第一話
大学生になれば彼女の一人や二人簡単にできるって理想は現状に不満を抱いてやまない陰キャ男子高校生の妄想の類であり、そんなものは幻想であったと理解するのにそう時間を要しない。
大学は高校などという箱庭とは比べ物にならないほどに多くの人々の人生が交錯する地点であり、一生を共に歩むパートナーと出会う時期になるのは何もおかしいことじゃなく、実際に統計においてもそれは証明されている。
だからといって僕たちは期待してはならないのだ。恋愛市場の需要と供給の曲線はかなり歪で歪んでおり、男性はそこそこの可愛さを保っている女性なら好意を抱く可能性はあるが(このそこそこについても議論はなされるべきだ)女性の好みは男性の中でも一部のトップ層に人気が集中し、それ以外を選ぶのは即ち妥協とみなされる。
僕たちはこの妥協の中の妥協の中の妥協。トップオブ妥協。
中には顔と性格のどっちを取るかという議論において「私は性格かなあ~」とぬかし自分だけ先抜けしていい恰好をしようとする女性がいるかもしれないが、そんな奴こそ顔を取る。
性格なんて曖昧な基準、本人の匙加減次第でどうにでもなる基準を信用するなんて愚の骨頂。実際、こういう女は顔も性格もすべて揃っている男を手に入れたいって決まっている。
そもそも性格というのは、話してみて初めて分かるもの。顔という要素を介さずに性格だけで惹きつけられるなんて、着ぐるみを着たテーマパークのキャラクターくらいしかいない。
君たちがいくら女性に優しいねと言われてそれを売りにしていたとしても、スタート地点に立てて初めて内面審査に移るんだ。面接の勉強だけして適性検査に落ちたらどうする。もっとも、優しいなんて誉め言葉、ほかに褒める要素がないからなんとかひねり出したものなんだろうけど。
総括。陰キャ男子高校生は大学に行けば何かが変わると思っているような奴が散見されるが、インドに自分探しに言ったやつが何か変わったか?
せいぜいスパイスにうるさくなるくらいだろう。
何も望むな。大学生活の日々は就活に使えそうなエピソードの類でも集めるのに使っておけ。
恋愛なんて就活に役立たない。君たちは良い企業に就職し、お金の力で振り向いてもらうしかないんだ。以上。
「……振られただけで、大げさな奴」
僕の熱弁を黙って聞いていた国沢佑太がため息をついた。ファミレスの山盛りポテトをさながら指揮棒のごとく振り上げていた僕の手が止まる。
「振られたとは少し違うな。まだ付き合っていないので」
「デートに何回か行った女子に彼氏ができましたってオチ、可哀そうだとは思うけどね。まあいい加減立ち直りな」
だから、僕は振られてなんかいない。確かに彼女とは水族館や植物園、京都の神社仏閣に行きはしたが直接思いを伝えて拒否されたわけではない。
でもここで言い返すと恋愛経験豊富な国沢に言葉の暴力でぶん殴られるので黙っておく。
「初彼女チャンス逃した痛みはわかるけどさ、引きずりすぎ。話なげえよ。酒の入った俺のオヤジでもまだまともな話繋ぐぞ」
自慢の黒太丸眼鏡を外して汚れを拭く国沢。彼の言葉のナイフは僕の心をずたずたに切り刻む。
彼女とは必修の言語の授業で出会った。
僕の所属する総社大学の法学部では、法律科目のほかに言語科目の取得単位数の基準値を満たさなければ卒業が認められない。
そのため、SNSのステータスメッセージに自分の名前を韓国語で刻む中学2年生女子を嘲笑っていた過去の自分を恥じながら韓国語の習得に励むことになったわけだが、その際に隣の席に割り当てられたのが彼女だった。
特別可愛いというわけではなかったが、甘い雰囲気、人を気遣う仕草、その他諸々に惹かれたのは認めるところである。
「え? あ、あぁー……」
傷つけられた腹いせにポテトを5、6本まとめて掴み口の中に流し込む。国沢が悲しそうな声を出したが、知るか。
……ふやけてしなびている。僕は塩が盛大に振りかかっていてカリカリという焦げる限界まで揚げられたやつが好みだが、これはその要件を何一つとして満たしていない。
僕、一谷宗也と国沢佑太は、空きコマの時間をどうにか潰すため大学近くのファミレスに居座っていた。
大学は、高校までのように自分が受ける授業が一コマ一コマ学校で定められているのではなく、ある程度は学生の裁量に委ねられている。
そのため、取りたい授業と授業の間に空白の時間が発生することがある。それが空きコマ。
去年の頃は大学近くで一人暮らししている国沢の家に入り浸り格闘ゲームで最弱キャラ使用勝ち抜き30連戦とかやっていたが、全く勝てないうえに熱中しすぎて授業の欠席が増えてきたので辞めた。
後は国沢に彼女ができて気軽に家に行けなくなったのもある。
次の授業は会社法Ⅱの予定だ。会社法とは、会社の設立や運営に関することを定めた法である。
Ⅰを履修していないのに興味が湧いたので取ってみたが、まだ四月だってのに分からな過ぎてもう後悔している。
「てかお前、小林の連絡先持ってない?」
ポテトをたばこに見立ててくわえている国沢をかなり嫌だなと思って眺めていると、もごもごそんなことを言われた。
「はっ? 小林?」
「ほら、中学の時同じクラスだった」
小林、小林、こばやし……。暫く思案し、やがて霞んで朧げな姿でだが一応思い出される。
黒髪ショートヘアで、眼鏡をかけていた気がする。身長は小さかった。元気はつらつというタイプではなくて、どちらかというと教室の隅で本を読んでいるタイプだったような。別に仲が良いわけではなかったが、それなりに話していた記憶がある。
ちなみに、国沢とは中学生の頃からの付き合いである。
「小林奈央?」
「ああ、それそれ」
「小林って、なんで急にまた」
「俺同窓会の幹事やるんだよ。ほら、ああいうのって生徒会主導だろ。俺生徒会入ってたから。でも誰も小林の連絡先持ってなくてさ。携帯も変えちゃったっぽいから連絡もできなくて」
小林の黒髪ツーブロックがエアコンの風にさらされてふわりと揺れた。内側の刈り上げ部分が見え隠れする。
国沢が保険委員長として病原菌の抹殺に貢献していたことは覚えているが、なんでそこで小林が?
今はまだ2回生の4月下旬。成人式は来年の1月ということを考えるとずいぶん早い気はするが……って、そうだ、小林は図書委員長をやっていたんだった。
「小林が生徒会メンバーだから手伝ってほしいのか」
「そゆこと。使える人員は遠慮なく動かさないとね」
国沢は悪そうでインテリヤクザが浮かべそうな笑みを浮かべた。
うちの中学の生徒会は、各委員の委員長が役員として入るシステムになっていた。学級委員長が生徒会長だし、風紀委員長が生徒会副会長。
図書委員長が何の役職かは知らない。
そういえば、僕も中学生の時に図書委員をやっていたのを思い出す。理由は一番楽そうで内申点を稼げそうだから。
誰も本を借りに来ない中、受付席に座って時間を潰す僕の様子を小林はたまに見に来てくれていた。最初に何か一言二言だけ話して後は無言だった気がするけど。
「……確認してみたけど、小林の連絡先は持ってないな」
昔は持っていたが、国沢の言う通り機種変の都合で消えてしまったんだろう。『小林』と検索をかけても新歓の時期に交換だけした他学部のやつしか出てこなかった。
「了解、ありがとう。まあでもそのうち見つかるし、いっか」
「一応中学の友達にも連絡しとこうか?」
「宜しくー。てか、そろそろいい時間じゃない?」
国沢が自らの腕時計をもって示した時間は、授業開始のちょうど20分前を指している。店を出て教室に入る頃にはいい時間になっているだろう。国沢は百円硬貨を一枚ことりと置いた。
「……足りないんだけど」
僕たちの注文したメガ盛りポテトファミリーサイズはその12倍はいく。睨んで圧をかけるが、国沢に悪びれる様子はない。
「ポテトドカ食い恋愛大負け野郎の愚痴聞いたんだから、ちょっとぐらい多く出しなよ」
「うっさい」
それを言われると何も言えない。百円玉をしまいつつ、スマホを操作しQRコード決済のページを開いてレジに向かう。
小林ねえ。今どこで何をしているんだか。
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