第22話
「えっ・・」
私はお弁当の包みを開けて、愕然と手を止めた。お弁当の中身は無惨にもぐちゃぐちゃに汚されており、明らかに人の手が加えられている。そしてちぎられたメモに書かれた「婚約を辞退しろ」の文字。
(棚に置いてあったのを暴かれたか・・)
嫌な予感はしていたけれど、随分と行動が早いなぁ。悪意に塗れた弁当を見て、私は小さく溜息を吐く。しばらくして殿下が現れたけど、事情を話して謝罪をした。
「わざわざお越し頂いたのに申し訳ありませんが、お弁当を駄目にしてしまいまして・・」
すると殿下はこんな事を言うのだ。
「仕方ない。・・それでは今日はカフェテリアに行くとしようか」
え。
「どうした?」
「いえ・・何でもございません」
そうですよね。この流れならそうなりますよね。でも・・一緒に、ていうのは、考えてませんでした・・。また女子達の反感を買いそうで恐ろしい。嫌だ、とはっきり言えたらどんなに楽な事でしょう・・。
私達が連れ立ってカフェテリアに姿を現すと、当然のことながら一斉に注目が集まった。胃の痛みを感じながら注文を済ませ腰を降ろすと、皆が遠巻きに私達に視線を集める中、いつでも壁の無いオーウェンが特攻してきた。
「あれまーお二人さん♡ 今日も仲睦まじそうでなにより」
オーウェンは殿下の許しを乞う事もなく、私の隣にどっかりと腰を下ろした。揶揄ってやりたいと顔に書いてある。
「どうした? 珍しいなカフェテリアに来るなんて」
「ちょっとお弁当を駄目にしてしまったからってだけよ」
「え? もしかして嫌がらせでもされたか? あっちの女子グループ、なんか凄い目で見てるけど」
鋭い! 普段全然空気読まないくせに!?
するとそこへ近づいてきた人物がもう一人。
「アーシャ・ディアス等のグループですね。少し美しいと持て囃されて天狗になっている勘違い女です」
「ユミル!?」
「殿下のお目の届くところであればご一緒してもよろしいですよね」
ユミル・ガーベリアは苦言ともとれる発言をしながら殿下を見据え、私達と同じテーブルへと腰を下ろした。どうしてそこまで引かないのか謎すぎるわよユミル!
「これ以上嫌がらせがエスカレートする様なら、もう黙って見ている訳にはいきません。僕らでクローディア様を御守りします。ね? ユリウス殿下、オーウェン様!」
「おう! 勿論だ!」
ユミルの一言にオーウェンが食い気味で声をあげる。そしてユリウス殿下は・・
「・・そうだな」
静かな口調で同調した殿下を目の当たりにして、私は驚きに動きを止めた。
ユリウス殿下がこんな風に私を庇うなんて・・前の人生ではあり得なかった事だ。もしかして殿下の心根は、変わり始めている・・?
────しかし。
【ガーベリアめ。釘を差した側から、余計な事を。どうあってもクローディアの周りを彷徨こうと言うか・・】
あ。そういえばさっき、ボタン押したんだった。
【やはりこいつの目的は将来の官職などではないな。クローディアが世継ぎを産んでいるならいざ知らず、今の彼女は単に、王太子である俺の婚約者にすぎん。彼女に取り入ったところで俺の不興を買っては意味がないはずだ】
・・ん?
【それにいざ本気で命を狙ってみれば・・不自然なほどに隙が無さすぎる】
え────今サラッと、大変な事を耳にした気がするのですが・・
命を狙って・・? 私に話しかけたという理由で、本当にそこまでしようとしてたって事ですか・・?
どうして。 この間は恋御守りも受け取って、初めて笑顔を見せてくれて・・関係が改善するにつれて殿下の心も変わってきたと思っていたのに。
【剣が苦手は嘘。この男は意図的に牙を隠している。ただの貴族の令息がその様な事をする訳が無い。異国の刺客か・・もしくは『影』か。いずれにせよ、奴の本当の狙いはクローディアではなく────】
「おい、こぼしてるぞクローディア」
オーウェンの言葉に、ハッとして手元を見る。手にしたスプーンから滴り落ちたスープが、お皿からはみ出してしまっていた。
「あ。ご、ごめんなさい」
慌ててナプキンで拭いたけど、オーウェンは不思議そうな顔を向けて来る。そりゃそうだ。幼い頃から社交界向けの作法は叩き込まれてきたのだから、テーブルマナーはその基本中の基本。見苦しいにも程がある。
「どうした? ぼーっとして」
「一瞬眩暈がして・・ごめんなさい」
「休みますか? よろしければ医務室へお連れしますけど・・」
「大丈夫よ! 本当に一瞬なの!」
ユミルの申し出を全力で断り、私は再びスプーンでスープをすくった。さっきあんな殿下の内心を聞いた後で、ユミルに案内させるなどもっての外だ。それよりも・・
(ユミルが刺客? カゲ?・・って、何・・? 本当の狙いは私じゃないって、それなら)
考えられるのは勿論────ユリウス殿下。
「気分が悪いなら無理をするな。クローディア」
投げかけられた抑揚の少ない、低い声。私が顔をあげるとその視線の先には、じっと私へと向けられる、あの黒い瞳が待ち受けていた。
「だ・・大丈夫です。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません・・」
────そんなの聞いたら食事が喉を通らないよぉ・・。もちろん全く確証は無いけど・・。
ユリウス殿下の心が猜疑心で溢れている理由が、少しだけ理解できた。権力を持つって、本当に気苦労が絶えないんだわ。私、この先王太子の婚約者なんてやっていけるのかしら・・。
しかし私のそんな内心はいざ知らず、傍目にはこれがどう見えていたのか。それは「男性三人に護られながら食事をするクローディア様」だったのである。この事が更にアーシャ派の皆さんを刺激してしまったのは、紛れもない事実だったのです────。




