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第33話

 私達はアベリア宮殿へ戻ってきた。殿下が帰りの馬車を手配してくれて、それを待つ間、再びお茶を振舞ってくれた。


 ソファに腰を落ち着けると、何だかどっと疲れてしまった。殿下に過去の事や母君の事、事情を尋ねるべきなのかもしれないけど・・聞くのが怖い気もしている。


「殿下、あの・・」


 やっとそう切り出した所だった。ドアをノックする音がして、従者が馬車の用意が整った事を伝えてきたのは。ユリウス殿下はその知らせを聞くと立ち上がり、ドアを開けて私を誘導した。


「今日は体調の良くないところを呼びつけてすまなかった」


「あ、いえそんな事は・・」


「母も君に会えて嬉しかっただろう」


「・・・・」


 もう馬車が着いているんだもの。事情を尋ねるのはまたの機会にしよう。斬り殺される運命を回避できるのなら、私はこの先長く、この方と一緒に過ごす事になるのだから。これからゆっくり、その距離を縮めていけばいい。


「・・また、来ます・・ね」


 私はドアの傍に立つ、ユリウス殿下にそう笑顔を向けた。礼をして、ドアを出ようとしたそのときだった。開けられていた筈のドアが、何故か私の目の前で閉まったのを見た。視線を落とすとそこにはドアノブを掴んだユリウス殿下の左手があって・・そして彼の右の手は、私の身体に絡みつき、後ろから私を彼の胸の中へと引き寄せた────。



(────え?)


 驚いて・・驚きすぎて、私は彼を振り返った。


 すると思っていた以上に近くにあった、濡れた様な黒曜石の瞳と視線が交わる。


 こんなにも間近でそれを見たのは初めてだった。瞳の奥が光を反射し煌いているのが、まるで本物の夜空のようだと思った。



「好きだ。クローディア」



 囁くように言った彼の、吐息がかかる。その熱が、震わせた空気の振動が、私の身体に浸透する。そして彼の唇が、一瞬だけ私のそれに触れた。


 触れ合うほどにすぐ側で私を見つめる、艶めかしい夜空の瞳。それを見たとき、射抜かれた様な衝撃が、身体のナカを貫いたような気がした。

 

 

「・・っ」


 反射的に私は、殿下の身体を思い切り押した。押しのけた反動で、自分の身体がドアにバンっとぶつかってしまって。


 身体が熱かった。彼の熱を感染さられたみたいに、身体中の細胞が疼いていた。心音が壊れたように音量を上げ、脈は波打ち、きっと私は笑えるくらいに真っ赤になっていたに違いない。



「かっ・・帰ります!」



 大慌てでドアノブを回し、はしたなくも小走りでその場を走り去る。廊下に控えていた護衛兵達が何事かと不審の目を向けているのには気づいたし、足はガクガク震えてるし、でも止まる事はできなかった。まるで逃げる様に、私は門の前に停められた馬車の中へと転がり込んだ。


 もう一度殿下に触れられたら、何をされても拒めないような気がして────。



(なに今の)


 

 柔らかかった。


 意外に熱い、殿下の身体と唇。


 そして色欲に塗れた、あの艶めいた眼差し───。



(いきなりなんなのよ、今のぉぉぉぉ!)



 パニック状態の私は自分の事で精一杯だったのだ。


 震えながら逃げ去る私の姿を見たユリウス殿下が、それをどんな風に捉えるかなど・・私は考えつきもしていなかった。こんな事を言っても後の祭りだが、逃げずにもう少し留まっていれば、殿下の心の声を聞く事ができたのかもしれない。

 だけどその時の私にはそんな余裕など無かった。そうやって再び、私達はすれ違って行くのだという事も知らず。



 ────一方その頃、神界では女神シルフィ様が、こんな叫びをあげていた。



「Fランクって、はぁぁぁ!? だからなんで危険度上がるんだってばぁ!?」



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