シーン5:消滅(99%)
音は、なかった。
光も、なかった。
爆発も、崩壊も、断末魔も――何もなかった。
ただ、
存在が、
静かに、
消え始めた。
最初に消えたのは、足だった。
鹿間斎の靴が、輪郭を失う。
靴底が曖昧になり、地面との境界が溶け、
次の瞬間には――
そこにはもう、何もなかった。
ひかりの手が、震える。
「……っ」
声にならない。
斎の足首が消え、
脛が消え、
膝が消える。
まるで最初から存在しなかったように、
世界から切り取られるのではなく、
世界そのものから、
「無かったこと」にされていく。
痛みは、なかった。
恐怖も、なかった。
ただ、
理解だけがあった。
(これでいい)
斎は、ひかりを見ていた。
泣いている。
顔を歪めて、
必死に、
何かを叫んでいる。
でも、
もう、
音は遠かった。
太ももが消える。
腰が消える。
体が、
半分になる。
それでも、
右手だけは、
残っていた。
ひかりの手を、
握っている手。
ひかりは、両手でその手を包み込んでいた。
「いや……」
涙が落ちる。
手の上に落ちる。
「いや……いや……」
斎は、その感触を感じていた。
温かい。
壊れない。
消えない。
自分が触れても、
壊れなかった、
世界でたった一つのもの。
胸が消える。
肩が消える。
首が消える。
輪郭が、
世界に溶けていく。
残っているのは、
もう、
腕だけだった。
ひかりが、その手を強く握る。
まるで、
引き止めるように。
まるで、
世界につなぎ止めるように。
斎は、最後に、
言葉を残した。
「――もう」
声は、
かすれていた。
それでも、
確かに、
届いた。
「壊さない」
ひかりの目が、
大きく開かれる。
次の瞬間。
手が、
消えた。
感触が、
消えた。
温もりが、
消えた。
そこには、
何も残っていなかった。
完全な、
空白。
鹿間斎という存在は、
世界のどこにも、
残っていなかった。
最初から、
存在しなかったかのように。
ただ、
ひかりの手の中に残った、
涙の温度だけが――
彼が、
確かに、
ここにいた証だった。




