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じいじとばあばのVRMMO旅日記  作者: あめとおと


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第2話 最初の街で迷子です



「じいじ、走って走って!」


「待て待て待て、そんな急に言われても――おぉっ!?」


 草原を駆け出した透真を追いかけようとして、朝倉恒一は盛大によろめいた。


 身体が軽い。


 軽すぎる。


 現実より足が前へ出る感覚に慣れず、危うく転びそうになる。


「あなた、大丈夫?」


 後ろから文が笑う。


 彼女はというと、意外にも安定した足取りで草原を歩いていた。


「いや、なんだこれ……変な感じだな」


「ふふ、でも面白いわよ?」


「お前は慣れるの早すぎるんだ」


 そんな二人を、少し前を歩いていた小春が振り返る。


「最初はみんなそうだよー。歩くだけでも楽しいでしょ?」


「まぁ……景色はすごいな」


 恒一は空を見上げた。


 青空だった。


 雲が流れている。


 風が吹き抜け、草が波みたいに揺れていく。


 ゲームだと言われても、どうしても信じきれない。


 匂いまであるのだ。


 草と土、それから春先みたいな空気の香り。


「昔、家族で行った高原みたいねぇ」


 文がぽつりと呟く。


 その声に、恒一は少しだけ目を細めた。


「あぁ……長野だったか」


「そうそう。透真たちがまだ小さかった頃」


「俺、全然覚えてない!」


「小春もー!」


 双子が笑う。


 そんな何気ない会話をしながら歩いているうちに、巨大な石壁が近づいてきた。


 街だ。


 高い城壁に囲まれた、中世ヨーロッパみたいな都市。


 門の前では鎧姿のNPCたちが立っている。


「うわぁ……」


 文が感嘆の声を漏らす。


「ほんとに外国旅行みたい」


「ここが《始まりの街・リーベル》!」


 透真が得意げに両手を広げた。


「初心者プレイヤーが最初に来る街なんだ!」


「なるほどなぁ……」


 恒一が感心している間にも、門の周囲には大量のプレイヤーが行き交っていた。


 剣士。


 魔法使い。


 獣耳の少女。


 大きな斧を背負った男。


 空飛ぶ小型ドラゴンを連れた女性までいる。


「すごい人ねぇ」


「サービス開始からずっと人気だからね!」


 透真は慣れた様子で門をくぐった。


 その瞬間。


「おぉ……」


 恒一は思わず声を漏らした。


 街が、生きていた。


 石畳の道。


 露店から漂う肉の匂い。


 噴水広場。


 笑い声。


 NPCたちが自然に会話し、子供が走り回り、商人が客引きをしている。


 ただの背景ではない。


 本当に“人が暮らしている街”みたいだった。


「パン焼きたてだよー!」


「今日のおすすめは薬草スープ!」


「冒険者さん、装備見ていかないかい?」


 次々飛び込んでくる声に、文の目が輝く。


「あなた! パン屋さんあるわ!」


「おぉ、ほんとだ」


「行っていい?」


「好きにしろ」


 すると透真が「あっ」と声を上げた。


「でも、先にギルド登録した方が――」


「あとでいいじゃない。せっかくなら見て回りたいわぁ」


 文はもうパン屋へ一直線だった。


 小春も慌てて追いかける。


「ばあば待ってー!」


「……元気だな」


 恒一が苦笑しながら後を追った、その時だった。


「――あれ?」


 気づけば、透真の姿が消えていた。


「……ん?」


 恒一は辺りを見回す。


 さっきまで隣にいたはずだ。


 だが、人混みの中に紛れて見えない。


「おーい、透真?」


 返事はない。


「小春?」


 いない。


 気づけば文まで見失っていた。


「…………」


 恒一はしばらく無言で立ち尽くした。


 石畳の広場。


 大量の人。


 飛び交う声。


 どこを見ても知らない顔。


 そして。


「……迷ったな」


 ぽつりと呟く。


 その頃。


「わぁ、このパン美味しそう!」


 文は普通にパン屋NPCと盛り上がっていた。


「今日は蜂蜜入りなんですよ」


「あらぁ、素敵。焼きたて?」


「はい! 朝から頑張りました!」


「大変ねぇ」


 完全に世間話だった。


 小春は横で苦笑している。


 するとNPCの女性店員が、ふと困ったような顔をした。


「実は最近、小麦の仕入れが減ってて……」


「まぁ」


「近くの街道に魔物が出るせいで、商人さんたちが来れないんです」


「大変じゃない」


「でも冒険者さんに頼むほどじゃないって言われちゃって……」


 その時だった。


 小春の前に小さな通知ウィンドウが浮かぶ。


【クエスト《困ったパン屋さん》が発生しました】


「えっ!?」


 小春が目を丸くする。


 普通なら、街の奥で発生するはずのサブイベントだ。


 初心者がすぐ触れるものではない。


「ばあば!? 何したの!?」


「えぇ!? 普通にお話ししてただけよ?」


 一方その頃。


 恒一は本格的に迷子だった。


「……どう戻るんだこれ」


 地図を開こうとして失敗する。


 変なウィンドウが出る。


 閉じ方も分からない。


「む……」


 困っていると、不意に声をかけられた。


「おや、初心者さんかい?」


 振り向くと、露店の老人NPCが笑っていた。


「迷った顔してるよ」


「……まぁ、そんなところだ」


「家族とはぐれた?」


「分かるのか」


「長くここに店出してるからねぇ」


 老人は優しく笑った。


「広場の時計塔が待ち合わせにゃ定番だよ」


「時計塔……」


 恒一が顔を上げる。


 街の中央。


 確かに大きな塔が見えた。


「ありがとう」


「気をつけな。リーベルは広いから」


 軽く手を上げ、恒一は歩き出す。


 その背中を見送りながら、老人NPCはぽつりと呟いた。


「最近の冒険者にしちゃ、ずいぶん礼儀のいい人だねぇ」


 その頃、時計塔の下では。


「じいじ遅いー!」


「絶対迷ってるよね……」


 透真と小春がしゃがみ込んでいた。


 文はのんびりパンを食べている。


「このパン美味しいわよ」


「ばあばは危機感持って!?」


 そして数分後。


 人混みの向こうから、恒一が歩いてきた。


「あ、いた!」


「じいじー!」


「すまん、迷った」


「やっぱり!」


 双子が笑う。


 文も手を振った。


「あなたー! パン買ったわよー!」


「おぉ、そうか」


「あとね、なんかお困りごとも受けちゃった」


「……何をしたんだお前」


「お話ししてただけよ?」


 その瞬間、小春が苦笑しながらクエスト画面を見せた。


 恒一はしばらく黙り込み。


 それから、小さく笑った。


「……ゲームってのは、案外面白いもんだな」






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