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第135話 思惑の決闘

 成り行きと言うか向こうの狙い通りというか、とにかく僕とバルバラさんの決闘は始まった。

 みしみしときしむ音を立てて木刀が歪んでいくが、僕がバックステップで距離を取り、


「あ」


 ラインを背にしてしまった。

 ここを踏み越えれば当然負け、そしたら言うことを一つ聞く、だ。


「てぇい!」

「うぉっ!」


 そこへ蹴りが飛んできて、すんでのところで躱す。


「さー張った張ったぁ、どっちが勝つー?」

「隊長に20!」

「精霊憑きに10!」


 後ろからはこれまたテンプレみたいな賭けが始まって、完全にお祭り騒ぎだ。

 ……まぁ、悪い気分じゃないけども。


「よそ見してる暇、あるの!?」


 蹴りがさらに僕を襲って、それをどうにか腕で弾く。

 左によけるのを繰り返せば、どうにかさっきよりはマシな位置、ラインを背にしない場所まで戻れる。


(それにしても、足技主体かぁ……)


 木刀を持たされたからてっきり剣の勝負になるかと思ったら、実際は完全な格闘戦だ。武器を持った素人と素手の達人なら素手の達人が有利らしいし、実際それを味わったこともあるけど、この場合はどうなるんだろう。

 ちらっと先生を見たら、賭けに参加していた。アテにしたのが間違いだった。

 香撫は祈るように手を組んでいるし、グリムさん達はテレビでも見るくらいの気楽さでこっちを見ている。


「おいこらつまんねーぞ精霊憑き!」

「ちったあ戦え!」


 で、ギャラリーはご不満のようだった。

 まぁ……バルバラさんも含めてまだ本気じゃないしな。


「はいはい……っと」


 というわけで、剣を構えて正対する。


「お、やーっと構えてくれたじゃん! 剣術出来るの?」

「ちょっとしか習ってない」

「そう、アタシも……自己流!」

「うぇっ」


 変な声が出てしまった。

 フェンシングみたいな動きで僕の目を狙ったかと思ったら、その勢いを殺さずに回転して上から踵を叩きこまれる。

 風を切る音がして僕の目の前を鉄のブーツを履いた脚が通り過ぎて、地面に穴が開く。これ絶対に技量じゃ向こうが上だな。


「はぁ……っ」


 そして気づけば、バルバラさんの体の周りから陽炎が出ていた。

 明らかな熱を伴って、バルバラさんの力が増している。


「身体強化……的な?」

「ずるいかな?」

「全然」

「ありがと!」


 バルバラさんの構えが一段低くなって、尻尾を木刀に巻き付ける。

 それはずるいな、と思った瞬間、攻撃が来た。

 ガッ! とさっきよりも強い左からの一撃に、こっちの体が飛ばされかける。

 そこへ逆側から左腕が襲い掛かってきて、それを躱して後ろを取れば、こっちの顔の高さに木刀が突き出される。

 それを避けている間に体勢を立て直されて、またもう一度。

 一撃一撃が重いうえに、向こうが加速していくんじゃ長期戦は絶対に不利だ。

 だったら、一回受ける。


「お」


 一発目の攻撃を流すんじゃなくて、真正面から受け止める。そして次が来るより早く、さらに一歩懐に入り込む。


「やるじゃん!」


 攻撃の気配だけで二発目を取りやめて下がられた。

 けど今度はこっちが攻める番だ。

 木刀で地面を叩いて土を跳ね上げ、当然狙いは視界の制限。

 しかしバルバラさんはそれを左手で払い飛ばして、逆にこっちに土を跳ね返す。


「いてっ」

「行くよ!」


 胴回し回転蹴り。ただし半回転じゃなくて、もはやフィギュアスケーターみたいな回転を加えた暴力が上から僕に突き刺さる。


「ぐっ」

「ヒットぉ!」


 いや防御したじゃん、と思いつつ、僕の足元は凹んだし、腕も痺れて動かない。

 そこへ今更、いつの間にか手に持っていた木刀の連打が襲い掛かって、こっちはろくに動かない腕で必死で止めた。

 くっそ、試合じゃなければ鎌で吹っ飛ばして終わりなんだけどな……あきらかに技術で負けてるから突破口がない。


「あ、助太刀しましょうか?」


 マジで要らない声が響いた。

 そしてそれに気を取られて、


 バン! と肉を打つ音とともに、激痛が左肩に走った。


(痛っ……てぇええええええ!)


「あ、強いね、丈夫じゃん」

「ま、まぁ、ね……」


 痛いなんてもんじゃない、肉が削げたのかってくらいの激痛が走って泣きたくなる。

 剣道とかなら一本なんだろうけど、この試合はこんなもんじゃ終わらないんだろうな……とか思ってたら、急にバルバラさんが構えを解いた。


「……あのさ、さっきから何か考え事してる?」

「え?」

「わかるんだよねーそういうの、上の空って言うかさ……もしかして、退屈?」

「……何が?」

「精霊さんの力でつよーいキョルを倒して、退屈してたんじゃ……っと!」


 狙ったのは額だった。

 木刀を突き出して、しかしそれはバルバラさんに回避される。


「ようやく本気じゃん、じゃあいいよ、こうしよっか! ワタシが勝ったら部下になってよ!」


 その言葉に、周りから歓声が沸く。

 ……なんだろうな、こうなるとは思ってなかったんだけど……


「――楽しくねえわこれ」

「え?」


 冷めた。

 めんどくさい。

 さっさと終わらせて、何なら寝たい。

 橋は手に入ったわけだし、もう義理は清算しただろう。

 だから僕はぽい、と木刀を捨てて、構えを取って、手招きをして挑発する。


「なーんかいい感じに燃えてきたけど……ワタシ、もしかしなくてもバカにされてるよね? 武器無しで勝てるの?」

「バカにしてなんかないですよ、そろそろ最高潮でしょ?」

「あは、よくわかったね……全力で良いってコト?」

「ええもちろん」

「……これだけ強化したアタシの、全力で良いってコト!?」

「だからそう言ってるでしょ」


 そう言うと、さらに周囲が盛り上がる。

 もはやマイクパフォーマンスみたいになってきたこのやり取りが何だかいきなり面倒くさくなって、やりたいのはただ一つ、全力勝負だ。


「リミッター解除……血が巡るのってさ、すごい気持ちイイよね……」


 バルバラさんの全身の毛が逆立って、目は血走って、八重歯も牙と言えるくらいに伸びていた。


「……これさ、相手選んでやってたんだよ」

「遠慮なくどうぞ」

「……ぁは」


 その瞬間、纏うオーラが明らかに変わった。


「お兄ちゃん!」


 香撫の叫びが聞こえて一瞬後、ガリィ! と石を削るような音がする。

 防御するつもりだったバルバラさんの爪の一振りを僕は直感で避けて、背後を見るまでもなく、そこには爪痕が地面に残っていた。


 ――飛ぶ斬撃?


 いや嘘だろ、と肝が冷える。肉弾戦なら受けたりいなしたりできるつもりだったけど、ここへ来て斬撃は聞いてない。


「ガルァ!」


 とかなんとか考えてる間にも、バルバラさんの攻撃が襲い掛かる。

 それを見て、がちん、と何かが頭の中で切り替わった。


 ――逃げてる場合じゃないもんな。


 狙う個所はただ一つ、方法はさっきと同じだ。

 とびかかるように振り下ろされる右腕を、僕は――


「ガッ……」

「く……」


 ――真正面から、《《攻撃で防御した》》。


 爪と拳が衝突して、お互いに肉が裂ける。


「ア……ア゛ア゛ッ!」

「痛っ……てぇ!」


 しかしそれでも、もう一度。

 斬撃を飛ばす連撃を、拳なら拳、脚なら脚で受け続ける。


「おい冗談だろ、あの中で生きていられるもんなのか!?」

「いてっ、こっちまで石が飛んできた!」


 ギャラリーが何か叫んでるが、こんなものここ以外に活路がない。

 台風の目みたいに、今の状況で最も恐ろしいのは中距離だ。

 一方的に飛ぶ斬撃を食らう位置にいたら今頃ズタズタだったのが、斬撃の発射位置でそれを防いでいるからこの程度で済んでいる。

 重力が小さいはずのこの世界で有利なはずの僕がこれなんだから、本来の威力を考えたら恐ろしいじゃすまない。


「ガ……ァ……ア……!」


 完全に最高潮に達したバルバラさんの、おそらくは全力の一撃。

 腕だけ完全に白虎になって、赤い瞳で、鋭い牙で、こっちを威嚇する。

 そしてガチン、と牙が鳴った瞬間、地面を蹴って、その体が回転した。


(あ――)


 世界がスローモーションになる。

 ギャラリーが消えて、音もない白い背景の空間に、飛び掛かってくるバルバラさん。

 懐かしいなこの感覚、なんて思う間もなく、その右腕は僕に真横から襲い掛かって――!


「っ」

「!?」


 僕はそれを、《《前に避けた》》。

 そこはバルバラさんの懐で、そして腕が目の前にある。

 それを両腕で掴んだ僕は、勢いを殺さないままに一本背負いの要領でその体を上に飛ばして、あとは腕を離さなければ……!


 ダァン! と音が響いて、地面にクレーターのような穴が開いた。


「倒れたら負け、でしたよね……」


 仰向けに倒れたバルバラさんは、もう普通の腕に戻っている。

 さっきのはやっぱり本当に全力で、最期の一撃だったらしい。


「ぁ……げほ、あー、負けかぁ……楽しかったんだけどな……よっこいしょっと」


 思い切り地面にあの勢いで叩きつけたのに、あっさりとバルバラさんは立ち上がる。

 僕はというと腕も手も傷だらけで、まるで勝った気がしない。

 それでも『これ』は、受けるのが礼儀だろう。


「アタシの負けだよ。おめでと」


 歓声が上がって、僕はバルバラさんの握手を受けた。


「ど、どうも……」


 ふにふにしたバルバラさんの手は柔らかかったけど、それを放そうとすると……何故か僕の手を放してくれない。


「んふふ、で、何をして欲しいのかな? なんでもいいよ?」

「?」

「またまたとぼけちゃってぇ、何でも一つ、言うこと聞くよ?」

「え? あー、そう言えばそうでした。じゃあお願いなんですけど……」


 ――で、それから約一時間後。


「こんなのってないじゃん……! なんかこうさ、もっとないの!?」

「いや無いですよ……もともと僕らの目的ってこれですし」

「そうだけどさ……もっと、熱い、戦いがさ……!」

「……また今度、国の方にお邪魔しますよ」

「絶対だからね……絶対だからね……!」


 涙目のバルバラさんにめちゃくちゃ念を押されたけど、僕らがいるのは橋の出口。


「――じゃあ、僕らにあの橋を通行させてください」


 それが僕のお願いだった。

 もともとここの橋が通れないから困ってたわけで、通れるようになったんなら通してくれってだけだ。

 しかし『もっと戦おうよ!』みたいなノリに完全に火が付いたバルバラさんは、僕を放してくれなかった。いや僕の腕ズタズタなんだけどね、マジで……


「いやあお疲れ様、キミのお陰で話が早かったよ、正義君」


 ジョンソンさんの引く馬車に揺られながら、先生が言った。


「いや、大したことしてないですよ」

「その包帯まみれの腕で言うことじゃないさ、お疲れ様」

「いや、治癒魔法はかけてもらったんで……」


 血は止まったし、後はヒリヒリするだけだ。まあそれでも確かに痛いけど……


「で、どうだった?」

「何がですか?」

「チートじゃない、本気の殴り合い。久々だろ?」

「あー、習いましたもんね、護身術」


 学園に入る前に、僕は何故か先生に武道を習わされた時期があった。アレが何だったのかよくわからないけど、キミを探偵にするのに必要だから……とか言われたなあ。

 武道を教えてくれた佐藤先生、元気だろうか。


「どうって……そうですね」


 ちょっと考えたけど、やっぱり答えは一つだ。


「その場では盛り上がるんですけど……やっぱこりごりですね、こんなのは」


 それが僕の、本心だった。


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