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第25話

 この国にはディア・アミスタという行事があります。この日この国の女性達は大量のスコーンを焼き周囲に配るのです。意中の男性がいる場合、想い人に渡すスコーンにだけは自分の名を記載した紙を入れ、気持ちを伝えるという恋愛イベントを兼ねています。その起源は小麦の収穫を祝うためとも言われていますが、濃厚な一説として、この日地域ぐるみで集団お見合いが行われていたのだというものがあります。誰が気に入ったのかをこっそり相手にだけ伝える手法として、この様な習慣ができたのではないかと言うのです。


 起源はどうあれ、この日は色んな人からスコーンが回ってきて、しばらく国中がスコーンを食べ続けることになるのです。かくいう私も、スコーン作りに取り掛かっているのですが、ここで一つ頭を悩ませる問題が。


 それはユリウス殿下へ渡すスコーンに、紙を入れるかどうかという事なのですが・・。


「そりゃ入れる一択でしょうよ」


 女神シルフィ様は愛らしい肉球でぷにっと私の肩を叩いた。


「し、しかし・・確かに御守りを頂いた御礼に何かをお返ししないととは思っているのです。妃として殿下を支えたいと思う気持ちも本当ですし、でもそれがこれなのかっていう・・『愛』を告白する、というのとは、なんとなく違う様な気がするのですが・・」


「なに訳わかんない事言ってんのよ。そんなに深く考えなくていいわよ。こんなの貴方の事気になってますよーってのをアピールして男の気を引くための、一種の駆け引きじゃない。アタシなんかいっぱい紙いれて配ってたわよ」


「シルフィ様・・」


 シルフィ様の愛らしいお身体をナデナデしながらも、引いた視線を返す。なるほど、さすが多数の神と子を成しただけの事はある。


「何よ」


「いえ別に・・ところでシルフィ様。このハートチャームペア御守り、本当に御利益あるんですか?」


 私が疑惑の目を向けると、シルフィ様は自信満々で即答した。


「あるに決まってるじゃない。そんな「貴方の事が特別です」と言わんばかりの代物、渡したら気にしてもらえるでしょう? ディア・アミスタのスコーンと同じ、恋なんてきっかけさえあれば簡単に堕ちれるものなんだから。アンタだって嬉しかったんでしょう」


「う・・確かに」


 殿下に御守りを渡されたあの時・・なんだか凄くどきどきしたな。殿下の笑顔を見たのも初めてだったし。


「嬉しかったですし、他の子にあげたのかもしれないと思ったら、モヤモヤしました」


 だけど────。

 ユミルを排除しようとする殿下の内心を知って、恐ろしい様な気持ちがするのもまた事実。

 前の人生で私を斬り殺したユリウス殿下の、最後に見たあの怒りに燃える黒い瞳・・。それを思い出す度に、殿下の重すぎる暗い愛情は、やはり私の受け止めきれるものではない・・そんな気がしてしまうのです。


「へぇ〜イイ感じじゃない」


 私の内心を知らずか、シルフィ様はニヤっとした笑みを見せた後、その笑顔をしまってなにやら真剣な表情で考えこんでみせた。


「だけど変なのよねぇ・・。どう見ても良い方向に進んでる気がするのに、この国の危険度、相変わらずEランクなんだよなぁ・・」


「え? Eランクって・・悪いんですか?」


 不安な表情で膝の上のシルフィ様を見下ろすと、彼女は再び私を見上げ、笑顔を作った。


「ま、大丈夫でしょ。少し様子を見ましょ」


 シルフィ様はそう言った後、身を起こして私の膝から一面の白い空間の上へと降り立った。お別れの時間なのだとなんとなく感じ取る。いつも決まってシルフィ様は白い空間を歩いていって、そして私は夢から覚醒するのだ。その時ふと聞きたかったことを思い出して、私はシルフィ様の後ろ姿へこう問いかけた。


「そういえばシルフィ様。『影』って、ご存知ですか?」


「ああ。アンタ達の国じゃ、密かに王族を護っている隠密の事ね」


 え・・


「ユミルがぁ!?」


 気がつくと私はベッドの上にいた。しばらくするとパタパタと廊下を走る足音が聞こえ、マリアが訝しげに顔をのぞかせたのだった。


「お嬢様、どうされました?」



 

 

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