第55話
ユミルは脇腹を抑えながら、苦い顔をした。それが痛むのか殿下の心情を察してなのかは分からない。
「・・彼等は王の手により処断されました。既に貴方の復讐は終わっているのです」
「馬鹿を言うな! そんな話は聞いていない!」
彼にとってはあまりにも衝撃的な言葉だったのだろう。殿下の意識は完全に私からユミルへと移っていた。突きつけられた剣先が力を失って下げられたのを見て、私は激昂するユリウス殿下を落ち着かせようと、立ち上がってその手を取った。
「どういう事なのユミル? 貴方の知っていることを教えて頂戴」
私が殿下の傍らでそう問い詰めると、ユミルは苦い顔のまま、ぽつりと当時の事を語り始めた。
「────彼等の言った許可を与えた人物とは、おそらく王妃様の事です・・」
陛下は殿下と母君をアベリア宮殿に住まわせるつもりでいたが、他国から単身嫁いできた王妃様は気を張っていた事もあったのか、前王妃を囲う事に激怒した。他国との同盟の為に嫁いできた王妃を無下に扱うわけにはいかず、しかし王の血を引く殿下を城外へ出して国家転覆を図る輩に利用されては困るということで、一時は二人を処刑する案も出たが、それは陛下が断固拒否したのだという。結果二人はあの粗末な離宮へ監視のもと閉じ込められる事になってしまった。
その後王妃は無事男子を出産し国は祝福に沸いた。しかし産まれた王子は身体が弱く、床に臥せがちになった頃から王妃は精神を病み始めた。そして彼女は王子の体調不良の原因が、前王妃の呪詛によるものだと吹聴し始めたのだという。そして悲劇は起こった。
「────王は何も知らなかった。カーラ様の死を知った王は、護衛は何をしていたのかと見張りの兵士達を尋問しました。そして真相を知って激怒し、すぐ様彼等に極刑を言い渡しました。しかし王妃の差金で前王妃が暴行を受け死亡したなどという醜聞は、表に出せる訳もありません。だから処刑は秘密裏に行われました。ある者は川へ転落し、ある者は辻斬りに合い・・」
「・・嘘をつけ! その話が本当という証拠はどこにある!」
「証拠などありませんが・・。その刑を執行したのは、僕達影一族ですから・・」
ユミルは神妙な表情で、殿下から目を逸らして視線を下へ向けた。殿下はユミルを見下ろしながら、愕然として言葉を失っているように見えた。彼は復讐のために王太子になったのだと言っていた。おそらく彼にとってその復讐は、人生の大きな到達点であったに違いない。その瞳には動揺がありありと見てとれた。
「それにクローディア様の言うとおり、王が僕を寄越したのも貴方を・・」
「煩い、黙れ!」
ユミルの言葉をユリウス殿下は怒声で遮った。そして彼は、繋いでいた私の手を振り払い、突き飛ばした。
「だからあの男を許せと言うのか!? あいつが王妃の言いなりになって、俺達を見殺しにしたには違いないではないか!」
「ユリウスっ・・」
彼を落ち着かせようと手を伸ばした私を、彼は再び憎しみの眼差しで突き刺した。そして同時に、彼の影から現れたあの触手のような黒い靄が、私の足へと巻き付けられた。
「あの男を殺すまで、俺の復讐は終わらない。お前は俺の力の贄となり此処で死ぬのだ。それで俺はあの男を容易に殺す力を得ることが出来る」
「殿下! おやめ下さい!」
ユミルが悲鳴の様な声をあげた。しかしそれを無視して、私の元に再び剣が突きつけられる。彼は一度、黒い靄に捕えられた血だらけの私の足へと視線を落とした。
「・・俺の為に此処までやってきたのだと言ったな。お前のその苦労に報いない訳にもいかない。お前に一度だけ、生きながらえるチャンスをやろう」
そして彼はこう言ったのだ。
「ただし、見逃すのはお前かユミル、どちらか一人だ。さぁ選べ、クローディア」




