第二話
漫画アニメラノベといったものに代表されるサブカル的カルチャーは、近年若年層を中心として幅広い世代に受け入れられ勢いを見せている。
一昔前まではこういったものをこよなく愛する人間に対して否定的な意見が目立った一方で、今ではスポーツやドラマに並ぶ会話の種として重宝されているほか、お茶の間で流れるバラエティに声優が出演しているのも珍しくない。
推しという概念が世間一般に定着したこともあり、オタクに優しい世界はもう目前に迫っている。
だがよく考えてほしい。オタクに優しい世界。それは本当にオタクか?
オタクといえば、ぐるぐるメガネで眉毛がぶっとくてくせっ毛でチェックシャツで笑い方が「デュフw」の謎の生き物が相場だったはずなのに、今じゃ清潔感マックスのイケメン大学生までもがオタクにカテゴライズされる現状にある。
オタクに優しいギャルは存在する。そのオタクは後者の清潔感ありイケメンだからだ。
サブカル的カルチャーが浸透したことで元来のオタクは消え失せ無となったわけである。
さて、そんな無である僕、一谷宗也は学校帰りにガーデンズの本屋に寄っていた。
ガーデンズとは、西日本最大級の商業施設、阪急西宮ガーデンズのことである。
関西住みたい街ランキングで常に上位を獲得し、兵庫県内の経済を支える西宮北口の象徴であるここは、メインとなる本館・ゲート館・別館・プラス館の4館から成り、スーパーや映画館、服屋やカフェなど大抵のものはここで揃う。そのため、日々の買い物から娯楽、デートに至るまで全対応。
阪急西宮スタジアム跡地に建設されており、ここを本拠地としていた某球団のメモリアルスポットも設置されているので、関西でしか生息が確認されていない虎でも水牛でもない帽子を被ったおじさんも満足の仕上がりだ。
流石ガーデンズというべきか、ここの本屋は専門店と比べても遜色ないくらいに広く品揃えがしっかりしているので、在庫に不安を感じることなく目的の商品を買うことができる。
僕はラノベコーナーに現れると、新刊と銘打たれた『かけないでよ檸檬さん』の7巻を手に取った。
現在深夜にアニメが放送されており界隈で人気を博しているこの漫画は、一般無個性ラブコメ男に対してクラスメイトの檸檬がちょっかいをかける作品である。
だがちょっかいをかけられた主人公は普通にキレる。それも、勝手に唐揚げにレモンをかけられた時みたいに静かにキレて心の奥で闘志を燃やす。
内心はアイツのことを思って……とかは特になく普通に檸檬のことを嫌っている。後主人公に彼女がいる。
普通のラブコメ恋愛作品とは一線を画す檸檬の可哀そうっぷりが少し癖になるのだ。
表紙を裏向けてレジへと持っていく。バーコードが貼られているのが裏だから、という大義名分のもとオタクっぽい可愛らしい表紙をひた隠す。
「こちら7巻でお間違えはないですか」
この漫画が7巻も続いている時点でこれを掲載している出版社の行く末は不安でしかないなと思いながら顔を上げると、そこには若い女性店員がいた。
今時の女性という感じのウルフカット。金髪に染めたのがずいぶん前なんだろう。上のほうが黒くなってきちんと染まりきっていないプリンヘアになっている。耳にはイヤリングをしていて、襟足が軽く跳ねていた。
綺麗な顔立ちも相まって、3男1女のバンドにいそうな感じだなと思った。男を食ってそうみたいな悪口ではなく、イケメン女子って感じで音楽をやっている姿が似合いそうなだけ。
「大丈夫です」と返事をしながら、担当楽器はベースかなと思いながらぼーっとしていると。
「……一谷?」
突然名前を呼ばれて驚く。
顔を上げると、女子店員がこちらの顔を覗き込んでいた。目と目が合う。長いまつ毛の中の、比較的大きな黒色の瞳。
気恥ずかしくなって視線を落とすと、女性店員の首から吊り下がったホルダーが目に入った。小林と書かれていた。




