第3話 森の影と予期せぬ訪問者
悲鳴がまだ耳に残る中、俺は前を向いた。助けを求める女性の先には、論理を超えた光景があった。巨大な黒蜘蛛だ。その脚は黒檀の杭のように鋭く、周囲には灰色がかった、重苦しいオーラが漂っている。明らかに森の深淵から這い出してきた異形だった。
隣にいたリアムに迷いはなかった。熟練の動きで剣を抜き放つ。その刃が松明の光を反射した。
「タイト、戦えない奴らを助けろ!」リアムが自信に満ちた声で命じた。「こいつは俺たちが片付ける!」
「分かった、任せてくれ!」俺は体にアドレナリンが駆け巡るのを感じながら答えた。
(ヒーローになるつもりはないが、人が死ぬのを黙って見てるわけにもいかない。まだ戦えないなら、できることで役に立ってやる)
俺は怪物とは逆の方向へ走りながら考えた。
「おい! 戦えない奴はこっちだ! 来い!」俺はパニックに陥った村人たちに合図を送った。
避難を終えた後、俺は安全な距離で足を止め、様子を伺った。クリフも加勢に現れた。そこで俺は、本物の魔法使いが何たるかを目にすることになる。じいさんは杖を地面に叩きつけた。すると、彼の足元に複雑で輝く魔法陣が瞬時に展開された。
「『アース・ハンド』!」クリフが唱えた。
圧縮された土でできた四つの巨大な手が地面から突き出し、凄まじい力で蜘蛛の脚を掴んだ。クリフは追撃の手を緩めない。鋭い土の刃を次々と作り出し、怪物の急所に叩き込んだ。
「今だ、リアム! 完全に動きを止めたぞ! 首を撥ねろ!」じいさんが叫んだ。
「あああああああ!」リアムが跳躍し、渾身の力で剣を振り下ろした。
(ドシュッ!)
肉を断つ鈍い音が響いた。蜘蛛の首が地面を転がり、巨大な胴体が土煙を上げて崩れ落ちた。
「おおおおお! やったぞ!」隠れていた村人たちが歓声を上げ始めた。
「ふぅ……なんとかなったな、クリフ」リアムは額の汗を拭い、剣を鞘に収めた。
「ああ……だが、妙だとは思わんか?」クリフは死体から消えていく灰色のオーラを見つめ、険しい表情を浮かべた。「最近、森から来る魔化された動物が多すぎる。誰かが黒魔法に手を染めているのかもしれん。あるいは、魔族か」
(黒魔法? 魔族? この世界、どんどん物騒になっていくな。早く身を守る術を覚えないと)
俺は背筋に冷たいものを感じながら考えた。
「ふむ、言われてみれば確かに最近多いな」リアムが同意した。「明日、狩りのついでに森の奥を調査してくる」
騒動の後、秩序は戻ったが、宴の浮かれた空気は消え去っていた。俺たちは静かに食事を済ませ、それぞれの家へ戻った。俺は横になったが、土の刃や黒蜘蛛の光景が頭から離れず、なかなか眠りにつけなかった。
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翌日、少し体が重い感覚で目が覚めた。窓の外を見ると空はどんよりと曇っており、雨が降り出しそうな匂いがした。クリフと他の狩人たちはすでに出発した後だった。村は穏やかな静寂に包まれ、村人たちはいつも通りそれぞれの仕事に励んでいた。
(地図が必要だ。自分がどこにいて、どこへ行けるのかを知るには、地理の知識が欠かせない)
俺は考えた。
じいさんの部屋に入り、あちこちをひっくり返して探し回った。引き出し、棚、長持……そしてついに、古びた羊皮紙を見つけた。
「あった!」俺は呟き、地図を机の上に広げた。
(どれどれ……今いるのは『シャドウ・パス(影の道)』の村か。近くの森は『ビター・ミスト(苦い霧)』。現在は大陸の東部に位置しているな。さらに東へ進むと、アリエル子爵の領地である『ゲートウェイ』がある。ちなみに、この村も彼の統治下にあるらしい。ゲートウェイの先には『レッド・パリセード(赤い柵)』の村があり、その先には大きな商業都市『アラナー』がある。そこを抜けて『クリムゾン・ウッド(深紅の森)』を通り過ぎると、東部最大の国家『ロイヤル・エンパイア(王立帝国)』に辿り着くわけか)
地図を丸め、俺は満足した。この地域の地理は大体把握できた。自分の部屋に戻り、元のタイトが持っていた鞘入りの剣を手に取った。広場へ向かい、記憶の断片を頼りに基本の型を練習し始めた。
(クリフやみんなと、ここで穏やかに暮らしたい……。でも、そのためには彼らを守れる力が必要だ。元のタイトも、同じ重みを感じていたのかもしれないな)
空気を切り裂く鋼の音に合わせるように、俺は考えを巡らせた。
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その頃、ビター・ミストの森の奥深くでは……。
「おいじいさん、例の件を調査するんだろ?」リアムが警戒を怠らずに尋ねた。
「ああ。狩りも大事だが、この汚染の原因を突き止めるのが最優先だ」クリフが杖を構えて答えた。
突然、狩人の一人が叫んだ。
「前方に猪だ!」
一行は素早く獲物を仕留めた。それは魔化されていない、普通の猪だった。彼らはさらに進み、道中でさらに二頭を仕留めた。獲物は十分だったが、日はすでに傾き始めていた。
「頭、この辺で切り上げませんか? 十分な量は確保できました」狩人の一人が提案した。
「あと三十分だけ進む」クリフが断言した。「もう少し奥を見ておきたい。獲物を持って戻りたければ、それでも構わんぞ」
誰も引き返さなかった。緊張感漂う中、三十分ほど歩いた時、彼らは感じた。近くの開けた場所から、禍々しく冷たい瘴気が漂ってきているのを。そこには、四つの魔石が完璧な円を描くように配置されていた。中心には黄色い石が浮遊し、周囲の動植物を汚染する闇の霧を放出していた。
「全員、鼻を塞げ!」クリフが命じた。「リアム、この魔石を破壊するぞ。動物たちを狂わせていたのはこれだ!」
的確な一撃と土魔法により、周囲の石は粉砕された。しかし、中心の黄色い石だけは破壊できなかった。クリフはそれを布で包み、懐に収めた。任務完了かと思われたその時、突如として猛烈な風が木々を揺らし始めた。
全員が同時に上を見上げた。そこには、巨大な翼を広げた巨鳥が近くの巣に降り立っていた。侵入者に気づいた怪鳥は耳を裂くような鳴き声を上げ、襲いかかってきた。
最初の一撃で数人の狩人が負傷した。パニックが広がりかける。
(くそっ……開けた場所でこいつを相手にするのは、俺でも分が悪いか)
クリフは冷や汗を流しながら考えた。
「リアム! 俺が前線を支える! お前たちは今すぐ退却しろ!」クリフが地面を強く踏みしめて叫んだ。
「大丈夫なのか、じいさん?」リアムが躊躇した。
「ああ! 先で合流する! 俺を信じろ!」
リアムは頷き、即座に撤退を命じた。クリフは一人、翼を持つ怪物と対峙した。
「空を飛べれば、もう少し対等に戦えたんだがな……」じいさんは呟いた。「だが、やるしかないか!」
鳥が彼に向かって急降下してくる。
「『アース・ウォール』!」クリフが唱えた。
防御の壁は、怪鳥の爪によって紙のように引き裂かれた。クリフは間一髪で横に転がって回避し、すぐさま別の呪文を唱えた。
「『アース・ハンド』!」
地面から巨大な手が突き出し、空中の鳥を掴んで地面に叩きつけた。鳥は怒り狂って叫ぶ。クリフは素早く歩み寄り、目に決意を宿した。
「『アース・スピア』!」
地面から無数の岩の槍が同時に突き出し、怪鳥を貫いた。森に静寂が戻る。クリフは疲れ果てて溜め息をついた。
「じいさん! 勝ったのか!」リアムが木陰から姿を現した。
「お前、逃げたんじゃなかったのか?」クリフが眉をひそめて尋ねた。
「あんたを見捨てて逃げられるわけないだろ」リアムは青ざめた顔で笑った。「もしあんたが負けた時のために、俺たちで予備の作戦を立ててたんだよ」
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シャドウ・パスの村にて……。
一時間ほど練習を続けた俺は、汗を拭い、薄暗くなり始めた空を見上げながら柔らかな芝生に身を投げ出した。
(ふぅ……今日はこのくらいでいいか。じいさんはどこだ? 魔法を教えてくれるって約束したのに、まだ帰ってこない。リアムとの剣術の稽古もあるしな……)
足音と話し声が聞こえ、俺は体を起こした。森から狩人たちが戻ってきた。先頭にはクリフとリアムがおり、三頭の猪と、異常な大きさの怪鳥を運んでいた。時間はあっという間に過ぎていた。
しかし、何かがおかしかった。村の入り口に、堂々とした馬に跨り、輝く銀の鎧を纏った二人の騎士が控えていた。その隣には、貴族の服を着た傲慢そうな男が村を眺めている。
嫌な予感を感じながら、俺は何が起きているのか確かめるために近づいた。
「クリフ長老と、剣士リアムを直ちに呼べ!」騎士の一人が命じた。その声は村中に響き渡った。
第3話 終わり




