↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/23

第21話 起動

 対戦場をあとにして、観戦席へと繋がる廊下に入った。

 抱えたティアは丸まった猫のように、小さくなっている。

 今更になって恥ずかしさを感じたが、それより遥かに強い気持ちが湧いて来ていた。

 ダガガとゴールド、そして……俺自身に対する怒り。

 俺がもっと警戒して、ティアに注意するように言っていれば、こんな結果にはならなかったんじゃないか……そう思ってしまう。

 唇を噛み締めて、真っ直ぐに歩み続けた。

 そこに駆け寄って来たのは、見覚えのある顔。


「ティア! 大丈夫!?」


 転びそうな勢いの、ミカエラさん。

 他区画の俺を前にしても無警戒で、ティアを心配している。

 何も言わずにゆっくりとティアを下ろすと、ミカエラさんはすぐに彼女を支えた。

 あとは、任せて大丈夫だろう。

 そう判断を下し、無言で背を向けた。

 俺が今やるべきことは、ティアに寄り添うことじゃない。

 ゴキゴキと、拳が音を鳴らすほど握り込む。

 そうして対戦場に戻ろうとした、そのとき――


「待って下さい」


 静かな、それでいて力強いティアの声が、耳朶を打った。

 ピタリと足を止めつつ、前を向き続ける。

 そんな俺に、彼女は平坦な声で告げた。


「お願いがあります」


 何だ?――とは聞かなかった。

 ただ、立ち止まり続ける。

 するとティアは、僅かに間を置いてから、はっきりと言い放った。


「わたしの為に戦うのは、やめて下さい」


 心臓が跳ねる。

 凄いな、ティアは……。

 思わず苦笑を漏らして、肩越しに返事する。


「わかった」


 それだけ言って、歩み出した。

 ティアとミカエラさんの視線を感じながら、もう振り返らない。

 交互に足を動かして、対戦場に入る。

 観戦席から注目を浴びたが、黙殺した。

 その代わりに意識を向けるのは、中央のステージ。

 この戦いの先に、何が待っているのかわからない。

 ただ1つ、はっきりしていることがあった。

 それは――


『さぁて! 決勝戦の時間じゃ! お前たち、最後まで存分に殺し合うんじゃぞ! 観客の連中は、安全圏から見ているだけなことを恥じながら、1番の人殺しの誕生に注目してくれい!』


 このふざけたイベントが、終わると言うこと。

 ゴールドの耳障りな煽りを聞き流しながら、大きく息を吸い込んで、時間を掛けて吐き出す。

 ダメージはゼロじゃないものの、戦闘に支障をきたすことはなさそうだ。

 どちらかと言うと問題は精神面だったが……ティアの言葉が効いている。

 極めて落ち着いて、感情を処理出来ていた。

 決勝に進めた時点で、最低でも区画ポイント50は確定。

 本当に危ないときは、降参しよう。

 俺には、帰るべき場所があるからな。

 視線を動かして、ガレンたちを見やる。

 対する彼らは、明るい雰囲気でこちらを向いていた。

 あたかも、「もう充分だ」とでも言いたげに。

 そのことに勇気付けられ、少し横へと目を移す。

 そこには、神妙な顔付きのティアと、彼女の肩に手を載せて微笑んでいるミカエラさん。

 預けた時点で不安はなかったが、本当に平気なようだ。

 密かにホッとしながら、どう反応するべきか迷ったが、頬の絆創膏に触れつつ、敢えて笑顔を作った。

 するとティアはハッとした様子で、ぎこちなく笑っている。

 このやり取りに、具体的な意味があったかどうかわからない。

 それでも、全身に力が宿った気がした。

 その勢いに乗って、ステージへの階段を駆け上がる。

 既にダガガの姿があり、見るからにこちらを見下していた。

 それでいて、ビリビリとした覇気のようなものを感じる。

 しかし、恐れはない。

 ステージ中央近くまで歩み、淀みなく構えを取った。

 そんな俺に、ダガガは僅かに鼻白んで、忌々しそうに唾を吐き捨てる。

 戦斧を両手で掴み、暴力的な魔力を放出した。

 まだ【バーニング・アーマー】は使っていないが……初手から用心しておこう。

 グッとステージにブーツを食い込ませ、開始を待った。

 それから、幾つか数え――


『そんじゃ、始めるか! 決勝戦……開始じゃッ!』


 ゴールドの声に合わせて、踏み込――まない。

 そのことに、観戦席から騒めきが起こった。

 予選、準決勝を通して、俺が常に開始直後から攻めていたせいだろう。

 怖気付いたと思った者もいるかもしれないが、そうじゃない。

 ダガガは、はっきり言って今までの相手とは次元が違う。

 無策で突っ込んで、倒し切れるほど甘くはないはずだ。

 考えを読まれたとは思わないが、俺が動かないことにダガガは上機嫌に鼻を鳴らし、重々しく足を踏み出す。


「どうした? 来ないのか? 威勢が良いのは、口だけだったようだな。あの女みてぇになぁ」


 ガシャガシャと、華美な鎧と装飾品を誇示するかのように、わざと時間を掛けて歩み寄るダガガ。

 ティアを貶められても、無視してその場に留まり続ける。

 こちらの態度に苛立ったのか、舌打ちしながら、やがてダガガは目の前に立った。

 俺も身長は高い方だが、奴はそれを優に超える。

 高みから見下ろすようなダガガを、下から睨み返した。

 すると奴は、戦斧を高々と掲げて、興奮したように叫ぶ。


「はッ! どうやら、マジで口だけだったみてぇだな! これで、今日から俺が紅区の王だ! 死ねッ! セシル!」


 思い切り振り下ろされる戦斧。

 規格外の巨体を誇るダガガだが、攻撃速度そのものは速い。

 瞬きする間に眼前に刃が迫り、俺の体を破壊しようとして――


「ぐッ!?」


 苦悶の声を上げたのは、ダガガだった。

 奴の血走った目は、自分の左肘を見ている。

 厳密に言うと、右手の中指の関節だけを尖らせた、俺の一本拳が突き刺さった肘を。

 鎧が堅固なことは、ティアとの戦いで見せてもらった。

 ただし、いくら強固な鎧を着ていようが、関節回りだけは守り切れない。

 戦斧による一撃は空振りに終わっており、ステージに大きな裂け目を作っていた。

 先制打を受けたダガガは顔を真っ赤にし、戦斧を横薙ぎにする。

 だが、そのときには奴の背後に回り込み、下段蹴りを左膝の裏に叩き込んだ。


「がッ!?」


 ここもやはり防御が薄く、ダガガの体勢が崩れる。

 そこで正面に戻り、拳を握り込んだ。

 狙うは、体勢が崩れたことによって落ちて来た、相手の顎。

 精確に撃ち抜くことが出来れば、異能者であっても意識を断てる。

 そうすれば、殺すことなく俺の勝ちだ。

 歯を食い縛って、右腕を振り切る。

 視界がスローモーションのようになり――


「調子に……乗んなぁぁぁッ!!!」


 真っ赤に染まった。

 次いで感じたのは、強烈な熱。

 咄嗟に距離を取ったが、1秒でも遅ければ、今頃消し炭だった。

 もし奴の異能を事前に見ていなければ、ここまで攻めることは出来なかっただろう。

 それでも、心臓が激しく脈打ち、熱とは違う理由で汗が噴き出した。

 辛うじて平静を保てているが、視線はダガガから……いや、炎を纏った眼前の化物から、離せない。


「クソがッ! テメェに【バーニング・アーマー】を使う羽目になるとは、思わなかったぜッ! 絶対、ぶっ殺してやるッ!」


 怒り心頭で、地団太を踏んでいるダガガ。

 足元が陥没し、なおかつ焦げている。

 隙だらけのようだが、攻め込むことは出来ない。

 何故なら、火力以前にダガガの異能は、俺にとって相性が最悪だからだ。

 肉弾戦しか出来ない以上、敵に触れるのは必要不可欠。

 しかし、今の奴に近付くのは、自殺行為。

 こうなったら、ダガガの魔力が尽きるまで粘るしかないか……。

 幸い、相手は俺が異能を持たないことを、知らないはず。

 なら、時間稼ぎくらいは出来るかもしれない――と、考えた俺が浅はかだった。


「くくく……何か企んでるようだが、無駄だぜ? テメェに異能がねぇのは、わかってんだよ!」


 鈍器で殴られたように、錯覚した。

 それでも表情には出さず、平然とした態度で言葉を並べ立てる。


「どうしてそう思う? 俺がまだ、力を温存しているとは考えないのか?」

「あんま舐めんじゃねぇぞ? もし本当に異能を持ってるなら、とっくに勝負を決めに来たはずだぜ。だが、テメェはしなかった。つまり、今が全力ってことだッ!」


 俺に指をビシッと突き付けながら、ダガガは叫んだ。

 観戦席にどよめきが広がっているが……残念ながら、否定する材料がない。

 仮に言い訳したところで、奴は信じないだろう。

 良くも悪くも、自分に絶対の自信を持っていそうだからな。

 黙り込んでいる俺をどう解釈したのか、ダガガの口が邪悪に弧を描く。

 そして――


「生身の人間なんざ、俺の敵じゃねぇッ! 燃え尽きやがれッ!」


 足裏から炎を噴出させて、突進して来た。

 機動力まで上がるのか……!?

 反射的に身を投げたことで直撃は避けたが、掠った炎が全身に痛みを走らせる。

 炎を操る異能自体は珍しくないが、これほどとは……!

 背筋に寒いものが走りつつ、体勢を整える。

 そのときにはダガガも、突撃の準備を済ませており、間髪入れずに向かって来た。

 今度もクリーンヒットは許さなかったものの、着実にダメージは蓄積されている。

 しかも、火傷を負っていることで痛みが継続し、意識が朦朧として来た。

 このままじゃ……。

 忍び寄って来る死の気配に、膝が折れそうになる。

 そのとき――


「もう良い、セシル! 降参しろ!」

「セシくん! これ以上は駄目よ!」

「お兄様! もうやめて下さい!」


 仲間たちが、悲痛な顔で呼び掛けて来た。

 あんなに必死なガレン、初めて見たな。

 フローラも、いつもの彼女じゃない。

 エルナに至っては、滂沱の涙を流している。

 彼らの言う通り、俺は良くやったと思う。

 異能なしで、ここまで来られただけでも、頑張った方だ。

 区画ポイントを50獲得出来るなら、役目は果たしたと言える。

 母さんたちと再会する為にも、ここで死ぬ訳には行かない。

 諦める理由が、いくつも湧いて来た。

 あとは、降参とだけ言えば――


「ハハハ! お仲間の言う通りだぜ! 所詮、異能を持たないテメェは、愚民の中でも最底辺! 王である俺には、勝てねぇんだよ! サッサと諦めちまえ! まぁ、降参させる前に、燃やしちまうけどなぁッ!」


 それまで以上の炎を滾らせたダガガの言葉に、片眉がピクリと跳ねる。

 俺が勝てないのは、認めても良い。

 だが、その理由を、異能の有無にする訳には行かない。

 絶体絶命の状況下で、対戦相手から目を逸らした。

 馬鹿げた行為だが、それでも確認したいことがある。

 視線の先には――ティア。

 口を真一文字に引き結んでおり、目尻に涙が浮かんでいる。

 自分の為に戦うなと言った彼女が、酷く悔しそうにしていた。

 誰が彼女に、こんな顔をさせた?

 ダガガか?

 違う。

 俺だ。

 異能があろうがなかろうが、俺は強いとティアは言ってくれた。

 それなのに、彼女より先に諦めようとしている。

 そんな自分が、許せない。

 本当に俺は、全てを出し尽くしたのか?

 ……いや、まだだ。

 頭ではなく、体がそう叫んでいる。

 全身から痛みが引き、何かがカチッと音を立ててはまった。

 同時に、ティアから目を移して、ダガガを見据える。

 すると奴は、勝利を確信していた顔を引きつらせ、意味不明なことを言い出した。


「テ、テメェ……何だその目は!? そ、それで、俺がビビるとでも思ってんのか!?」


 何を言っている?

 俺の目が何だって言うんだ?

 まぁ、どうでも良い。

 自分でも恐ろしいほど冷静な声で、告げる。


「決着を付けるぞ。来い」

「ぐ……! ふざけやがって……! 愚民が王に、指図すんなぁぁぁッ!!!」


 膨大な炎を身に纏い、ダガガが突っ込んで来た。

 本体を避けたとしても、炎の餌食だろう。

 しかし――


「起動(エンゲージ)、武装(クラッド)」


 気付けば淀みなく、その言葉を紡いでいた。

 瞬間、それまで流動的だった魔力そのものが、俺の身に固定される。

 まるで、それが当然かのように。

 黒と銀が混ざったような光が発せられ、強大な力が迸った。

 ガレンたちやティアを含めた観客は息を飲み、ダガガは裂けんばかりに目を見開いている。

 それでも俺の心には小波1つ起きず、左手を前に出し――受け止めた。

 突撃して来たダガガの頭を左手で押さえ、それ以上は進ませない。

 炎が俺を包んだが、固定した魔力の前では無力。

 熱も全く感じなかった。

 この力は……そう、【マナ・オリジン】。

 魔力を消費して超常現象を起こすんじゃなく、魔力そのものを力と変える異能。

 圧倒的な防御力を誇るが、それだけじゃない。

 ダガガの頭を左手で押さえ込んだまま、おもむろに右拳を振り上げ――ゴキッと。

 嫌な音が鳴った。


「がぁぁぁぁぁッ!?」


 軽く突き出した俺の右拳が、ダガガの左腕を鎧ごと粉砕する。

 弾力のある筋肉が潰れるのと、硬い骨を折る感触がしたが、心は凍り付いたかのように動かない。

 天を仰いで絶叫する奴を見ていると、哀れに思えて来るな。

 だからと言って、容赦する気もない。

 今度は左拳を引き絞り、ダガガの右腕を破壊する。

 戦斧を取り落とし、喉が裂けそうなほどの絶叫を再び上げていた。

 口の端から涎を垂らし、呼吸を荒らげて、膝が揺れている。

 折れた腕をだらんとぶら下げている姿は、滑稽ですらあった。

 そこに来て構えを解き、ダガガへと冷ややかな言葉を投げ掛ける。


「降参しろ。そうすれば、死なずに済む」


 ダガガとの身長差は当初と変わりないが、精神的にはこちらが見下ろしている立場。

 意識して威圧的に言い放ち、奴に負けを認めさせようとした。

 可能なら気絶させたいが、【マナ・オリジン】を解除したら俺が死ぬ。

 だからと言ってこのまま攻撃したら、殺してしまうだろう。

 殺さずに済ませられるほどの微調整は、今は出来そうにない。

 それゆえに、ダガガが生き残る方法は、降参のみだ。

 ……そう、そのはず。

 ところが奴の目は、この期に及んで死んでいない。


「……く、くくく……出来んのかよ?」

「何?」

「あの女と同じだッ! 偽善者のテメェに、人を殺せるのかって聞いてんだよッ! 出来ねぇだろッ!? だったら、勝負はまだ付いちゃいねぇッ! 愚民どもを従えて、紅区を勝たせられるのは――」


 ダガガの腹に、大きな風穴が空いた。

 それを成したのは、全力で撃ち出した俺の右拳。

 会場は静まり返り、ダガガは呆然と腹を見つめている。

 拳が奴の体を捉えた感覚は、一瞬しかしなかった。

 それほど呆気なく、腕が背中まで貫通した。

 ゆっくりと引き抜くと、手が腕まで真っ赤に染まっていた。

 鉄のような匂いが、意識に届く。

 ソウル化が始まると同時に、手にこびり付いていた血も消えようとしていた。

 無言で自然体に戻り、正面から風穴を見つめ――


「王の……俺が……。愚民どもを……導けるのは……俺……だけ……」


 無念の声を残し、ダガガが青白い炎となって消滅する。

 そのとき、奴がどんな顔をしていたのかは、知らない。

 あとには、俺だけが残された。

 ……これで良い。

 もしあそこで、躊躇ってしまっていたら……。

 顔付きを変えず、【マナ・オリジン】を解除する。

 それとともに、痛みを感じるようになったが、本当の意味で傷付いているのは体じゃなかった。

 毅然とした態度で上空の画面を見ると、ゴールドが心底嬉しそうに声を発する。


『試合、終了~! バトル大会の優勝者! 自分が生き残る為に他人を殺した、最低の人殺しは! セシル=タリオじゃ~! おめでとうさ~ん!』


 ゲラゲラ笑って、手を打ち鳴らすゴールド。

 一方の会場には、重苦しい空気が漂っている。

 俺も、ガレンたちやティアを見ることが出来ない。

 ただし、言っておかなければならないことがあった。


「そうだな。俺は、人殺しだ。だから、良く覚えておくと良い。俺に……黒区に手を出すなら、命の保証はないと。それから、無駄な殺人を犯す者は優先的に狙う。嫌なら大人しくしておくんだな」


 一息に言い切って、ステージをあとにする。

 頭上からゴールドの盛大な舌打ちが聞こえて来たが、無視した。

 区画関係なく、畏怖の込められた目で見て来る観戦者たちも、気にしない。

 スタスタと歩みを進め、会場内の廊下へと入り――


「あ……」


 視界が暗転した。

 受け身を取ることも出来ずに倒れ込んだが、衝撃すら感じない。

 次第に意識が薄れ――


「セシル!」


 最後に耳にしたのは、箱庭で最初に出会った少女の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。