王太子殿下と知らせ
「フェリクス殿下、サマセット侯爵がお見えです」
「分かった通せ」
カミラに説得され聖女を探すことに決めた後のこと。
従者が告げたサマセット侯爵の来訪に、私は横に座っていたカミラをチラと見た。
カミラは「何故お父様が?」と不思議そうに首を傾げているが、侯爵が来るだろうと予想していた私は、やはり侯爵はカミラの様子に気がついていたのかとため息を吐く。
通常であれば、カミラの様子がおかしいと分かれば、それとなく動向を知らせてくるというのに、今回は何も知らせてこなかった。
恐らく、私が聖女を探さないと決めた理由を察した上で、敢えて傍観していたのだろう。
カミラの画策を通じて私に聖女を探すよう進言する意図もあったのだとは思うが、相変わらず油断ならない人物だと改めて思う。
「急な来訪で申し訳ございません。ご機嫌はいかがでしょうか?本日、娘もこちらに来ていると把握しておりますが……おや、どうやら娘と仲睦まじく過ごされているところを見ると、もう話し合いは終わったようですね」
侯爵は部屋に入ってくるなり早速カミラとの話し合いについて言及した。
いつもは本題に入る前に他愛もない話を挟んで来るのだが、今日は何やらそんな余裕もないようだ。
「遅かったな。てっきりカミラの加勢に来ると思っていたが、今頃来るとは。もう話し合いは終わったぞ?」
「ははは、そのつもりでおりましたが、不測の事態が発生致しまして来るのが遅くなってしまいました」
「不測の事態?何か不味いことでもあったのか?」
大概は先のことまで予想を立てて動く侯爵が『不測の事態』と言うからには、余程のことがあったのだろう。何があったのかと首を傾げれば、侯爵は何やら疲れた表情を浮かべつつ、力ない笑みを浮かべた。
「まあ、それは追々お話致しましょう。その前に、娘との話し合いはどうなりましたか?私が娘に加勢しないと殿下に言いくるめられてしまうだろうと心配していたのですが……」
そう言うと侯爵はちらりとカミラの方を見る。
恐らくカミラの様子で大体のことは察しているのだろうが、やはり結果を聞くまで心配する気持ちは変わらないようだ。
そんな侯爵の言葉に反応し、カミラが頬を膨らませた。
「言いくるめられるなんて失礼ですわ!お父様に加勢などしていただかなくても無事に話し合いは終わりました。フェリクス様は、私の為に聖女を探さずにいたようですが、これからは、捜索にも手を尽くして下さると約束してくださいましたの」
「おや、それは驚いた。カミラは殿下に微笑まれただけでも動揺するからね。もし、殿下に手を握られ、あまつさえ微笑まれでもしたら……」
コロッと殿下に丸め込まれてしまうだろうと予想していたんだけどね、と侯爵は至極真面目な顔をする。
「そ、それは……まあ、その、否定はできませんが、今回ばかりは譲れないお話でしたから。それにフェリクス様の考えが変わらなくても、私は絶対に聖女を探すと決めていました」
その言葉に、先ほど私のために聖女を探すのだと泣きながら宣言していたカミラを思い出し、自然と口角が上がる。
「そういうことだ。初めは侯爵の言う通りカミラを丸め込もうと思ったが、反対にカミラに説き伏せられてしまった」
あれには愛を感じざるを得なかったなと微笑むと、カミラは顔を赤くして恥ずかしそうに顔を背けた。けれど否定の言葉は出なかったので、誤魔化すつもりはないようだ。
「おやおや、左様でございますか。動揺せずに殿下を説き伏せるなんて娘も成長しましたね。それに、何やら今まで以上に2人の仲が深まっているような気もいたしますし……」
そう言って私とカミラを交互に見た侯爵は、満足気な笑みを浮かべる。
「これならもし聖女が見つかったとしても、予知夢の通りに婚約破棄の上に国外追放といった事態は避けられそうですね」
ほっと胸を撫で下ろす侯爵に、何を当たり前なことをと私は呆れた顔をする。
「以前も言っただろう?聖女と恋に落ちる予定も無ければ、カミラを国外追放にする予定もないと」
「はい。……しかし、改めて念を押して確認したかったのです」
先程からどこか複雑な表情を浮かべる侯爵は、何かしら思うところがあるようだ。
聖女を探すことは侯爵も望んでいたというのに、何故こんなにも複雑そうにするのか。
「色々と思うところがあるようだが、何か不満でもあるのか?」
そう問いかけると、侯爵はいつもの柔和な笑顔を顔に貼り付けて、首をゆるりと横に振る。
「いえ、不満などはございません。聖女を探すことは国の為にもなりますし、私も望んでおりました。しかし、別のところで不安事項がありまして……実はそのことで殿下に話しておかないといけないことがあるのです」
そう告げた侯爵は、少しばかり姿勢を正した。
何やらただ事ではなさそうな雰囲気に、横に座るカミラも不安そうな顔をする。
「お父様、内密な話でしたら私は席を外しましょうか?」
「いや、カミラも聞いていた方が良いだろうから、そのまま座っていなさい」
そうしてカミラをその場に留まらせ、侯爵は改めて私の方を見る。
「殿下に良い知らせと、悪い知らせがございます」
「何だ?話せ」
「聖女が自ら登城してきました」
端的に告げられたその言葉に、私とカミラは目を丸くする。
普段の侯爵を考えれば、こういった場面で嘘や冗談は言わないだろうが、予想しなかった言葉は俄かには信じ難いものだった。
「聖女が登城した?本物なのか?」
「ええ、本物でございます。数刻前、偶然門番と聖女らしき少女が話しているところに出くわしました。殿下とカミラの話し合いが終わる前に会わせるのは如何なものか……と思い、事前に彼女から話しを聞いたのですが、恐らく予知夢に出てきた聖女で間違いないでしょう」
確信を持ったその言葉に、ただただ驚くしかない。
まさか聖女を探そうと決めた日に聖女が自ら登城してくるなんて思いもしなかった。
それに、もしもそれが事実だとするならば、いくつかの疑問が頭に浮かぶ。
「聖女が見つかったというのが良い知らせか?正直、驚いたな。自ら登城するとは。しかし一体何のために……」
予知夢によれば聖女は平民出身のはずである。余程のことが無い限り登城することなどないだろう。何か目的があるはずだと頭を捻らせて、私はすぐさま一つの可能性に思い当たる。
「もしかして……自分が聖女だと名乗り出ようと?」
「流石でございますね。その通りです」
そう言って侯爵は、私の答えに頷いてみせた。
カミラはその事実に余程驚いたのか、目を丸くしたまま固まっている。
「なるほど。まさか魔物が溢れる前から聖女の自覚があるとは思わなかったな。……ということは、既に聖女は『光の加護』を受けているのか」
カミラから聞いた予知夢によると、聖女は『光の加護』を受けているらしい。
祈ると体から光が溢れ出し、その光で魔物を浄化すると言う。カミラの話を聞いて、私は魔物が出没するようになってから聖女はその力を得たのではないかと予想を立てていた。
もし自ら登城したならば、力を得て自分が聖女であることを自覚したのかもしれない。
しかし、私の考えを聞いた侯爵は「いえ、そうではございません」と私の答えを否定する。
「残念ながら、まだ聖女としての能力はございません。けれど、とある事情で自分が聖女だと自覚し、名乗り出ることにしたようです」
「そのとある事情とは?」
首を傾げ先を促した私に、侯爵は珍しく言いづらそうに言葉を続けた。
「予知夢を、見たそうです」
その言葉に、私は再び驚いた。
「予知夢だと?」
「はい。カミラが見た予知夢と全く同じではありませんが、見る者の視点が違うだけで、概ね内容は同じでございます。国中で魔物が溢れ出すことも、聖女として魔物を浄化して回ることも……そしてその後のこともです」
詳しくは語らなかったが、侯爵が言葉を濁したことから察するに、恐らくカミラが国外追放されるところまで予知夢の内容は同じなのだろう。
侯爵の話しを聞いたカミラは、動揺し顔色を悪くしながら俯いた。
予知夢通りにするつもりなど毛頭ないが、カミラにとってよくないその結末は、やはり聞いていて気分の良いものでは無いだろう。
カミラを安心させようとその手を取って優しく握れば、一瞬びくりと肩を震わせたカミラは、私の顔を見てすぐさま安堵の表情を浮かべる。
侯爵はそんな私達に、カミラがこの話しを落ち着いて聞けるのも殿下のお陰でございますねと、表情を柔らかくした。
「それにしても、聖女が予知夢を見ているとは思わなかった。過去予知夢を見た者の報告では、同時期に同じような夢を見たという報告はなかったからな」
もともと予知夢を見たという事例が少なかった為、天啓に似た予知夢を見るものは1人なのだと思い込んでいたが、そうではないらしい。
しかし、そうなると一つ気になることがある。
「聖女が登城した目的が予知夢にあるなら、我々に予知夢の内容を伝えようと思ったといったところか。侯爵の言う悪い知らせというのは、聖女が変えようとする未来が、我々とは違うということか?」
変えようとする未来が我々と聖女とでは違う。予知夢を同時に見た者がいるのなら、そういうこともありえるのだろう。
そんな私の考えに、侯爵は難しい表情をする。
「我々と違う未来にしようとしているといえば、そうなのでしょう。しかし、少々意味合いが異なります。聖女は、予知夢通りの未来にしようとしているのです」
「……予知夢の通りに?」
その言葉に、私は唖然となる。
今まで予知夢を見た者は未来を変えようとする者ばかりだったが、まさかそのままの未来を望むとは。
そして、結末がどうなるかを知っていて敢えてその道を選ぶ聖女に、沸々と怒りが込み上げくる。
「何を考えているんだ。まさかカミラを国外追放すれば自分が未来の王太子妃になれるとでも思っているのか?」
「私も最初はそうなのではないかと疑いましたが、どうやら聖女は純粋に正しい未来を遂行しなければと思っているようで……」
詳細を聞いてみれば、聖女自身もカミラが国外追放になることは望んでいないが、神が定めたであろう未来を変えるべきではないと、主張しているらしい。
「悪意のないところが、少々厄介なのでございます」
そう言うと、侯爵は深い溜め息を吐いた。
私は、侯爵が先程から複雑そうな顔をしていた理由を理解する。
「しかし、悪意はなくともカミラが国外追放になる未来を望んでいるのには変わりない。協力を仰ぐつもりでいたが……」
侯爵の話では、聖女の意思はかなり強いと言う。
そうであるなら、このまま聖女と顔を合わせてもお互い意見を譲らずに話は平行線になりそうだ。
かといってこのまま聖女と会わずにいても、予知夢の通りにと考える聖女が何かしら干渉してくるかもしれない。
じっくりと時間をかけて聖女を丸め込むしかないか……と画策していると、隣に座るカミラが不意に私の手を引いた。
「フェリクス様。聖女の説得ですが、私に任せて頂けませんか?」
「……何だって?」
まさかの申し出に、私と侯爵は同時に声を上げた。
カミラは驚く私達を余所に、妙に自信ありげな笑みを浮かべている。
「任せると言ってもな。聖女は予知夢の通りカミラを国外追放にしても仕方がないと考えているんだ。直接会ってカミラの心に不安を残すかもしれないと思うと……気が進まない」
いざこざを引き起こす可能性も否定できないと付け加えると、これまで色々とやらかしてきたカミラを思い浮かべたのか、侯爵がしみじみと頷いた。
「カミラはある意味素直すぎますからね。思ったことを口にして、聖女と言い争いになる可能性も……」
その素直さが長所でもあり欠点でもあるのですが……と呟く侯爵に、今までの苦労が垣間見える。
そんな侯爵の言葉をカミラは不服そうに聴きながら、なおも食い下がった。
「確かに、口論じみた会話をしてしまうことは多々ありますわ。それでも今回は、予知夢を見た者同士で話し合った方が通じる部分もあると思うんです。なるべく口論にならないように気を付けます!それに……」
言葉を切ったカミラは、少し顔を赤らめつつ私を真っ直ぐと見返した。
「フェリクス様が絶対に私以外を婚約者にすることはないと明言して下さっているので……不安にならず落ち着いて話せますわ」
だから私に任せてくださいませんか?とはっきりと告げたカミラに、私の心は酷く揺さぶられた。
私の気持ちをいまいち信じられなかったカミラが、疑うことなく気持ちを受け入れてくれているという事実に、嬉しさが込み上げる。
そんな私達を見て、侯爵は呆れたようにため息を吐いた。
「まったく……仲が良いことは大変喜ばしいことですが、こんなにも見せつけられると居心地が悪いと言いますか……。実の親である私の気持ちも少しは考えて頂きたいですね」
そう言ってやれやれと肩を竦める侯爵に、見せつけた方が侯爵も不安にならずにすむだろう?と、言ってやれば、程度というものがございますと侯爵は再びため息を吐く。
カミラは私達の会話が恥ずかしかったのか、気まずそうに顔を赤くして俯いた。
「それで、結局どうされるのですか?……まあ、カミラの言葉で殿下の心はお決まりでございましょうが」
私の意向を察しつつ、侯爵は顔に笑みを浮かばせて私に問いかけた。
「カミラにここまで言われてはな」
無下に出来るわけないだろう?と答えた私に、カミラは何とも嬉しそうに微笑んだのだった。




