第35羽
学園に着くと、前の方に艶のある黒髪が見えた。私達が昼食を共にしたりと交流する姿が見られているせいか、以前は厚かった囲みの壁もだいぶ薄れてきている気がする。
本来なら挨拶するべきだろう。昨日お招き頂いたお礼を兼ねて・・。
"好きだ。クローディア"
体温が一気に、上がったのを感じた。殿下の唇の感触が、巻き付けられた腕の感覚が、身体を伝う熱の温度が・・思い出すとぞくりと、身体を妙な疼きが震わせる。
どんな顔をしたらいいのか、分からなくて。
だって昨日、ほとんど眠れなかった。何度も思い出して。あの情欲のこもった熱い眼差しを思い出すたび、心臓がうるさくて身体を熱くさせる。
結局ユリウス殿下に声をかけられぬまま、私は距離を保って殿下の後ろをついて行った。しかし。
「クローディア様っ、おはようございます!」
元気よくかけられた挨拶。その声に気づいたのか、前の方を歩いていたユリウス殿下が、振り返────。
そう思った瞬間。私は秒速でかたわらの街路樹の影に、情け無く縋り付く様に身を隠していた。
「クローディア様・・? 何をなさっておいでですか・・?」
はっ。
「な、何でもないわ。気になさらないで・・」
「はぁ・・」
この時の女学生達の困惑顔は一生忘れないかも。我ながら怪し過ぎるわ。なんたる失態なのかしら。
で、殿下には見られてないわよね・・?
木の影から彼の方を覗くと、彼は既に前を向き歩みを再開させていたので、私はドキドキとしていた胸をほっと撫で下ろす。
どうしちゃったのかしら私・・。殿下に話しかける事はおろか、近づく事すら出来ないなんて。もしかして以前ユリウス殿下が心の中で言っていた「近づいたら死に至るレベル」というのは、こういう事なんじゃ・・?
その時、ふと湧き上がった違和感に見舞われて、私は木陰で一人、人知れず呟いた。
「・・心の中で言っていたって・・何言ってるのかしら、私・・?」
何の妄想よ。他人の心の声が聞こえる訳ないじゃない。本当に私、おかしくなってしまったのでは?
「はぁ・・我ながら馬鹿馬鹿しい・・」
深い溜息をついて、とぼとぼという形容が似合うほど、情け無く肩を落として学舎へと向かった。そんな私の様子を遠巻きに、あの黒い瞳が見つめていた事など気が付かずに────。




