エピローグ 爪痕
セシルとティアが心を通わせていた、同時刻。
夜空の下、砂埃が舞う紅区の通り。
多くのプレイヤーが脱落したことで、どことなく困惑した空気が漂っていた。
特に、ダガガの死は大きな波紋を呼んでいる。
彼を恐れていた者にとっても、彼を頼っていた者にとっても、衝撃が強過ぎた。
しかし、ルージュはそのようなことに頓着せず、キャンディーをガリッと噛みながら、嬉しそうに声を発する。
「セシルの奴、やっぱり本気じゃなかったのね。……それとも、もしかしてあのとき発現したのかな?」
人が死んだことよりも、目を付けたプレイヤーが強敵だと確定したことへの、喜びが明確に勝っていた。
獰猛な気配を撒き散らして、足を進ませるルージュから、近くのプレイヤーは怯えたように離れて行く。
ところが、その流れに逆らう者がいた。
「よう、ルージュ。こんなところで、奇遇だな」
紅区のトップ、バル。
背後には、多数の配下を従えている。
彼の姿を見た瞬間、ルージュは鬱陶しそうにキャンディーを噛み砕き、吐き捨てるように言い放った。
「何が奇遇よ。あんたのことだから、どうせ手下を使ってあたしを探させたんでしょ?」
「おいおい、随分な言われようだな。俺様がテメェを探して、何の得があるってんだ?」
「あ、そう。だったら、もう良いわよね? いちいち相手するの面倒だから、もうあたしに関わらないで」
言いつつ歩み出したルージュだが、バルの配下たちが怯えた表情のまま、彼女の進路を塞ぐ。
ルージュがギロリと睨むと、彼らは顔を引きつらせたが、バルへの忠誠――いや、恐怖が上回ったらしい。
そんな配下たちに舌打ちしつつ、ルージュは包囲を強引に突破しようとし――
「テメェは、あの野郎……セシルに勝てるか?」
バルの声が耳に入り、ピタリと立ち止まった。
振り返らずとも、彼が嗤っていることにルージュは気付いており、腹立たしく思いつつも言い返す。
「誰に言ってんの? 当たり前でしょ」
「そうか、引き留めて悪かったな。これからも同じ紅区の仲間として、よろしく頼むぜ」
至極楽しそうなバルに比して、ルージュは仏頂面を浮かべていた。
配下たちが道を開けたのを見て、再び動き出す。
その背中をバルは野性味溢れる目で見つめ――夜が更けて行った。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
中央区画の施設の頂上、願望機と呼ばれる古代魔道具の元に、『サーカス』が勢揃いしていた。
ゲームマスターは願望機と向かい合って立ち、5色のピエロが背後に控えている。
風が強く、吹き抜ける音だけが響いていた。
だが、ゲームマスターだけではなくピエロたちも、顔色1つ変えない。
いつもは忙しないレッドも、気怠そうなブルーも、真面目に見えるホワイトも、艶やかなブラックも、騒がしいゴールドも、今だけは大人しくしている。
そのまま更に時間が経過し、ようやくゲームマスターが、願望機を見ながら声を発した。
「全員、ご苦労だったな。バトル大会後の、プレイヤーの状況はどうだ?」
「紅区の奴らは、戸惑ってるみてぇです! 区画ポイント50は手に入りましたが、ダガガを始めとする多くのプレイヤーを失ったことを、不安に思ってるみてぇです! ただそれも、バルが上手く纏めつつありますぜ!」
「蒼区はミカエラのパーティが、上手くやってるみたいですよー。かなりショックは大きかったみたいなんですけど、今は落ち着いてますー」
「白区は良くも悪くも、変化ありません。ベネディクトとクラウスを中心に、固い結束を保っています。もっとも、それもいつまで続くかわかりませんが」
突然動き出したレッドと髪を弄るブルーに比して、ホワイトは直立不動で現状報告を行った。
だが、次の瞬間――
「黒区はどうだ、ブラック?」
肩越しに振り向いたゲームマスターが、問い掛ける。
自分から語り出すつもりが、急に名指しされたブラックは虚を突かれたものの、表面上は淀みなく返事した。
「かなりぃ、変化がありますねぇ。セシルが優勝したことでぇ、一気にトップになりましたしぃ。浮ついてるプレイヤーもいればぁ、急にやる気になってるプレイヤーもいてぇ、ある意味危うい状態かもですぅ。まぁ、黒区は他の区画と違ってぇ、纏め役がいませんしねぇ」
口元に手を当てて、楽しそうにほくそ笑むブラック。
一方のゲームマスターは沈黙していたが、顔を願望機の方へ戻しつつ、声を投げた。
「ゴールド、セシルが優勝したことによる影響はあったか?」
「あー……あったと言えば、ありましたのう。まだ大会直後なので、はっきりとは言えませぬが、やはり黒区を……いや、セシルを恐れている者が増えてますな。殺し合いを控えようって動きもありますし、また面白くない状況になるかもしれませぬ。一応、現時点でのポイント推移と順位は、こんな感じですぞ」
腹立たしそうにゴールドが言うと同時に、虚空に画面が表示された。
そこに映っていたのは――
バトル大会による区画ポイント推移
蒼区:99
紅区:99-13(死亡プレイヤー)+50(準優勝)→136
黒区:98-3(死亡プレイヤー)+100(優勝)→195
白区:99
現在順位
1位:黒区→195
2位:紅区→136
同率3位:蒼区、白区→99
と言う、一覧表。
プレイヤーにとっては死活問題だが、ゲームマスターの反応は薄い。
またしても静寂が落ちたが、ゲームマスターはあくまでもマイペースに言葉を紡いだ。
「心配しなくても、プレイヤーたちは殺し合う。いずれ、必ずな。その為にも、次のイベントの準備を進めるぞ。それから、各プレイヤーの観察を強化しておけ」
『かしこまりました』
ゲームマスターの指示を受けた、特色の全く違うピエロたちが、一糸乱れず同時に答えて姿を消した。
そんな彼らを見送ることもなく、ゲームマスターは佇んでいたが、やがて体ごと振り向いて、ある方向を見つめる。
そこは――
「【マナ・オリジン】……思ったよりも早かったな。面白くなって来たぞ」
黒区。
態度は変えないながらも、僅かに声が弾んだゲームマスター。
箱庭都市で最も空に近い場所から、月を見上げる。
次第に分厚い雲が覆い隠そうとしていたが、ゲームマスターの心は晴れやかだった。
ここまで読んで頂き、誠に有難うございます。
この作品は第2章まで執筆済みで、第3章以降も構想はありますが、投稿するかは未定です。
と言うのも、この後書きを書いている時点(2026/10/04)で、一切の評価を受けていないからです。
誰にも望まれていない作品を書き続けるのは、正直なところモチベーションが上がりません。
場合によってはこの第1章で完結となります、ご了承下さい。
それでも、最後まで読んで頂いた方には感謝したいです。
改めて有難うございました。




