第22話 進む
夢を見た。
途轍もなく、嫌な夢。
殺されそうになったり、殺したり。
最悪だ。
しかし、俺は……。
そこまで考えたときには、いつの間にか天井が目に映っていた。
ここは……俺の拠点か……。
バトル大会は……俺が優勝したんだったな。
記憶が朧気だが、それだけは覚えている。
未だにボンヤリとしたまま、右手を顔の前に翳した。
そして、ポツリとあの言葉を呟く。
「……起動、武装」
瞬間、俺の体に魔力が固定された。
一切の淀みもなく、発動までのタイムラグもない。
何故、鍵となるワードをこれにしたのかは、不明だ。
ただ、不思議と迷いはなかった。
異能の発現が夢じゃなかったことを確認して、すぐに解除する。
再びベッドに体を沈み込ませようとしたが、その前に入り口のドアが勢い良く開かれた。
「お兄様! ご無事ですか!?」
両手で救急箱を抱えたエルナが、血相を変えて駆け寄って来た。
それを見て、あちこち痛む体を起こし、安心させるように声を投げる。
「大丈夫だ、エルナ。何の問題もない」
「で、ですが今、凄い魔力が……」
「あぁ……。俺の異能を発動出来るか、試しただけだ。何せ、あのときは無我夢中だったからな」
「そうでしたか……。良かったですわ……」
胸を撫で下ろして、ホッとしているエルナ。
そんな彼女に申し訳なく思い、更に言葉を続けようとしたが、その前にもう2人の仲間たちが拠点に入って来た。
「よう、目を覚ましたか」
「まだ寝てないと駄目よ~?」
気安く手を挙げながらも、ガレンは安堵を隠し切れていない。
一方のフローラはあからさまに眉を下げており、わかり易く不安そうだ。
エルナも含めた彼らが、いつも通り接してくれることを、嬉しく思う反面で辛くも感じている。
必死に表情を取り繕って、ゆっくりと声を発した。
「心配を掛けてすまない。だが、思ったよりは動けそうだ」
「それは、わたしのお薬が効いてるからよ~。本当なら、絶対安静なんだからね~?」
「フローラの薬?」
「らしいぜ。フローラは、植物に関する異能だからな。薬用植物にも詳しいんだとよ」
「患部に塗ったのは、わたくしですわ。わかる限りは処置したつもりですが、いかがでしょう……?」
なるほど、道理で痛みが少ない訳だ。
内心で納得しつつ、覗き込んで来たエルナの頭を優しく撫で、はっきりと告げる。
「何ともない。有難う、エルナ。フローラも、助かった」
「気にしないで~。仲間が傷付いたら助けるのは、当然でしょう~?」
右手を頬に添えて、ほんわかした空気を醸し出すフローラ。
仲間……か。
その言葉が、今は物凄く重い。
黙り込んだ俺を心配したのか、エルナが口を開こうとしたが――
「今日は休め、セシル」
ガレンが俺の頭を乱暴に撫でながら、そんなことを言い出した。
もっと何かしら言われると思っていたので、意外感から言葉を失ってしまっている。
エルナとフローラも驚いたようだが、ガレンは構わず続けた。
「いろいろ考えることも多いだろうが、慌てなくて良い。1つずつ、ゆっくりと処理して行け」
「ガレン……」
「無理して今すぐ立ち直れとは、言わねぇよ。ただ、忘れんな。お前は1人じゃねぇ。俺らの力が必要なら、遠慮なく頼れよ」
「……有難う」
「礼なんかいらねぇよ。仲間だろうが」
更に乱暴に頭を撫でられたことで、ベッドに視線を落とす。
顔を見られなくて済んで良かった……。
などと思っていると、ガレンが手を止めて言い放つ。
「フローラ、エルナ、行くぞ」
「……そうね~。今は、そっとしておいてあげましょうか~」
「わかりましたわ……。ですが、お兄様! 少しでも異変を感じたら、すぐに呼んで下さい!」
その言葉を最後に、3人は拠点を出て行く。
だが、ドアを閉める直前でガレンが、言葉を投げ掛けて来た。
「あー……本当は言うなって言われてたんだが……。やっぱり、言っとくぜ」
「何の話だ……?」
「お前、自分が倒れたときのこと、覚えてるか?」
どこか、歯切れの悪いガレン。
怪訝に思いつつ、視線を下げたまま問いの答えを考える。
会場を出て、廊下で倒れたのは覚えているが――と思考を巡らせ、弾かれるように顔を振り上げた。
そんな俺にガレンは、少し困ったように笑い、簡潔に言ってのける。
「誰より早く駆け付けたのは、あの子だ。『セシルを、よろしくお願いします』だってよ。それだけは、伝えておくぜ。じゃあな」
一方的に言い置いて、ガレンは去って行った。
ベッドの上で硬直してしまい、外の風音すら聞こえて来る。
しかし、なんとか意識を現実に戻して、静かに床に足を付けた。
痛みはあるが、フローラとエルナのお陰で、普通に行動する分には問題ない。
ブーツを履いて、拠点を出る。
すっかり夜が更けているが、気にせず足を踏み出した。
森の中に入り、速度を緩めることなく奥へ。
魔力探知でモンスターとの遭遇を避け、やがて辿り着いたのは――ティアと出会った、蒼区との境目。
どうしても、彼女に会いたい気持ちを抑え切れなかった。
とは言え、ティアがいる可能性は低い。
そう、そのはずだった。
「……」
壁に背を預ける形で、座り込んでいるティア。
親とはぐれた子どものように、心細そうに見える。
今すぐ走り出そうとしたが、一呼吸入れて落ち着きを取り戻した。
そして、わざと足音を立てながら、ゆっくりと歩み寄る。
するとティアは、ビクッと肩を震わせてから立ち上がり、こちらを向いた。
顔は辛そうに歪んでおり、目は赤くなっているが、気付かぬふりをして言葉を口にする。
「今日も生きている」
「……ッ! セシル……」
「約束だったからな。次は、キミの番だ」
「……今日も生きています」
「有難う。良い声だ」
「声は関係ないでしょう?」
「そうだな。だが、嘘じゃない」
「まったく、貴方と言う人は……」
泣き笑いのような表情になったティアを見て、体から余分な力が抜けるのを感じた。
そのまま壁際まで行き、彼女と背中合わせで立つ。
いつかのことを思い出し、つい気持ちを声にしてしまった。
「キミといると、落ち着く」
言ってから恥ずかしくなって、なかったことにしたかったが――
「わたしもです」
即座に答えが返って来て、口を縫い付けられる。
今の一言だけで、救われていた。
これ以上は、望むべくもない。
そう考えつつ、この場を離れられずにいる。
そのまま無言の時間が続いたが、先に沈黙を破ったのはティアだった。
「その……大丈夫ですか?」
顔は見えないが、明らかに不安そうな声。
そんな聞かれ方をしたら、答えは1つしかない。
「あぁ、もう何ともない」
「……本当ですか?」
「本当だ。仲間に、薬の調合が得意な人がいてな。その人が作った傷薬のお陰で、だいぶ良くなっている。何なら、もう1戦くらいなら出来そうだ」
この言葉に、嘘はない。
実際、俺の体はかなり回復している。
ところが――
「その傷薬は、心の傷も治せるのですか?」
口を開きかけた体勢で止まり、言葉が喉に詰まった。
それでも、強引に声を絞り出す。
「薬は効かない。だが、大丈夫だ。俺は必ず、立ち直って――」
「無理です」
「え……?」
「無理だと言ったのです。今のセシルに、立ち直ることなど出来ません」
強い口調で断言されて、思わず振り向いた。
対するティアもこちらに向き直っており、真摯な眼差しを叩き付けて来ている。
何を言うべきかわからず、立ち尽くしてしまった。
しかし、彼女は構わず言いたいことを言う。
「セシル、目を背けないで下さい。誤魔化さないで下さい。貴方の本当の気持ちは、何ですか?」
「本当の、気持ち……」
「そうです。それを自覚しない限り、貴方が真の意味で立ち直ることはありません」
どこまでも、真っ直ぐに見つめて来るティア。
逃げることを許さず、それでいて……優しい目。
出会って間もない彼女に、どうしてここまで言われなくてはならないのか。
その気持ちを持ちながら、ティアの言葉を認めてしまっている。
改めて自分の内面に目を向け……答えを出した。
醜い、答えを。
壁に手を突いて俯き、ポツリポツリと声を落とす。
「俺は、ダガガを殺した」
「はい」
「本当は、殺したくなかった」
「はい」
「【マナ・オリジン】を……異能を解除したら、俺が死んでいた」
「はい」
「解除せずに意識を奪おうとしても、殺していただろう」
「はい」
「だから、降参を促した」
「はい」
「しかし、奴は拒否した」
「はい」
「だから、殺すしかなかった」
「はい」
「違う」
言い切った。
ティアは否定しない。
それこそ、彼女が理解している証。
壁に突いた手に力を込め、音が鳴るほど奥歯を噛み締めて、言葉を連ねる。
「本当はもう1つだけ、殺さずに済む可能性があったんだ。ダガガの魔力切れを待つと言う、異能を持つ前に考えた方法が」
「……」
「それなのに……俺は殺したッ! 奪う必要のなかったかもしれない命を、奪ったッ! 力を得た途端に、無意識に選択肢を1つ消したんだッ!」
「……」
「躊躇わずに殺したのは、その方が周りに衝撃を与えられると考えたからだッ! 殺し合いが起きないようにする、抑止力とする為にッ!」
「……」
「結局、俺は自分の目的の為にダガガを殺したッ! 奴の命より、自分のことを優先したんだッ! 俺は……俺はゴールドの言う通り、最低の人殺しだッ! 異能の力に溺れた……最低の、人殺しなんだ……」
その場に崩れ落ちて、項垂れる。
両の瞳から、涙が溢れるのを止められない。
全て、吐き出した。
見て見ぬふりをしていた、俺の汚い部分も全て。
苦しい。
だが、こうすることで、ようやく立ち直る資格を得られるのかもしれないな……。
今後も俺は、人殺しとして生きて――
「違います」
正面から聞こえた、澄んだ声。
驚きとともに、顔を上げた。
視界に入ったのは、俺と同じように地面に座り込みながらも、毅然とした表情を浮かべるティア。
とめどなく涙を流してはいるが、力強さは失われていない。
俺と手を合わせるように壁に触れた彼女は、噛んで含めるように語る。
「セシルは、確かに人を殺しました。ですが、決して最低などではありません。誰が何と言おうが、貴方自身がそう名乗ろうが、わたしが認めません」
「しかし……」
「しかしも何もありません。貴方は、敵であるダガガの命を救おうと、懸命に足掻いていました。確かに、まだ手は残されていたのかもしれません。だとしても、その事実に変わりはないのです」
「……」
「それに、セシルは自分の為にダガガを殺したのではありません。残った全てのプレイヤーの為です。貴方を恐れ、非難する者はいるかもしれません。ですが、わたしは知っています。貴方が、誰よりも強くて優しいことを」
「ティア……」
「それでも納得出来ないなら、仕方ありません。わたしも、罪を背負います」
「ま、待ってくれ! キミは、何もしていないだろう!?」
「そうです。何もしていません。いいえ、わたしには何も出来なかったのです。それが罪です」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶で結構です。それで、どうするのですか?」
真剣な眼差しを、突き刺して来るティア。
本気だな……。
膝に力を入れて、立ち上がる。
遅れずに彼女も腰を上げ、真っ向から視線を交えた。
両者ともに泣いているが、弱々しさはない。
完全に吹っ切れたとは言えないが、1つのことを決めたからだろう。
改めて壁に手を添えた。
ティアもそれに合わせてくれて、直接触れ合えなくても、心が通じたように思える。
そのことに力付けられたからか、予想外に言葉がスムーズに出て来た。
「俺は、ダガガを殺した。それだけは、覆しようのないことだ」
「……はい」
「その罪を、俺は帳消しにはしない。キミが何と言おうとな」
「そうですか……」
ティアの顔に、悲しみの色が含まれる。
だが、俺の言葉は終わっていない。
「ただ、そこで立ち止まらないと約束しよう。罪を背負ったまま、前に進んでみせる」
「……! セシル……」
「もしかしたら……この先も俺は、多くのプレイヤーを殺すかもしれない。それでも、最後まで突き進む。全ての死を引き摺ってでも」
半分は虚勢だった。
しかし、もう半分は本心。
対するティアは口を引き結んでいたが、やがて雰囲気が和らぐ。
そして、苦笑しながらも、どこか清々しい様子で言い返して来た。
「でしたら、やはりわたしも手伝います」
「え?」
「セシルにだけ、背負わせはしません。具体的なことはまだわかりませんけれど……わたしも、わたしに出来ることを精一杯頑張ります」
「……わかった。ただし、無理はしないでくれ」
「セシルだけには、言われたくありません」
「それは……そうかもな」
バッサリと切り捨てられて、認めざるを得ない。
そんな俺に、ティアは柔らかく微笑んでくれた。
不覚にもドキリとして、顔を背けてしまいそうになったが、意地を張って耐える。
代わりに、万感の思いを込めて伝えた。
「ティア、有難う。キミに会えて、本当に良かった」
「こちらこそ、有難うございます。それから……」
「どうした?」
「……いえ。セシルは嫌がるかもしれませんけど、やっぱり言わせて下さい」
「わ、わかった」
わざわざ前置きしたティアに、反射的に身構えた。
ところが、彼女の口から飛び出したのは――
「優勝、おめでとうございます。良く頑張りましたね」
純粋な称賛。
自分の区画が不利になったと言うのに……なんて強さだ。
俺にとっては意外過ぎて、息を飲みつつも、素直に返事する。
「有難う。頑張った」
俺の答えに満足したのか、ティアの笑みが深まった。
今後も『サーカス』は、様々な手段で殺し合いを促して来るだろうが……負けない。
何をもって勝利と言えるかわからない現状でも、それだけは誓える。
目の前にいながら遠い、他区画の少女を救う方法も探し続けよう。
そんなものは、どこにもないとしても。
静かに見つめ合う、俺とティア。
こうしてバトル大会は幕を閉じ――ソウルゲームは、次のステージへ移行する。




