第145話 木偶人形
――時間を少し遡って、正義たちが白の森に足を踏み入れた直後。
それと同じころ、天音たちは食事を済ませ、森の南へ向かっていた。
濃い霧の流れる太い枝の上をマラソン程度の速さで走りながら、口を開いたのは天音だった。
「みんなとはどうやって合流するの?」
「通信石が使えればいいが、さっきから聞こえるのは雑音だけだ。どうやらこの霧が精度を下げているようだな……」
「仕方ない」
「とにかく白の森からの脱出が優先だ。この霧と、敵の補足から逃れきることができれば、後はどうにでもなるだろう」
「わかった。……本当に、ありがとう」
まだ油断できない状況に、天音の胸に申し訳なさが湧いてくる。
自分があの時――と考えなくもないが、
「同じ」
「え?」
「私達も、同じ」
「……なんで?」
ホウヨウの言葉に、疑問を持った。
前を走る宗右衛門の顔も暗く、しかしこちらの話を咎める様子もない。
「宗右衛門、もういいでしょ」
「ああ……いずれは言わなければならなかったことだ」
「天音。私達はあの魔女を、知ってた」
「……うん、薄々、そうじゃないかな、とは思ってたけど」
「百年以上前のこと。時期は覚えてないけど……彼女は、とある亡んだ国にいた」
「亡んだ国?」
国が亡ぶ、というのを今一つ状態として理解できないが、天音のイメージで言えば、国が亡んだと言われれば、戦火や飢饉で暮らせなくなった人々が国を捨てることだ。
「国の名前はレジナ。大きい国ではなかったらしいが、服飾が有名な国でな、昔は何度か旅をしているだけでも名前は聞いたし、レジナ国のドレスと言えば貴族が好んで着るドレスの定番だったよ」
「……貴族と付き合いがあったの?」
「俺もホウヨウもジョンソンも、それなりに昔は名を挙げていたからな。俺とホウヨウはドラゴンスレイヤー、ジョンソンは不死王の討伐者だよ」
「不死王……」
「ジョンソン曰く『あらゆる骨と魂の混ざりあったもの』だったらしいがな。まあそれは置いておいてくれ、昔の話だ。それで、有名になった俺たちは各々旅をしてたんだがな、三人であちこちの国を回るうちに、レジナが亡んだって噂を聞いたんだよ」
「それで……行ったの?」
「ああ、近隣の国から依頼されてな。何もいなかったが」
「いなかった?」
「無人」
そう口にしたホウヨウの顔も、深刻そのものだった。
国が亡んで、無人、と言われれば、嫌でも想像はつく。
「山あいにある風光明媚な羊と絹と宝石の国、って話だったんだがな。行ってみれば、朽ち果てた家が立ち並ぶだけの廃墟だった。だが何より異常だったのは、『命』と呼べるものがほぼ無かったことだ」
「……命?」
「生き物。鳥すらいない。虫は戻ってきてたけど、明らかに鳥はその亡んだレジナ国を避けてた。最初は病気かと思われてたけど、そこを覗いて帰ってきた人間はいたから、流行病でないことは知られてた」
「……幽霊船みたいね」
「幽霊船?」
「怪談でそういうのがあるの。航海をしてると、誰も乗ってない豪華客船が現れて、中に入ってみると……ついさっきまで誰かがいたかのような状態で、誰もいない」
「……であれば、あの時俺たちが見たのは『その後』だな。ホウヨウが虫はいたと言ったが、各地の家の中には食事や家具がそのまま残されていて、腐乱したまま虫が湧いてたんだ」
想像したくない状況だが、命が消えれば次に起こるのはそう言う事態だ。
「少なくとも鳥が避けるだけで雰囲気が異常なのは分かってたから、俺たちは警戒しながら城まで向かったんだ。朽ち果ててる以外は何もないと思ったんだが……どうにも、散らかっててな」
「盗賊、ってこと?」
「門をホウヨウの魔法で破壊して入ったからそれはないと思ったんだ。絵画や宝石も手付かずだったしな。そもそも俺たちに依頼した国が、調査隊が帰ってこないから俺たちに頼んだって経緯があって、そいつらかとは思ったんだ」
「じゃあ……調査隊があちこち調べて、そこからどこかへ行ったってこと?」
「ああ、自分たちが城のカギを開けて、その後荒らされるのは忍びなかったんだろう。隠し通路やらを探した様子はあったし、実際発見されてもいたが、真面目に仕事して帰った感じではあったな」
「……でも、その隊は帰ってないんでしょ?」
「ああ、街はくまなく探したし、城にも何もない。残ったのは……」
「……隠し通路」
「調査隊もそう考えたんだろうな。で、俺たちはそこを避けて、上空から出口を探ったんだ」
「上空から?」
「私の魔法」
「あ、そっか……それで、何があったの?」
「……花畑と、屋敷があった」
「屋敷?」
「ああ。花畑に囲まれた、白い壁の、普通なら少なくとも数十人が暮らすようなのがな」
「……普通なら、ってことは」
「ああ、そこに一人だけいたのが……どう見ても、子供のアイツだったんだよ」
「子供?」
「ああ、間違いなく子供だった。だがそれ以上に、その空間は異常だった」
「木の化け物がいた。根っこを編んだような、人形」
「それって、ゴーレム?」
「違う。ゴーレムは土人形。木で作ったゴーレムなんて、この世界では聞いたこともなかった」
「今でも思い出すよ、上空から屋敷の前に降り立った時、こっちに襲い掛かってきたのは『どこかの国の剣と盾を持った木の人形の集団』だったんだからな」
「……それってつまり……」
「ああ……『調査隊』だろうな」
亡んだ国と、その城から隠し通路が繋がっているであろう花畑の白い屋敷と、そこにいる木のゴーレム。
「……魔女は、無事だったの?」
「……ああ、一応な。屋敷に入った俺たちを、虚ろな目で『コンニチハ』って迎えてはくれたよ」
「ホラーだった」
「で、その時ジョンソンが、『……ああ、そう言うことですか』って言って、魔女の胸にかかってた緑色の宝石をぶっ壊した。そしたら屋敷のあちこちから何かが割れたり壊れたりする音がして……調べても良かったんだが、魔女がいたわけだからな。さっさと依頼してきた国に戻って、孤児院に預けて……で、十年くらい後だっけな。また俺たちはその屋敷に戻ったんだよ」
「え?」
「『私がレジナ国の最後の生き残りですから、私がこの国の最期を見届けます』」ってことで、あの屋敷と花畑を買い取ったらしいんだ。……まあ、経緯や立場は知らないけどどう考えても王族だからな。俺たちも周りの国も、特に止める理由なんてなかったんだろ。街の方はとっくに別の国のものになってたしな。まあ軽い挨拶ってことで、行ったんだよ。で、本当に何もなかった」
「何もなかった?」
「自給自足。毎日毎日花畑と屋敷の手入れと掃除。それを、今と同じ見た目の魔女がやってた」
「……」
想像もつかない話だが、亡んだ国に尽くす魔女は、『普通に歳を取って』、『国に尽くす一生を選んだ』らしい。
しかし姿が変わらないまま、天音たちが知る限りで、その魔女がやっていることは真逆もいいところだ。
「だから今でも正直、アイツが俺たちの知ってるあの女と同じ気がしないんだ。まあ……俺たちも本当に断片的にしかかかわってないからな。本心をいつからか隠してた可能性もあるが……今となっちゃ何もわからん。『白の森の魔女』とか言われてるのすら、俺たちにはまだ違和感があるんだよ。あの時……」
と、宗右衛門が何かを言いかけた時だった。
「オシャベリはソノクライニシテ?」
地の底から漏れ出たような暗い声が、三人の足を止めさせた。
そして三人の前に、風を切る音とともに現れたのは……
「噂をすれば影、ってやつか」
「懐かしい」
ついさっき話に出たばかりの、木のゴーレムだった。
蔦、あるいは根っこを編んだような体。しかしその頭の部分には、粘液を滴らす巨大な眼球が一つついている。
「ニガサ」
木のゴーレムが何かを言おうとした瞬間、刹那の動きでその体は上下に断たれていた。
「悪いな、急ぐんだよ」
「ダァイジョウブヨォ」
「!?」
しかし断たれた体は各々が再生して、二つの体となる。
「周囲!」
ホウヨウが叫んで、三人が周りを確認する。
「先回りされたのか!?」
「無音。多分待ち伏せ?」
「スペース」
「先ほどから警戒は怠っていませんでした。急に現れたとしか……」
辺りに広がる、木々の枝の回廊。その一つ一つだけでなく、大きな葉の先端にまで、全員が目を凝らす。
「どうなってんだ……」
――そこには、無数の木のゴーレム……『木偶』が、一つ目でこちらを見ていた。




