王太子殿下と葛藤
以前カミラに聞かれたことがあった。
「フェリクス様は、聖女をお探しにならないのですか?」
そう尋ねるカミラの表情はどことなく不安気で、何かを思い悩んでいるようだった。
「そうだな。今の所こちらから見つけ出す予定はない」
私の返答にカミラは一瞬ほっとした表情を浮かべたが、すぐさま納得のいかない顔になる。
「ですが、予知夢の通り国中に魔物が溢れれば、聖女の力は必ず必要になりますわ。事前に見つけ出していた方が都合が宜しいのでは?」
「確かに聖女の力はあるに越したことはないが、私は必ずしも必要だとは思っていない。今、色々と調査をしているが、他の方法でも魔物への対策は取れると踏んでいる」
サマセット侯爵に調査を依頼している人為的な魔物の発生が可能であれば、そこを抑えればそもそも聖女の必要はないはずだ。それに、魔物が現れた時のために騎士団も対魔物用の訓練を強化している。
……まあ、それだけの対策では不十分であることは百も承知だったが、それでも私は聖女を探すことだけはしないと決めていた。
「とにかく、カミラが心配することは何もない」
そう言っていたずらにカミラの頬を撫でると、カミラは「誤魔化さないで下さいませ」と言いつつ、頬を赤らめていた。
◇
「そういえば、カミラ様のご様子がおかしい気がするのですが……」
「ああ。数日前から何か不審な動きをしているようだな。今、隠密に見張らせている」
サマセット侯爵が来てから、数日後。
書類の山を片付けていると、従者が業務の傍ら私に話しかけてきた。
また何か企んでいらっしゃるんですかね?と首を傾げる従者は、カミラが何か企むのに慣れてしまっているのか、業務の手も止めずに話している。
「何か企んでいるのは確かだが、それが分かるまで泳がせることにした」
「婚約者への言葉とは思えない台詞ですね。それにしても、カミラ様は企みを隠し通せたことも無いのに相変わらずですね」
「そこがカミラの愛らしいところだ」
私の言葉に「まあ、そうですね」と従者が曖昧に相槌を打ったので、「カミラを不埒な目で見たら容赦しないぞ」とからかい半分に牽制すれば「そんな目で見ませんから、面倒臭い絡み方をしないで下さい」と従者は心底迷惑そうに顔を顰めさせた。
————そんな会話をした翌週。
隠密から連絡が入り、どうやらカミラは人を探しているようだと報告を受ける。
そして、その探している人物というのが、何処に住んでいるのか不明な平民で、肩よりも少し長い茶色の髪を持ち、更に目尻にホクロがある『ミア』という少女なのだと言う。
「カミラ、私に何か言うことがあるだろう?」
「い、いえ。何もありませんわ」
執務室に置いてあるソファに座り、紅茶に手を伸ばそうとしたカミラは私の質問にギクリと肩を揺らし、白を切る。
どうやら、現在『人探し』をしていることに関して素直に口を割る気は無いようだ。
基本カミラが何かを企んでいる時は、実害が無いのならカミラの好きにさせている。
今回もただの人探しであったなら見逃していただろう。
しかし、探している人物に問題があるのなら、見逃すわけにはいかなかった。
「聞いた話によれば、カミラは『聖女』を探しているのだろう?」
核心を突くと、カミラは紅茶を気管に詰まらせ、ゲホッゲホッと貴族令嬢らしからぬ大きな咳をして、苦しそうにむせていた。
「ど、どこでそのお話しを……」
「カミラの様子がいつもと違っていたからな。調べさせてもらった。それよりも、以前私は聖女を探す予定はないと明言したはずだが、何故カミラが聖女を探しているんだ」
咎めるようにそう言えば、カミラは不満気な顔をして、ふっと私から顔を背けた。
心なしかその顔は少し怒っているようだ。
咎められたことを怒っているのか?とそう問えば、カミラは違いますと否定して、ジト目で私を見つめてくる。
では、何を怒っているんだ?と首を傾げると、カミラは口を尖らせて不機嫌な声で理由を述べた。
「フェリクス様が、聖女をお探しにならないことに怒っているのです!」
その答えに、私は目を丸くする。
まさかカミラが腹を立てる理由がそこにあるとは思わなかった。
「カミラはそれを怒っているのか。だから自分の手で聖女を探そうと?」
カミラが裏でコソコソ聖女を探していたのは、私が聖女を探さないと明言したのが原因らしい。だが、企みの理由が分かったところで、なぜ聖女を探していたのかの疑問は解決されていない。首を傾げ続ける私に、カミラは少し声を荒らげながら考えを述べた。
「フェリクス様が色々と魔物討伐のために対策を取られているのは理解しております。けれど、いくら対策を取ったとしても、それだけでは不十分だとフェリクス様自身分かっているはずです。それに、ただでさえ執務で忙しいのに、その合間に対策の準備まで……。そんなに無理をなさらずに、ご自身の為にも、聖女を探しておくべきですわ!」
予知夢でも聖女が現れるまでの間、フェリクス様は魔物討伐に手を焼いていたんですからと前のめりで訴えるカミラに、私は敢えて理由は言わずに答えを返す。
「分かっている。だが、それでも私は聖女を探す気はない。確かに今のままでは対策が不十分だが、それをどうにかするのが私の役目でもある。カミラが気にすることは何もない」
だからあれこれ心配せずに安心していろと、なるべく優しく告げると、カミラは悔しそうに顔を歪め、涙をポロポロと零し始めた。
「……またそうやって答えをはぐらかして。フェリクス様が聖女を探さない理由が分からないほど、私は鈍感ではありませんわ!だからこそ、聖女を探すべきだとそう言っているのです」
悔しそうに、けれど強い意思を持って私を見つめるカミラの瞳は、確かに私の真意を見透かしているようだ。
私はそっと手を伸ばし、カミラの頬を伝う涙を優しく手で拭った。
「泣くな。聖女を探さない理由をカミラがどう考えたのかは知らないが、単純に私の我儘で探さないだけだ」
そう言うと、カミラはぶんぶんと首を横に振る。
そうして涙を零したまま、カミラは私の顔をじっと見据えた。
「いいえ。だってフェリクス様は、私の為に聖女を探さないと決めたのでしょう?」
私が予知夢に怯えていたから。
聖女が現れたら予知夢の通りになるのかもしれないと、密かに悩んでいたから。
そう呟いて、カミラは涙を拭う私の手に甘えるように顔を寄せた。
「怯えていたのは確かです……。聖女が現れたら私は常にフェリクス様を取られるのではないかと不安に駆られたでしょうから。けれど、私のせいでフェリクス様が苦労をするのは本意ではありません。それに、フェリクス様が予知夢の通りにならないよう色々と動いて下さり、私への気持ちもたくさん伝えて下さって……私の抱えていた不安は随分小さくなりました。聖女に頼ることが出来ればフェリクス様の負担は今より幾分か減るでしょう?だからこれ以上、私の為に無理をなさらないで下さい」
悲しそうに私を見つめるカミラに、私は軽く首を振る。
「……愛しい者を不安にさせたくないと思って何が悪い。これは、私の私情なのだ。カミラが気に病む必要はない」
「でも、それは結局私の為なのでしょう?私はフェリクス様の足枷になど、なりたくありません」
「カミラが足枷であるはずがないだろう?」
「現状そうなってしまっていますわ」
足枷になりたくないというカミラと、私情で動いているだけだと話す私とで、しばらくの間押し問答が続く。
そうして互いに一歩も引かないこの状況をどうすべきかと思案していると、不意にカミラがテーブルを強く、バン!と叩き、頬を膨らませながら私をじろりと睨んだ。
「フェリクス様も強情ですわね……。もし聖女が見つかっても、私はフェリクス様の愛が十分伝わっていますから、不安にならないと言っているでしょう!これ以上フェリクス様が私の為を思って無理をなさるなら、私は私でフェリクス様の為に勝手に聖女を探し出しますから!!」
だから、私の行動には手出し無用です!と宣言してそっぽを向いたカミラに、私はぽかんと口を開けた。
いつも以上に聞き分けの悪いカミラ曰く、私がカミラの為に聖女を探さないのなら、私の為にカミラは聖女を探すのだと言う。
……全く訳が分からない。
分からないのだが……けれども。
「ふっ……ははは!」
カミラの言い分のおかしさに、私は思わず声を上げて笑った。
いつもは表情が殆ど変わらない私が珍しく笑い転げているので、カミラはこちらを振り返って驚いている。
「ど、どうかいたしましたの?フェリクス様」
何故私が笑っているか分からないカミラが、先ほどとは打って変わって、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ははは。いや、愛されているなと思ってな」
私の言葉を聞いたカミラは瞬時に顔を赤くする。
そして、不機嫌なていを取りつつも、カミラは私に言葉を返した。
「……当たり前のことを言わないで下さい」
恥ずかしそうに呟いたその言葉が、私の心の奥に響く。
カミラを守るためならばと聖女を探さずにいたのに、まさかカミラが自分の不安を差し置いても、私の為に動こうとするとは思わなかった。
「ふっ……分かった。カミラが怒ってまで私を心配してくれたからな。聖女を探すことにしよう」
やれやれと、わざとらしく肩を竦めながらそう言うと、カミラは目を輝かせて私を見た。
「本当ですか!?」
「ああ。実際カミラの言う通り、対策が不十分であることは確かだからな。国の為にも本当は聖女を探した方が良いのは理解してはいたのだ」
王太子という立場で考えれば、本当は真っ先に聖女を探すべきだった。
それは分かっていたのだが、それでも私は立場よりも何よりも、自分の感情に従ってカミラを優先したかった。
まあ、結局カミラに窘められる羽目になったが。
「だがいいか、カミラ。これから聖女を探すことになるが、カミラが少しでも不安を感じたらすぐに私に言って欲しい」
言わないのなら、無理に聞き出すことになる。
真面目な顔でそういえば、カミラはこくりと頷いた。
そして何か思いついたのか、いたずらっぽい笑みを浮かべると、わざとらしくそっぽを向いた。
「……まあ、でも。そもそもフェリクス様が常に愛を囁いて下されば、私が不安になることなんてありませんのよ?」
そう言ってちらりと私を見たカミラに、私はその意図を察して思わず笑いを零す。
転がしているようで、結局私はカミラに転がされているのだ。
そんなことを思いながら、私はそのままカミラの手を取って自分の側へと引き寄せた。
そして、カミラの顔を見つめながら囁いた。
「愛している、カミラ」
「ふふっ……存じておりますわ」
朗らかな笑顔を返したカミラが、何とも愛しくて————
込み上げる感情のままカミラの唇にキスを落とした私に、今までにないくらい顔を赤くしたカミラが「そ、そこまで愛を伝えなくても大丈夫ですわ!」と叫びながら、激しく動揺する。
想像以上の反応に、再び愛しさに包まれた私は、思わず声を上げて盛大に笑ったのだった。
こうして聖女探しは始まったのだが————サマセット侯爵が、聖女らしき女性が自ら登城してきましたと知らせにきたのは、その後すぐのことだった。




