第18話
────今日は郊外学習です。
この国の成り立ちたる神話の考察や歴史を学ぶ目的で、王都近辺の神殿を巡っています。
私は資料を手に神殿の天井に描かれた壮大な壁画を見上げた。隣にはユミルの姿が。
「素晴らしい壁画ですね」
「本当ね。今までこんなにじっくり見た事なかったわ。この後、一般公開されていない秘蔵の神器も見学できるとの事だし興味深いわね」
「そういえばクローディア様、ここは縁結びのご利益があるって有名な神殿らしいですよ。女子は皆来た事あるって言ってて。知ってました?」
「・・ええまぁ、一応」
「へぇ。やっぱり女性はそういうのに敏感なんだな」
ここアポロトス神殿はシルフィ様を祀る神殿なんだよね。前にお供えしに来た事あるし。
私達が壁画を眺める向こうの方で、殿下は相変わらず取り巻きに囲まれていた。最近ではランチを共にするようになった私達だけど、他の人がいる場では交流は無い。私も取り巻き達が怖いので無理に近づこうとはしなかったし。
そういえばシルフィ様「たくさん貢物を貰った」と言っていたけど、「相手の方」っていうのはユリウス殿下の事だよな多分。
殿下・・この神殿によく来るのかしら?
管理者のガイドで神殿に備えられている設備や機能についての説明がなされながら神殿内を巡る。一行は広い祭壇へとやって来ていた。この奥に秘蔵の神器の祀られている隠し祭壇があるらしいが、よく見ると確かに、小さな扉が取り付けられている。管理者の後ろをついていくと、そこには鍵を用意して待つ、ローブを着た司祭様が立っていた。
「アレっ? 君は!」
司祭様のあげた声に反応して皆の注目が集まったが、司祭様は我関せずと言った風に、一人の学生に近寄っていった。・・ユリウス殿下のところへ。
「いつも来てくれてる「黒髪の君」じゃない! 最近見ないからどうしたのかなーって気になってたんだよ!」
・・司祭様。
ユリウス殿下、また人殺しの目してます。暗黒の帝王降臨してます。
「・・人違いかと」
「何言ってんの! そんな黒い髪してる美形、君くらいだって! いやぁ、ここの学生さんだったんだ。嬉しいなー」
・・司祭様。空気読めないって言われませんか? 多分デスノートに名を連ねる事に。
「あ。隠すって事は、もしかして好きな子、この中にいるとかぁ〜?」
司祭様! もう許してあげて!
「なんの事やら、分かりかねます」
「またまたぁ。この間めちゃくちゃ悩んだ末に、御利益No.1の「ハートチャームペア御守り」買ってったじゃん! 片方相手に渡さないとダメだからアレ!」
「え・・ユリウス殿下が恋の御守りを?」
「うそぉ。イメージと違〜う。なんかカワイイ〜」
・・ざ、ざわついている・・。てゆうかなんなんですか、その金の匂いしかしない御守りは。なんとかユリウス殿下をお助けしないと可哀想なうえ、司祭様の今後が危う過ぎます。
「・・し、司祭様!」
私は勇気を振り絞り声をあげた。
「この神殿は愛の女神シルフィ様を祀っておられるとか。神器とはシルフィ様から授かったものなのですか?」
私は資料を手にして質問する体で、司祭様の方へ近づいた。そして小さく耳打ちする。
(この方は王太子殿下です。これ以上失礼の無いように)
「ええっ!? おうたいしっ・・?」
司祭様はイジってはいけない人をイジってしまった事を自覚したのか、青ざめてその後は黙って、業務に専念してくれた。
「このアポロトス神殿は女神シルフィを祀る神殿です。女神シルフィはこの大地を創造した創世神ルネの子であり、神々との間で多くの子供を儲けた事から、愛や豊穣、そして光を司る神として知られています。よって古くから豊作祈願をする人々から信仰を集めてきました。闇を司る神ヘルブラインとは対をなす双生神であり、夫婦であるともされています。彼女の移り気に怒りを募らせたヘルブラインが、彼女を殺そうとして投げた矛が大地に刺さり、ミラベル湖が出来たという言い伝えがあります。この事でルネの怒りを買ったヘルブラインは神界を追放され魔界に堕とされました。この神器アリオーン聖鐘は、その聖なる鐘の音でヘルブラインの魔を鎮めたとされており・・」
シルフィ様・・。色んな神と子供を儲けたって、神話としてなら流せるけど、ご本人を知っている身ですと多少気まずいです。それにそんな修羅場も体験なされたのですね。シルフィ様の性的趣向に少し偏りがあるのも頷ける気がします。
祭壇にはシルフィ様を描いた大きな絵画が飾ってある。背に生えた翼で大事な部分を隠した、美しい女性の姿で描かれているけど、擬人化もできるのだろうか。猫ちゃんの姿でもあれだけ愛らしいのだから、人型でもそれはそれは美しいのだろうな。
司祭様による解説を一通り聞いた後、最後に自由時間が設けられ、見学は終了となる。私はいつもの通り、一人静かに神殿を回ろうと思い、早々に人だかりを後にして移動を始めたのだが、女学生達のこんな噂話が耳に届いた。
「ユリウス殿下が恋の御守りを買われたって話、結局真偽の程はどうだったのかしら?」
「司祭様の勘違いじゃないの? ご本人も否定していたし」
「でも司祭様の言うとおり、この国には黒髪の美丈夫など殿下の他にそうそうおりませんわ」
「あら? そういえばアーシャさんの鞄についてるこれ・・ここの御守りじゃありませんの?」
え・・?
「そ、そうよ。確かにこれは、この神殿の恋御守りですわ」
「ええぇ!? それじゃやはり、それは殿下からのプレゼントなのですか!?」
「それは秘密です。皆様のご想像にお任せしますわ」
アーシャ嬢の勿体ぶったその回答に、恋に興味深々な女学生達はワッと歓声をあげた。




