第7話 魔導師の犠牲と瘴気の覚醒
クリフは雷光のように跳躍し、影を追って鬱蒼とした茂みを切り裂いて進んだ。俺も遅れはしなかった。筋肉が悲鳴を上げていたが、アドレナリンが俺を森の奥深くへと突き動かした。逃亡者は俊敏だったが、クリフはこの地形を誰よりも熟知していた。
猛烈な追跡の末、じいちゃんは好機を見出した。彼が杖を掲げると、空気が震えるほどの威圧感が放たれた。見知らぬ男の足元の地面に、複雑な魔法陣が輝いた。
「『土魔法:アース・ウォール(土の壁)』!」クリフが咆哮した。
岩と土の巨大な障壁が地面から突き出し、逃亡者の行く手を阻んだ。数秒のうちに、彼は俺たち二人に包囲された。
「貴様、何者だ?」クリフが尋ねた。その目は男を射抜き、抑えきれない殺気が溢れ出していた。
男は背が高く、180センチほど。黒い髪は乱れ、影に紛れるための全身黒のタクティカルな衣装を纏っていた。
「俺が喋るとでも思うか、クソジジイ? 知りたきゃ力ずくで奪ってみな!」男は挑発的な笑みを浮かべて吐き捨てた。
彼は腰から曲刀を抜き放ち、クリフに襲いかかった。俺は躊躇しなかった。自分の剣を抜き、その一撃を正面から受け止めた。鋼がぶつかり合う音がビター・ミストの森に響き渡り、死闘の幕が上がった。
クリフは老練な戦士の経験を活かし、あらゆる隙を突いた。土魔法で足元を揺らし、あるいは石の杭を突き出させて敵を追い詰めていく。
(くそっ、二対一か……明らかに不利だな)
男はアクロバティックな跳躍で距離を取りながら考えた。
素早く、彼は召喚の詠唱を始めた。地面に黒い魔法陣が浮かび上がり、俺たちの目の前に、あの『シャドウ・ウルフ(影の狼)』が再び闇から姿を現した。
俺は心臓を激しく脈打たせながらクリフの隣に下がった。
「じいちゃん……あれって……?」
「ああ。本物のシャドウ・ウルフだ」クリフは集中を切らさずに答えた。
(あいつが、あの獣の操り手だったのか。道理で襲撃が組織的だったわけだ)
俺は剣の柄を握りしめながら考えた。
「タイト、よく聞け」クリフは敵から目を離さずに言った。「狼は俺が引き受ける。お前はあいつと一対一で戦え。俺なら奴を止められる」
「分かった、じいちゃん! 任せてくれ。持てる力のすべてで戦うよ!」俺は全身を駆け巡る冷徹な決意を感じながら答えた。
クリフが巨大な土の槍を放つと、狼は悲鳴を上げて彼に飛びかかった。その隙に、俺は男に向かって踏み込んだ。渾身の一撃を放ったが、彼は反射的に防いだ。俺は一度下がり、奴の構えを観察した。
「ただのガキじゃないようだな。名は?」男は口角の血を拭いながら尋ねた。
「今さら自己紹介か?」俺は皮肉を込めて返し、剣を軽く地面に突き立てた。「俺の名前はタイトだ。お前は?」
「俺の名はナオキ。だが、貴様の『死刑執行人』と呼んでもらおうか」
ナオキから強烈なオーラが放たれ始めた。身体強化魔法を使っているようだ。
「『身体強化』!」
(敏捷性+10、筋力+10、速度+10……)
「準備は整った」ナオキが言い終わるか否か、彼は残像を残して消えた。
(あいつの身体強化がどう機能してるか知らないが、即興でやるしかない。速さで勝てないなら、破壊力で勝負だ。前世のゲームみたいに……)
俺は深く息を吸い、火の属性を刃に集中させた。
「『火炎付与』!」
剣が白熱した赤色に輝き始めた。極限の熱で金属がゆっくりと溶け始めているのが分かった。(早くしないと武器がなくなる……!)
俺たちは互いに跳躍した。オゾンと焼けた金属の匂いが辺りに充満する。刃がぶつかり合うたびに火花が爆ぜた。左からの斬撃を試みたが、ナオキは苛立たしいほど容易くかわし、右から反撃してきた。間一髪で防ぎ、再び距離を取る。
(勝つには弱点を見つけなきゃ。真っ向勝負じゃ速すぎて当たらない)
俺は焦りを感じながら考えた。
一方、クリフはシャドウ・ウルフと死闘を繰り広げていた。彼は、見えない鎧に守られた頭や背中への攻撃が無意味であることを知っていた。
「弱点は四肢……あるいは完全な拘束だ」
クリフが踏み込む。狼が巨大な爪で彼を貫こうとしたが、じいちゃんは年齢を感じさせない身のこなしでそれをかわした。
「『土魔法:アース・チェイン(土の鎖)』!」
鎖が再び獣を縛り上げた。
「よし。次は新しい手品だ。『分身生成』!」
クリフは自分の分身を召喚し、本体が魔法を維持する間に分身を70メートルほど先へと走らせた。二分後、分身が戻るとクリフは術を解き、分身が準備した方向へと走り出した。
怒り狂った狼が猛然と追いかけてくる。狼がクリフに飛びかかろうとした瞬間、じいちゃんは右にかわした。勢いの止まらない獣は、枯れ葉と枝で偽装された巨大な落とし穴へと転落した。
「そこで反省してろ、馬鹿犬め」クリフが冷酷な笑みを浮かべて言った。「そして、これがグランドフィナーレだ。『土魔法:アース・スピア(土の槍)』!」
穴の壁から無数の石の杭が突き出し、獣を串刺しにした。ナオキと狼の契約の紋章が消滅した。
その間、俺は絶望的な戦いを続けていた。
「剣の腕なら……ほぼ互角……!」俺は目に流れ込む汗を拭いながら呟いた。
ナオキは盲目的な怒りで突き進み、上段からの斬撃を放ってきた。俺はそれを受け流して反撃し、奴の右腕を切り裂いた。彼は荒い息を吐きながら後退した。
(まだ俺が不利だ。あいつには強化があるが、俺には死にたくないという意志しかない)
ナオキが自分の手首を見た。契約の紋章が消えている。
「くそっ……あのジジイ、俺の狼を殺しやがったな! ならば倍の力で叩き潰してやる!」
ナオキから黒く圧倒的なオーラが放たれ始めた。魔力が激増し、周囲の空気が歪んで見える。
「これで終わりだ、小僧!」
彼は超人的な速度で踏み込んできた。動きを追うのが精一杯だ。骨が震えるほどの衝撃を耐えながら、必死に防御を続けた。
(これ以上は持たない……策が必要だ。最後の一手だ)
ナオキがとどめの一撃を放ってきた。狙いは俺の心臓。俺は引かなかった。立ち止まり、全神経を集中させた。最後の一瞬、体をずらした。彼の刃が俺の左胸を貫いたが、心臓は数センチの差で逸れた。
「捕まえたぞ」俺は囁いた。
奴の剣が俺の体に突き刺さっている隙に、俺は燃え盛る剣を奴の腹部に突き立てた。
「貴様……この……ゴホッ……」ナオキは膝をつき、口から血を吐き出した。
(チッ……体をずらしてなきゃ、今頃死んでたな)
俺は視界が暗くなるのを感じながら考えた。
ナオキは地面に倒れ、呼吸は弱々しくなっていた。
「さっさと……殺せ……楽にしてくれ……」
俺は剣を杖代わりにして、倒れないように踏ん張った。彼を見て躊躇した。人を殺したことなんて一度もなかった。それに、彼はもう脅威ではない。
クリフが足を引きずりながら近づいてきた。
「大丈夫か、タイト。傷を見せろ」
彼が俺の胸に手を当てると、掌から柔らかな光が放たれた。痛みはかなり和らいだが、傷口はまだ開いたままだ。
「じいちゃん……回復魔法も使えるのか?」俺は驚いて尋ねた。
「ああ。俺は属性持ちであると同時に、『神族異能』でもあるからな」彼は謎めいた答えを返した。
それが何なのか尋ねる前に、ナオキがふらふらと立ち上がった。
「まだだ……まだ終わらん! 俺は死ぬが、貴様らも道連れだ!」
「タイト、俺の後ろに下がれ!」クリフが前に出た。
ナオキは、異常なほどの負のエネルギーが詰まった小さな黒い石を取り出した。彼はそれを躊躇なく飲み込み、低い声で詠唱を始めた。
「禁忌魔法:『磁鉄鉱の心臓』!」
空気が一変した。森の奥から無数の咆哮が響き渡る。何百もの足音がこちらに向かってくる音が静寂を塗り替えた。
「もう終わりだ……俺は瘴気に食われるが、次は貴様らの番だ! この状態で逃げ切れるわけがない!」ナオキは、体が黒いエネルギーに侵食されながら叫んだ。
「この野郎……死ぬのはお前だけだ!」俺は絞り出すような声で言った。
クリフが俺を振り返った。その表情は、悲しげで、それでいて穏やかだった。
「タイト、よく聞け。この魔法はあらゆる魔物を引き寄せる。大群が来るぞ。今すぐ村へ行け。みんなに知らせるんだ。すぐに安全な場所へ避難しろと!」
「じいちゃん……でも、あんたはどうするんだよ!?」俺はパニックになりながら叫んだ。
クリフは微笑み、俺の頭を撫でた。その目は潤んでいた。
「心配するな。馬鹿な真似はせん。……頼めるか、タイト。村のみんなに伝えてくれるか?」
「……分かったよ、じいちゃん。信じるよ。でも、お願いだ……生きて帰ってきてくれ。あんたを失いたくないんだ!」
クリフは涙を流し、俺も泣いた。俺たちは短く抱き合った。
「さあ行け! 行くんだ、タイト! 知らせを届けろ!」
俺は走り出した。一歩ごとに胸が焼けるように痛む。最後にもう一度だけ振り返った。
ナオキは影に飲み込まれ、そしてクリフは……じいちゃんは最後の詠唱を始めていた。
「禁忌魔法:『死の天変地異』」
巨大なキノコ雲のような爆発が夜を照らし、周囲のすべてをなぎ倒した。その衝撃は数キロ先まで響き渡った。
俺は一瞬足を止め、膝をついた。
「嫌だ……嘘だ……じいちゃん! 約束したじゃないか!」
憎しみと悲しみの涙が頬を伝った。俺はじいちゃんの最後の願いを果たさなければならない。体を引きずるようにして歩き続けた。すると、前方に鎧を纏った三人の騎士が現れ、道を塞いだ。
第7話 終わり




