第18話 死
いよいよ、始まるな。
イマジナリー・デザインで作られた会場の入口に立って、内心でひとりごちる。
入口の上にはトーナメント表が張り出されていたが、対戦相手はほとんどが紅区のプレイヤー。
そもそも、50人中40人近くが紅区な訳だが。
俺の相手で唯一、紅区じゃないのは……ティア。
山は別なので、当たるとしたら決勝。
それまでは、話し合いの余地なく、勝ち進むしかない。
険しい道のりだが、駆け抜けてやろう。
静かに決意を固めていた俺の背中を、大きな手が叩いた。
驚いて振り向いた先には、不敵な笑みのガレン。
そして、優し気に目を細めたフローラと、祈るように手を組んでいるエルナ。
3人の姿を目にして、強張っていた体から余分な力が抜ける。
そうだ、無駄に気負う必要はない。
俺は俺に出来ることを成し遂げ、生き残ることを優先すれば良いんだ。
数秒間だけ目を閉じ、すぐに瞼を上げる。
そして、黙って俺を見守ってくれているガレンたちに、告げた。
「行って来る」
「おう、待ってるぜ」
「無茶しちゃ駄目よ~」
「お兄様! 信じていますから!」
それぞれの声を聞きながら、気合いを秘めて入口を潜る。
出場しないプレイヤーも観戦席に集まっているが、俺が向かうのは当然、対戦場の方だ。
石造りの廊下を、足音を響かせながら歩む。
次第に戦いが近付いている実感がして、口の中が渇いて来た。
そのとき、視界に飛び込んで来たのは――
「……」
腕を組んで壁に寄り掛かっている、ティア。
こちらをジッと見ているが、何も言わない。
対する俺も足を止めて、視線を交える。
それからしばし時間が経ったが、目を逸らしたティアが壁から背を離し、背中を見せた。
そんな彼女を、静かに見据える。
僅かな間が空いてから、ティアの可憐な声が発せられた。
「約束、守って下さい」
ポツリと呟かれた、一言。
その一言が、乾いた布に水滴を垂らしたかのように、俺の心に沁み込んで行く。
「キミもな」
わざと平然と言い返すと、ティアは再び足を動かし始めた。
どのような顔をしているのか見えないが、満足している空気と……熱い闘志を感じる。
負けていられないな。
ティアに遅れて先に進むと、通路の奥は開けた空間になっており、5つの円形ステージが目に映る。
周囲を取り囲むのは、階段状の観戦席。
まるで見世物だが、観戦席に集まった者たちからも、緊迫した空気が漂って来た。
もっとも、この場に集まった参加者は、その比じゃない。
大多数を占める紅区プレイヤーの間でも、何やら険悪な空気が漂っている。
他の黒区プレイヤーは、萎縮しているようだ。
俺とティアは比較的落ち着いているが、圧倒的な存在感を発している参加者がいる。
「何だ何だぁ? どいつもこいつも、腑抜けやがって。やっぱ、愚民どもは駄目だな。こいつは、楽に優勝出来そうだぜ」
1人、余裕綽々と言った態度の大男。
確か、紅区の……ダガガと言ったか。
随分と尊大な物言いだが、確かに強大な魔力を持っている。
組み合わせ上は、決勝で当たるが……そうはならない。
奴の準決勝の相手は、ティアだからな。
絶対に、彼女が勝つ。
信頼を持ってティアを見やり、彼女の瞳に宿る強い光を前にして、信頼が確信に変わった。
すると、定刻である朝8時になり――
『おはよう、諸君。今日は、良い天気だな。絶好の殺し合い日和だ』
空中に投影された画面に映し出された、ゲームマスター。
ふざけるな。
反射的に叫びそうになったのを、グッと堪える。
ティアや他のプレイヤーたちも、苛立っていそうだったが、ゲームマスターは構わず続けた。
『今更、細かいルール説明などはしない。ただ、ここに集まった50人には、明確な殺意があることが判明したな』
「な、何でそうなるんだよ!?」
「俺たちはただ、優勝する為に――」
『優勝する為に、他者を殺すことを選んだ……そうだろう? いくら取り繕っても、その事実は変わらん』
反論しようとした参加者の言葉を、ゲームマスターはバッサリと切り捨てた。
会場が、水を打ったかのように静まり返る。
実際、奴の言っていることは、正しい側面もあった。
だが……それが全てでもない。
声に出さずに意志を込めて、ゲームマスターを睨み付ける。
仮面の下から奴が、こちらを見ているように感じたが……気のせいか?
などと思っていた俺をよそに、ゲームマスターは話を纏める。
『では、始めよう。自らの生に、しがみ付く者たちよ。存分に殺し合ってくれ』
最後の最後まで物騒なことをのたまい、姿を消したゲームマスター。
代わりに映し出されたのは、ゴールド。
傍らには巨大な鐘がぶら下がっており、手には棒のようなものを持っている。
奴が進行役か?
おおよその見当は付いたが、これ以上ないほど楽しそうなゴールドは、自ら俺の考えを肯定する。
『ガッハッハ! ではでは! 最初の4試合に出場するプレイヤーは、ステージに上がるが良い! 吾輩の合図で始め、吾輩の合図で終わるんじゃぞ!』
ゴールドに促されて、プレイヤーたちが躊躇いがちに動き出す。
俺とティアも、その中の1人。
彼女は一瞬だけこちらを見たが、すぐに自分の戦場に戻った。
俺も指定された場所に向かい、階段を踏み締めてステージ上へ。
充分な広さがあり、思い切り戦っても問題ないほど。
観戦席から視線が突き刺さったが、意識の外に蹴飛ばした。
反対の階段から現れたのは、髭面の男性。
武器は持っておらず、紫のローブを身に付けている。
こちらを血走った目で見据えており……露骨な殺意を感じた。
しかし、動じる訳には行かない。
むしろ、澄ました顔を保つ。
俺の様子が意外だったのか、敵は目に見えてたじろいでいた。
そうしているうちに、他のステージの準備も整ったのか、ゴールドが大声を上げる。
『ガッハッハ! さぁ、楽しいイベントの始まりじゃ! 第1試合……開始ッ!』
ゴールドが思い切り鳴らした鐘の音を、耳が捉えた瞬間――駆ける。
相手との最短距離を、一直線に。
向こうからすれば奇襲だったらしく、異能の発動に手間取っていた。
それでも、バトル大会に出場するだけはある。
即座に態勢を整え、石の散弾を繰り出して来た。
1発1発の威力は低そうだが、範囲が広い。
まともに突っ込めば、大ダメージを受けていただろう。
そう、まともに突っ込んでいれば。
「なッ!?」
髭面の男性から、愕然とした声が漏れる。
恐らく彼の目には、俺が未来予知をしたかのように見えただろう。
何せ、散弾が生成されたタイミングで、攻撃範囲から逃れていたのだから。
これが、ガレンたちとの特訓の副次効果。
元々、魔力に敏感だった俺は、それを突き詰めることで、異能の発動兆候を読む力を磨いた。
今のはその結果であり、初手としては最高のスタートを切れたと思う。
攻撃を避ける為に、最短距離から外れていたルートを修正して、再度突撃を敢行した。
相手はまだショックを受けているようだが、なんとか反撃しようとしている。
間合いまであと1歩のところで、敵の魔力が高まるのを検知した。
強引に行っても勝てるかもしれないが……いきなりそんな博打は打てない。
急ブレーキを掛けて自身も魔力を練り上げ、左手を前に突き出した。
何らかの異能を使われると思ったんだろう。
慌てた相手プレイヤーは、速さを重視した中途半端な石礫を放って来た。
だが、改めて言うまでもなく、俺に異能などない。
攻撃を誘って跳躍することで敵を跳び越え、背中合わせで立つ。
背後から、驚愕した空気が伝わって来たが……終わりだ。
「はッ……!」
「がッ!?」
振り向く回転を乗せた肘打ちを、敵の背中に叩き込む。
相手は異能者だ。
手加減など考えない。
完全なるクリーンヒットで、男性はその場に崩れ落ちたが……息はある。
それを確認してゴールドに鋭い眼差しを送ると、彼はあからさまにつまらなさそうに言い捨てた。
『ち……。あー、Aブロック第1試合は、セシル=タリオの勝利。サッサとステージを下りて、呼ばれるまで待つんじゃな』
決着は、殺害か降参か気絶のいずれか。
ならば、わざわざ殺す必要もない。
ソウルゲームに勝つことを考えるなら、他区画のプレイヤーは出来るだけ消している方が良いが、仲間たちも俺の方針を支持してくれた。
そのことを思い出して、口元を緩ませる。
そこに、観戦席から視線を感じた。
目を移した場所には、腕を組んで満足そうにしているガレンと、右手を頬に添えて微笑むフローラ、小さく拍手しているエルナ。
心が温かくなり、彼らに向かって軽く手を挙げようとして――
「ひぃぃぃッ!? ば、化物ぉぉぉッ!!?」
別のステージから、悲鳴が轟く。
弾かれるように振り返った先では、腰が抜けている黒区プレイヤーを、ダガガが嗜虐的な顔で見下ろしていた。
駄目だ……!
そう思いつつ走り始めたが――
「化物じゃねぇ。王だ」
ドン、と。
力を誇示するかのように、一片の容赦もなくダガガは戦斧を振り下ろし、黒区プレイヤーを斬ると言うよりは潰す。
原形も留めていないほどになった死体が、青白い炎のようになって消えた。
これが……ソウルゲームでの死……。
レイシスは黒雷に飲み込まれてしまい、他の4人は知らないうちに死んでいた。
だからこそ、俺が本当の意味で死を目撃したのは、初めてのこと。
覚悟していたつもりだが、胃の中身をぶちまけそうになった。
無意識に喉元をさすり、唾を飲み込む。
ティアが、この男と戦う……。
急激に湧いた不安を抱きつつ、別ステージの彼女を見た。
相手を殺すことなく既に勝利したようで、ダガガを冷然とした面持ちで見やっている。
だが、そこに微かな硬さが混じっていることを、俺は見逃さない。
ダガガに意識を戻すと同時に、奴は俺とティアに交互に目を向けて、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
眼中にない……と言ったところか。
拳を作り、トンと軽く胸元を叩く。
舐めてくれるなら、有難い。
その方が、ティアの勝率が上がるからな。
熱くなりかけた気持ちを鎮め、踵を返した。




