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じいじとばあばのVRMMO旅日記  作者: あめとおと


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第4話 ばあばは、誰とでも友達になる



「あなた、ちょっと見て」


 講習を終えて街へ戻る途中、文がふいに立ち止まった。


 石畳の路地。


 昼下がりの《リーベル》は相変わらず賑やかで、露店の呼び込みや楽器の音があちこちから聞こえてくる。


 その中で。


 路地の隅に、小さな女の子が座り込んでいた。


 栗色の髪。


 古びたワンピース。


 膝を抱えて俯いている。


 NPCだった。


「……泣いてるのか?」


 恒一が目を細める。


 文はもう少女の前にしゃがみ込んでいた。


「どうしたの?」


 優しい声。


 まるで近所の子供に話しかけるみたいな自然さだった。


 少女はびくりと肩を震わせる。


「え……」


「どこか痛い?」


「ち、違います……」


「じゃあ、お腹すいた?」


 その瞬間。


 少女のお腹がぐぅ、と鳴った。


 数秒の沈黙。


 透真が吹き出し、小春が慌てて肘で小突く。


 少女は顔を真っ赤にした。


「ち、違っ……」


「ふふ、ごめんごめん」


 文は笑いながら、さっきパン屋で買った蜂蜜パンを取り出した。


「食べる?」


「え……でも……」


「いっぱいあるから大丈夫」


 少女は戸惑いながらパンを受け取る。


 小さくかじった瞬間、ぱっと表情が変わった。


「……おいしい」


「でしょう?」


 文が嬉しそうに笑う。


 そのやり取りを見ながら、透真が小声で呟いた。


「また始まった……」


「ばあば、NPCと距離縮めるの早すぎるんだよね……」


 小春も苦笑する。


 すると文が少女の頭をそっと撫でた。


「名前は?」


「……リナ」


「リナちゃんかぁ。可愛い名前ねぇ」


 少女――リナは、少しだけ警戒を解いたようだった。


「お母さんは?」


 その質問に、リナの表情が曇る。


「……病気で、お店を開けられなくて」


「お店?」


「花屋です……」


 透真と小春が顔を見合わせる。


 普通の雑談イベントじゃない。


 かなり深いNPC会話だ。


「薬が必要なんです。でも、お金が……」


 リナはぎゅっと服を握りしめた。


「お花も売れなくて……」


 その時。


【特殊イベント《花咲く路地裏》が発生しました】


 視界にウィンドウが浮かぶ。


「うわっ!?」


 透真が思わず声を上げた。


「特殊イベント!?」


「え、何それ?」


 文が首を傾げる。


「いやこれ、中級街まで行かないと普通出ないやつなんだけど!?」


「なんで?」


「なんでって……」


 透真は本気で分からなかった。


 条件が複雑なのだ。


 NPC好感度。


 時間帯。


 会話選択。


 隠しフラグ。


 普通なら攻略サイトを見るレベルのイベント。


 なのに。


 文はただ“困ってる子に話しかけた”だけだった。


「……ばあば、NPC特効持ってる?」


「持ってないわよぉ」


 一方。


 恒一は静かにリナを見ていた。


「花屋はどこだ」


「え?」


「困ってるなら見に行く」


 リナはぱちぱち瞬きをする。


 それから、小さく頷いた。


「……こっち」


 案内されたのは、街の裏通りだった。


 表通りの賑わいとは違い、人通りは少ない。


 古いレンガ造りの建物の前で、リナが立ち止まる。


「ここです」


 小さな花屋だった。


 けれど店先の花はしおれかけていて、活気がない。


 中からは咳き込む声が聞こえた。


「お母さん!」


 リナが駆け込む。


 店の奥では、痩せた女性NPCがベッドに横になっていた。


「リナ……その人たちは?」


「パンくれたの!」


「……え?」


 説明が雑だった。


 文は慌てて笑う。


「あっ、怪しい者じゃないのよぉ」


「十分怪しいだろ」


 恒一がぼそりと突っ込む。


 女性NPCは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません……ご迷惑を……」


「迷惑なんかじゃないわ」


 文は店内を見回した。


 棚には綺麗な花が並んでいる。


 売れれば十分やっていけそうなのに。


「こんなに素敵なのにねぇ」


「最近、大通りに大きなお店ができて……」


「なるほどねぇ」


 文はふむふむと頷いた。


 そして次の瞬間。


「じゃあ、宣伝しましょう!」


「…………はい?」


 全員が固まった。


「宣伝?」


「だって知られてないんでしょう?」


「いや、まぁ……」


「だったら人呼べばいいじゃない」


 文は当然みたいに言った。


 透真が小声で呟く。


「ばあば、現実のパート感覚で喋ってる……」


「スーパーで鍛えられてるからね……」


 小春も納得顔だった。


 すると文は店先へ出る。


 そして。


「綺麗なお花ありますよー!」


 普通に呼び込みを始めた。


「えぇっ!?」


 透真が目を丸くする。


「ばあば!?」


「春のお花、可愛いわよぉ! お部屋にどうですかー!」


 通りを歩いていたプレイヤーたちが足を止める。


「ん?」


「何あそこ」


「NPC店?」


「花、結構綺麗じゃね?」


 少しずつ人が集まり始めた。


 文は笑顔で花を勧める。


「この黄色いの元気出るわよぉ」


「こっちは香りがいいの」


「プレゼントにも素敵ねぇ」


 接客がうますぎた。


 というか完全に現役レジ打ちパートだった。


 気づけば店先は人だかりになっていた。


「え、なにこのイベント」


「隠し店?」


「このおばちゃんNPC?」


「プレイヤーだぞ」


「マジで?」


 騒ぎが広がる。


 その横で。


 恒一は黙って花瓶を運んでいた。


「あなた、それこっち」


「あぁ」


 自然に手伝っている。


 そしてリナは、呆然とその光景を見つめていた。


「……お客さん、いっぱい……」


 母親NPCも涙ぐんでいる。


「こんなこと、もうないと思ってた……」


 その時だった。


【特殊イベント《花咲く路地裏》クリア】


【称号《花街の友人》を獲得しました】


【リーベル裏通りNPC好感度が上昇しました】


 ウィンドウが次々浮かぶ。


「えぇぇぇぇ!?」


 透真が叫ぶ。


「早すぎるって!?」


「普通もっと長いイベントだよこれ!?」


 小春も混乱していた。


 しかし当の文は、


「あら、終わったの?」


 とのんびり首を傾げていた。


 その日の夕方。


 朝倉家が路地裏を去る頃には、花屋の前には笑顔が戻っていた。


 リナは何度も頭を下げる。


「ありがとうございました!」


「また来るわねぇ」


「うん!」


 手を振る少女を見ながら、文は嬉しそうに笑った。


 そして帰り道。


 透真が真顔で呟く。


「……ばあばってさ」


「ん?」


「このゲーム、一番向いてる人種かもしれない」


 恒一は少し考えてから、小さく頷いた。


「まぁ、人と話すのは昔から得意だからな」


「NPCだけどね?」


「でも、あの子ちゃんと笑ってたわよ?」


 文はそう言って微笑む。


 夕陽が石畳を橙色に染めていた。


 ゲームの世界なのに。


 なぜだかその景色は、とても温かかった。






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