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第54話

「なんでそういうの全然分かってくれないんですか? 陛下がユミルを寄越したのだって貴方に問題を起こさせたくなかった親心からでしょう!? ユリウス殿下のクソ馬鹿わからず屋!!」


 ええもう、どうせ死ぬなら最後に言いたいこと言ってやりますよ。思いっきり怒鳴りつけると、闇に染まった殿下の瞳が一瞬だけ動揺したように揺れた気がした。しかし突きつけられた剣先は外される事なく、彼はすぐに烈火のごとき怒りを露わにした。


「お前に何が分かる!」


 極限状態が続いて神経が馬鹿になったのだろうか。私が怒鳴ったのも初めてだけど、ユリウス殿下がこんな風に怒鳴るのも初めてだなと、私は妙に冷静な気持ちで激昂する彼の表情をじっと見つめていた。その瞳の奥にある、深い憎悪と悲哀を、じっと。


「ある日の夜、俺達を見張っていた護衛兵達が部屋へ踏み込んで来て、抵抗する俺を殴って・・母を凌辱した。俺が意識を取り戻したとき、母は既に命を絶っていた」


「え・・」


「朦朧とする意識の中で、最後に確かに聞いたんだ。こんな事をして本当に大丈夫かと心配を漏らした一人の男に対して、もう一人の男がこう答えた」


"大丈夫だ。許可を得てるんだから"


 彼は苦しげに顔を手で覆い、まるで自嘲するように笑った。


「許可だと・・ははは・・母を弄ぶのに、許可を貰っていたんだと。────俺達の事を何だと思ってるんだ!」


 涙が溢れた。


 この人のまるで冷たい沼の底の様に、温度の無い瞳の理由を、私は初めて知った。どれだけ辛かった事だろう。どれだけ、悲しかった事だろう。あの夢で見た通り、母君の亡くなった四年前のまだ幼い姿のまま、彼は暗い闇の中で未だに蹲っているのだ。


「俺は母の遺体の血を使って、魔神を呼び起こした。奴等を殺す力を欲して。しかし魔神はこう答えた。この肉体からは既に魂は失われているから、大した力は得られないと。人の命を欲するならば、それなりの対価が必要だと────」



"一番大事なものを差し出せば、全てを奪える力をあげるよ"



「お前を殺せば、俺は力を得る事ができる」


 彼が私の喉元に突きつけた剣先が、僅かに肌を掠めて血が流れていく。


 そうか。

 

 前の人生でこの人が私を斬って捨てたのは、単に私のオーウェンへの想いに苛立ったというだけではなかったのだ。彼は長い間ずっと、私の命と破滅の力とを天秤にかけ───私を選んでくれていた。

 あれはこの人が、私と一緒に幸せになる人生を諦めた瞬間だったんだ。


 何も分かっていなかった。この人の痛みも悲しみも、あの時の私は何一つ分かってあげられなかった。


「・・ごめん。分かってあげられなくて、ごめんね・・」


 こぼれ落ちた涙が、流れた血と共に剣を伝っていく。彼の深い闇の色の瞳が、また僅かに揺れた様な気がした。


 だけどそのとき、私達の会話を止めたのは、後ろで膝をついていたユミルだった────。


「・・その男達はもう、この世に生きてはおりません」


 ユミルのその言葉に、私もユリウス殿下も、驚いて彼の方へ視線を移した。


「どういう事? ユミル・・」



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