侯爵と聖女
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その日、私が王宮へ出向いたのは、愛娘カミラの行動をフェリクス殿下が問い正すと聞いたからだ。
娘がこそこそと人探しをしているのは知っていた。何なら誰を探していたのかも把握している。
普段であれば、娘が何か企んでいると気がつけば、私はそれとなく殿下の耳に入れるようにしていた。そしてその後の対応は、全て殿下の采配にお任せしているのだが、今回は敢えてそれをしなかった。
何故なら、娘の企みは『人探し』で、その探している人物が『聖女』だったからだ。
王太子であるフェリクス殿下は、冷静かつ非常に頭の切れる人物だ。
殿下をよく知らない人からすれば、その端正なお顔と無表情さ、加えて簡潔な物言いは、どこか冷たい印象を受けるだろう。
それは、幼い頃から国を統べる者として、感情を悟られ弱みを見せないようにと育てられてきた影響も多大にある。
しかし実際はどうかと言えば、冷静で公平であるところは変わらないが、なかなか情に厚く、相応の感情も持ち合わせた青年であることを、親しい者であれば皆知っている。
また、国や国民のことを第一に考えているため、自分のことは二の次で、案外自己犠牲を厭わないところもあり……世間一般で噂される『冷静沈着で感情を表さない完璧な王太子』のイメージとはそこそこ相違がある方なのだ。
そんな殿下が「聖女を探す気はない」と明言した。
国のことを第一に考える殿下が、なぜ取れる対策の中でも有益な「聖女を探す」ことをしないのか。
私はすぐにその意図を察した。
恐らく殿下は娘の為に聖女を探すことをやめたのだ。
予知夢を見て以降、娘は未来が予知夢通りになるのではないかと恐れていた。
聖女が現れたら、殿下は聖女に心を奪われるのではないだろうか。
予知夢の通り、殿下が聖女と共に生きて行く道を選ぶかもしれない。
そんな恐怖を感じる娘を、殿下はこれ以上不安にさせたくなかったのだろう。
理由は誰にも話さずに、聖女に頼らないことを決めた殿下は、その責任を全部自分で背負うことにしたようだ。
他の執務もあるというのに、聖女を探さずにどうにか国を守れるよう出来得る限りの対策を講じていた為、多忙さを極めていた。
そんな殿下を見て娘が何を思ったのかは、想像に難くない。
自分の為に聖女を探さないのだと察した娘は、殿下の為に聖女を探すことにしたようだった。
だから私は、敢えて娘の行動を放置した。
今回ばかりは娘の行動に共感するところがあったのだ。
けれど、やはりというか何というか。
案の定、娘の企みはすぐに殿下にバレてしまった。
殿下と会うのだとウキウキで出掛けて行ったカミラは、まさか聖女探しを問い正されるとは思っていないようだった。カミラのことを大切になさっている殿下のことだ。カミラ自身を丸め込み、聖女探しを諦めさせるつもりなのだろう。それを危惧した私は、それとなくカミラを援護するために王宮へと向かうことにしたのだが……
「お願いします!私、王太子殿下にお会いしたいんです!」
まさか王宮の城門で、カミラが探していた人物とよく似た少女を見かけることになろうとは、全く予想だにしないことだった。
◇
カランコロンと扉に備え付けられていた来客を知らせるベルが鳴り、若い2人の女性が楽しげな会話を繰り広げながら店内に入ってくる。
王都にあるこのカフェは、リーズナブルな値段にも関わらず品質が良いため、平民の間で人気のあるお店なのだと以前妻が話していた。
貴族というのは不思議なもので、高いお金を出したがる習性がある。より高額なお金を出すことで、地位を誇示したいのだ。
そのためリーズナブルさが売りのこの店は、殆どの客が平民で構成されている。その上お喋りを目的とした若いお嬢さん方で溢れており、店内はザワザワとざわめいていた。
だから私は、敢えてこのお店を選んだ。
重要な情報を探ろうとする上級貴族が来ない場所。しかも、ざわついた店内は自分たちの会話を楽しむ客ばかりで、他人の会話など全く気にしていない。つまりは、密会するのにちょうどよい場所だったのだ。
「さて、お嬢さん。名前は……ミアさんとお呼びしても宜しいでしょうか?」
「はい。あのサマセット卿……王太子殿下に会わせて頂けるんですよね?」
「そうですね。すぐには無理でしょうが、引き合わせることになるでしょう」
私の言葉に、テーブルの向かいに座る『聖女』……もといミアは、ほっとした表情になる。
殿下が聖女を探さないと明言している以上、すぐに彼女を殿下に会わせる訳にはいかないが、どうにか殿下の考えを変えることが出来れば、魔物討伐に必要な存在である彼女を、いずれは引き合わせることになるだろう。
とりあえず今は、彼女が殿下に会いに来た意図を事前に把握しておくことにした。
「早速ですが……ミアさんは、何故殿下にお会いしたいのですか?」
なるべく簡潔に質問すると、彼女は迷いなく答えを口にした。
「王太子殿下にお話したいことがあったんです。おかしなことを言っていると思われるでしょうが、このままでは未来が変わってしまいますから」
彼女の答えに私はふむと頷いた。
初めて彼女を見かけたときも、彼女は同じようなことを口にしていたのだ。
それは、ほんの少し前のこと。
王宮の手前にある城門を馬車で通り抜けようとしていた時だった。
カミラの援護をどのようにするか考えつつ馬車の外を眺めていると、ふと、門番に何かを訴えている少女の姿が目に入る。
なんだか珍しいその光景に、私はどうしたのだろう?と首を傾げながらその少女の様子を伺った。
そして、その容姿に目を見開いた。
身なりから平民だとわかるその少女は、肩よりも少し長い茶色の髪を持ち、更に目尻にホクロがあり————その姿は、カミラが探している『聖女』の特徴を兼ね備えている。
いや、まさか。
聖女が自ら王宮へやって来るなんてありえない。
予知夢が本当であるならば、国中に魔物が溢れた後に聖女は現れる筈なのに。
心の中で否定してみても、私はどうにもその可能性を捨てきれなかった。
私は意を決して馬車を止めた。そうして、馬車から降りると少女の元へと歩を進める。
もし彼女が聖女本人であるならば、こちらの想定していないことが起きているのかもしれない。
そんな不安を覚えつつ、そのまま彼女の側まで近づいていく。すると次第に少女と騎士の会話が聞こえてきた。
「王太子殿下にお話したいことがあるんです。内容は言えませんが……でも、王太子殿下が結婚する前にお伝えしないといけなくて」
「何度も駄目だと言ってるだろう?どこの誰かも分からない、しかも面会の約束もしてない奴を城内に入れるわけにはいかない」
「けれど、このままだと変わってしまうんです……」
未来が。
と言葉の後に小さく続けた少女に、私は確信した。
————この少女は、予知夢の内容を知っているのだ
「少し、宜しいですかな?」
なおも門番に食い下がっていた彼女に声をかけると、彼女は驚き振り返り、警戒した目を私に向けた。
「……あの、どなたですか?」
「ああ、大変失礼いたしました。どうか警戒なさらないで下さい。門番と話しをしている内容が聞こえてきましてお声掛けさせて頂きました。決して怪しいものではございません。私はサマセット侯爵家当主オリバー・サマセットと申します。少々お話しをお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか」
彼女は私の名前を聞いて、大きく目を見開いた。そしてそのまま、ずいっとこちらへ詰め寄ってくる。
「サマセット侯爵……?王太子殿下の婚約者であるカミラ様のお父様ということですか?」
「如何にも、その通りでございます。宜しければ貴方のお名前教えていただいて宜しいでしょうか?」
私がカミラの父親であることを認めると、目の前の少女は明らかに喜色を浮かべた。
「ああ、やっぱり運命なんだわ」と、どこか安堵しつつ微笑んでいる。
「私、チャタム地方からやってきました、ミアと申します。偶然か必然かは分かりませんが、サマセット卿にお会いできて光栄です」
予想通りの名前に、私は不測の事態が起きているのだと察する。
多分彼女は……いや、確実に彼女はカミラが探していた『聖女』なのだ。
ミアは私に向き合うと、迷いのない表情で言葉を続けた。
「突然こんなことを言うのは非常識だとは思うのですが……王太子殿下に聞いて頂きたい話があるのです。それに、カミラ様のお父様であるサマセット卿にも。この国の未来についての重要な話です」
彼女がそう言うと、側で聞いていた門番が呆れたように言葉を挟んだ。
「サマセット侯爵を前に、平民であるお前が何を大層なことを言ってるんだ」
確かに、平民である彼女がそのようなことを言えば、咎められるのが普通だろう。
けれど彼女は確かに『聖女』なのだ。
「まあ、普通は聞き入れることはないのですが……宜しいですよ。私も彼女の話に興味がございますので。しかし、話す内容も世間話とは違うようですし、ここでこのまま立ち話をするのは少々危ういですね。場所を移動致しましょうか。確か、近くに味の良いカフェがあります。そちらで続きをお聞かせ願いますか?」
私の提案に、彼女はこくりと頷いた。
————そうして、カフェでの会話に戻る。
「未来が変わると仰いますが、ミアさんは未来を知っているということですか?先のことなんて、誰にも分からないはずでしょう?」
カミラが予知夢を見たことは隠し、私はそれとなくミアに尋ねた。
そもそもカミラの予知夢の話は、混乱や悪用を防ぐために一部の者にしか知らせていない。
それでもミアがカミラと同じような未来を知っていると言うのなら、誰かがカミラの予知夢の話をばらしたか、それとも…………
思案を巡らせる私に、ミアは淡々と答えを返した。
「確かに未来は誰も彼もが分かるものではないです。けれど、私ははっきりと見たので分かります。この国は数年後に魔物に襲われることになります。けれど、それを救う聖女も現れるので、無事に危機を乗り越えられるんです。でも、今はその未来とは違う流れになっていて……。私は正しい未来のために、今の間違いを正したいのです。だから、王太子殿下に話しを聞いてもらおうと王都へ来ました」
カミラと似たようなこの国の未来を話す彼女に、私は核心を突く質問をする。
「『はっきりと見た』と仰っていますが、その未来は一体どこで見たのです?」
「予知夢です。信じて頂けるか分かりませんが、数ヶ月前……カミラ様の毒殺未遂の翌日に見ました」
「予知夢……ですか」
それは、なんとなく予想していた答えだった。
けれど私は驚かずにはいられなかった。
予知夢を見た者の報告は、過去何度かあったと記憶している。それでも、予知夢を見るのは非常に稀なことで、時期も内容も重なることなどなかった。
それなのに、今回は同じ時期に同じような予知夢を見ている。
————ああ、なんだか面倒なことになりそうだ。
私は、心の中でそう思った。
予知夢で見た未来は確実ではなく変えることが出来る……というのは、王太子殿下とカミラが結婚を決めたことや、過去の前例で証明されている。
では、2人同時に未来を変えようとしたらどうだろう?
その2人が同じような未来を目指すのなら、1人の時と同様にその未来になるよう変えられるのかも知れない。
けれど、違う未来を望んだら。
先程のミアの口ぶりからすると、ミアは予知夢の未来が正しい未来なのだと口にしていた。
「……宜しければ、あなたが見たという予知夢の詳細を教えていただけませんか?」
「『予知夢』だなんて口にして、信じて頂けないと思いましたが、サマセット卿は私の話しを疑っていないのですか?」
「まあ、そうですね。あなたが嘘を言っているとは思いません。私も『予知夢』の話題に触れるのは初めてではありませんので」
私の返答に納得したミアは、それならばと自分が見たという予知夢の内容を詳細に語った。
数年後に国に魔物が溢れること。
殿下が魔物討伐の指揮を取ること。
そして、ミアが聖女となること。
共に魔物を討伐するために国中を巡ること。
そして————。
ミアの予知夢の話は、概ねの話はカミラと同じだが、見る者の視点が違うからか私達の知らない情報もあるようだった。
「なるほど。聖女の力に目覚めたのは、魔物に襲われそうになってからなのですね?では、今は魔物を祓うような力は無いと?」
「今はありません。でも、その時になれば使えるようになるのでしょう。予知夢ではそうでしたから。だから私は、力に目覚めるためにも間違った今を正すべきだと思うのです」
「……今の選択は間違っていると仰るのですね?」
予知夢の話しをしているときも、ミアは度々『正しい未来』『間違った今』と、口にしていた。
「そうです。予知夢は神が示した正しい未来なのに、今は予知夢と違うことが起きています。王太子殿下とカミラ様は、数カ月後に結婚を控えていますよね?けれど、予知夢では婚約者のままでした。だから結婚をやめて、予知夢の通りにすべきだと思います。それが正しい選択だから。きっとまだ未来は修正できます。間違ったらやり直せばいいんです」
よく母もそう私に教えてくれました。
そう言って、何も疑いを持たない目で私を見るミアに、私は酷く戸惑いを覚える。
「けれど、結婚はフェリクス殿下自身がお決めになったことです。今の殿下がカミラ以外に好意を抱くとも思えませんし……。その時点で、あなたの見た予知夢と相違がある。あなたの予知夢は本当に正しい未来なのですか?そもそも、最後に私の娘も断罪されてしまうのでしょう?それならば、私は親として違う未来を選択したい」
正直な気持ちを口にすると、今まで何の迷いも疑いもなく話していたミアは、少し悲しげに目を伏せた。
「そうですね。私も予知夢を見た時、婚約者のいる相手を好きになるなんてありえないと思いました。カミラ様を悲しませるくらいなら、王太子殿下を好きにならないほうが良いと。けれど、それが正しい未来だと言うのなら……致し方ないのだと思います」
「正しく生きなさい」と、母も言っていましたから。
ミアは、強い眼差しで私を見返した。
「致し方ないで片付く問題ではないと思いますがね。では、貴方は正しい未来のために、カミラが断罪される道を選べと言うのですね?」
「心苦しくはありますが、その通りです」
「それで、貴方がフェリクス殿下の婚約者になると?」
「そうです。今は殿下のことを何とも思っていませんが、いつか予知夢の通りに殿下に惹かれるのだと思います。殿下も今はカミラ様を想っていても、その時がくれば私に惹かれるのでしょう。それが正しい未来なので」
なんと頭の痛くなる会話だと思った。
カミラの親である私に断言するほど、余程予知夢が正しいと信じているのだろう。
「私達の行動次第で予知夢は変えられるのですよ?それでも、予知夢の通りにしようというのですか?」
「はい。そのために私はここに来ました」
迷いなく私の質問に答えるミアに、私は愕然とする。
魔物討伐の為には彼女の力が必要なのは確かだ。
けれど彼女の目的と、殿下や私の目的があまりにも違いすぎる。
私達は予知夢通りの未来にしないために動いているが、彼女は予知夢通りにしようと動いているのだ。
安易に協力を仰げない。
それが彼女の話を聞いての感想だった。
だからといって、王太子殿下に会いに来た行動力や、予知夢の通りにしようと考える強い意思を持つ彼女をこのまま放置することも出来ない。
なんともややこしいことになりそうだと思いつつ、私は目の前のコーヒーを一口飲んだ。
口の中に広がったコーヒーの苦味に、少しだけ眉間にシワが寄る。
すると、何も言わずに考え込んだ私に、ミアが沈んだ声で話しかけてきた。
「あの、正しい未来の為とはいえ失礼なことを言っている自覚はあります。申し訳ありません。サマセット卿からすれば気分の悪いお話ですよね」
そして少しの間を置いて、彼女は初めて自信のない表情を浮かべた。
「本当は、私も予知夢の通りであるのは気が進まないんです。けれど……それが正しい未来だから」
今までと違いおずおずと話す彼女を見て、もしかするとこれが彼女の本音なのかもしれないと、そんなことを思う。
「私の所感ですが……貴方は正しさに拘り過ぎているように思います」
「だってそうあるべきだから。間違ったらどんな未来が待っているか分かりません。取り返しのつかないことになる恐れもありますし。折角、神様が正しい未来を予知夢で見せてくれたんですから、間違わないようにその通りにすべきです」
正しさに拘りすぎる彼女の考えは、何とも危うい思考だと思った。
けれど、もしかすると過去に何か正しさに拘るきっかけとなる出来事があったのかもしれない。
「残念ながら、あなたの考えは私には理解できそうにありません。恐らく、王太子殿下に話しても同意してくれないでしょうね」
カミラを守ろうとしている殿下に『予知夢の通りにすべきだ』などと進言すれば、やはり聖女の力は必要ないと彼女の意見を切り捨てるだろう。
「では、王太子殿下に会わせては貰えないのですか?」
「……いえ、いつかは会ってもらうことになるでしょうが、今は無理でしょうね」
今頃カミラは、王太子殿下に問い詰められている頃だろう。
本当はカミラの味方をして、聖女を探すように意見を変えてもらうつもりだったが、こうして聖女と話しをすることになったのでそれも叶わない。果たしてカミラだけで殿下の考えを変えられたのかどうか……。
どちらにしろ、この予想とは違う聖女をすぐに殿下に会わせるかどうかは、殿下とカミラの話がどうなったかで決めるしかないだろう。
「いつかっていつでしょうか?結婚前に会わせてもらえないと困るんですが。未来が変わってしまうでしょう?」
正しさを求めるミアの言葉に、いやはや私も困っているよと心のなかで毒を吐く。
これから一波乱起きそうな気配に、私は頭を抱えるしかなかった。