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第146話 悪意纏いし木の巨人

「マッテエエエ」

「うるさい!『炎』!」


 ボッ! と炎の吹きあがる音とともに、木偶の体が燃え尽きる。

 しかしすぐに近くの木々の枝が裂け、編まれて、人型になり、瞳が現れる。


「ツカマエル、コロサナイィイ」

「キリがない! お前ら魔力は大丈夫か?」


 ザン、と木偶を斬り払う音とともに、宗右衛門が叫んだ。

 地の底から響く虚ろな声は無視する以外にないが、それがまた多重奏になって神経が苛立つ。


「いくら何でもこの数はっ……しかも何で減らないの!?」

「ヤダアアッ」


 天使の羽根で眼球を貫きながら、天音が叫んだ。目を貫かれた木偶はしばらく痙攣しているが、それでも再生されてしまっている。


「多分だけど、『土地』! このあたり全体に魔法がかかってる!」


 珍しく焦った様子でホウヨウが叫ぶ。それほどに多くの木偶が次々と現れては、粘液の滴る目を向けて来るのだ。


「俺たちの位置が補足されてたのか?」

「わからない。けど……」

「ホウヨウさん! 飛べる!? この区域から離脱したいの!」

「しかた、ない……!」


 ホウヨウの素肌の紋様が切り替わった次の瞬間、宗右衛門とホウヨウが蒼い光に包まれて空に浮かぶ。


「スペース、悪いけど……」

「返答します。お任せください、先に行きます!」


 天音の思考を読み取った天使が先に飛び去って、霧の漂う空へ向かった。

 もちろんそこは雲龍の住処で、何があるかわからない。


「……っ!」


 時間にして11秒、天使の肌を冷気が包み、龍の棲家で視界がほぼ0になる。永遠にすら感じる緊迫の11秒はそのまま何も起こることなく、スペースは霧の層を抜けた。

 抜けた先で、さらなる絶望を見た。


「推奨します、急いでくださいマスター!」


 スペースが叫ぶ。

 日の暮れかけた雲海の上、そこに下から『生えて』いたのは、植物の根。

 霧の海から天を刺すように植物が伸びて、いくつかの根が龍を絡め取っていた。


「なにあれ……」


 ボボボッ、と霧の海を抜け、飛び出す三人。

 夕日を背景に、『根』にとらわれた龍が何匹も暴れては痙攣し、その栄養を吸収してか、さらにその根は数を増やし、成長していく。

 そしてそれらは明らかに自分たちを取り囲む鳥籠となるような軌道をとり、根と根の間を塞ぐように枝分かれし始めた。


「まずいな……どっちだ!?」

「南はあっち!」

「ちっ……仕方ねぇ、ホウヨウ、『アレ』をやるぞ。できるか?」

「う……仕方ない、やる」

「アレって?」

「『合体魔法』だ、昔ドラゴンを倒したときにやった」

「合体魔法!?」


 驚きと言うより歓喜に色づいた声で天音が叫び、宗右衛門は二本の剣を構える。


「先に言っておくと、コレをやると二人ともしばらくは動けなくなる。悪いけどあとは頼んだぞ」

「任せて!」


 即答が返り、天使も頷く。


「じゃあ行くぞ……」

「『エンチャント』……!」


 宗右衛門の剣に炎と冷気が纏い、空気の奔流が風から突風、竜巻となって天へ伸びる。

 そこへ赤と青の粒子が混ざり、雷雲めいた竜巻は電気を帯び始めた。


「3つ数えたら全力で前に飛んでくれ!3!2、1……」


 零、のタイミングで、一瞬世界から音が消えた。

 既に檻というより壁に近かった南側の部分に向かって雷鳴と雷光、そして竜巻が炸裂して、消えることなく轟音とともに根を伝って行く。


「っ!」


 竜巻が根を切り裂き、雷光が焼く。しかし焼け落ちた中心部分以外から、根の檻は再生を始めていた。


「まだです!」


 しかし次の瞬間、竜巻に焼かれていた根が白い光で爆発する。


「説明します。今の竜巻に私の羽を混ぜておいて正解でした」

「スペース!ありがとう!」

「補足します。マスターの思考のおかげです。『私もやりたい』という強い念を感じましたので」


 そして天音とスペースに抱えられたまま、全員は根の檻を抜けた。

 根がこちらへ攻撃してこないか不安はあったが、中に誰もいなくても、再生した鳥籠が閉じこめる動きを止めることはない。


「……あれは、自動的に檻を作る魔法だったの?」


 ホウヨウを抱えて飛ぶ天音が、根の鳥籠が縮んでいく様子を見て言った。


「たぶん。もしかしたら下にいた木偶が『目』の役割だったかも」


 それに対して、ホウヨウが答える。

 確かにさっきの鳥籠は、自分たちをかなり正確に、中心に捉えていた。もしも龍の危険を承知で霧を抜けていなかったら……と想像して、天音は背筋が寒くなる。


「っ、警告します!周囲の龍がこちらへ集まって来ます!」

「どうする……このままここにいても仕方ないぞ」

「一旦降りましょう」

「同意」

「願わくばあの檻を破壊してくれ……ってところだな」


 こうしてまた霧の層を抜け、枝の上に降り立ち、下界の様子を伺う。


「……?誰もいないぞ」


 スペースに抱えられていた宗右衛門が枝に降りて、這う姿勢で下を覗くと、そこには夕暮れで薄暗い森に道が伸びてはいても、生き物の気配がなかった。


「当たり前。あんなのが現れたら森の生き物はみんな逃げる」

「それもそうか……」

「ところで二人とも、休んだほうが良いんじゃない?」

「助言します、私もそれを推奨します」


 二人が合体技を放ってからというもの、明らかに疲れ果てていた。


「そうしたいが、そう都合よく休めるところも……」


 そう言いかけて、天音がつんつん、と遠くを指差す。


「私達、やっぱりついてるみたい」

「……神仏の加護か?」


 そこには、明かりの灯っていない大きな『小屋』があった。


 ――一方で、森の何処か。


「う……く……」

「あら起きてたの。で、まだ痛むの?鎮痛剤いる?」


 失った瞳を抑え、歯を食いしばる『魔女』が、ベッドの上で汗をかいて震えていた。

 そこへやってきたティルティナが、薬を見せつけながら言った。


「私をナメないでよ……瞳なんてとっくに治したわ。今やってるのは広域魔法。悪いけど、この森の南東部分、少し使わせてもらうからね」

「止めないけど、ウチの民に犠牲者とか出さないでよ?」

「ええ、貴女に迷惑はかけないから安心して」


 ティルティナはどーだか、と心の中で悪態をつき、もう一度その様子を見る。


「……どんな魔法?」

「ちょっと古い魔法だけどね、木偶と檻を作る魔法。破れた本来の私の目を代償にしたから、それなりの出来には……なったわ」

「その割に汗びっしょりだけど?」

「ああ、見る?こんな感じだもの」

「ひっ」


 思わずティルティナは声を漏らした。

 ベッドに寝た状態のまま手をずらして見せつけた瞳は、サディストのティルティナをもってしても、まともに見るのは避けたいらしい。


「……っち、逃げられたわ」

「嘘でしょ……」


 動けないせいか、普段とかけ離れた様子のテンションで失敗を語る魔女。

 もはや白の森の歴史を鑑みても、ここまで手こずる相手は久々だろう。

 幾万の軍を何度も退けたこの森で、まさかエルフが潜伏した敵を捉えられないまま取り逃がし、未だに龍の住む靄の下に潜む連中がいるとは思わなかった。


「悔しく、ないの……?」


 しかしそれでも、ティルティナの第一印象はそれだった。

 魔女とは曲がりなりにも『趣味が合う』者同士、信頼とは言えないまでも、ある程度は互いの秘密を知っている。

 そんな存在が身を削り、戦い、何度も苦汁を飲まされ、しかし諦めない底抜けの『悪意』の果てが見えなくなったのだ。


「――昔話をしてあげるわ」

「え?」

「私の根源」

「……聞かせて」


 唐突に、魔女は語る。


「あるところにね、真面目な女がいたのよ」

「……」

「その女は真面目に働いた。田舎町で生まれて、真面目に生きて、教師になって、病気になって、死んだの。キレイな、つまずきのない……普通の人生。でも死んだときにね、私は……『悪役』として生まれ変わったの」

「?」


 生まれ変わり、悪役、という言葉の意味は、エルフとして生きる彼女にはピンと来なかったが、尋ねる雰囲気でもないので聞き流す。


「他者を虐げ成り上がるべき運命を教えられて……真面目な私は、どうしたと思う?」

「……さあ」

「真面目にやったのよ。1回目の生と同じようにね。だから、」


 すっ、と息を軽く吸った彼女から、表情が消える。


「今回も少し真面目にやるわ」


 次の瞬間、彼女の体から光が爆発した。

 そうとしか見えない色とりどりの光の奔流が、煌めきを放って天井を突き抜け、空へと登る。


「あら見えたの?流石にエルフね」

「い、今のって……」

「そう、精霊」


 あっさりと、魔女は続けた。


「ちょっと『真面目』に、やらせて貰うわね。お楽しみは、その後で良いわ」


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