第12話 キャンディー
ガレンたちと朝食を摂ったあと、俺たちは中央区画に繰り出すことにした。
ゲームに勝つ為の具体的な策と言う訳じゃなく、親睦を深めることと、単純にそれぞれの物資調達が目的だ。
4人で行動することで、安全性が増すのは有難い。
ただし、少しばかり代償もある。
「おい、見ろよ。昨日、俺らに喧嘩を売った奴らだぜ」
「あん? うお、マジじゃねぇか。ちッ! あんな上玉、2人も連れ歩きやがって」
「ムカつくよな。でも、俺らじゃ勝てそうにねぇし……」
「くそ! 今に見てやがれ!」
俺とガレンは紅区プレイヤーを派手に撃退したことで、ちょっとした有名人となっていた。
更に、エルナとフローラと言う魅力的な女性と一緒にいることで、やけに目立っている。
と言うか、俺たちは火の粉を振り払っただけで、喧嘩を売ったつもりはないんだが……。
蒼区プレイヤーたちからも若干警戒した目を向けられ、白区プレイヤーは何を考えているのかわかり難い。
頼もしいのは、ガレンたちが一切動じていないこと。
まだ幼いエルナですら堂々としており、気後れしている様子はなかった。
それなのに、俺が戸惑う訳には行かないな。
既に買い物を済ませており、あとは帰るだけ――なのだが――
「すまない、皆。先に帰ってくれるか?」
「え? どうされたのですか、お兄様?」
「野暮用だ、エルナ。心配しなくても、すぐに帰る」
「ですが……」
「まぁまぁ、エルナちゃん~。ここは、セシくんの言う通りにしましょう~」
「だな。ただセシル、最悪の場合はすぐに逃げろよ? それが条件だ」
「あぁ、わかった。エルナも、それで納得してくれるか?」
「……わかりましたわ」
エルナは尚も不安そうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。
3人を見送り、踵を返す。
念の為に尾行を警戒したが、無用な心配だった。
そのまま足を進ませ続けると、見えて来たのは小さな商店。
食材を主に取り扱っており、パッと見る限りでもかなり割安。
詳しいことはわからないが、品質も悪くはない。
ティアが教えてくれた店だが、確かに良さそうだな。
ただ……俺に料理のスキルは備わっていない。
家にいた頃も、専ら母さんに任せ切りだったしな……。
おとがいに手を当てて、どうしたものか悩んでいた俺の耳に、聞き馴染みのある声が聞こえて来た。
「セシル……?」
振り向いた先には、少し驚いた様子のティア。
昨夜ぶりで、何と言ったものか迷ったが、素直に事情を話すことにした。
「おはよう、ティア。場所を教えてくれたから来てみたんだが……残念ながら俺は料理が出来ないんだ。すまない」
「いえ、謝る必要はありませんが……。ですがそれだと、バランスの良い食事を摂れないのでは?」
「以前はそうだったんだが、今朝からはフローラとエルナ……仲間たちが作ってくれるようになった。だから、問題ない。美味しいしな」
「……そうですか」
俺の言葉を受けたティアは、微妙に不貞腐れていた。
何か不味いことを言ったか……?
表情には出さずに取り乱していたが、何やらボソリと聞こえて来た。
「同じ区画だったら、わたしが……」
「ティア?」
「な、何でもありません。でしたら材料だけ買って帰って、代わりに作ってもらうのはどうですか?」
「なるほど……。確かにそれなら材料費は俺が払うことになるから、彼女たちの負担を軽く出来るかもしれない。有難う、ティア。そうさせてもらう」
「……はい」
感謝を告げたが、自分で提案しておいて、ティアはどこか沈んで見えた。
不思議に思って、どうしたのか尋ねようとした、そのとき――
「……?」
視線を感じた。
いや、厳密に言うと、これまでとは異質な視線を。
振り向いた俺の視界に映ったのは、大きなリュックサックを背負った紅区の少女。
赤髪をツーサイドアップに纏め、翠色の瞳には獰猛な光を宿している。
身長は、ティアとエルナの間くらい。
小柄な体には不釣り合いなほど、背負った大剣が馴染んでいる。
深紅の軽鎧で身を包み、キャンディーを口に含んでいた。
かなりインパクトのある外見だが、重要なのはそこじゃない。
問題は、俺を見る目。
視線が爪先から膝、腰、肩、顔へと、順に這い上がって来ている。
まるで値踏みだ。
それも、商品じゃなく――獲物の。
ティアも一緒だし、何にせよ今は関わらない方が良い。
そう思っていると、少女はあっさりと踵を返した。
ホッと息をついて、ティアに移動を促そうとしたが、少女のリュックサックからキャンディーが落ちる。
気付く様子のない少女を前に、悩んだのはごく僅かな時間で、気付けば足を踏み出していた。
キャンディーを拾い上げ、少女の背中に呼び掛ける。
「落としたぞ」
なるべく敵意を示さないように、柔らかな声を心掛けた。
振り返った少女の目は、微かに見開かれていたが、次いで悪戯を思い付いた子どものような顔になっている。
何故だか背筋に冷たいものが走る中、少女が手を差し出して来た。
内心で安堵しつつ、その手にキャンディーを載せようとして――
「やっぱ、我慢出来ない」
「セシル!?」
パシッと。
俺の手を払い除けた少女が、背負っていたリュックサックを地面に放り投げて、反対の手で殴り掛かって来た。
ティアの悲鳴を背中に受けつつ、咄嗟に腕を顔の横に掲げ、ガードする。
瞬間、途轍もない衝撃が走った。
踏ん張った足元が陥没するほどで、体が粉々になったかのように錯覚する。
しかし、少女が手心を加えることはなく、次々と攻撃を仕掛けて来た。
左右の拳が振り回され、しなやかな脚が襲い来る。
なんとか捌き切れているが、正直なところ余裕はない。
そして、段々と少女の強さの本質に気付いた。
はっきり言って、技や駆け引きは拙いと思う。
ただし、それを補って余りある、パワーを誇っていた。
人は見た目によらないとは言うが、限度がある。
だからと言って、退く訳には行かない。
相手は異能を使っていない上に、体術は俺の得意分野。
ここで勝てなくて、この先やって行けるか。
援護に入ろうとしているティアを視線で制し、思考を切り替える。
「はッ……!」
「痛ッ!?」
少女の右拳に合わせ、左手でカウンターの掌底を放つ。
躱そうとした少女の額を捉えたものの、さほど効いていないらしい。
それでも思わぬ反撃だったのか、涙目でたたらを踏んで後退している。
彼女の攻撃は強く速いが、荒い。
それゆえに大振りで、最短距離で繰り出す俺の方が速く届いた。
間合いが空いたことで仕切り直しとなり、深く息を吐いて構え直す。
周囲は騒然としているが、気にしている暇はない。
そこに、ティアの冷たい声が響き渡る。
「いきなり、何のつもりですか? 場合によっては、わたしが相手になっても構いませんが」
3つの指輪を輝かせながら細剣を構え、冷然と言い放つティア。
膨大な魔力が彼女を中心に渦巻き、思わず戦慄した。
対する少女は、あからさまに面倒臭そうな顔で、追い払うように手を振る。
「やーよ。あんたには、用はないんだから。どうしてもやるってんなら、あとにして」
「そうは行きません。まだ続けると言うのなら、力ずくで止めさせてもらいます」
「なんでよ?」
「なんでって……」
「あんたら、敵同士でしょ? だったら、この黒房がどうなろうと、どうでも良くない? むしろ、感謝して欲しいくらいなんだけど」
「それは……」
「わかったら、関係ない奴はあっち行って。邪魔だから」
少女の痛烈な言葉に、ティアは顔を歪めた。
実際、理屈で言えば少女が正しい気がする。
俺とティアは他区画なんだから、手助けする理由は本来ない。
それでも去ろうとしないティアに、少女から目を離さず、小声で告げた。
「有難う、ティア。だが、大丈夫だ。俺は死なない」
「……! セシル……」
「それに、ここでキミが俺を助けたら、問題が起きかねない。だから、何があっても手を出したら駄目だ」
「……わかりました」
そう言って、躊躇いがちにティアは構えを解く。
それでも異能を使う準備はしているらしく、もしものときは介入して来そうだ。
まったく、手を出すなと言っているのに。
しかし……正直、嬉しい。
内心で感謝しつつ、戦意を高めた。
すると、少女は――
「やーめた」
いきなり剣呑な気配を霧散させ、リュックサックを背負い直す。
やる気が完全に失せており、言葉通りやめるらしい。
まさかの展開に唖然としていたが、辛うじて立ち直って尋ね掛けた。
「続けないのか?」
「うん。だってあんた、本気出さないんだもん」
「え? いや、俺は充分本気だったぞ?」
「良く言うわよ。だったら、それは何?」
「それ……?」
ビシッと少女が指差した方を見ると――右手とキャンディー。
真剣勝負中にもかかわらず、持ったままだったらしい。
自分で自分が信じられないが、少女はクルリと背を向けながら言い放った。
「まぁ、良いわ。ちょっと味見したかっただけだし。じゃあね、黒房」
「黒房って……やはり、俺のことだったのか……」
「当たり前でしょ? 名前、知らないし」
「……セシルだ、赤髪ちゃん」
「誰が赤髪ちゃんですって!? あたしは、ルージュよ!」
「わかった、ルージュ。覚えておく」
「まったく……。じゃあまたね、セシル」
「待て、このキャンディーは?」
「あげる。いっぱいあるから」
首だけで振り向いたルージュは、わざとリュックサックを揺らしてみせた。
あの中身、全部そうだと言うのか……?
酒を大量購入する、ガレンに通じるものがあると感じたが、それにしてもどうなんだ。
言葉を失っている俺に構わず、ルージュは手をヒラヒラと振りながら歩み去った。
呆気に取られたまま、手の中のキャンディーに目を落とす。
そこに駆け寄って来たのは、必死な形相のティア。
「セシル、大丈夫ですか?」
「……あぁ、何ともない。相手が勝手に退いてくれたからな」
「それなら良かったですが……彼女は、何者なんでしょう」
「わからない。ただ、尋常じゃない使い手なのは確かだ。ティアも、気を付けてくれ」
ルージュが去った方を見やりながら、注意を呼び掛けた。
しかしティアは、呆れ果てたように溜息をついて、髪をかき上げながら言い放つ。
「狙われているのは、貴方でしょう。わたしの心配をしている場合ではないと思います」
「確かにな。とにかく、今日は引き上げた方が良さそうだ。キミも単独行動は控えて、早めに仲間のところに帰ってくれ」
「ですから、自分の心配を――」
「わかっている。だが、今回は言う通りにして欲しい。お願いだ」
「……仕方ありませんね。どちらにせよ、用は済みましたから」
「有難う。じゃあ、気を付けてな」
「こちらのセリフです。……また会いましょう」
僅かに顔を背けながら、ポツリと言い置いたティア。
尚も辺りは騒々しかったが、俺の耳は聞き逃さない。
同時に、俺たちの仲を怪しんでいる声がないことに、安堵した。
そうしてティアと別れて、黒区へと戻って行ったのだが――
(ルージュは異能どころか、得物である大剣すら使わなかった。彼女が全力を出したとき、今の俺にどこまで食らい付けるか……。本当に、このままで良いのか……?)
異能に縋るのはやめると、以前に決めた。
それでも、暗雲が心を覆い隠そうとするのを堪えるかのように、意識的にゆっくりと呼吸する。
だが、現実は変わらない。
糖分を補給して、少し頭を休ませるか……。
冗談交じりにそんなことを思いつつ、キャンディーに目を移し――
「……? 何だ……?」
自身の右手を見て、眉根を寄せる。
いつもと変わらない、使い込まれた手。
だが、俺が見ているのは別のもの。
手を覆うように見える、魔力。
それ自体は、何らおかしなことはない。
しかし、何故だか違和感があった。
何と言うか……まるで、俺の意志に従っているような……。
エルナと出会った日にも、見え方が違う気がしたが、それとはまた別種の異変。
これは、まさか……。
思うことはあるが……期待し過ぎるな。
俺は、俺の道を信じて進む。
敢えて足に力を込めて、地面を踏み締めた。
◇ ◇ ◇
その日の夜、中央区画にある施設の最奥。
薄暗い中、青白い光が最低限の視界を確保している。
この場には、『サーカス』の6人が揃っていた。
悠然と立つゲームマスターと、跪く5色のピエロたち。
しばし、無言の時間が続いたが、おもむろにゲームマスターがポツリと呟く。
「つまらん」
その声は、決して大きくはなかった。
だが、ピエロたちは揃って身を固くしている。
それでもゲームマスターが頓着することはなく、冷静に口を開いた。
「今は、ゲームが停滞している。このままでは、いつまで経っても本当のソウルゲームが始まらない。それはつまり、我らの目的が遠退くことも意味している。イベントを実施するぞ」
「……ガッハッハ! かしこまりました! 準備は出来ております! あとは、告知をするだけですな!」
ゲームマスターの言葉に、硬直していたゴールドは僅かに返事が遅れた。
しかし、ゲームマスターが指摘することはなく、1つ頷いて告げる。
「では、明日にでも告知しよう。そうすれば、少しはこの退屈な状況が動き始めるはずだ」
溜息交じりにこぼしたゲームマスターが、その場から姿を消した。
残されたピエロたちもそれに続く――ことなく、レッドが口火を切る。
「ゲームマスターも言ってたけどよ、マジであいつらつまんねぇよな! 1番血の気の多い紅区ですら、未だに殺してねぇんだからよ! サッサと殺し合えってんだ!」
「まぁねー。でも、蒼区はもっとだるいよー。もし、ミカエラの思想が他区画にまで伝染するようなら、ボクらも本格的に動かないと駄目かもねー。それに、無視出来ないプレイヤーもいるしー」
おどけたように動き回るレッドに対して、ブルーはその場でジャグリングしながら見解を述べた。
そこに他のピエロたちも、それぞれの意見を差し込む。
「ソウルゲームの鍵を握っているのは、白区かもしれません。主に大司教のベネディクトが統治し、王子のクラウスが武力を担当しています。本格的に動き出すのは、もう少し先になりそうですが」
「そうかしらぁ? わたしは黒区の方がぁ、注目するべきだと思うわよぉ。今は他区画が1歩リードしてる感じがするけどぉ、セシルたち次第じゃ覆るかもしれないしぃ」
「ガッハッハ! どうやらブラックは、随分とセシルを買っておるようじゃな。蒼区のティアとの距離感も含めて、注目プレイヤーではあるのう」
「そうねぇ。でもぉ、それと生き残れるかは別問題よぉ。次のイベントで、2人ともあっさり死んじゃうかもしれないからぁ」
ホワイトは一貫して直立不動で、ブラックは艶やかな仕草で口元に手を添えていた。
一方のゴールドは愉快そうに、腹太鼓を叩いている。
するとレッドが、ピタリと立ち止まって纏めに入った。
「何にせよ、まずはイベントだな! 思い切り煽って、あいつらのケツを叩いてやろうぜ!」
「いっそのこと、どこが1番死ぬか賭けでもするー?」
「やめておきましょう、ブルー。まずは、目の前のイベントに集中するべきです。娯楽に走るには、まだ早いでしょう」
「ガッハッハ! ホワイトの言う通りじゃのう! まぁ、焦らずとも、ソウルゲームは始まったばかりじゃ! 楽しむ機会は、まだまだあるわい!」
「そう言うことよぉ。あの子たちはぁ、わたしたちのオモチャに過ぎないのだからぁ。じゃあぁ、またねぇ」
言い置いて、ブラックもその場から立ち去った。
それを合図としたかのように、レッドたちも施設をあとにする。
5色のピエロたちからは、先ほどまでの騒がしさが、嘘のように消えていた。




