第19話 絆創膏
それから何戦か突破して、ブロック最終戦。
正面から放たれた水の奔流を躱しながら、懐に踏み込み――
「ふッ……!」
「かはッ……!?」
異能者の鳩尾を、左拳で抉り上げた。
強烈な一撃は相手の体を『く』の字に折るほどで、グッタリと俺に倒れ込んで来る。
頬に負った擦り傷に汗が染みるのを感じつつ、受け止めてからステージ上に横たえ、上空の画面に映るゴールドを見やった。
対するゴールドは苛立ちを隠そうともせず、投げやりに宣言する。
『あーあ、面白くないわい。Aブロック優勝者は、セシル=タリオに決定じゃ。これで、ブロック予選は終了じゃな。1時間後に決勝トーナメントを始めるから、それぞれ最後の思い出作りでもしておけ』
一方的に言い切ったゴールドの姿が消え、画面が暗転した。
なんとか、生き残ったか……。
ティアも順当に勝ち上がりを決めたらしく、傷どころか服が汚れてすらいない。
決勝で当たることを思えば脅威とは言え、どちらかと言えば……いや、明確に安堵が大きい。
一方の俺は、無傷とは行かなかったし、楽な相手もいなかった。
だが、手こずるほどの使い手とも、まだ当たっていない。
ダガガへの畏怖は残っていたものの、戦いに集中することで雑念を追い出した。
全員を殺すことなく、無力化で済ますことが出来たのも、良かったと思う。
これに関しては、ティアも同様だ。
そんな俺たちに、様々な意味で注目が集まっていたが、気にしなかった。
いや、俺の場合は、気にする余裕がなかった。
他の対戦で、バタバタと人が死ぬのを見せ付けられたせいで……。
その中には、かつて俺とガレンに絡んで来た、紅区のプレイヤーたちも含まれており、極めて複雑な気分になった。
紅区同士で殺し合っているケースもあって、全くもって理解出来ない。
沸々と湧いて来た、やり切れない怒りを、腹の底に鎮める。
とにかく、気付けば次が準決勝だが……ここからが本番だな。
一足先に対戦場をあとにするダガガの背中を、真っ直ぐに見つめる。
予選数試合で明らかになったが、今大会において奴の実力は群を抜いていた。
何より不気味なのは、未だに異能を使っていないこと。
ティアであれば心配無用だとは思うが……どうしても、嫌な予感が捨て切れない。
それでも、彼女を信じて不安を振り払う。
足を踏み出して対戦場を出て、廊下を歩いた。
すると突然、周囲が騒がしくなった。
「あ! おい、セシルだぜ」
「え? うお、マジじゃねぇか。異能も使わずに、ここまで素手で勝ち上がったんだろ?」
「しかも、相手を殺さずにね。蒼区のティアもだけど、なんか偽善者って感じ」
「優勝して区画ポイントが入ったら、どっちにしろ他の区画を追い詰めるってこと、わかってないのかな?」
到底、友好的とは言えない眼差しが多数突き刺さった。
何も感じないと言えば嘘になるが、それを表面に出すことはしない。
事実として、彼らの言っていることも、完全な的外れじゃないしな。
ティアを悪く言われたことには、腹が立ったが……俺がとやかく言うのも、違う気がする。
意識的に顔を取り繕って、足を交互に動かし続けた。
チクチクとした視線が多い中、ガレンたちとの待ち合わせ場所に向かい――
「お疲れ様、セシルくん」
人の目が途切れたと思ったタイミングで、横合いから呼び掛けられる。
振り向くとそこには、煌びやかな金髪の女性……ミカエラさんが立っていた。
ティアの応援か?
あからさまな敵意は隠しつつ、警戒心を高める。
俺の心情を知ってか知らずか、ミカエラさんは朗らかに続けた。
「前は挨拶出来なかったから、名乗らせてもらうわ。あたしは、ミカエラ=ディオルよ。一応、蒼区の代表をさせてもらってるわ」
「……どうも。黒区のセシル=タリオです」
「あはは、知ってるわよ。トーナメント表に書いてあるし、何回も呼ばれてたし」
ケラケラと笑う、ミカエラさん。
いまいち、掴みどころのない人だな……。
などと考えている間に、彼女は俺をジッと観察していたかと思えば――
「うん、良いわね。合格」
「え……?」
「気にしないで、こっちのことだから。それより、キミ強いわね。しかも、相手を気絶させるだけだなんて、うちに欲しいくらいよ」
「えぇと……有難うございます」
槍を肩に担いで腰を手に当て、ミカエラさんは太陽のような笑みを見せた。
あまりにも眩しく感じて直視出来ず、目を背けながら一言だけ返す。
しかし彼女は、何やら嬉しそうに言葉を連ねた。
「いろいろ言う人も多いみたいだけど、あたしはキミが間違っているとは思わない。これからも、そのスタンスを貫いて欲しいな」
「ミカエラさん……」
「ティアと決勝で戦うことになるかもしれないけど……正々堂々、戦ってね。そうすれば、あの子もあたしたちも、結果がどうあれ納得出来るから」
「……はい、そのつもりです」
『合格』の意味はわからなかったが、彼女は俺の方針を肯定してくれた。
向こうは他区画の代表だと言うのに、間違いなく気持ちが軽くなっている。
そのことに対して、礼を言うべきか迷ったが――
「ミカエラさん、勝手に行かないで下さ……あ……」
俺が口を開く前に、ティアが駆け寄って来た。
こちらに気付いたらしく、何やら視線を彷徨わせている。
大会の途中に出くわしたことで、気まずくなっているのか?
不思議に思いつつ、一旦沈黙を選択した。
そこに、何やらニヤニヤしたミカエラさんが口元を手で隠し、ティアに耳打ちする。
「あたしは席に戻ってるから、頑張ってね」
「べ、別にわたしは……」
「ごゆっくり~」
鼻歌すら歌いながら、スキップして行くミカエラさん。
何だったんだ……。
腑に落ちないが、ひとまず置いておく。
意識を移した俺とティアの目が、真っ向から見つめ合った。
周りに人がいないのは、幸いと言うべきか何と言うか……。
彼女は尚も少し挙動不審で、良く見ると小さな紙袋を抱えている。
中身が多少は気になるとは言え、問い質す訳にも行かない。
ここは、すんなり別れるべきか……。
僅かに残念な思いを抱きながら、なるべく自然な口調で伝える。
「じゃあ、俺も行く。準決勝も、お互いに頑張ろう」
「あ……その……」
「どうかしたか?」
「……少し、ジッとしていて下さい」
「……わかった」
何もわかっていないが、そう言わざるを得ない。
宣言通り微動だにせず、正面からティアと向かい合う。
すると彼女は、紙袋から何かを取り出し――
「……ッ!?」
ゆっくりと歩み寄って来て、右手で俺の頬に触れた。
何を……!?
至近距離で見る彼女の容貌は美しく、息をするのも忘れそうなほど。
急激に体が熱を帯びたように感じ、意識が遠退きそうだったが、結果的には無事だった。
「出来ました」
あっさりと身を引いたティアを、呆然と見つめる。
そこで気付いた。
頬に、何かが貼られていることに。
これは……絆創膏?
おっかなびっくり触ってみたが、恐らく合っている。
もしかして、わざわざこの為に……?
どことなく恥ずかしそうにしているティアを見やり、疑問が氷解した。
更に体が熱くなりそうだったが、懸命に冷静さを保つ。
そして、端的ながら告げた。
「有難う」
「……どういたしまして。では、失礼します」
小さく頭を下げて、パタパタと走り去るティア。
首筋が赤く染まっていたが……見なかったことにしよう。
気付かぬうちに、そっと絆創膏に触れつつ、今度こそガレンたちの元に急いだ。
その間も、多くのプレイヤーから注目を浴びたが、今の俺は無敵。
全てを跳ね除けて足を進ませると、3人の姿が見えて来た。
何やら談笑しており、楽しそうに見える。
そのことを微笑ましく思いながら、弾み気味な声を掛けた。
「すまない、遅くなった」
「お、来たか……って、それどうしたんだ?」
顔を見るや否や、いきなり絆創膏を指摘して来たガレン。
目ざといな……。
動揺を隠し、平然と言い返す。
「別に、自分で貼っただけだ」
「ご自分で、ですか……。なんか、怪しいですわね」
「エルナちゃん、そっとしておいてあげましょう~。セシくんも、年頃の男の子なんだから~」
「あー、そう言うことか。まったく、セシルも隅に置けないぜ」
「え? ……あ、なるほどですわ。良かったですわね、お兄様」
勝手に話して勝手に納得している、仲間たち。
反論したいが……黙り込むことしか出来なかった。
とにかく、この話題を続けるのはやめた方が良い。
「そんなことより、食事にしよう。時間がないからな」
「あ、逃げやがった」
「逃げたわね~」
「逃げましたわね」
「もう良いだろう。ほら、行くぞ」
返事も聞かずに歩き出した。
背後から生暖かい空気が漂って来たが、気付かぬふりをする。
それからは特に何事もなく、人気のない場所にレジャーシートを広げて、フローラとエルナが用意してくれた弁当を食べた。
その後、3人と別れ、再び戦場へと舞い戻る。
ティアを含めた残りの参加者の姿もあり、ピリピリした空気が漂っているが、ダガガだけは泰然としていた。
それだけの自信と実力、実績があるんだろう。
だが、残念だったな。
俺もティアも、負けない。
頬の絆創膏から力が漲るように感じ、やる気を滾らせる。
すると上空の画面にゴールドが現れ、先ほどよりもテンション高く言い放った。
『さあさあさあさあ! バトル大会も、あと3試合じゃ! 最後の最後まで、ド派手に殺し合うんじゃぞ! では! 準決勝、第1試合を始めるぞい!』
盛り上がるゴールドに比して、観戦席には緊迫した空気が満ちている。
無理もない。
ここまででも、人が死ぬのを散々見て来たんだからな。
その光景が脳裏を過るのを受け止め、3つ数える間だけ瞼を下ろす。
そして、一気に中央の円形ステージへと駆け上がった。
対戦相手は既に待っており、こちらを警戒した目で見ている。
たぶん、俺が異能を隠していると思っているんだろう。
盛大な勘違いだが、利用しない手はない。
戦法を決めて構えを取り、わざと可視化出来るほどの魔力を高めた。
ちなみに、異能を持っていない俺には宝の持ち腐れだが、魔力の総量自体は並外れているらしい。
それゆえに相手は腰が引けているが、戦意までは失っていなかった。
流石に、ここまで残っているだけはある。
両脚に力を溜め、そのときに備え――
『行くぞ! 準決勝、第1試合……開始じゃッ!』
ステージを蹴り砕く勢いで、走り出した。
今までの相手は、これだけでも怯ませることが出来ていたが、準決勝ともなるとそう簡単には行かない。
「喰らいやがれッ!」
俺の周囲の空気が吹き荒れ、水を含んで冷気となる。
細かな氷の欠片が、全身を浅く傷付けた。
2属性使いか……!
基本的な異能は4属性のどれかに属するが、稀に複数属性を使える者もいる。
目の前の男のように。
もっとも――
「何だとッ!?」
それだけで、強さが決まる訳でもないが。
氷雪の空間から飛び出て、愚直に接近を試みる。
対する男は、再び冷気を発生させようとしたようだが……遅い。
範囲は広く威力も低くないが、発動速度に致命的な欠陥があった。
更に言うなら、1度展開した空間を閉じて再発動するのにも、時間が掛かっている。
異能同士の撃ち合いなら強いかもしれないが、俺のような純粋な体術使いと戦うなら、もっと工夫が必要だったな。
2度目の氷雪空間の範囲から逃れ、対戦相手へと肉薄する。
顔が恐怖で強張っているのが見えたが……何かがおかしい……?
怪訝に思いながらも動きは止めず、間合いに入ったところで口を開いた。
「この距離で、お前に勝ち目はない」
「う……あ……」
「降参しろ。そうすれば、痛い目に遭わなくて済む」
俺は俺のやり方を、通させてもらう。
人殺しをするよりは、何倍もマシだ。
予選ではチャンスがなかったが、降参させられるなら、それに越したことはない。
ところが――
「む、無理だ……」
「無理……?」
「ここで退いたら……バル様に殺されちまうよぉぉぉッ!!!」
涙目で絶叫しながら、自分ごと俺を氷雪の嵐に閉じ込めようとする男。
正気か……!?
驚きのあまり硬直しかけたが、こうなったからには致し方ない。
「ごッ……!?」
右拳を振り上げて、相手の顎を跳ね上げる。
意識を断たれたことで異能は不発に終わり、辺りに静寂が戻った。
荒れた息を整えながら、額の汗を腕で拭う。
なんとかなったが、危なかった。
それにしても……バルか……。
紅区のリーダー格だったはずだが、そいつが仲間同士でも争わせているらしい。
狙いはわからないが……今は、バトル大会に専念しよう。
肝が冷える思いを抱きつつ、ゴールドを見やった。
やはり奴は不満そうだったが、仕事だけはこなす。
『けッ! つまらんわい。準決勝、第1試合はセシル=タリオの勝利じゃ。邪魔じゃから、早くステージを下りんかい』
あまりと言えばあんまりな言い草だが、俺とてそのつもりだ。
目を転じた俺とティアが見つめ合って、同時に頷く。
すぐに視線を外して階段に向かい、ステージの下を目指した。
だが、そこに立ち塞がる者がいる。
見上げるほどの大男、ダガガ。
戦斧を担いだ彼は、こちらを睥睨し、心底嘲った様子で吐き捨てる。
「ゴールドの野郎の言う通りだぜ。テメェもあの女も、マジでつまんねぇな。俺の支配下に入れるとしたら、奴隷確定だぜ」
「……安心しろ。お前の支配下に入ることなんか、未来永劫あり得ない」
「ふん、言ってくれるじゃねぇか。けどよ、これは殺し合いのゲームなんだぜ? それなのに気絶させるだけとか、萎えるだろうが」
「生憎だが、お前の道楽に付き合うつもりはない。何より、最終的に命のやり取りをするとしても、殺し合いのゲームだなんて馬鹿げている」
「は! 同じことじゃねぇか。結局、生き残れる区画は1つなんだからよ。どうせ殺し合わないと駄目なら、楽しんだ方が得だぜ?」
「悪いな。俺はお前と違って、そんなことを楽しいと思えるほど、落ちぶれてはいないんだ」
そう言い残し、ダガガの横を通り過ぎた。
一方のダガガも俺に見切りを付けて、ステージ中央へと歩み行く。
生き残れる区画は1つ、か……。
そんなことは、わかっている……つもりだ。
だとしても、俺がティアに手を下すことはない。
……少なくとも、この大会では。
ギリッと奥歯を噛み締めながら地上に足を付け、中央ステージを見上げる。
そこでは、細剣を構えたティアと、傲岸不遜な態度のダガガが対峙していた。




