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箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


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第17話 調べてくれ

 つ、疲れた……。

 夜の森を、体を引き摺るようにして歩く。

 覚悟していたつもりだが……流石に、3対1で戦うことになるとは思わなかったな。

 しかも、全員かなり本気に近かった気がする。

 特にガレンの異能を本格的に見るのは初めてだったので、かなり手を焼いた。

 異能名、【クレイジー・スモーカー】。

 生成した巨大な煙管による打撃や、タバコを消費した煙幕などを駆使する、汎用性の高い能力。

 直接聞いた訳じゃないが、まだまだ手札は残していると思う。

 エルナは鬱憤を晴らすかのように、容赦なくアンジュで攻めて来た。

 フローラに至っては、切り札らしき巨大食虫植物すらも、目が笑っていない笑顔で動員して来た。

 改めて考えると、良く生きていたな……。

 もっとも、あれがただのいじめなどじゃないと、わかっている。

 恐らく彼らは俺に、『どんな異能者が相手でも、生き残れ』と言いたいんだろう。

 バトル大会では降参も認められているんだから、瞬殺されなければ生き残れる可能性は高い。

 3人から無言の訴えを受けた訳だが、副次効果もあった。

 これなら、良いところまで行ける……かもしれない。

 だからと言って、無理をするつもりもなかった。

 数瞬立ち止まって瞼を下ろし、疲れた体に鞭打って、しっかりと歩く。

 やがて辿り着いたのは、思い出の場所。

 今日もティアは、いないだろう――


「こんばんは、セシル」


 と言う俺の予想は、完全に外れた。

 まるで待ち構えていたかのように、壁越しに声を掛けて来たティア。

 首に手を添えて髪をかき上げる仕草は、いつ見ても絵になる……ってそうじゃないだろう……!

 驚きに固まっていた頭を強引に働かせて、なんとか答えを返した。


「こんばんは、ティア。どうしてここに?」

「ただの散歩です。いけませんか?」

「いや、そうは言わないが……」

「だったら、放っておいて下さい」


 明後日の方を向いて、ティアは明らかに不機嫌そうにしている。

 もしかして、参加を黙っていたことを、怒っているのか……?

 だとしたら謝りたいが、彼女は他区画のプレイヤー。

 本来なら、言わなくてもおかしくはない。

 俺の冷静な部分はそう主張していたが、気付けば口が動いていた。


「黙っていて、すまない。だが、約束は……守る」


 最後の言葉を口にするのに、多大な力を使った。

 目を外したくなるのを堪えて、ティアの瞳を覗き込む。

 すると彼女も、真摯な眼差しを返して来て、時間を置いてから言葉を紡いだ。


「はい、よろしくお願いします」


 壁に手を突いて、瞳を潤ませたティア。

 態度に反して、彼女の内に感情が渦巻いていることを察し、息が詰まった。

 しかしすぐに立ち直り、ティアと手を合わせるようにしながら、当然のように言い切る。


「約束はする。だが、心配はいらない」

「え……?」

「バトル大会の勝敗は、気絶や降参でも決まるからな。全力で戦った上で、互いに納得の行く結論を出せば良いんだ。そうすれば、安全だろう? 『サーカス』は不満に思うだろうが、知ったことじゃない」

「……詭弁に聞こえますが」

「何と言われても構わない。キミと本気で殺し合うくらいなら、その程度の非難は喜んで受け入れる」

「セシル……」


 全力で戦うと言いながら、殺す気はないと言う矛盾。

 だが、ティアもそれ以上は文句を言わず、俺の案を受け入れてくれているように見える。

 真剣な顔付きで目線を交錯させていたが、不意に強張っていた彼女の体が緩み、悪戯っぽく言い放った。


「優勝は、蒼区がもらいますね」

「……いいや、黒区だ。そこは譲らない」


 ぎこちない笑みを見せ合う、俺とティア。

 わかっている。

 本心じゃ戦いたくないし、バトル大会への不安そのものだって、消えてはいない。

 ただ、少なくとも俺たちだけは、殺し合わなくて済むんだ。

 軽く息をつき、壁に背を預けて座り込む。

 向こう側が見えなくなったものの、ティアも同じように腰を下ろした気配を感じた。

 もう少し、付き合ってくれるらしい。

 俺はただ、そのままでいようとしたが――


「セシルは、どこに帰りたいんですか?」


 唐突な、ティアの問い。

 微かに驚いたものの、自分の気持ちを噛み締めるかのように、言葉を口にした。


「家だ。家族のところに、帰りたい」

「……そうですか」

「ティアは? どこに帰りたいんだ?」


 俺の質問は、極めて自然な流れだったと思う。

 しかし、ティアからの返答はなかった。

 そのことを不思議に思い、振り向こうとして、声が差し込まれる。

 とても、寂しそうな声が。


「わたしに、帰りたい場所はありません」

「え……?」

「家では、いつも独りでしたから。友人も、いませんでしたし。……擦り寄って来る人たちは、山ほどいましたが」

「……そうなのか」


 そんな一言しか言えない自分を、殴り飛ばしたくなった。

 薄々そんな気はしていたが、ティアは由緒正しい家系なのかもしれない。

 だとすれば、俺とは釣り合わない……って、何を考えているんだ……!

 拳を作って、額を小突いた。

 俺の奇行に気付いていないのか、ティアは独白のように続ける。


「ですが、ミカエラさんたちの役には立ちたいです。絶望しかけていたわたしを、光の下に連れて来てくれた恩に報いたいです。今のわたしがあるのは、彼女たちのお陰ですから」

「光の下に……。それが、キミの戦う理由か?」

「はい」

「そうか……」

「言っておきますが、だからと言って約束は破らないで下さいね? 情けを掛けてもらいたくて、話したのではないんですから」

「……わかっている。俺だって、負けられないんだ」


 口では強がりながら、本音を言えば揺れていた。

 俺自身の為にも、ガレンたちの為にも、負けられないのは事実。

 だが……ティアの想いも、叶えたいと思ってしまっている。

 どうして、俺たちは他区画なんだろうか。

 俺もティアもガレンたちもミカエラさんたちも、一緒の区画なら……。

 いや、それを言い出せばソウルゲームなんてものに、巻き込まれなければ……と言う話になってしまう。

 それは、ただの現実逃避だ。

 どれだけ苦しくても、今と向き合うしかない。

 気持ちを懸命に立て直しながら、不意に夜空を見上げる。

 森の中ではあるが、木々の間から星の海が見えた。


「綺麗だな……」


 この言葉には、当然ながら深い意味などない。

 気分を変える為にも、単に思ったことを口走っただけだ。

 ところが――


「え……?」


 驚いた様子で、ティアが振り向くのがわかった。

 対する俺も後ろを見ると、彼女は暗闇の中でもわかるほど、顔を赤くしている。

 あ……もしかして……。

 状況を理解した俺の顔にも、血が集まるのを自覚したが、なるべく自然な口調で言葉を紡いだ。


「ほら、今日は天気が良いから、星が良く見えるだろう?」

「星……? そ、そうですね、綺麗です……」


 俺の真意を知ったティアは、慌てた様子で声を発した。

 気のせいかもしれないが、微妙に落ち込んでいる。

 そんな彼女を前にして、今回も俺の口は勝手に言葉を連ねた。


「まぁ……ティアほどじゃないが」

「へ……!?」

「じ、事実なんだから、仕方ないだろう? キミが綺麗なのは……間違いない」


 口をパクパクさせている彼女に、聞き違えようもないほどきっぱりと、言葉を届けた。

 本音を言えば、今すぐ帰りたかったが……それはあんまりだろう。

 敢えてティアから視線を逸らさずにいると、彼女は挙動不審に目を泳がせたり、髪を弄ったりした後に――


「セシルも……その……魅力的です……」

「……有難う」

「こちらこそ……」


 甘いと言うよりは、照れが大部分を占める空気が、辺りを支配する。

 示し合わせたかのように顔を背け、再び背中合わせで座った。

 何を言っているんだろうな、俺は……。

 恥ずかしさのあまり、ティアには見えないのを良いことに、右手で顔を覆った。

 そのまま気まずい時間が流れ、今日は切り上げようとすら考えた俺の耳に、彼女の透き通るような声が聞こえる。


「今日も生きている」

「……! それは……」

「貴方の信条でしょう? 最近、真似させてもらうことがあります」

「そうか……」

「大会終了後に、また聞かせて下さい。貴方の口から」

「……キミもだ。必ず、聞かせてくれ」

「……はい、約束します」


 全力で戦うことを約束した2人が、互いの無事を確認し合う約束も交わした。

 ここにも矛盾が生まれているようだが、俺とティアに限れば成立する。

 壁越しの彼女の空気が、微かに柔らかくなっていた。

 先ほどまでの気まずさはなくなり、穏やかな雰囲気が漂っている。

 勝算など、具体的なことは話していない。

 だとしても、俺たちは戦い抜いて……生き残る。

 そう考えるだけで、疲れ果てていた体から、疲労が吹き飛んだようにすら思えた。

 膝にグッと力を込めて、無言で立ち上がる。

 ティアも合わせて腰を上げたようだが、彼女に背中を見せたまま声を投げた。


「観戦もするつもりか?」

「……はい。情報収集も兼ねて」

「なるほどな。だったら、俺の情報もしっかり調べてくれ」

「そのつもりです。ですから……なるべく勝ち上がってもらえると、助かります。情報を集める為に」

「わかった、任せてくれ」

「よろしくお願いします」

「じゃあ……お休み」

「お休みなさい。……くれぐれも、気を付けて下さい」

「……お互い様だ」


 ティアの最後の言葉は小さな声だったが、最も感情が込められていたような気がする。

 それを受けた背中が熱くなるのを感じつつ、1歩を踏み出した。

 彼女が観てくれる。

 なら、余計に無様な戦いは出来ないな。

 初戦や早い段階で当たる可能性も充分にあり得るが、今は考えない。

 ティアの視線を浴びながら、最後まで振り向かずに立ち去る。

 やがて彼女の気配が遠退き、更に進んでから足を止めた。

 両手を胸の高さに上げて、ジッと見つめる。

 魔力の見え方に、エルナと出会った頃から変化が起きたように感じていたが、最近になってそれが確信に変わった。

 だからと言って、戦闘力が上がった訳じゃない。

 その反面で、奇妙な予感がある。

 切っ掛けがあれば何かが起きそうな、そんな予感。

 とは言え、そう都合良くは――


「エン……」


 自分の声を聞いて、ハッとした。

 今、俺は何を口にしようとした?

 わからない……。

 何かを掴み掛けたようにも思えるが……一旦、忘れよう。

 時間があるならともかく、バトル大会まで間もないんだ。

 不確かなものに縋るんじゃなく、今ある力を磨いた方が良い。

 明日も、ガレンたちとの特訓が待っている。

 己に言い聞かせて、足を前に出した。

 そうして、溶けるように時間が過ぎ去り、本番当日がやって来る。

 この夜、自分が何を掴もうとしていたのか、知らないまま。

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