第134話 祝祭にて血は騒ぐ
「ありがとうございましたセイギ殿ぉ! おかげさまでこちらの損害は軽微、まさかこちらに到着されたその日にここまでの戦果が上がるとは! 流石『転生者』と言ったところでしょうかなワハハハハ!」
まだ太陽が昇り切ったばかりの昼時に、丘の上に広がった真っ白なテーブルクロスと、大きな椅子の、祝賀会会場。ゴルメシアさんが赤いワインを掲げて、僕らの目の前にはステーキが並ぶ。ちなみにゴルメシアさんの前には焼いたニンジンがあった。菜食主義ってことらしい。
「どうも……」
「お疲れ様。いやああいかわらず君は頼りになるねえ」
「お兄ちゃんお疲れ様」
「いや僕だけが働いたわけじゃないですから……」
――あの後、僕らはこっちの陣地に戻り、それはもう大歓声で迎えられた。
「すっごいじゃん! セイギさん、あんなことできたの?」
「ワハハハハ! あの化け物がああもあっさりと! 素晴らしい力だ!」
なんかいつの間にかバルバラさんからはさん付けで呼ばれ、他のみんなも多少服が汚れたりはしていたものの、元気そうな姿で迎えてくれた。そして、
「作戦目的は完遂されました! グリレッド橋は奪還成功、少し早いですが、昼食といたしましょう! ささ、黒の森からいらっしゃった皆様もあちらへ!」
ふと見たら、真っ白なテーブルクロスの敷かれた大きなテーブルがあった。
兵士の皆さんに促され、僕らは席に着く。
「それではこの度の勝利を祝って、乾杯!」
まるで高級料理店に食べに来た時みたいな雰囲気で、野外での祝賀会は始まった。
――パーティと言っても、ここはさっきまで戦場。祝賀会とは、要するに食べ放題だった。
「もう少しいかがですか?」
「うん、もう一枚貰おうかな」
「かしこまりました。焼き方は?」
「生の部分がない程度によく焼いてくれればなんでもいいよ」
「かしこまりました」
そう先生が言って、ステーキのお代わりを貰う。
常につきっきりの鎧の兵士が一人いて、思い思いに雑談する感じの和やかな雰囲気……ではあるけれど、まあこんなもの、裏がないわけがなくて。
「いやあ~エルフの森はさすがですな、あれほど強力な精霊憑きの方がいらっしゃるとは、まるで私、伝説を見ているようでした!」
「うむ、わらわも何度も助けられておる。我が森には欠かせない人材じゃ」
「そうですか……我が軍もあのような御仁がいらっしゃれば安泰というものなのですがな! 一体どちらでお会いになったのですか?」
「……なに、わらわとて偶然じゃよ。出会いとはえてしてそのようなものじゃ。そこから運命が味方して、今に至るというだけじゃよ」
「ははは、運命、ですか。流石エルフの方は言葉選びが美しいですなあ」
グリムさんがゴルメシアさんに僕のことを聞かれていた。
別に何をどう答えてもらっても構わないけど、隣でチアさんがゴルメシアさんを睨んでいるのは、なれなれしくワインを注ぐからだろうか。
「香撫、お前はどうだったの?」
「あ、うん、すごかったよー、あっちの救護テント」
「へぇ、先生やグリムさんと一緒にいたんだろ?」
「ん-、ジョンソンさんもいてくれたよ。お兄ちゃん以外、全員いたんじゃないかなあ。もうとにかく血の匂いとかすごくてさあ」
「あ、そう……」
そりゃ戦場だからなあ、と思いつつ、話を聞く。
「私は子供だからってことでおとなしい患者さんの相手だけだったんだけど、もう奥の方とかすごいの、暴れてる人を押さえつけたりとかさ……錯乱してるのかな、もうとにかく誰かが叫んでたり唸ってたりで地獄みたいだった」
「その割にはお前あっさりしてるじゃん」
「……だって、みんながいてくれたし。怖いことはなかったよ」
「そっか」
何よりだ。
「それに……不謹慎かもしれないけど、嬉しかったの。誰かの役に立てるのなんて、私、あんまり実感したことなかったから」
「……」
「ちょ、そんな顔しないでよお兄ちゃん。私ね、結構あこがれてたんだよ? お医者さんとか看護師さんとかさ……病院で、いろんな話聞かせてもらってたんだ。それが今日、役に立ったってことはないんだけど……でも、ああいう人たちと話をしてて、よかったなって思ったんだ」
「うん……そっか。頑張ったな」
「うん、私、頑張った! 褒めて褒めて!」
……ああ、好きなだけ褒めてやるよ。
僕は妹の頭をごしごしと撫でて、猫のように妹が喜ぶ。
これだけでも僕は間違ってなかったんだと、そう思える。
「ねぇ~、アナタって何者なんですか~? 人間? それとも精霊? 変身する人間なんて初めて見ました~」
と、そこへ、聞き覚えのない声。
「いえいえ、私はただのスケルトンですよ。本当は骨なんです」
「え~? 嘘でしょ? こんなにイケメンなのに~?」
「これは生前の姿ですよ、悪い魔女に骨にされましてね」
「あはは、やだ~」
見ると、知らない猫耳とタヌキ耳の女兵士二名にジョンソンさんが誘惑されていた。
とはいえジョンソンさんも何となく慣れているというか、必要以上に気を許していない感がある。
……考えてみれば、ジョンソンさんも既に仲間が二人、白の森に向かってるわけだからなあ。結構気を張ってるのかもしれない。あとで声とかかけてみよう。
「私スケルトンって見るの初めてなんですぅ、もっとお話聞かせてもらってもいいですかぁ?」
「ええ構いませんよ、あなた達みたいに美しい方と話すのは大好きですから」
「私達も、お兄さんみたいなイケメン、好きだよ?」
「気が合いますね」
……いや、やめとこうかな……なんかもう空気がピンクい。
僕みたいな未成年お断り感がすさまじくて、足を踏み入れる気にならない。
そんなわけで視線を逸らすと、先生とバルバラさんが話していた。
「ねぇ今更なんだけどさ、その服って何か魔法的な意味あるの?」
「いやあ何もないよ。僕の趣味ってだけさ」
「あ、そうなんだー。昔似た感じの服の国の使者と会ったことがあってさー、聞けなかったんだよねー」
「それとはまた別だと思うけどね」
へえ、そんな国があるのか……とか思っていると、
「ところでさ」
「ん?」
「そこのセイギくんって、ウチの国に来れない?」
その言葉で、ぴたりと空気が止まった。
しかしそれも一瞬で、また全員が各々の会話に戻る。
……まあ、僕も気を抜いていたわけじゃないけど、一皮むけばこんなもんかなって感じだ。
腹の探り合いってわけじゃないけど、心許しあってみんなでお食事、ってことになるわけがないのだ。だったら、ここで誰か、こういう空気にもなるだろう。
今更だけどバルバラさんの目は真剣そのもので、どこか野性的な熱がある。
「……何でそれを僕に聞くんだい? しかもこんな近くでさ」
「だって、彼は貴女を信頼してるから。その貴女の反応を見たいって思うのは、普通じゃないかな?」
「理に適っちゃいるが《《まどろっこしい》》ね。今ここで直接聞いたらどうだい」
「あは……いいねそのすまし顔。わかってるって顔。アタシそう言うのと戦うのも好きなんだよね」
「あっちもこっちも、かい。浮気性だねえ」
ガタン……と席を立って、バルバラさんが先生を見下ろす。
風もないのに白虎の毛並みがざわついて、八重歯が覗いていた。
「バルバラ……あまり戯れが過ぎるのは困りますね」
それを見て、ゴルメシアさんが止める。
しかし口の端は笑っていて、明らかに本気じゃない。
「何でですかぁ? ちょっとした腕試しじゃないですか。交流ですよ交流。あ、もちろん、こちらの方々がお断りされるなら別ですけど」
「はぁ……『肉食の血』ですかねぇ……」
「アナタだってこれが分かっててこの配置なんでしょう? こんなところに血の匂いをプンプンさせてたら、《《アタシの血が焼けちゃいますよ》》」
言われて、風の流れとテントの配置を見て、気づいた。
(そういう、ことか……)
ここは、救護テントの《《風下》》なのだ。
戦いは終わったとはいえ血の匂いが染みついたテントからは、確かに独特の匂いが流れてくる。肉食獣の血を持つバルバラさんからしたら、それは神経を高ぶらせる香りなのだろう。
「ワハハハ、まあ、あまり他隊の行いに口出しもできませんからね」
「よく言うよ……で、どうする? 余興と思って、手合わせしない?」
「ふーん、面白い申し出だねえ。確かにちょっと退屈ではあったんだ。で、リクエストはあるのかい?」
「リクエスト?」
「折角なんだから相手くらい選びたいだろう。僕か彼か、どっちを先に相手したいかな?」
「んー、じゃあ、あっち!」
そう言って、バルバラさんは僕を指さす。
「えっ、ちょっと何、これどういう空気?」
そこへ、妹がこの空気を理解できずに言った。
「なあにたいしたことじゃ無いよ、ちょっと手合わせしたいって言われただけさ」
「な、何で……? よくわかんないけど、お兄ちゃん、やるの?」
「ん、まあ」
「おやおや、いい空気ですねえ」
と、そこへ唐突にマカが姿を現した。
若干周囲から驚く空気を感じたけど、目の前のバルバラさんは驚きもしていない。
「二対一がいいの?」
「まさか。《《余興》》なんですから、一対一でしょ? それ以外の作法は知らないんで、そっちに合わせますよ」
「んふ、いいねえ! カルカ! ニュエ! 模擬刀持ってる?」
「はーい」
「投げますよー」
ブン、と音を立てて、ジョンソンさんの脇にいた女兵士二人が木刀を投げる。
絶対これ最初から用意してたな、という空気の中、地面の泥にその先を浸して、一本こっちに投げてくる。
……木刀持つのなんて、久しぶりだなあ。
「何じゃセイギ、珍しいな」
「ま、余興ってことなんで」
「そうか余興か。ま、怪我だけはせんようにするのじゃぞ」
あっさりとグリムさんに言われて、少し笑ってしまう。
「怪我、しないと思う?」
「したくないでしょ、お互いに。で、ルールとかは?」
「そこに円があるでしょ? そこで倒れるか、出たら負け。簡単でしょ?」
「ふーん」
用意が良いなあと思いつつ、僕らはどちらからってこともなく、ゆっくりと歩いてその円の中央に向かう。
「おお、なんだ!?」
「バルバラ隊長と……え、さっきの精霊憑きか!?」
「おい決闘だ! みんな来いよ!」
丘の下の方からギャラリーが集まってきて、そっち側からは異様な空気。
救護テントの方からも、動ける程度の兵士さん達が何事かと見に来た。
「マスター、珍しいですね? うっふふ、さっきまで体調が悪そうでしたけど、もういいんですか?」
笑いを含んだ声で、マカが脳内に語り掛ける。
「……ああ、僕もちょっとこうなりたい気分だったしな」
祭りみたいな空気が丘の上を支配して、ギャラリーは完全に僕らの試合開始を待っていた。
「折角だからさ! 何か賭けない? なんだっていいよ!」
で、まあこうなるわな。
「……じゃあ鉄板で、『何でも一つ言うことを聞く』っていうのは?」
そのどうとでも取れる僕の提案に、周囲のギャラリーが爆発的に盛り上がる。
「んふっ……ぃいいねぇええ! 最高! 乗ったよ! 負けた方がなんでも一つ言うことを聞く! 何でも、だよ!?」
「じゃ、それで」
お互いが合意して、バルバラさんが構えを取る。
そしてわずかに沈黙が流れて、
「……で、試合開始の合図とかは?」
「んー? あー、これね、一応は模擬戦だからさ」
ふっ、と沈み込むようにその姿が消えて、
気づいたらバルバラさんが懐にいた。
「開始の合図とか無いんだわ」
ガン! と木刀同士が衝突して、それが開始の合図になった。




