~門前の小僧習わぬ経を読む~
「伯父貴! 大変だよ。さっきの強欲な金貸しの旦那、うちの鰻を『焼きが甘い』だの『タレが辛い』だの散々ケチをつけて、結局お代を半分に値切りやがったんだ。あんなの、確信犯だよ!」
亀吉が顔を真っ赤にして板場に飛び込んできました。
以前の伯父貴なら、包丁を突き立てて追い出すか、あるいは「損して得取れ」と無理やり納得していたところですが……。
今の伯父貴は、落ち着き払って炭を直しながら、こう言いました。
「……亀、落ち着け。あんなのはな、八軒家の門前に吹く『隙間風』やと思えばええ。……『門前の小僧習わぬ経を読む』っちゅうやろ」
「また出た! 伯父貴の変な理屈。それが値切られたことと何の関係があるんだよ」
「アホか。わしの言葉をいつも隣で聞いとるおまはんなら、もう答えは出とるはずや。……あいつに『お経』を読ませてこい」
亀吉は、一瞬きょとんとしましたが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべました。
「……あぁ、なるほど。伯父貴の『屁理屈経』だね。……よし、任せときな!」
亀吉は座敷へ戻ると、意気揚々と金貸しの前に立ちふさがりました。
「旦那。お代を半分にするっていうのは、つまり『半分は満足しなかった』ってことですよね。それなら、あとの半分は『未来の満足の予約金』として頂戴しますよ。……もし次にいらした時に、今日より旨いと思ったら、今日の残りと合わせて『三倍』払ってもらう。それが八軒家の門前を通る時の『通行税』ってなもんです!」
「な、なんだと……!? そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶じゃありませんよ。『門前の小僧』のわしが、大将の『お経(屁理屈)』を習わずに覚えるくらい、ここは筋の通った店なんです。旦那、未来の自分に恥をかかせちゃいけませんぜ!」
金貸しは、亀吉のあまりに堂々とした「大将譲りの屁理屈」に圧倒され、結局「……わかったよ、負けたよ!」と、きっちり全額置いて逃げるように帰っていきました。
板場に戻った亀吉は、ドヤ顔で銭を並べます。
「どうだい伯父貴! きっちり取ってきたよ」
伯父貴は、少しだけ感心したように鼻を鳴らしました。
「……ほう。亀、おまはんもいよいよ、わしの『悪い癖』が染みついてきたな。……習わぬ経を読むとはこのことやが、そのお経、ちょっとばかり『欲』が混じっとったな」
「伯父貴に言われたくないよ! でも、これで今日の仕入れ代は安泰だね」
「……やかましいわ。……まぁ、あいつが次に来た時は、本当にお経でも読んでやるか。……『南無、銭失い』ってな」




