第147話 『王』との問答
「まさかこんなものがあるとはな」
「幸運」
天音たちが見つけた小屋は、どうやらエルフの森の食糧保管庫だった。
入ってみると、そこには干し肉や木の実、毛布、砥石などが入った箱が詰まっており、彼らは遠慮なくそれを取り出し、口にしている。
「お、これはなかなか旨いな。甘い茶葉だ。このまま食える」
「ぺっ、これ香辛料」
「こっちは干した果物みたい。味は薄いけどおいしいから食べて」
各々休息を取り、スペースは白い球体となって外を探っている。
「……」
天使の視界に見えるのは、森の木々を巻き込みながら木で出来た鳥籠が収束を続け、一本の大きな大樹へと変貌していく姿。
このあたりにエルフが住んでいる様子はないが、こんなものがいきなり現れたら驚かれないのだろうか、と天使は訝しがりながらも目を凝らしたその時……視界ではなく、空気が『それ』を伝えた。
「警告します、みなさん! 何か来ます!」
叫び、三人は小屋の外へ飛び出す。
「二人とももう大丈夫なの?」
「完全回復」
「任せてくれ」
天使が人間の体に変身し、三人のもとに降り立つ。
「北の方から……何かが来ます。高エネルギーの……!? 伏せて!」
「「「!?」」」
次の瞬間、虹色の光が木々の隙間を縫って、天音たちを襲った。
しかし反射的にそこを飛びのき、虹色の光は先ほどまでいた小屋を貫いて、しかし破壊の音一つなく、大きくカーブを描いてどこかに去って行く。
「な、何今の……」
「通過した?」
「推測します。おそらくは……精霊を、エネルギーの塊として飛ばしたものです」
「そのえねるぎー、とやらは何なんだ?」
「……その壁をご覧ください」
「壁? お……こ、これは……」
宗右衛門が先ほど虹色の光が貫いた丸太の壁を見ると、そこは歪に膨れ上がり、小さな枝を伸ばしていた。
「栄養のようなものか……待て、今の方角は……!」
次の瞬間、ぞわ、と土地全体が吸い込まれるように鳥籠の方に動いて、収束が加速する。地震のような揺れではなく、足元の地面が地滑りのように籠の方へと吸い寄せられていた。
「吸い込まれ……いや違う! 《《避けろ》》!」
宗右衛門が叫んだ理由は、既に明白だった。
地滑りのように動き出した地面は周囲の樹木ごと一定方向に動き始め、まるで動く歩道に乗せられたような速度で周囲の木が動き出す。
すでに小屋は地面に流され、周囲の木々が歩く程度の速度で動き出したかと思うと、ずん、という地響きとともに、地面が波打った。
「マスター、飛んでください!」
「でも二人が!」
「俺はいい! ホウヨウ、俺を気にするな! お前だけでもまず飛べ! とにかく今は……うおお!」
「宗右衛門!」
流れてきた木に阻まれ、宗右衛門の姿が視界から消える。
既に薄暗い森の中で、その状態は危機そのものだった。
「だから……落ち着けお前ら!」
しかし、ザン、と木が刀によって切り倒され、その上を宗右衛門は走り、姿を現す。
切り株は遊園地のコーヒーカップのように波打つ地面に弄ばれるが、転がる木は葉や枝が邪魔になって周囲の木ほどは転がらない。
「もう少し倒す! 巻き込まれてくれるなよ!」
「っ!」
今度こそホウヨウも自力で飛び、天音の背にも羽が生える。
そして数メートル飛んだところで斬撃が飛び、周囲の木が数本倒れ、動きの緩やかな足場となった。
「よし……これで空へ飛べる。頼むぞホウヨウ」
「う、うん」
周囲の木が踊るように動き葉や枝をぶつけ合う中、三人は空へ逃げた。
そのころには地面がクシャクシャにした紙のように波打って、木や岩が乱舞するなか、三人の視線が鳥籠に戻る。
「……何かあるとは思ってたがな」
見上げたそれは、緑の巨人。
木々を編んだそれは、人間で言う脚が膝まで埋まっており、まるで沼の中から這い出たがるような動きを取り始める。
地面からは吸い寄せられるように土と木が膝から下を形作り、最後に顔の部分にシカに似た角を備えて、地面の躍動は止まる。
「ホントあの魔女は巨人が好きすぎる……!」
珍しく天音が悪態をついた次の瞬間、その声は三人に届いた。
「まあそう言ってくれるな、これがアイツの最高傑作なのだから」
驚き、反応すると、地表に誰かが立っていた。
羽も持たない人間大のそいつは軽くジャンプすると、蝶のような光の羽を生成して、三人の前に、白く光る全身を晒す。
「なん、だ? お前は……」
「人間じゃない。何者?」
剣と杖を構え、宗右衛門とホウヨウが問うた。
「私は精霊王。そこの精霊憑きは見た覚えがあるがな。『我』のことは説明してなかったのか?」
「……魔女の犬。精霊王とは言うけど……」
「その先は言ってくれるな、『我』が望んでそう作られたわけでは……」
「名前だけ?」
「……空気の読めない輩だな」
呆れたようにホウヨウに言うと、やれやれと言わんばかりのジェスチャーを取った『精霊王』は、この時点でまだその位置を動いてはいない。
巨人も精霊王の動きを待つようにじっと動かず、その姿はどこか神秘的ではあった。
「ま、そんなわけだ。生まれや名がどうあれ、『我』は貴様らのような秩序の破壊者を殺すことになっている。悪く思うなよ、抵抗しなければ死ぬぞ」
そして、マネキンのように顔のない『精霊王』からは表情は読み取れないが、声色から伝わる殺意は天音たちを射抜く。
「言われるまでもないな」
「同感」
しかしそこへ、声が響いた。
「待って」
その声は、天音の物。
「一つだけ……聞かせて」
「何だ? ぐずぐずしていると、アレが貴様らを……」
「襲わない。だってまだあなたに、その気が無いから」
「……なん、だと?」
「聞こえなかった? まだあなたは、私達を襲う気がない。……話が、したいんでしょう? 少しくらいなら付き合ってあげる、精霊王さん」
その他者を見透かしたような物言いは、精霊王だけでなく、宗右衛門とホウヨウの動きも止めた。
「……何が聞きたい?」
表情のない顔を天音に向けて、精霊王は尋ねる。
「あの時……どうして貴方は、私が殺されそうになるのを止めたの?」
「……はっ、何かと思えばそんなことか」
「こいつが……天音殿を、助けた?」
「黙れ人間、助けたのではない。つまらぬ遊びを止めただけだ。そして期待させたのなら悪いが、『我』に慈悲などない」
「……?」
ざわ、と森の木々が風に揺れ、完全に日の落ちた世界に、月が昇る。
「とはいえ……余興。そう、余興だな。『我』は、余興がしたかったのだ。貴様ら人間が『我』を満足させる遊び。それが余興だろう?」
「……言ってみて」
「なに、簡単な話だ。例えば……こう」
ヒュッ、と風を切る音がして、天音の頬を何かがかすめ、少し遅れて血が流れる。
「!」
「焦るな。余興だといったろう? それに、この女は生意気にも避けることすらしなかった」
「……言ってるでしょ、貴方はまだ、私達を殺そうとしていない」
未だに天音は毅然として、精霊王と対峙する。
そしてその様子を、つまらなそうに見ている精霊王。
「ふん、気に入らん女だ……あの魔女とは別の意味で腹立たしい」
「腹立たしい?」
「反抗期」
「違う。性質の問題だ。『我』は王として生まれたが、それは人間の、あの女が言う王だ。しかし『我』は見ての通り精霊。人間の言う王と、精霊の王は異なってしかるべきではないのか? それとも、王はその種族を問わず『王』なのか? そんなものもわからないまま久々に仮初の体を与えられれば、苛立ちもする」
「……哲学なら学者とやって欲しいんだがな」
「バカな、王は世界中どこにでもいる。知識としてしか知らないが、王とはありふれたものだ。万人が理解しているものだ。であれば、貴様らの解釈を聞かせることくらいできよう? お前らの考えを聞きたいのだ、人間どもよ」
その戦いの場にそぐわない問いに、ホウヨウと宗右衛門は戸惑った。
しかし天音だけが、真正面から『精霊王』に対峙して、答える。
「私の知ってる王は……みんなの上に立って、みんなを導くのにふさわしい存在。少なくともあなたはそうじゃないし、その威厳もない」
「そうか。では……この身に流れる、貴様らを悪と断ずるこの感情は何だろうな? こうして世界最強の森がここにあり、その長たるエルフに従わない貴様らを殺して秩序をもたらせと叫ぶこの感情は! 王たる『我』のものか? それとも……この世界に流れる、『精霊』のものか?」
「――判明しました。くだらない」
そこへ現れたのは、スペースだった。
「貴様は……」
「返答します。天使です。そして貴方は……精霊の風上にも置けない存在だと認識しました」
「……なんだと?」
「《《自分のやりたいことも、すべきこともわからず、ただ迷うだけ》》。消滅を奨励します。……貴方の永遠に近い生は、ただの虚無ですよ」
その言葉に、精霊王はありもしない表情を怒りに変えた。
「虚無……? 虚無だと!? 我はあいつに、あの女に『また』作られたのだ、だったらそこには何かあるはずだろう! それが、王と呼ばれるなら、我は……」
「そんなものに関係なく、貴方には自分を支えるもの、形づくるものが何もない。同情しますが、それが精霊というものです。……不幸でしたね」
「嘘だ……嘘だ!」
精霊王の体が明滅し、周囲の木々が、大地が、動き出す。
「……ごめんなさい、怒らせたみたい」
「構わんが、何があった? 今の問答でずいぶんと傷ついたようだが」
「たぶん……逆鱗?」
「肯定します」
精霊王は叫び、癇癪を起した子供のように暴れだす。
「いやだ……我の生が、そんないい加減なものであってたまるものか! 嘘だ……そうだ嘘だ! 貴様ら、王を謀った不敬! 今ここで正してくれる!」
そして、魔女の単なる思い付きで生まれた、哀れな『王』との戦いが始まった。




