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箱庭都市のソウルゲーム ~壁越しに出会った彼女と、俺は~  作者: YY


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12/23

第12話 キャンディー

 ガレンたちと朝食を摂ったあと、俺たちは中央区画に繰り出すことにした。

 ゲームに勝つ為の具体的な策と言う訳じゃなく、親睦を深めることと、単純にそれぞれの物資調達が目的だ。

 4人で行動することで、安全性が増すのは有難い。

 ただし、少しばかり代償もある。


「おい、見ろよ。昨日、俺らに喧嘩を売った奴らだぜ」

「あん? うお、マジじゃねぇか。ちッ! あんな上玉、2人も連れ歩きやがって」

「ムカつくよな。でも、俺らじゃ勝てそうにねぇし……」

「くそ! 今に見てやがれ!」


 俺とガレンは紅区プレイヤーを派手に撃退したことで、ちょっとした有名人となっていた。

 更に、エルナとフローラと言う魅力的な女性と一緒にいることで、やけに目立っている。

 と言うか、俺たちは火の粉を振り払っただけで、喧嘩を売ったつもりはないんだが……。

 蒼区プレイヤーたちからも若干警戒した目を向けられ、白区プレイヤーは何を考えているのかわかり難い。

 頼もしいのは、ガレンたちが一切動じていないこと。

 まだ幼いエルナですら堂々としており、気後れしている様子はなかった。

 それなのに、俺が戸惑う訳には行かないな。

 既に買い物を済ませており、あとは帰るだけ――なのだが――


「すまない、皆。先に帰ってくれるか?」

「え? どうされたのですか、お兄様?」

「野暮用だ、エルナ。心配しなくても、すぐに帰る」

「ですが……」

「まぁまぁ、エルナちゃん~。ここは、セシくんの言う通りにしましょう~」

「だな。ただセシル、最悪の場合はすぐに逃げろよ? それが条件だ」

「あぁ、わかった。エルナも、それで納得してくれるか?」

「……わかりましたわ」


 エルナは尚も不安そうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 3人を見送り、踵を返す。

 念の為に尾行を警戒したが、無用な心配だった。

 そのまま足を進ませ続けると、見えて来たのは小さな商店。

 食材を主に取り扱っており、パッと見る限りでもかなり割安。

 詳しいことはわからないが、品質も悪くはない。

 ティアが教えてくれた店だが、確かに良さそうだな。

 ただ……俺に料理のスキルは備わっていない。

 家にいた頃も、専ら母さんに任せ切りだったしな……。

 おとがいに手を当てて、どうしたものか悩んでいた俺の耳に、聞き馴染みのある声が聞こえて来た。


「セシル……?」


 振り向いた先には、少し驚いた様子のティア。

 昨夜ぶりで、何と言ったものか迷ったが、素直に事情を話すことにした。


「おはよう、ティア。場所を教えてくれたから来てみたんだが……残念ながら俺は料理が出来ないんだ。すまない」

「いえ、謝る必要はありませんが……。ですがそれだと、バランスの良い食事を摂れないのでは?」

「以前はそうだったんだが、今朝からはフローラとエルナ……仲間たちが作ってくれるようになった。だから、問題ない。美味しいしな」

「……そうですか」


 俺の言葉を受けたティアは、微妙に不貞腐れていた。

 何か不味いことを言ったか……?

 表情には出さずに取り乱していたが、何やらボソリと聞こえて来た。


「同じ区画だったら、わたしが……」

「ティア?」

「な、何でもありません。でしたら材料だけ買って帰って、代わりに作ってもらうのはどうですか?」

「なるほど……。確かにそれなら材料費は俺が払うことになるから、彼女たちの負担を軽く出来るかもしれない。有難う、ティア。そうさせてもらう」

「……はい」


 感謝を告げたが、自分で提案しておいて、ティアはどこか沈んで見えた。

 不思議に思って、どうしたのか尋ねようとした、そのとき――


「……?」


 視線を感じた。

 いや、厳密に言うと、これまでとは異質な視線を。

 振り向いた俺の視界に映ったのは、大きなリュックサックを背負った紅区の少女。

 赤髪をツーサイドアップに纏め、翠色の瞳には獰猛な光を宿している。

 身長は、ティアとエルナの間くらい。

 小柄な体には不釣り合いなほど、背負った大剣が馴染んでいる。

 深紅の軽鎧で身を包み、キャンディーを口に含んでいた。

 かなりインパクトのある外見だが、重要なのはそこじゃない。

 問題は、俺を見る目。

 視線が爪先から膝、腰、肩、顔へと、順に這い上がって来ている。

 まるで値踏みだ。

 それも、商品じゃなく――獲物の。

 ティアも一緒だし、何にせよ今は関わらない方が良い。

 そう思っていると、少女はあっさりと踵を返した。

 ホッと息をついて、ティアに移動を促そうとしたが、少女のリュックサックからキャンディーが落ちる。

 気付く様子のない少女を前に、悩んだのはごく僅かな時間で、気付けば足を踏み出していた。

 キャンディーを拾い上げ、少女の背中に呼び掛ける。


「落としたぞ」


 なるべく敵意を示さないように、柔らかな声を心掛けた。

 振り返った少女の目は、微かに見開かれていたが、次いで悪戯を思い付いた子どものような顔になっている。

 何故だか背筋に冷たいものが走る中、少女が手を差し出して来た。

 内心で安堵しつつ、その手にキャンディーを載せようとして――


「やっぱ、我慢出来ない」

「セシル!?」


 パシッと。

 俺の手を払い除けた少女が、背負っていたリュックサックを地面に放り投げて、反対の手で殴り掛かって来た。

 ティアの悲鳴を背中に受けつつ、咄嗟に腕を顔の横に掲げ、ガードする。

 瞬間、途轍もない衝撃が走った。

 踏ん張った足元が陥没するほどで、体が粉々になったかのように錯覚する。

 しかし、少女が手心を加えることはなく、次々と攻撃を仕掛けて来た。

 左右の拳が振り回され、しなやかな脚が襲い来る。

 なんとか捌き切れているが、正直なところ余裕はない。

 そして、段々と少女の強さの本質に気付いた。

 はっきり言って、技や駆け引きは拙いと思う。

 ただし、それを補って余りある、パワーを誇っていた。

 人は見た目によらないとは言うが、限度がある。

 だからと言って、退く訳には行かない。

 相手は異能を使っていない上に、体術は俺の得意分野。

 ここで勝てなくて、この先やって行けるか。

 援護に入ろうとしているティアを視線で制し、思考を切り替える。


「はッ……!」

「痛ッ!?」


 少女の右拳に合わせ、左手でカウンターの掌底を放つ。

 躱そうとした少女の額を捉えたものの、さほど効いていないらしい。

 それでも思わぬ反撃だったのか、涙目でたたらを踏んで後退している。

 彼女の攻撃は強く速いが、荒い。

 それゆえに大振りで、最短距離で繰り出す俺の方が速く届いた。

 間合いが空いたことで仕切り直しとなり、深く息を吐いて構え直す。

 周囲は騒然としているが、気にしている暇はない。

 そこに、ティアの冷たい声が響き渡る。


「いきなり、何のつもりですか? 場合によっては、わたしが相手になっても構いませんが」


 3つの指輪を輝かせながら細剣を構え、冷然と言い放つティア。

 膨大な魔力が彼女を中心に渦巻き、思わず戦慄した。

 対する少女は、あからさまに面倒臭そうな顔で、追い払うように手を振る。


「やーよ。あんたには、用はないんだから。どうしてもやるってんなら、あとにして」

「そうは行きません。まだ続けると言うのなら、力ずくで止めさせてもらいます」

「なんでよ?」

「なんでって……」

「あんたら、敵同士でしょ? だったら、この黒房がどうなろうと、どうでも良くない? むしろ、感謝して欲しいくらいなんだけど」

「それは……」

「わかったら、関係ない奴はあっち行って。邪魔だから」


 少女の痛烈な言葉に、ティアは顔を歪めた。

 実際、理屈で言えば少女が正しい気がする。

 俺とティアは他区画なんだから、手助けする理由は本来ない。

 それでも去ろうとしないティアに、少女から目を離さず、小声で告げた。


「有難う、ティア。だが、大丈夫だ。俺は死なない」

「……! セシル……」

「それに、ここでキミが俺を助けたら、問題が起きかねない。だから、何があっても手を出したら駄目だ」

「……わかりました」


 そう言って、躊躇いがちにティアは構えを解く。

 それでも異能を使う準備はしているらしく、もしものときは介入して来そうだ。

 まったく、手を出すなと言っているのに。

 しかし……正直、嬉しい。

 内心で感謝しつつ、戦意を高めた。

 すると、少女は――


「やーめた」


 いきなり剣呑な気配を霧散させ、リュックサックを背負い直す。

 やる気が完全に失せており、言葉通りやめるらしい。

 まさかの展開に唖然としていたが、辛うじて立ち直って尋ね掛けた。


「続けないのか?」

「うん。だってあんた、本気出さないんだもん」

「え? いや、俺は充分本気だったぞ?」

「良く言うわよ。だったら、それは何?」

「それ……?」


 ビシッと少女が指差した方を見ると――右手とキャンディー。

 真剣勝負中にもかかわらず、持ったままだったらしい。

 自分で自分が信じられないが、少女はクルリと背を向けながら言い放った。


「まぁ、良いわ。ちょっと味見したかっただけだし。じゃあね、黒房」

「黒房って……やはり、俺のことだったのか……」

「当たり前でしょ? 名前、知らないし」

「……セシルだ、赤髪ちゃん」

「誰が赤髪ちゃんですって!? あたしは、ルージュよ!」

「わかった、ルージュ。覚えておく」

「まったく……。じゃあまたね、セシル」

「待て、このキャンディーは?」

「あげる。いっぱいあるから」


 首だけで振り向いたルージュは、わざとリュックサックを揺らしてみせた。

 あの中身、全部そうだと言うのか……?

 酒を大量購入する、ガレンに通じるものがあると感じたが、それにしてもどうなんだ。

 言葉を失っている俺に構わず、ルージュは手をヒラヒラと振りながら歩み去った。

 呆気に取られたまま、手の中のキャンディーに目を落とす。

 そこに駆け寄って来たのは、必死な形相のティア。


「セシル、大丈夫ですか?」

「……あぁ、何ともない。相手が勝手に退いてくれたからな」

「それなら良かったですが……彼女は、何者なんでしょう」

「わからない。ただ、尋常じゃない使い手なのは確かだ。ティアも、気を付けてくれ」


 ルージュが去った方を見やりながら、注意を呼び掛けた。

 しかしティアは、呆れ果てたように溜息をついて、髪をかき上げながら言い放つ。


「狙われているのは、貴方でしょう。わたしの心配をしている場合ではないと思います」

「確かにな。とにかく、今日は引き上げた方が良さそうだ。キミも単独行動は控えて、早めに仲間のところに帰ってくれ」

「ですから、自分の心配を――」

「わかっている。だが、今回は言う通りにして欲しい。お願いだ」

「……仕方ありませんね。どちらにせよ、用は済みましたから」

「有難う。じゃあ、気を付けてな」

「こちらのセリフです。……また会いましょう」


 僅かに顔を背けながら、ポツリと言い置いたティア。

 尚も辺りは騒々しかったが、俺の耳は聞き逃さない。

 同時に、俺たちの仲を怪しんでいる声がないことに、安堵した。

 そうしてティアと別れて、黒区へと戻って行ったのだが――


(ルージュは異能どころか、得物である大剣すら使わなかった。彼女が全力を出したとき、今の俺にどこまで食らい付けるか……。本当に、このままで良いのか……?)


 異能に縋るのはやめると、以前に決めた。

 それでも、暗雲が心を覆い隠そうとするのを堪えるかのように、意識的にゆっくりと呼吸する。

 だが、現実は変わらない。

 糖分を補給して、少し頭を休ませるか……。

 冗談交じりにそんなことを思いつつ、キャンディーに目を移し――


「……? 何だ……?」


 自身の右手を見て、眉根を寄せる。

 いつもと変わらない、使い込まれた手。

 だが、俺が見ているのは別のもの。

 手を覆うように見える、魔力。

 それ自体は、何らおかしなことはない。

 しかし、何故だか違和感があった。

 何と言うか……まるで、俺の意志に従っているような……。

 エルナと出会った日にも、見え方が違う気がしたが、それとはまた別種の異変。

 これは、まさか……。

 思うことはあるが……期待し過ぎるな。

 俺は、俺の道を信じて進む。

 敢えて足に力を込めて、地面を踏み締めた。






◇ ◇ ◇






 その日の夜、中央区画にある施設の最奥。

 薄暗い中、青白い光が最低限の視界を確保している。

 この場には、『サーカス』の6人が揃っていた。

 悠然と立つゲームマスターと、跪く5色のピエロたち。

 しばし、無言の時間が続いたが、おもむろにゲームマスターがポツリと呟く。


「つまらん」


 その声は、決して大きくはなかった。

 だが、ピエロたちは揃って身を固くしている。

 それでもゲームマスターが頓着することはなく、冷静に口を開いた。


「今は、ゲームが停滞している。このままでは、いつまで経っても本当のソウルゲームが始まらない。それはつまり、我らの目的が遠退くことも意味している。イベントを実施するぞ」

「……ガッハッハ! かしこまりました! 準備は出来ております! あとは、告知をするだけですな!」


 ゲームマスターの言葉に、硬直していたゴールドは僅かに返事が遅れた。

 しかし、ゲームマスターが指摘することはなく、1つ頷いて告げる。


「では、明日にでも告知しよう。そうすれば、少しはこの退屈な状況が動き始めるはずだ」


 溜息交じりにこぼしたゲームマスターが、その場から姿を消した。

 残されたピエロたちもそれに続く――ことなく、レッドが口火を切る。


「ゲームマスターも言ってたけどよ、マジであいつらつまんねぇよな! 1番血の気の多い紅区ですら、未だに殺してねぇんだからよ! サッサと殺し合えってんだ!」

「まぁねー。でも、蒼区はもっとだるいよー。もし、ミカエラの思想が他区画にまで伝染するようなら、ボクらも本格的に動かないと駄目かもねー。それに、無視出来ないプレイヤーもいるしー」


 おどけたように動き回るレッドに対して、ブルーはその場でジャグリングしながら見解を述べた。

 そこに他のピエロたちも、それぞれの意見を差し込む。


「ソウルゲームの鍵を握っているのは、白区かもしれません。主に大司教のベネディクトが統治し、王子のクラウスが武力を担当しています。本格的に動き出すのは、もう少し先になりそうですが」

「そうかしらぁ? わたしは黒区の方がぁ、注目するべきだと思うわよぉ。今は他区画が1歩リードしてる感じがするけどぉ、セシルたち次第じゃ覆るかもしれないしぃ」

「ガッハッハ! どうやらブラックは、随分とセシルを買っておるようじゃな。蒼区のティアとの距離感も含めて、注目プレイヤーではあるのう」

「そうねぇ。でもぉ、それと生き残れるかは別問題よぉ。次のイベントで、2人ともあっさり死んじゃうかもしれないからぁ」


 ホワイトは一貫して直立不動で、ブラックは艶やかな仕草で口元に手を添えていた。

 一方のゴールドは愉快そうに、腹太鼓を叩いている。

 するとレッドが、ピタリと立ち止まって纏めに入った。


「何にせよ、まずはイベントだな! 思い切り煽って、あいつらのケツを叩いてやろうぜ!」

「いっそのこと、どこが1番死ぬか賭けでもするー?」

「やめておきましょう、ブルー。まずは、目の前のイベントに集中するべきです。娯楽に走るには、まだ早いでしょう」

「ガッハッハ! ホワイトの言う通りじゃのう! まぁ、焦らずとも、ソウルゲームは始まったばかりじゃ! 楽しむ機会は、まだまだあるわい!」

「そう言うことよぉ。あの子たちはぁ、わたしたちのオモチャに過ぎないのだからぁ。じゃあぁ、またねぇ」


 言い置いて、ブラックもその場から立ち去った。

 それを合図としたかのように、レッドたちも施設をあとにする。

 5色のピエロたちからは、先ほどまでの騒がしさが、嘘のように消えていた。

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