第13話 秘める
夜が明けて、今日も1日が始まる。
箱庭に来て、まださほど経っていない。
それでも人間は順応するものなのか、俺は規則正しい生活を続けていた。
早朝訓練を行い、シャワーを浴び、朝食を食べ、8時の更新による人数変動を確認する。
この中で、人数変動の確認をする際は、毎日身を固くしてしまう。
今日もガレンたちと食事のあとに、集落中央の魔映盤の前に来ていた。
他のプレイヤーも気になるようで、ほとんどの者が集まっている。
そうして、いつも通りアナウンスがあったが――
蒼区:99人
紅区:99人
黒区:98人
白区:99人
良し、脱落者はいないな……。
ソウルゲームが始まって1週間近く経っても、一向に勝利に近付いていないことを思うと、頭を抱えたくなる。
だが、その反面、死人が出ていないことには、胸を撫で下ろさずにはいられない。
このまま殺し合いが起きなければ、ゲーム自体が成り立たなくなるんじゃないか?
イベントがあるとか言っていたが、それも無視すればもしかして……。
チラリと周囲を窺う。
ガレンは難しい顔で腕を組んでおり、フローラは笑顔ながら目は笑っていない。
エルナは不安を隠せていないものの、毅然とした面持ちをしていた。
他の黒区プレイヤーたちは、若干浮ついてすらいる。
流石に楽観的過ぎるが……正直、気持ちはわかってしまった。
ところが次の瞬間、自分がいかに浅はかだったかを、思い知ることになる。
『プレイヤー諸君、久しぶりだな。ゲームマスターだ。30分後にイベントの告知をするから、中央区画に集まるように。例によって来なくても構わないが……後悔するぞ?』
アナウンス後、ほどなくして響いた不快な声。
遂に、来てしまったか……。
首元に触れていた手を離し、胸の高さで軽く握る。
改めて周囲を見渡し、困惑している他のプレイヤーを尻目に、ガレンたちとアイコンタクトを取った。
同時に頷いて、揃って中央区画へ。
相も変わらず騒々しい、カラフルな区画を歩み、施設の前まで来た。
既に数多くのプレイヤーが揃って――
「あ……」
背後から聞こえた声に、反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、やや硬い表情のティア。
俺としても心にゆとりなどないが、敢えて微笑んでみせた。
すると彼女は小さく息を飲み、首元に手を添えて髪をかき上げてから、歩み寄って来る。
視線は合わさず、真っ直ぐ前を向いていたが、すれ違いざまに小さく口が動いた。
「気を付けて下さい」
その一言が、どれだけ俺の力になったことか。
去り行くティアは、やがてパーティらしきメンバーと合流した。
煌びやかな金髪の女性と、2人の男性。
確かなことはわからないが……強いな。
いずれ戦うかもしれないと考えれば、かなり厄介な存在。
ただし、ティアを守ってくれるのなら……有難い存在。
そのとき、覚えのある視線が注がれた。
若干の警戒心を持って振り返った先には、獰猛な雰囲気を撒き散らしたルージュ。
近付いて来る様子はなく、こちらを見ながらキャンディーを舐めている。
ギャップが凄まじいな……。
溜息をつきそうになったが、ルージュから目を逸らして気を入れ直す。
そのとき――
『良く集まってくれた。では、早速イベントの内容について話そう』
魔映盤の上に、『サーカス』が勢揃いした。
レイシスのことを思い出して、体が強張るのを実感する。
そんな俺の肩を、大きな手が軽くポンと叩いた。
驚いて視線を巡らせた俺と、ガレンの目が合う。
彼は何も言わなかったが、堂々とした佇まいが、俺を落ち着かせた。
小さく顎を引いて頷き、満足そうなガレンから目を離して、ゲームマスターを見据える。
そんな俺の心情など知ったことかとばかりに、奴は意気揚々と語り始めた。
『まずは、見てもらうものがある。魔映盤に注目してくれ』
その言葉と同時に、魔映盤がある風景を映し出す。
これは……中央区画の敷地の1つか?
怪訝に思っているのは俺だけじゃなさそうだが、すぐに変化が起こる。
「え……!?」
思わず声が漏れた。
映像の中の敷地が、数秒で様変わりしたからだ。
簡単に説明するなら、四方に配置された4つの円形ステージのようなもの。
更に、その中央にも同じ形状のステージがある。
極め付けは、それらを取り囲む、階段状の観客席。
脳裏に、ある可能性が浮上したが、掘り下げる間もなくゲームマスターは続けた。
『驚いたか? 今のは、古代魔道具、イマジナリー・デザインによるものだ。我らはこれを、3つ所有している』
イマジナリー・デザイン……。
またしても知らない古代魔道具が出て来たが、3つと言うことは、それぞれの敷地に対応させているのか?
だとすれば、イベントは最低でも3回はあるのかもしれない……。
先のことを考えそうになった俺を、止めようとした訳じゃないだろうが、ゲームマスターは本題に取り掛かる。
『イベント名は、バトル大会。そのままだが、プレイヤー同士で戦い、優勝者を決める大会だ』
「バトル大会……?」
「要するに、俺らに戦えってのか!?」
「もう! 結局こうなるの!?」
次々と上がる、プレイヤーたちの声。
やはり、その手のイベントか。
となると、あのステージのようなものは、試合……いや、殺し合いの舞台と考えるのが妥当。
戦慄が走るが、ゲームマスターは意に介さない。
『参加は任意のエントリー制で、先着50人まで。参加者は、締め切り日まで非公開とする。組み合わせは、完全ランダムだ』
「え? てことは……」
「参加しなくても、良いってこと……だよね?」
周囲のプレイヤーから、困惑した空気が漂って来た。
むしろ、俺もその1人。
何故なら、任意のエントリー制など、参加する訳がないと思ったからだ。
ところが、ゲームマスターはそれらを無視して、マイペースに次に移る。
『4ブロックに分かれたトーナメント制で、各ブロックの優勝者による準決勝と決勝を行う』
そうなると、それなりに勝ち上がらなければ優勝は出来ない……って、そうじゃないだろう。
こんなイベント、そもそも参加する必要などないんだ。
他のプレイヤーたちも、半ば聞き流している者が多い。
頭ではそう考えつつ、どうしても嫌な予感が拭い去れなかった。
そして俺の予感は――
『重要なのは、ここからだ』
現実のものとなる。
明らかに、ゲームマスターの声のトーンが変わった。
まるで、楽しいことを待ちわびている、子どものように。
奇妙な緊張感が漂う中、奴は告げる。
『優勝者と準優勝者が所属する区画は、区画ポイントを獲得出来る。準優勝が50ポイントで、優勝が100ポイントだ。つまり、同じ区画が独占出来れば、一気に150ポイント得られる。あとは副賞として、優勝者には個人ポイントを100000与えよう』
「はぁッ!?」
「150ポイントって……嘘でしょ!?」
「今でも100ポイントねぇってのに、150も取られたらぶっちぎられるじゃねぇか!」
「それに、個人ポイント100000って……。暫く何もしなくても、生活出来ちゃうじゃない……」
ようやく事の重大さを理解したのは、俺だけじゃない。
他のプレイヤーも、同じようだ。
それまでは『サーカス』に向いていた敵意や殺気が、分散している。
あたかも、それぞれの区画を、敵と認識し直したかのように。
このままじゃ、本当に殺し合いが始まってしまう。
どうするべきか必死に頭を働かせたが、もう何もかもが遅かった。
『相手の殺害、あるいは気絶、もしくは降参で決着が付く。あぁ、同区画が当たった場合は、話し合いによる勝ち残りを認める。結果的に進めるのは1人だが、無駄な争いをしなくて済むようには配慮しよう』
だからエントリーしろ……とでも言いたげだな。
真意は不確かだが、大きくは外れていない気がする。
実際効果はあったようで、今もプレイヤーたちが、静かに牽制し合っていた。
そんな俺たちを嘲笑うかのように、ゲームマスターは締め括る。
『締め切りは、3日後の午前8時までだ。無論、それまでに枠が埋まればエントリーは打ち切る。何せ、他区画と大差を付けられる機会だ。モタモタしていたら、あっと言う間に定員になるぞ? エントリーはこの瞬間から、魔道端末で行えるようになった。諸君の参加を待っている』
その言葉を最後に、『サーカス』は姿を消した。
辺りに視線を向けると、早くも魔道端末を操作している者もいる。
そのままエントリーまで行くのかは、定かじゃないが……。
無意識にティアの方を見てしまい、彼女と視線が交錯した。
そのまま時間が経過したが、意を決したようにティアが歩み寄って来る。
少し離れた場所で止まった彼女は、平然とした顔と声で問い掛けて来た。
「セシルは、出場するのですか?」
「……まだわからない。ティアは?」
「わたしも、まだ断言は出来ません」
「そうか……」
「ただ、1つだけ約束して欲しいことがあります」
「約束……?」
真剣なティアの物言いを怪訝に思いつつ、真意を尋ねる。
すると彼女は、何度か躊躇してから、はっきりと告げた。
「仮にわたしと戦うことになっても、手を抜かないで下さい」
「……ッ! それは……」
「お願いします。そのときは、わたしも本気で戦いますから」
嫌だ。
そう言いそうになったが、ティアの強い眼差しが俺の口を縫い付ける。
腹を括るしかない……か。
「……わかった」
「結構です。では、失礼します」
あっさりと言い残したティアは踵を返し、仲間たちの元に帰って行った。
小さくなって行く背中に手を伸ばしかけて、やめる。
何をしているんだ……。
苛立ちが募り、地面を蹴り付けたくなったが――
「行くぞ、セシル」
ガレンの力強い声が意識に割り込み、我に返った。
振り返った先には、3人の仲間たち。
腰に手を当てて、泰然としたガレン。
フローラは淑やかに立ち、軽く手を振っている。
胸の前で手を組んだエルナの瞳には、強い光が宿っていた。
彼らに見つめられたことで、体に活力が戻って来ている。
そうだ、1人で考え込まなくても良い。
……だが――
「あぁ、行こう」
わざと明るく声を発しながら、集落に帰るべく足を踏み出した。
誰にも言えない、決意を秘めて。




