第14話 裏切る
集落に戻り、ガレンの拠点に入り、4人で輪になって座る。
そして、ガレンの第一声が――
「さて、どうする?」
だった。
当然、「何が?」とは誰も言わない。
だからと言って、他の言葉を並べ立てることも出来なかった。
重苦しい沈黙が室内に落ち、時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
すると、大きく息を吐いたガレンが、天井を見上げながらポツリとこぼした。
「俺は、参加するべきじゃないと思う。区画ポイントは魅力的だが、危険が大き過ぎるからな」
普段の態度からは想像出来ないほど、真面目な顔。
そんな彼に続いて、目を細めたフローラが口を開く。
「わたしも、今回は様子を見たいわね~。イベントだって1回とは思えないし、またチャンスはあるわよ~」
彼女の言っていることも、わかる。
仮に今回の優勝や準優勝を他区画に取られたからと言って、黒区の負けが決まる訳じゃない。
今後のイベントで巻き返せる可能性も、充分にあり得た。
そこに――
「わたくしは、参加しようと思いますわ」
意外な発言が耳に入って来た。
唖然として振り向いた俺が見たのは、スカートをギュッと握って、口を真一文字に引き結んでいるエルナ。
ガレンは困ったように頭を掻いており、フローラは眉を下げている。
しかし、エルナが翻意する様子はなく、真っ直ぐな声で自身の考えを述べた。
「バトル大会は、1対1の戦い。アンジュなら、誰にも負けませんわ。次にチャンスがあるとしても、取れるポイントは取るべきです。先の保証など、どこにもないのですから」
いつになく、エルナの口調は強い。
そのせいか、ガレンとフローラは反論出来ないようだ。
エルナの主張に、一定の論理があることも、一因だろう。
だが――
「俺は反対だ」
「……! お兄様……?」
バッサリと、エルナの覚悟を切り捨てた。
彼女の目尻に涙が浮かび、何事かを言いかけていたが、機先を制する。
「アンジュが強いことは、認める。1対1で勝てる者が、そう多くないだろうことも」
「で、でしたら!」
「だが、アンジュ……【ソロ・ガーディアン】には、決定的な弱点がある。それは、エルナも良くわかっているだろう?」
わざと鋭い目を、エルナに向けた。
それを受けた彼女はビクリと肩を震わせ、視線を床に落としてポツリと呟く。
「……発動中、わたくしが無防備になることですわ」
「そうだ。そのことを思えば、【ソロ・ガーディアン】は完全に1対1に向いている異能とは言い難い。本領は、仲間と連携を取ってこそ、発揮される力だろう」
「ですが……みすみす他区画に、大きく後れを取る訳には行きません!」
ポロポロと涙をこぼして、訴え掛けて来るエルナ。
その姿を見ていると、否定するのが心苦しくなる。
それでも……ここで首を縦には振れない。
エルナに身を寄せて優しく抱き締め、背中をゆっくりと撫でた。
彼女は腕の中で身を固くしていたが、気付かぬふりをして、噛んで含めるように言葉を連ねる。
「大丈夫だ。ガレンとフローラも言っていただろう? 今回は危険が大き過ぎるし、チャンスは他にもきっとある。まだ、慌てる段階じゃない」
「お、お兄様……」
「良く名乗りを上げてくれた。でも、無理をしなくて良いんだ。エルナの気持ちは、皆に伝わっている」
「ふ……ふぇ……えぇぇぇん!!!」
堪えていたものが決壊したのか、エルナが俺の胸に縋り付いて来た。
こんな少女に、ここまでの思いをさせるだなんて……許さないぞ、『サーカス』。
やがて、泣き疲れて眠ってしまった彼女を、床に敷いたタオルの上に横たえ、ガレンとフローラに言い放つ。
「2人も、今回は不参加ってことで良いんだな?」
「まぁ……そうだな」
「セシくんの言う通り、無理するには早いわよ~」
「わかった。じゃあ、この話はここまでだ。フローラ、悪いがエルナを拠点に送ってやってくれるか? 女性の部屋に、男の俺が勝手に入るのは問題があるだろう」
「はいは~い、了解よ~。じゃあ、またね~」
軽々とエルナを背負ったフローラは、手を振りながらガレンの拠点を出て行った。
俺も行くか。
そう考えて、ガレンに断りを入れようとしたが、彼は何やら難しい顔をしている。
まさか、気付かれたか……?
内心の動揺を隠して、表面上はあっさりと告げた。
「俺も今日は帰る。他のプレイヤーの様子も、見ておきたいからな」
「……わかった。また明日な」
ガレンは何か言いたそうだったが、最終的には黙って見送ってくれた。
彼の拠点をあとにしたところで、盛大に嘆息する。
皆……すまない。
口に出さずに謝罪しながら、集落を歩き回った。
◇ ◇ ◇
同時刻、紅区のバルの拠点で――
「で? いきなり呼び出しておいて、何の用だ? つまんねぇことだったら、ぶっ飛ばすぞ?」
ダガガの苛ついた声が響いた。
対するバルは呑気に酒を呷っており、余計にダガガの神経を逆撫でしている。
更にこの場には、もう1人の姿があった。
壁に寄り掛かって、キャンディーを舐めているルージュ。
我関せずと言った様子で、目も向けていない。
そんな殺伐とした空気の中で、バルは唐突に口を開く。
「ダガガ、取引をしねぇか?」
「あぁ? 王である俺と、取引だぁ?」
「そうだ。今度のバトル大会に出場して、優勝してくれよ。テメェなら楽勝だろ?」
煽るような口調で、ダガガに問い掛けるバル。
一方のダガガは馬鹿にするように鼻を鳴らし、居丈高に言い返した。
「誰に言ってやがんだ? 当然、優勝して全ての愚民どもに、誰が真の王か思い知らせてやるぜ。ただ、テメェの思い通りになるのは気に食わねぇな」
「くく、そうかよ。だからこその、取引だ」
「あん? どう言うことだ?」
「なぁに、簡単な話だ。テメェがバトル大会に出て優勝してくれたら、紅区トップの座を譲ってやるよ」
「ふん。譲られるまでもなく、奪ってやるぜ。優勝すりゃ、俺の力は全区画に知れ渡る。そうすりゃ、自然と愚民どもはひれ伏すだろうよ」
「かもな。けどよ、俺様の支配下にいる連中は、そう簡単には行かねぇ。心底、俺様に恐怖してやがるからな。だが、テメェが優勝すりゃ、区画ポイントが100も入る。そんな功績を叩き出されちゃ、流石の俺様も身を引くしかねぇぜ」
飄々と言葉を口にするバルを、ダガガは凝視した。
しかし、バルは全く気にした様子もなく、酒を飲み続けている。
どこまでも不遜な態度に舌打ちしながら、ダガガは声を荒らげて宣言した。
「良いぜ、乗ってやるよ。その代わり、約束を反故にしたらぶっ殺すからな?」
「わかった、わかった。そのときは、お前の好きにさせてやるよ」
「言ったな? 吐いた唾は飲めねぇぜ?」
「おー、意外と難しい言葉を知ってんじゃねぇか」
「舐めんじゃねぇよ! とにかく、テメェの時代はもう終わりだ! 俺が名実ともに王になったら、紅区をぶっちぎりで勝たせてやる! 今のうちに、精々ふんぞり返っていやがれ!」
言い捨てたダガガは、肩を怒らせて歩み去った。
その背中を見やりながら、バルは上機嫌に声を発する。
「は。相変わらず、馬鹿な野郎だぜ。どこにどんな異能者がいるかわからねぇ現状で、わざわざリスクを取る奴がいるかよ。これで俺様は高みの見物が出来るし、あの馬鹿が優勝すりゃ、それはそれでラッキーだ。仮初めの玉座はくれてやる。最終的に俺様が勝てたら、それで良いんだよ」
空になった酒瓶を、床に叩き付けるバル。
ガラスが砕け散る音が鳴ったが、ルージュはやはり歯牙にもかけない。
だが、バルは気分を害すこともなく、次の手を打った。
「ルージュ、テメェは出んじゃねぇぞ? 今の時点で、紅区の切り札を他区画に明かすのは悪手だ」
「は? なんであんたに、指図されなきゃなんないのよ。面白そうな奴を見付けたし、そいつが出るならあたしも出るわよ」
「駄目だ。そのうち暴れさせてやるから、今は我慢しとけ」
「だから、指図は受けないって。ここに来てやっただけでも、感謝しなさいよね。それじゃ」
あっさりとバルを見限ったルージュは、拠点を出て行こうとしたが――
「あのガキ、リンとか言ったか? 最近、テメェに懐いてるみてぇだな。荒くれ者が多い紅区で、無事でいられれば良いがな」
ピタリ、と。
ルージュの足が止まる。
それを見たバルはほくそ笑み、嘆かわしそうな表情を『作って』からのたまった。
「ほとんどの連中は俺の指示に従ってるが、たまに暴走する奴がいてな。そう言う連中が、弱い奴をいたぶることがあんだよ」
「……だから? あの子がどうなろうと、あたしには関係ないわよ。絡まれてたのを気紛れで助けてやったら、勝手に引っ付いて来るようになっただけなんだから」
「そうだったな。今のは独り言だ、忘れてくれ」
それっきり、バルは黙り込んだ。
一方のルージュは暫く立ち止まってから、再び歩き出す。
拠点を出ると、彼女を恐れている他の紅区プレイヤーたちが、避けるように道を開けた。
だからと言ってルージュが気にすることはなく、口の中のキャンディーを味わう。
彼女にとって、セシルと戦うチャンスを失ったのは残念だが、いずれ必ず全力でぶつかるつもりだ。
そのときのことを思い浮かべたルージュは、戦意を高揚させてキャンディーをガリっと噛む。
間もなく、目的地である区画の外れに到着し、瓦礫の山に腰掛けると――
「あ! ルージュお姉ちゃんだ!」
エルナと同じくらいの、幼い少女がルージュに駆け寄った。
髪は栗色のショートカットで、少し汚れたワンピースを着ている。
それを見たルージュは、あからさまに顔を顰めたが、少女は意に介さず隣に座った。
上機嫌に鼻歌を歌っており、怪訝に思ったルージュは問い掛ける。
「リン、何か良いことでもあったの?」
「え? これと言ってないけど……あ! ルージュお姉ちゃんに会えた!」
「……いつも引っ付いて来る癖に、何を言ってんのよ」
「えへへ~」
「はぁ……」
ウンザリとした様子で、溜息をつくルージュ。
紅区では泣く子も黙ると言われる彼女だが、リンだけは別だった。
最初は追い払っていたルージュも、あまりのしつこさに諦めている。
そうして並び合っていた2人だが、リンが何かを思い付いたように口を開いた。
「そう言えば、ルージュお姉ちゃんはバトル大会に出るの?」
「……出ないわよ」
「え!? 意外だね。絶対出ると思ってた」
「あんたには関係ないでしょ?」
「そうだけど……。でも、紅区からはたくさん出るみたいだよ。バルさんの指示なんだって」
「……ふーん」
気のない返事をしたルージュ。
だが、本心ではバルの指示と言う言葉が、引っ掛かっていた。
自分には出るなと言ったくせに、ダガガともう1人で、優勝と準優勝を独占するつもりらしい。
慎重なのか大胆なのか良くわからないが、恐らく両方だろうとルージュは考えている。
リンが少し不思議そうにしていることに気付いたルージュは、何か聞かれる前に黙らせることにした。
リュックサックからキャンディーを取り出し、ぶっきらぼうに押し付ける。
「あげる」
「良いの!? わーい!」
喜色満面でキャンディーを舐め始めたリンをしばし見つめ、ルージュは目を逸らした。
このとき、彼女が考えていたのは――
(セシルは出るのかな?)
1度手合わせした、少年の動向だった。
◇ ◇ ◇
集落を歩きながら、他のプレイヤーの声に耳を傾けてみると、当然と言うべきかバトル大会の話題で持ち切りらしい。
誰がどう決断するか不明だが、俺は既に決めている。
人気のないところで立ち止まって魔道端末を取り出し、画面を確認した。
そこには新たに、バトル大会へのエントリー項目が、追加されている。
開いた先には、『参加』の2文字。
危険が大きい。
様子見するべき。
チャンスは他にもある。
まだ慌てる段階じゃない。
全て、本心だ。
しかし、その上で――『参加』を押した。
間違いなく受け付けられた旨が知らされ、背筋が凍る。
この選択は、まさしく苦渋の決断だ。
仲間たちを救う為に、仲間たちを裏切ると言う矛盾。
ティアには生き残って欲しいが、俺が勝ち進めば進むほど、追い詰めることになるジレンマ。
それでも、紅区や白区にポイントを与えるよりは、マシだと思えた。
だが、ティアが出場して、対決することになったら……本当に俺は、戦えるだろうか……?
それに、別の誰かと戦った彼女の身に、何かあったら……。
嫌な想像を無理やりに打ち消し、森の中へと入って行く。
特訓の為だったが、無意識のうちにティアと会うことを、期待していたのかもしれない。
結局、その日に彼女と会うことはなく、何かを振り払うように戦い続けた。




