第15話 情報屋
翌日の早朝訓練後、汗を流してガレンの拠点に向かう。
バトル大会で強力な異能者と戦うことを想定していたが、森での特訓じゃ限界があるな……。
はっきり言って焦りはあるものの、出来ることをするしかない。
やがて目的地に着いたのだが、今日はいつもと違う展開が待っていた。
「おう、セシル」
「セシくん、おはよう~」
「おはようございます、お兄様!」
何故か、全員が外で出迎えてくれた。
単独エントリーがバレたのかと焦ったが、そんな雰囲気じゃない。
微かに鼓動が速くなっていたことを感じながら、少し冗談っぽく返事した。
「おはよう、皆。こんなところに集まって、どうしたんだ? いよいよ、ガレンの部屋に我慢出来なくなったか?」
「おい! どう言う意味だよ、セシル!?」
「そのままの意味だ。文句があるなら、少しは掃除しろ」
「こいつ……たまにズケズケ言いやがるな……」
「それで? 実際はどうしたんだ?」
「実は、たまには外で食べようと言う話になったのです。よろしければお兄様も一緒に、中央区画の喫茶店に行きませんか?」
両手を胸の前で握ったエルナは、問い掛けの形を取っていたが、拒否を許さない満面の笑みを浮かべている。
そんな彼女を可愛らしく思いつつ、頭を撫でて柔らかく告げた。
「勿論、行こう。気分転換も大事だからな」
これに関しては、自分自身に言っている側面が強い。
俺の気持ちに気付いた訳じゃないはずだが、エルナは両手をパンと打ち鳴らして、嬉しそうに声を上げた。
「良かったですわ! では、ガレンさんとフローラさんも、行きましょう!」
「なんか釈然としねぇが……そうだな」
「うふふ~。楽しくて良いじゃない~」
こうして俺たちは中央区画に出向いたのだが、やはりと言うべきか雰囲気は良くない。
全体的に殺気立っており、主に紅区が他区画に敵意を向けていた。
蒼区と黒区、白区も、警戒の度合いは高まっている。
これが、バトル大会の効果……。
『サーカス』の狙い通りだとしたら腹立たしいが、敢えて軽い口調で言い放つ。
「さぁ、行くか。席が埋まっていたら大変だからな」
先んじて足を踏み出して、喫茶店へと入って行った。
ガレンたちも遅れず付いて来て、4人で丸テーブルを囲む。
その後、それぞれがメニューを注文したのだが――
「ご、ごゆっくりして下さい」
この店に限らず、以前から店員の態度は微妙におかしかった。
仕事自体はしっかりしてくれるものの、気にならないと言えば嘘になる。
ガレンたちも同じ思いらしく、不思議そうにしていた。
ここは、はっきりさせておくか。
そう決めて、店員を呼ぼうとした、そのときだった。
「店員はゲストって呼ばれてて、俺たちのようにどこかから連れて来られたみたいだぜ。ソウルゲームが終われば、解放されるんだとさ」
突然、そんな声が聞こえて来た。
驚いて振り向いた先には、20代前半くらいの青年。
明るい茶髪に緑の瞳、地味だが整った顔立ち。
俺たちから少し離れた席で、のんびり紅茶を飲んでいる。
どうしたものか悩んでいた俺をよそに、ガレンが真っ先に問い掛けた。
「誰だ、お前? それと、今の話は本当か?」
「あぁ、悪い。自己紹介がまだだったな。俺はジャスパー。あんたらと同じ、黒区のプレイヤーだ」
そう言って青年……ジャスパーさんは立ち上がり、俺たちの席に歩み寄りながら、魔道端末を見せて来た。
なるほど、確かに黒区のプレイヤーだ。
まぁ、ネックレスを見ればわかることではある。
すると、魔道端末を仕舞ったジャスパーが、もう1つの質問に答えてくれた。
「今の情報の真偽だが、まず間違いない。もっとも、ソウルゲームが終わったら解放されるかどうかは、実際のところわかんねぇけどな。ただ、ゲストの連中は、そう言う説明を受けてるみたいだぜ」
「道理で、どこか落ち着きがない訳ですわね……。彼らも、被害者と言うことですか……」
「そうなるな、エルナ。ちなみに、ゲストの収入源は俺らの個人ポイントだ。だから、嫌でも働かねぇと駄目なのさ」
「なるほどですわ……って、どうしてわたくしの名前を知っているのですか!?」
「見くびるなよ? 俺はこれでも、情報屋なんだ。同区画のプレイヤー名くらい、把握してるに決まってんだろ。まぁ、その代わり、戦闘はからっきしなんだけどよ」
そう言ってジャスパーさんは、嘆息しつつ肩を竦めた。
確かに、大した魔力は感じないが……。
エルナは、どこか胡散臭そうにしている。
一方で俺には、気になることがあった。
端的に聞こうとしたが、先に尋ねてくれたのはフローラ。
「その情報屋さんが、どうしてゲストのことを教えてくれたの~? 貴方にとっては、商売道具じゃないのかしら~?」
「良いところに気付いたな、フローラ。簡単に言えば、名刺代わりだよ。今後、何かあったら聞いてくれってな。勿論、そんときは情報に応じて、個人ポイントをもらうぜ」
親指と人差し指で丸を作って、悪戯っぽく笑うジャスパーさん。
タダじゃ教えてくれないのか……。
まぁ、彼にとっては、生きる為に必要なことなんだろう。
人知れず納得していると、神妙な顔で腕を組んでいたガレンが、魔道端末を取り出しながら口を開いた。
「そんじゃ、早速情報を買いてぇんだが、各区画のバトル大会への参加状況はわかるか?」
心臓が大きく跳ねた。
反射的にジャスパーさんを見ると、一瞬だけ視線が合ったが、すぐに逸らされる。
そして彼は、鼻の頭をポリポリと掻いて考え込む素振りを見せ、慎重に言葉を選んだ。
「まぁ、ある程度ならわかるぜ。精々、各区画の傾向ってところだけどな」
「充分だ。いくらだ?」
「特に紅区は、難易度が高かったからな。20000と言いてぇが……あんたらには今後も世話になりそうだから、10000で良いぜ」
「OK、交渉成立だ」
ニヤリとした笑みを交換した、ガレンとジャスパーさん。
1人だけに支払わせるのは忍びないと思い、俺もいくらか出そうとしたが、ガレンは視線で制して来た。
仕方ない、今回は甘えさせてもらおう。
そうして個人ポイントのやり取りを終え、ジャスパーさんが満足そうに言葉を紡いだ。
「毎度あり。各区画の、バトル大会への参加状況だったな。そんじゃ、わかり易い蒼区と白区から行くか」
蒼区と聞いた俺の頭に浮かんだのは、当然の如くティア。
無意識のうちに身を乗り出しそうになったが、なんとか堪える。
するとジャスパーは、順番に情報を開示して行った。
「両区画とも、全員不参加になったみたいだな。蒼区は代表のミカエラが大々的に宣言してるから、かなり信憑性が高い。白区は明言してねぇけど、メンバー同士が話してるのを聞いたんだ。まぁ、罠の可能性もゼロじゃねぇが……ほぼ間違いねぇ」
「全員……? 本当に、全員不参加なんですか?」
「だから、そうだって。いきなり信じろとは言い難いけどよ、俺だってプライドを持って商売してんだ。まぁ、ただ……最終的には個人の判断だからな。100%とは言い切れねぇよ」
思わず詰め寄った俺を手で押し留め、ジャスパーさんはやや困った表情で頷いた。
その段階になって、ようやく緊張していた体が緩む。
全員と言うことは、ティアも出ないんだよな……?
人知れずホッとしていた俺をよそに、ジャスパーさんは気を取り直したように続きを語った。
「1番危険そうな紅区だけどよ、リーダー格のバルが主導して、大勢出るようだぜ。具体的に誰が出るかまでは、わかんねぇけど。黒区に関しても、紅区ほどじゃないがそれなりに出るみたいだな」
「そうか……。良く調べたな、助かったぜ」
「はは、それだけが取り柄みたいなもんだからな。また良い情報を仕入れたら、買ってくれよ。じゃあな」
別れを告げたジャスパーさんは踵を返し、歩み去った。
彼の情報が事実だとすれば、敵は紅区に限られるな。
ティアと戦わなくて済むのは、正直なところ有難い。
最大の問題はルージュが出るかどうかだが……こればかりは、締め切り日になるまで不明だ。
などと思考を巡らせていた俺の意識に、ガレンの明るい声が割り込む。
「まぁ、取り敢えず食おうぜ。あと、酒だ」
「ガレンさん、朝からお酒ですか!? わたくしも、お腹は減りましたけれど……」
「わたしもよ~。セシくんもじゃない~?」
「あ……あぁ、そうだな。それじゃあ、食べるか」
いつの間にか注文が揃っていたことに気付いて、慌てて話を合わせた。
そうしてガレンは豪快に、フローラは上品に、エルナは小さな口で、それぞれの料理を食べ始める。
俺も皆に倣おうとして――立ち上がった。
突然のことにガレンたちは驚いていたが、早口で声を発する。
「すまない、用事が出来た。あとでガレンの拠点に向かうから、そこで合流しよう」
一方的に話を打ち切って、喫茶店をあとにした。
そのまま通りを駆け――
「ティア!」
店から見えた、彼女の背中に声を投げる。
振り向いたティアの目は、真ん丸になっていた。
そして今の彼女は、1人じゃない。
「キミは……黒区のプレイヤーね。ティアに何の用かしら?」
敵対的とまでは言わないまでも、注意深くこちらを観察しているのは、煌びやかな金髪の女性。
白金の鎧と輝く長槍を装備しており、なんとなく太陽を想起させた。
ティアを手で庇うようにして、前に出ている。
他区画ながら好感を持てたが、今はそれどころじゃない。
「ティア、キミは……バトル大会に出るのか?」
ジャスパーから蒼区は全員不参加と聞いたが、自分で確かめずにはいられなかった。
金髪の女性は俺の言葉に、目を鋭くさせた。
だが――
「大丈夫です、ミカエラさん。彼は……敵ではありません。少なくとも、今は」
金髪の女性……ミカエラさんを押し退けて、俺の前に来たティア。
ミカエラさんは一瞬止めようとしていたが、何かを察したのか、引き下がっている。
俺の意図を知ってか知らずか、ティアは無表情で黙り込んでいるが、よくよく考えれば、自区画の情報を簡単には教えないか……?
自分がどれだけ考えなしだったか痛感し、質問を取り下げようとしたその前に、彼女が小声で言葉を口にする。
このとき俺は、情報の真偽を確かめながらも、本音を言えば安心していた。
実際、ティアは不参加を表明――
「出ます」
しない。
頭が真っ白になった。
右手で首元を押さえ、震える口をなんとか動かし、言葉を紡ぐ。
「そんな……。蒼区は、全員不参加じゃなかったのか……? それとも、情報が間違っていたのか……?」
「いいえ、その情報は合っています。わたしも本来なら、不参加でした」
「だったら、どうして!」
「わたしのわがままです。蒼区の方針は、他区画との争いを避けて、『サーカス』を討つこと。しかし、だからと言って区画ポイントで差を付けられるのは、看過出来ませんでした」
一切の迷いもなく、こちらを真っ向から見つめて告げるティア。
嘘だ――と言いたかったが、それを許さない力が込められている。
そこに、ミカエラさんが嘆息とともに、不本意そうな声を発した。
「あたしは反対したんだけどね。でもティアって、変なところで頑固と言うか……。『貴女が許可を出さなくても、勝手にエントリーします』とまで言われちゃ、どうしようもないでしょ?」
「だからって! 彼女にだけ、危険を背負わせて良いんですか!?」
「そこまでです、セシル。他区画の貴方に、蒼区の内情に口出しする権利はありません」
「……! ティア……」
揺るぎない瞳で見つめて来るティアと、逃げ出しそうな俺。
だが、彼女が必死に何かを堪えていることに、俺は気付いていた。
そして、今の自分に出来ることがない現実にも。
そのことに歯噛みしていたが、ティアは何やら口を開こうとしては閉じる動作を、繰り返していた。
もしかして……。
彼女が何を言おうとしているか悟り、咄嗟に言葉を滑り込ませる。
「突然、悪かった。またな」
「あ……」
聞くだけ聞いて、あっさりとその場を離れる。
我ながら酷いな。
しかし、彼女に俺が出場することを、まだ知られたくない。
ティアとミカエラさんの視線を背中に感じつつ、逃げるように集落を目指した。
そして、エントリー締め切りの日がやって来る。




