第5話 はじめてのキャンプ
「今日は街の外でキャンプしよう!」
夕暮れの噴水広場で、透真が元気よく宣言した。
「キャンプ?」
恒一が聞き返す。
「うん! EFOって野営も人気なんだよ! 料理とか焚き火とか、星空とかすごいんだから!」
「へぇ……」
文が興味津々に目を輝かせた。
「楽しそうねぇ」
「ばあば絶対好きだよ!」
「わたしも準備したい!」
小春もわくわくした様子でメニューを開いている。
その横で恒一は少し驚いていた。
ゲームの中で、キャンプ。
戦うだけではないとは聞いていたが、まさかここまで“生活”に寄っているとは思わなかった。
「テントとかもあるのか」
「あるある! 初心者用なら安いよ!」
「……最近のゲームはすごいな」
半ば感心しながら、恒一は透真に案内されて道具屋へ向かった。
店内には、武器だけでなく生活用品がずらりと並んでいた。
ランタン。
鍋。
寝袋。
折り畳み椅子。
釣り竿まである。
「あなた、これ見て」
文が持ち上げたのは、小さな花柄のカップだった。
「可愛いわぁ」
「ゲームなのにそういうとこ見るんだな」
「大事じゃない」
その返事に、恒一は思わず笑ってしまう。
昔からそうだった。
旅行先でも、文は景色より先に土産屋を見るタイプだ。
「じいじ、テントこれにしよう!」
透真が指差したのは、初心者向けの小型テントだった。
「四人用か?」
「うん!」
「狭くない?」
「逆に楽しいんだって!」
「お前は元気だな……」
結局。
透真と小春に押し切られる形で、朝倉家はキャンプ道具一式を揃えることになった。
そして夕方。
街道から少し外れた丘へ辿り着く。
そこは初心者向け安全エリアで、他にも何組かのプレイヤーが野営をしていた。
「うわぁ……」
文が感嘆の声を漏らす。
夕陽に染まる草原。
遠くの森。
橙色の空。
風に揺れる木々。
どこを見ても、まるで本物の旅先みたいだった。
「ここ人気スポットなんだよ!」
透真が誇らしげに言う。
「夜景めっちゃ綺麗なんだから!」
「景色だけで来る人もいるくらいなんだって」
小春が補足する。
その間にも、周囲ではプレイヤーたちが料理を始めていた。
肉の焼ける音。
スープの香り。
笑い声。
どこか現実のキャンプ場みたいな空気だった。
「さて」
恒一は袖をまくった。
「まず何をすればいい」
「テント!」
「火起こし!」
「料理!」
双子が同時に言う。
「順番に言え」
苦笑しながらも、恒一はテント設営を始めた。
ゲームとはいえ、身体を動かす感覚は本物に近い。
ペグを打ち、布を張る。
「おぉ……」
透真が目を丸くした。
「じいじ、めっちゃ慣れてる」
「昔、会社の付き合いでキャンプくらいした」
「すごっ」
一方。
文は完全に料理班だった。
「小春ちゃん、お野菜切る?」
「切るー!」
「透真くんはお皿並べてね」
「はーい!」
その光景を見て、恒一は少し不思議な気持ちになる。
現実では最近、こうして家族全員で何かをすることが減っていた。
透真たちも忙しい。
息子夫婦も仕事でなかなか会えない。
だからこそ。
この“ゲームの中”で、一緒に火を囲んでいることが、妙に嬉しかった。
「できたー!」
小春が鍋を覗き込む。
今日のメニューは野菜スープと串焼きだった。
シンプルだが、香りが良い。
「いただきます!」
焚き火を囲み、全員で手を合わせる。
恒一は串焼きを一口食べ――目を見開いた。
「……うまいな」
「でしょ!?」
透真が笑う。
「味ちゃんとするんだよ!」
「いや、本当にするとは思わんかった……」
肉汁の感覚まである。
塩気も香辛料も分かる。
現実とほとんど変わらない。
「これ、下手な店より美味しいわねぇ」
文も感心していた。
小春は得意げだ。
「わたし調味料ちゃんと入れたもん!」
「偉いわぁ」
焚き火がぱちぱちと音を立てる。
夜風は少し涼しくて、空には星が広がっていた。
「……綺麗だな」
恒一がぽつりと呟く。
都会では見えない星空だった。
ゲームなのに。
本物みたいに遠くて、静かで、温かい。
しばらく、誰も喋らなかった。
火の音だけが響く。
すると文が、小さく笑った。
「なんだか、昔みたいねぇ」
「昔?」
小春が首を傾げる。
「お父さんが小さい頃、よくみんなで出かけてたのよ」
「へぇー!」
「キャンプもしたな」
恒一が懐かしそうに言う。
「理人が川に落ちかけてな」
「えっ、お父さんが!?」
「虫が怖くて泣いてたわねぇ」
文が笑う。
透真と小春が爆笑した。
「マジで!?」
「今のお父さんから想像できない!」
その笑い声を聞きながら、恒一は火を見つめる。
息子が大人になって。
家庭を持って。
みんな忙しくなって。
家族で過ごす時間は、少しずつ減っていた。
けれど今。
こうして同じ場所で笑っている。
それだけで、十分だった。
その時だった。
ぴこん、と通知音が鳴る。
透真がメニューを開いて目を丸くする。
「あれ?」
「どうした?」
「父さんからメッセージ」
『今日はログインしてるのか?』
透真がにやっと笑う。
「ふふーん、見せてやろうぜ」
「何をだ?」
「じいじとばあばのVRMMOライフ!」
その頃。
遠く離れた高難度エリアで。
有名攻略ギルド《白銀の方舟》の幹部、《Rook》こと朝倉理人は、送られてきた写真を見て固まっていた。
焚き火を囲む、両親と子供たち。
ゲーム内で撮られた一枚。
そして、その中央。
初心者装備のまま座っている父の姿を見て。
「……マジで始めたのか」
理人は頭を抱えた。
隣では、《Shino》こと詩乃が写真を覗き込み。
「あら」
ふっと笑う。
「なんだか、楽しそうですね」
その声は少しだけ、嬉しそうだった。




