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箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


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20/23

第20話 覚悟しておけ

 中央ステージの上。

 冷ややかな表情のティアと、下卑た様子のダガガ。

 対照的な2人を眺めつつ、会話に耳を傾ける。


「へへ。近くで見ると、可愛い顔してんじゃねぇか。どうだ? 俺の女になるってんなら、飽きるまでは殺さねぇでやるぜ?」


 ニヤニヤ笑いながら、ダガガはティアを見下ろしている。

 ただし、瞳の奥に宿っているのは、燃え盛る闘志。

 それでも、眦がつり上がりそうになったが、辛うじて胸の内で消化した。

 その為にかなりの労力を要した俺の一方、ティアはどこまでも冷然と言い返す。


「精神攻撃ですか? だとしたら、有効です」

「あぁ?」

「想像して、吐き気がしました。狙ったのだとしたら、見事と言わざるを得ません」

「ぐ! テメェ、舐めてんじゃねぇぞ!? 叩き潰してやるッ!」


 顔を真っ赤にして、戦斧を握り締めるダガガ。

 煽り過ぎじゃないか、ティア……?

 ハラハラしてしまったが、彼女はダガガの怒号などどこ吹く風。

 悠然と細剣を抜き放ち、静かに構えた。

 思えば、ティアの戦いをこうしてじっくり見るのは、初めてだな。

 どうしても不安は捨て切れないが……少し、楽しみでもある。

 一時たりとも注意を逸らさぬように集中し、ゴールドの声を耳が捉えた。


『よぉし! 準決勝、第2試合……開始じゃッ!』


 鐘が鳴ると同時に、ダガガが突っ込んだ。

 奴は見た目通りパワーファイターではあるものの、スピードも兼ね備えている。

 あっと言う間にティアの前に辿り着き、既に戦斧を振り被っていた。


「死ねッ! 愚民がぁッ!」


 青筋を立てて叫び、戦斧をティアに叩き付けるダガガ。

 観戦席から悲鳴が聞こえたが……大丈夫。


「まだ死ねません」


 ポツリと呟いたティアが、細剣で戦斧を受け流す。

 1つ間違えたら、細剣ごとやられていただろうが、彼女にとっては児戯にも等しい。

 軌道を変えられた戦斧は、ティアの横のステージを叩き、大きな亀裂を作った。

 その結果にダガガは目を見開いていたが、驚くには早過ぎる。


「はッ……!」

「うぐ!?」


 ティアの細剣が陽光で煌めき、凄まじい速度の連撃を繰り出した。

 一撃の威力は低そうだが、手数が尋常じゃない。

 ダガガの頬を斬り裂き、肩、腕、胸、胴、脚……満遍なくダメージを与えている。

 見事だな……。

 思わず感心してしまったが、あの切っ先が自分に向けられたときを思うと、顔を顰めそうになる。

 とは言え、今は応援しよう。

 何にせよ、このまま行けば労せずダガガを倒せ――


「おらぁッ!」

「……ッ!」


 何……!?

 ティアの斬撃を喰らいながら、ダガガは戦斧で反撃した。

 彼女も予想外だったのか、受け流すことは出来ずに、バックステップで回避している。

 なんて耐久力……いや、違うな。

 良く見ると、ティアの細剣が当たった場所は、頬以外は鎧に傷が付いた程度。

 本体までは届いていない。

 見た目が派手なだけじゃなく、相当に頑丈だな……。

 ティアも同じ結論に至ったのか、慎重になっている。

 対するダガガは舌打ちし、苛立たし気に唾を吐き捨てて言い放った。


「クソが! 俺の大事な鎧をこんなにしやがって、許せねぇッ!」

「……鎧として、至極真っ当な役割だと思いますが」

「うるせぇッ! とにかく、テメェは死刑だッ! 本気でぶっ殺してやるぜッ!」


 呆れ果てた様子のティアを、血走った目で睨み付けていたダガガだが、言動に反して練り上げた魔力は途轍もない。

 来るか……。

 ダガガが異能を発動する予兆を感じて、緊張を逃がすべく足元を踏み締める。

 ティアもわかっているようで、目をスッと細めていた。

 そんな彼女の反応に気を良くしたのか、ダガガは獰猛な笑みを浮かべ――全身から炎を滾らせる。

 ステージ下にいても熱を感じるほどで、奴の体に炎が纏わり付いていた。

 まるで――


「ハハハ! どうだ、俺の【バーニング・アーマー】は? 怖いか? だが、もう遅ぇッ! 消し炭にしてやるッ!」


 鎧のように。

 異能名を聞いて、完全に合点が行った。

 興奮したダガガはステージを焦がしながらティアに歩み寄り、戦斧にまで炎を行き渡らせる。

 対峙したティアは涼し気な顔をしているものの、流石に緊張が見て取れた。

 それでも退くことはなく、細剣をダガガに向け――ない。

 右手にぶら下げており、一見すると戦意を失ったかのようだ。

 ダガガもそう判断したのか、勝ち誇った顔付きになっている。

 しかし、何故だか俺にはわかった。

 ティアは決して、諦めたんじゃないと。

 ゆっくりと左手を前に出した彼女は、力ある言葉を紡ぐ。


「映せ、ガイアの加護」


 瞬間、彼女の左手にはめられた、エメラルドの指輪が輝いた。

 ブラックの黒雷を防いだときに輝いたのはルビーの指輪で、ニケの加護だったはず……。

 人知れず疑問を抱いていたが、そのようなことはどうでも良くなった。

 エメラルドの輝きが激しくなり――10人の光の兵隊が現れる。

 武器は剣や槍、斧に弓など、多種多様。

 共通しているのは、全員が強力な力を発していること。

 これが、ティアの異能か……?

 エルナと同じ、召喚系……。

 だが、以前は魔力の障壁だったはず。

 まさか、複数の異能を持っているとでも……?

 明らかに戦況が変わったことに気付いたのか、ダガガが怯んだように1歩足を引く。

 ところが、そこで踏ん張った奴は、己を奮い立たせるように叫びながら踏み込んだ。


「うらぁッ!」


 狙いは、ティア本人。

 光の兵隊は、恐らく彼女が生み出したもの。

 それゆえ、ティアを仕留めれば消える……はず。

 そう考えるのは妥当であり、仮に俺がダガガでもそうするかもしれない。

 もっとも、そんなことは彼女も承知しているだろう。

 兵士の2人が、それぞれの剣を交差させるようにして、ダガガの戦斧を受け止めた。

 更に、別の2人が前後から奴を挟撃し、弓を持った兵士が遠くから狙い撃つ。

 1人1人の技量だけで言えば、ダガガの方が上だが、数の差が大きい。

 【バーニング・アーマー】のお陰で決定打は受けていないものの、完全に奴が押されていた。

 守り一辺倒になり、次第に追い詰められる。

 無意識に体が前のめりになるのを自覚しながら、ティアの勝利を強く願った。

 すると、俺の願いが伝わったとは思わないが、遂にそのときが訪れる。


「……ッ!? ちぃッ!」


 兵士が放った矢を間一髪で避けたダガガの体勢が、大きく崩れた。

 そして、そのような大きな隙を見逃すほど、ティアは甘くない。


「ここまでです」


 光の兵隊に任せていたようで、虎視眈々とチャンスを窺っていたのか、鋭く踏み込んだティアが細剣をダガガの喉元に突き付ける。

 更に周囲を兵士たちが包囲することで、逃げ道を塞いだ。

 終わった……か?

 どうみても詰みな状況を前に、俺の体から緊張が抜けて行く。

 ところが、ダガガは頬を引きつらせつつも、どこか余裕のある声で告げた。


「……へ。愚民のくせに、やるじゃねぇか。つっても、所詮はそんなもんかよ」

「何を言っているのですか? ここから、逆転出来る手段があるとでも?」

「それ以前の問題だ。テメェに、俺は殺せねぇ。違うか?」

「……どうして、そう思うのですか?」

「くく、それがもう答えみたいなもんだろ。テメェら蒼区は、プレイヤー同士の争いを避けて、『サーカス』を倒すとかほざいてやがる。その一員であるテメェが、俺を殺したらどうなるか、わからねぇ訳じゃねぇだろ?」


 単細胞のように見えていたダガガから、論理的な言葉が並べ立てられた。

 実際、ここでティアが奴を殺せば、『蒼区もプレイヤーを殺す』と言うレッテルが貼られるかもしれない。

 それはつまり、ミカエラさんの掲げて来た理想を、台無しにすることを意味する。

 そんな決断を、ティアに下せるのか……?

 いや、出来ないな。

 だからと言って、【バーニング・アーマー】を纏った奴を殺さずに無力化するのは、かなり難しい。

 悔しそうなティアの顔が、その事実を物語っている。

 ダガガもそう結論付けたようだが、次いで口にした言葉は意外なものだった。


「だがまぁ、ここまでやられておいて勝者面するのもな。仕方ねぇから、降参してやる。これで文句ねぇだろ?」

「……はい」

「ハハ! 素直じゃねぇか。ただ、覚えとけ。人を殺せないテメェは、いつか必ず足元をすくわれるってな」

「……」


 ダガガの言葉に、ティアは反論出来なかった。

 そして、俺も。

 勝ったは良いが、後味が悪い結果になったな……。

 表情を曇らせたティアの細剣が、僅かに揺れ――


「馬鹿がッ!」

「……ッ!? う……!」


 瞬きする程度の、小さな隙。

 ダガガの全身から炎が迸り、周囲の兵隊たちを消し飛ばした。

 ティアは辛うじて反応して後ろに跳んだが、着地の瞬間に足を挫いたらしい。

 なんとか立ち上がろうとしているにもかかわらず、ステージに片膝を突いたまま動けずにいる。

 あれじゃあ、もう戦うのは無理だ。

 いや、そう言う問題じゃない。


「どう言うことだ、ダガガ! お前は今、降参と言っただろう!?」

「あ~? 覚えてねぇなぁ。実際ゴールドはまだ、勝敗を言ってねぇぜ。そうだろ?」

『ガッハッハ! 確かに、吾輩はまだ勝利者を宣言しておらんかったのう。試合終了は吾輩の合図だと言った以上、続行じゃ!』

「な……!? ふざけるな! そんなこと、許されるはずがない!」

『うるさいのう。セシル、お前は大人しくそこで見ておれ。そもそも、ティアが死のうがお前には関係ないじゃろう? まさか、黒区のお前が蒼区のティアと繋がっている……なんてことがあるのかのう?』


 どう見ても、確信を持っているゴールド。

 奴の言葉を聞いて、観戦席のプレイヤーたちに動揺が走った。

 ここで俺が認めてしまえば、様々な憶測が飛び交うかもしれない。

 ガレンたちにも、迷惑を掛けてしまうだろう。

 だが、それでも――


「彼は関係ありません」


 ティアの毅然とした声が、耳朶を打った。

 瞠目して振り返った先には、足を引き摺るようにして立ち上がったティア。

 その痛ましい姿を前に、俺は黙っていられなかったが、彼女が先に言葉を滑り込ませる。


「これは、わたしとダガガの戦いです。それ以上でも、それ以下でもありません。わかったら、貴方は黙って決着を見届けて下さい、ゴールド」

『……ふん、生意気な小娘じゃのう。言われるまでもなく、そのつもりじゃわい』


 それっきり、不満顔のゴールドは口を噤んだ。

 しかし、それで事態が好転した訳じゃない。

 依然としてティアは戦闘続行不能な怪我を負っており、このままでは本当に死んでしまう。

 それだけは、絶対に見過ごせない。

 こうなったら、たとえ失格になっても……!

 そう意気込んで前に出ようとした俺に、ティアの鋭い眼光が突き刺さった。

 並々ならない決意を感じて、足が石化したように動かなくなる。

 すると、彼女は――


『信じて下さい』


 声に出さずに口を動かし、柔らかく微笑んだ。

 無理だ。

 俺の心は叫んでいたが、言葉にはならなかった。

 何も出来ずに立ち尽くし、ティアを見つめる。

 そんな俺に笑みを深めた彼女は、刺し貫くような視線をダガガに向けた。

 対するダガガは、邪悪な面持ちでティアを見下ろし、興奮したように吐き捨てる。


「言っただろ? 足元をすくわれるってな。まぁ、いつかじゃなく今だった訳だが。ハハハ!」

「……随分と、卑劣な真似をしますね。ゴールドが降参を受け入れていたら、どうするつもりだったんですか?」

「確かに、賭けではあったな。でもよ、分が悪いとは思ってなかったぜ? 『サーカス』どもは、殺し合いを望んでるんだからな! それに王である俺が、負ける訳がねぇんだよッ!」


 両手を大仰に広げて、声を上げるダガガ。

 ティアは痛みからか、額に汗を浮かべている。

 それでも彼女は戦う意志を捨てておらず、左手を持ち上げようとした。

 やはり駄目だ、これ以上は危険過ぎる……!

 知らず知らずのうちに駆け出し、中央ステージの階段に足を掛け――


「そこまでよ、ティア」


 観戦席から、良く通る声が聞こえた。

 無意識に足を止めて目を走らせ、ミカエラさんを視界に収める。

 厳しい顔付きでティアを見やり、はっきりと声を発した。


「納得は出来ないでしょうけど、降参しなさい」

「ですが……」

「反論は許さないわ。散々わがままを言ったんだから、今度はあたしの言うことを聞いてもらうわよ。……お願いだから」


 ミカエラさんも何かを耐えるように言葉を絞り出しており、悔しさが伝わって来る。

 ティアも彼女の想いを理解したのか、辛そうに下を向いて、ポツリと呟いた。


「……降参します」

『はぁ。結局は今回も、殺しはなしのようじゃな。まぁ、次に期待するかのう。準決勝、第2試合の勝者はダガガじゃ! 拍手~!』


 ゴールドに応える者はおらず、重苦しい空気が充満する。

 紅区プレイヤーですらも、何とも言い難い様子だった。

 そんな中で、1人テンションの高いダガガが、哄笑を上げる。


「ハハハ! ざまぁねぇな! 相手を殺さずに勝とうなんて甘い愚民と、勝つ為には使えるものは何でも使う王! 最初から、勝負は決まってたんだよッ!」

「……」

「おや~? 何も言い返せねぇのか? まぁ、そんだけ無様に負けりゃ、そうなるか。ハハハ!」


 ギリッと、音が聞こえた。

 それが自分の歯噛みしたものだと気付くのに、時間が掛かった。

 卑怯な手を使っただけじゃなく、ティアの尊厳すら踏み躙ろうとする目の前の男を、到底許すことが出来ない。

 だが……今は抑えろ。

 奴とは、決勝で当たることが決まった。

 そのときに、思い知らせてやれば良い。

 そう誓っていた、そのとき――


「おっと、手が滑った」


 わざとらしく言ったダガガが、戦斧を振り下ろす。

 明らかな、殺意と計算を持って。

 ティアは未だに動けない。

 ミカエラさんの悲鳴が聞こえた気がしたが、このときの俺の体は細胞レベルで反応していた。


「はぁッ!」


 気付けば、ダガガの戦斧の側面を、思い切り蹴り付けていた。

 奴の手から戦斧が弾け飛び、ステージに突き刺さる。

 ダガガだけじゃなくティアやミカエラさん、ガレンたち、他の全てのプレイヤーが絶句しているのを感じつつ、画面を見上げてゴールドを睨み付けた。


「ダガガは、降参したプレイヤーを攻撃したぞ。明らかなルール違反じゃないのか?」

『ん~? 降参したプレイヤーを攻撃してはならないなんてルールは、なかったはずじゃぞい?』

「……そうか、良くわかった」


 静かに言い残し、即座に踵を返した。

 固まっているティアに歩み寄り、問答無用で横抱きにする。

 腕の中で身を固くする彼女に構わず、肩越しにダガガを視線で射抜き、冷え切った声で告げた。


「覚悟しておけ」


 返事も聞かずに歩み去り、ステージを下りる。

 他のプレイヤーにどう思われようが、知ったことか。

 何を置いても、まずはティアの治療だ。

 絶対の意志を持って歩みを進め、彼女が休める場所を求めて、対戦場をあとにする。

 こうしてティアは敗退し、俺とダガガが優勝を争うことになった。

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