第30話
寝室を出ると、テーブルの上にはお茶や茶菓子が用意されていた。
「もういいのか?」
「はい。ご心配をおかけ致しました」
私は殿下に促されるまま、テーブルの前のソファに腰を降ろした。ティーカップに紅茶が注がれる間、私は部屋の中を観察していた。驚かれるかもしれないが、前世で私が唯一入った事の無い場所、それがこのユリウス殿下の自室なのである。それぐらい、私達の関係性は良く無かった訳で・・。
前世で成し遂げられなかった事を、輿入れ前にあっさりと達成してしまったわね。まさかいきなり寝室に連れて行かれるとは思わなかったけど。
私の前に、見事な瑠璃色の陶磁器が置かれた。黄金で施された花柄は繊細で発色も良く、相当な代物であろう事が見てとれた。惜しむ事なく紅茶が注がれたそのティーカップからは、立ち昇る湯気とともに芳醇な香りが広がる。美術品としても価値ある瑠璃色のティーポットを手にするユリウス殿下の気品のある立ち姿は、まるでそれ自体が一つの芸術作品かのように美しい。
【クローディアに座られるソファ・・羨ましい。俺も座られたい】
前言撤回。座られたいって何。相変わらず意味不明な思考回路です。
内心の呆れを仕舞い込み、気を取り直してティーカップに手をつける。とても良い香りだわ。間違いなく一級品・・
【クローディアが口をつけたティーカップ。絶対洗わないでとっておこう】
もう何も出来んて!!(涙) 頭痛くなってきた・・。
「ちょ、ちょっと・・バルコニーを拝見してもよろしいですか?」
どうやら部屋の造りは私の部屋と対になっている様だ。それならばバルコニーからは庭園が良く見えるはず。気を取り直してバルコニーへと出ると、乾季の終わりを告げる澄んだ風が肺を満たし、身体の熱を取り去ってくれる。美しく手入れされた庭園を眺めていると、ふと私の目に飛び込んできたものがある。それはもう一つ、私が足を踏み入れた事の無かった場所だという事を思い出した。庭の最も奥────植え込みで区切られた一角にひっそりと佇む、一つの墓石だった。亡くなられたユリウス殿下のお母君の・・。
「もし宜しければですが・・お母上のお墓に、お花を手向けさせて頂けないでしょうか」
王妃から一変、国の都合で幽閉され罪人のような暮らしを余儀なくされた不遇の女性。前世では、殿下に疎まれている私には踏み込んではいけない領分だと思っていた。でも今は違う。人として、何より殿下の婚約者として、彼の方への礼は必要な事と思う。だけど私の申し出に対する殿下の答えは────。
「あれは母の墓ではない」
「え? ・・でも、母君の名が刻まれて・・」
「あれは俺の機嫌を取るために建てられた、ただの忖度の産物。何の意味も無い。あそこに母は居ない」
その時の殿下の瞳の色。
深い漆黒の中に蠢く闇が、燃え上がるように揺らめいて見えたような気がして・・私は思わず、ぞくりと背筋を寒くした。
「本物の母は・・俺が埋めた」
現王妃の感情に配慮して、葬儀すら執り行われなかったという前王妃の死は、その死因も正確な日付も謎に包まれている。
この方は自らただ一人、母親の死体を埋めたというのか。あの監獄の様な離宮の中で────・・。
「殿下・・」




