程度に差はあれど、戦闘力が高そうだと言うこと。
まさか全員、異能者なのか……?
戦闘力が高い者は異能者――と言う図式が、一般的だからな。
自分で言うのも何だが、俺は例外に近い。
裏を返せば、母さんと父さんがいる可能性は低くなるとは言え……確証はないか。
もう1つの共通点は、皆が皆、どこか挙動不審だと言うこと。
どうやら、誰も事情を知らなさそうだ。
それより、あの少女は無事だろうか……。
見える範囲には、いないな……。
他の場所も探してみようとしたが、中央区画に行けば会えるかもしれない。
そう判断して、レイシスに呼び掛けた。
「行こう。この先に、何かがあるはずだ」
「そうだな。まずは話とやらを聞かなければ、どうしようもない」
俺の言葉に頷いたレイシスは、自分から足を踏み出した。
それに遅れず俺も付いて行き、集落を通り過ぎて中央区画へと入る。
そこで俺とレイシスが目の当たりにしたのは、予想外の光景だった。
特徴的なのは、区画全体に流れている明るい音楽。
全体的にカラフルな色合いで、様々な商店が立ち並んでいる。
加えて、区画の入口にあった地図で見た限り、3箇所の広大な敷地が広がっているようだ。
何より目を引いたのは、中央に位置する見上げるほどの施設と、その頂上にある巨大なクリスタル。
思わず眉根を寄せた俺の隣で、レイシスも少なからず困惑しているようだが、大きく取り乱してはいなかった。
そのことを確認しつつ、足を進ませる。
中央区画に来いとは言われたが、具体的な場所の説明はなかった。
だからこそ、取り敢えず最も目立つ中央の施設を目指したのだが、結果的に正しかったらしい。
俺たちの前にあるのは、集落に設置されていたものよりも、更に大きな魔映盤。
無意識に表情を改めて、いつでも動けるように備える。
レイシスに意識を向けると、片手剣の状態を確認していた。
そんな彼を頼もしく思っている間にも、周囲に人が集まりつつある。
集落にいたときもかなりの人数だったが、今はその数倍はいそうだ。
これだけ多いと、あの少女を探すのは骨が折れそうだな……。
それでも、辺りに視線を走らせるのを止められなかったが、その時間はすぐに打ち切られる。
突如として、6人の人物が姿を現したからだ。
場所は、施設の魔映盤の上。
見上げる形になったが、その人物たちを前に、反射的に顔を顰めた。
1人は、フーデッドローブを目深に被り、仮面を付けている。
豪華な椅子に座っていることもあり、身長はわかり難い。
性別も人相も何もかもが謎だが、今の状況に比べれば、そんなことは些細な問題だった。
残りの5人は、赤、青、黒、白、金を基調とした、5色のピエロ。
こちらは体型や性別がはっきりしており、赤が巨漢、青が幼い少女、黒が妙齢の女性、白が長身痩躯の男性、金が恰幅の良い男性。
あまりにも異様な出で立ちだが……強力な、それでいて禍々しい魔力を感じる。
周囲の人々がざわついているのをよそに、ひとまずは様子見した。
レイシスをチラリと窺ったところ、こちらを横目で見てニッと笑い、すぐに真剣な面持ちで目線を6人に戻した。
俺もそれに倣い、状況に身を任せる。
すると、出現して暫くしてから、ようやく仮面の人物が声を発した。
俺たちを地獄に突き落とす、絶望の声を。
『良く集まってくれた、プレイヤーの諸君。歓迎しよう。わたしは、ソウルゲームの主催者だ。そうだな……ゲームマスターとでも呼んでくれ』
愉快そうに言葉を紡いだ仮面の人物の声は、俺たちをここに呼び出したものと同じで、性別がわからなかった。
だが、今は気にしていられない。
ソウルゲーム?
ゲームマスター?
いったい、何を言っている?
疑問を持っているのは俺だけじゃなさそうだが、誰もが口を噤んでいた。
こちらの反応に満足したのかどうかは知らないが、ゲームマスターはマイペースに話を続ける。
そして、その一言が――
『諸君にはこれから、4つの区画に分かれて殺し合ってもらう。そして、勝利した区画のプレイヤーのみが、この箱庭都市から出られる』
決定打となった。




